『文化祭』
第6話:『文化祭最終日――Side-B』
文化祭の最終日です。最後まで楽しみましょう。
えらい目に遭いました……。
「は、はぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
気が付けば、佐祐理は人混みにもまれてきりきり舞い状態でした。先頭から2番目あたりに祐一さんが見えたと思ったら……、どうも暴走する生徒のみなさんに巻き込まれてしまったようです。
「ふぇぇ……」
気が付くと、廊下の床にぺたんと腰を落としていました。周囲を見渡してみます。舞の姿は何処にもありません。此処は……校舎の、二階か三階のようです。
「うぅ……」
はっとしました。佐祐理はただくるくる回っていただけかもしれませんが、この騒ぎで踏みつけられてしまった人がいたっておかしくありません。現に今、辛そうな声が聞こえたということは、間違いないです。慌てて再び周囲を見渡します。すると、教室の派手な飾りの影に、舞が蹲っていました。
――はへ?――
「舞!?」
そんな訳はありません。とてもよく似ているけど、とても小さな女の子です。しかも佐祐理のあげた素っ頓狂な声でびっくりしてしまったようで、こちらに警戒の色を浮かべた視線を送っています。
「あ、あ、ごめんね、お姉さんの知っている人によく似ていたから……」
その一言で、女の子は納得したようでした。でも、その首を軽く横に振って、
「でも、あたしの名前、まい」
……世の中には色々な偶然がありますねー。色々なことをさておいて、佐祐理はまずそう思ってしまったのでした。
とりあえず、女の子――まいって、漢字でどう書くんでしょうね?――はどこにも怪我がありませんでした。ゆっくり話を聞いてみると、どうもさっきの大騒ぎではなく、気が付いていたらひとりになってしまったとのこと。
「それじゃあ、行こうか?」
「どこにいくの?」
「職員室。えっと……大人の人たちが居るから。その人達にね、」
「いや」
そう言って佐祐理のスカートの端をぎゅっと掴みます。
「んー、でもお姉さんだと、放送とかかけてもらえないから。はぐれちゃった人と連絡をとること出来ないし……ね?」
「でも、いや」
「なんでかな?」
まいのスカートを握る手が、さらにぎゅっとなりました。
「たぶん、しんじてくれない」
あー……。なるほど。
「そうか……それじゃ仕方ないね。うん、それじゃ、お姉さんと一緒に探そうか?はぐれちゃった人を」
「――いいの?」
「だって、今一緒にお話ししているの、お姉さんだけだし、ひとりにしておけないでしょ?だから、一緒にいこ」
「うん」
口では一回、頭は何度も頷いて答えてくれました。
「えーと、とりあえずなんだけど、スカートはなしてくれないかな?」
「???」
このままだと、歩けないんです。佐祐理達の学校、制服のスカートが短いもので……。
「ご、ごめんね……」
ちょっと経ってわかってくれたまいは、慌ててスカートから手を離してくれたのでした。
「それで、はぐれた人ってお家の人?」
「ちがう。大事な友達」
文化祭の明るい喧噪の中をまいと一緒に歩きます。
「どんな人?」
「あたしと同じくらいの男の子で、いつも笑っている人」
「…………」
なにか、自分で言うとなんですけど、舞と佐祐理とに似ているような気がします。
「きらわれて、ないかな?」
「はい?」
「だから、きらわれて、ないかな……」
えっとつまり、勝手にはぐれちゃって、嫌われていないかなと言うことでしょうか?だったら――。
「大丈夫だよ」
「え?」
誰にでもあることです。自分のちょっとした気まぐれとか、勘違いとか、ただのすれ違いとかで相手に何か傷つけてしまった感覚。
佐祐理は結局、それで取り返しの付かないことをひとつ犯してしまいましたけど、そのたった一回以外が、すべて佐祐理の思い過ごしでした。いえ、たった一回のそれも思い過ごしだったのです。佐祐理が気付かなかっただけで……。
「お姉さんもね、そんなに長く生きてきた訳じゃないけど、でも、どんなものでも早く謝れば、その分早く仲直りできるの。迷惑も、喧嘩もそう、悪戯もそう……」
そして謝ることが出来なければ、永遠に仲直りできないんです。
「それにね、お友達の子、きっと怒ってないから。これだけ賑やかだと、迷子になりやすいもの」
「そう、かな?」
「そうそう」
うんうんと頷きます。それに合わせるように、まいもコクコクと小さく頷きました。
「ありがとう。きっと、あたし、げんきでた」
「〜〜〜!」
いけませんねー。なにか、すごくギュ〜っと抱きしめたくなる衝動に駆られちゃいます。てっきり舞だけかと思っていたんですけど……う〜ん。
「あ」
まいが足を止めました。
「ん?」
見つかったのでしょうか?
「居た?」
「うん、いた……」
「それじゃ、いってらっしゃい」
「え?」
「お姉さんが一緒にいたんじゃ、格好悪いでしょ?」
そういって悪戯っぽく笑ってみせます。佐祐理からはまいから聞いた姿形の男の子が見えませんが、まいが居たというのなら居るのでしょう。もしかしたら、どこかの教室に入ってしまったのかもしれませんし。
「ほら、早く行かないと、またはぐれちゃうぞ?」
「う、うん……」
ちょっと曖昧に頷いて、まいはすこしためらっていましたが、
「じゃあね。お姉ちゃん。バイバイ」
「うん、バイバイ」
そう言って軽く手を振ると、まいはぺこりとお辞儀をして、走っていきました。
――若いっていいですねー……――
おそらく他の人が聞いたら何を言うのかと笑われてしまうかもしれませんが、間違いありません。それが佐祐理の今の気持ちです。
見送ることもないでしょう。もう大丈夫。そう思って、後ろに向き直ったら、今度は目の前に舞の背中がありました。何時の間に……。
「舞!?」
――何かあったのでしょうか?振り返ったときの舞の表情は、まるで何かに気付いたばかりのように見えます。
「あのね、舞、さっきまでね……」
「佐祐理、私……」
そこで、舞が後ろを振り返ったので、私もそっと振り返りました。すでにと言うか、案の定というか、あの子は居ません。
『ええ、と。ご来場の皆様にお知らせいたします。アクシデントのため遅れていた学園有志による演劇の準備が整いました。まもなく開演いたします。つきましてはどなた様もお誘い合わせの上、体育館までお越しください――オイ北川、ちゃんと抑えてろって――皆様のご来場をお待ち申し上げます。校内放送でした』
祐一さんの声です。あの騒ぎがようやく収まったのでしょうか?
「それで、何?佐祐理」
「ん?いい。後で、劇を観た後で話すね。舞こそなにかあるんじゃない?」
「わたしも、いい……。後で話す」
「じゃあ遅れたけど、劇、観に行こ?」
「うん」
……え〜と、
「ねえ、なんでそんなに佐祐理をじっと見るの?」
「ん……。別に」
あ、言ってくれないんですね〜、そのまま話してくれないか少し待っていたんですけど、舞はそっぽを向いたので……。
「えい♪」
「わぷ――さ、佐祐理――!」
たまには何の脈絡無しに抱きしめたって良いでしょう。そう言うことにしておきます。そう言うことにしましょう。そう言うことにしてください――ね?
(続く)
第6話あとがき
つーわけで佐祐理さんでした。相方は言うまでもないと思いますけど、ちび舞です。前回と合わせてくだされば、幸いですが……。
いままで敬遠していましたが、佐祐理さん、書き出すと面白い人ですねー。もちょっと深く彫り込んでも良かったかもしれません。
次回は、(おそらく)最終回。綺麗にまとめられるかな?
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