『文化祭』


第5話:『文化祭最終日――Side-A』


 文化祭の最終日です。最後まで楽しみましょう。


 困ったことになった。
「まあ、そう焦らずに。気楽に行きましょうよ」
 隣ではそう言うけど、こちらはそう気楽にしていられない。むしろ、その気楽さが気に障りそうなくらいに。
「そんなこと言わないでくださいよ」
「――今、人の心読んだ?」
「いーえいえ。ただ、なんとなくですよ」
「…………」

――迂闊なことに、この時点で、職員室に寄るという考えは無かった。

 始まりは、この噂。
 私達三年生は、文化祭でもさしたる仕事がないから、私は佐祐理とぶらぶらしていた。確か、二年生の教室をまわっていたときだったと思う。そこで、その噂を聞いた。
「だから例の」
「ああ、毎年恒例の生徒有志のヤツ?」
「そうそう。今年のはとびきり面白いらしいよ」
 何人かの生徒とすれ違った後、ふたりして、立ち止まる。私が止まったのは、多分佐祐理が興味を持ったからであろうと推測して。佐祐理は、事実その話に興味を持って。
「――ねえ、舞。観に行ってみようか?」
「うん。観に行こう」
 そこで、体育館の方に行ってしまったのが失敗だったのかもしれない。

 もうすぐ体育館というところで、その体育館の閉まっていた扉が急に開いた。そろそろ最初の公演が終わる頃とパンフレットにあったので、観客が外に出てきたのかと思った。
 でも、
「だから、ぴろと出演するのはよしなさいと言ったのです!」
「だって、名雪が観に来るなんて知らなかったんだもん!」
 それが先頭で。
「猫猫ファンタジア!猫の地球儀!真夜中猫王子!そしていつも通りに……ねこー!」
「随分余裕があるなあ、オイ!?」
 ――祐一。何かすごい格好をしている。
「いいか、ものども。とりあえず水瀬さんを押さえるのだ!」
「その前にあんた等の格好をどうにかなさい!」
 ……文化祭は何でもありなのは、佐祐理から聞いた。実際に祐一を観て実感した。でも、ミニスカートの男子生徒、しかも大群――それとも魔物?――はそれ以上のものがあると思う。
 そして、それらがすべて、私達の横ギリギリを通り過ぎていった。
「佐祐理、今のすごい騒ぎ。……佐祐理?」
 佐祐理がいなかった。
「佐祐理!?」
 気を張りつめて耳を澄ます。すると微かに、
『はぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……』
 佐祐理の声だ。巻き込まれてしまったらしい。
「っ……」
 声は上の方、上の階から微かに伸びていって消えた。佐祐理は上の階にいる。そこまでわかれば後はどうにかなる。そう思って駆け出そうとしたときだった。
「ああ、済みません。ちょっとお尋ねしたいんですけど」
 私の制服の袖を、ひとりの少年が摘んでいた。
「……なに?」
「いやまあその、連れとはぐれちゃいましてね」
「今、急いでいるから」
「まあまあそんなこと言わずに」
 目の前の少年は年に似合わず飄々としている。それでいて、頑として袖から手を離さない。
「今、人を捜しているから」
「じゃあ、丁度良いでしょう?一緒に同時に探せばいい。手間が二分の一になるってものです」
「…………」
「今上の階に行きかけましたよね?行ってみましょうか」
 あのさ、その、人にため息をつかせるような物言い、俺達以外にはやるなよ?前に祐一に言われたことだけど、今更になってその意味がわかった。でももう遅い。
 自業自得。その言葉を背負って、私は少年につきあうことにした。

「それで、探している人は?」
「えっとですね、年格好は僕と大差なくて、雰囲気は……うん、貴方に似ています」
「そう」
 小さな女の子が、私に似ている……何処かくすぐったい。
「二人でですね、観に来た訳なんですが――まあ、途中ではぐれちゃいまして」
「それはさっき聞いた」
「そうでしたか?」
 あははーっっと気楽に笑う。そこに、私は少しだけ既視感を覚えた。
「それで、何を観に来たの?」
「はい?」
 この学校は駅からも遠いし、近くの小学校と言ってもだいぶ距離がある。昔はともかく、今では遊び場というものもない。そんな学校の文化祭に、子供だけで文化祭に来るのは何処かおかしいような気がした。
「いや、鋭いですね。実は、この学校の生徒で、知り合いのお姉さん方の様子を観に来まして」
 そのことを話しても、少年は表情ひとつ変えずにそう言う。同じくらいの時の私に比べれば、ずっとしっかりしている。
「お姉さん方?」
「以前お世話になったことがあるんですよ。だから二人で様子を観に行こうって」
「そう」
 そこで私の足は止まった。
「なら、その生徒達を呼んだ方が」
「いやあ、それはやめましょうよ」
 同じく足を止めた少年。
「折角こっそり観に来たってのに、見つかるばかりかご迷惑をかけるなんてとてもとても」
「私は?」
「いやあ――」
 あははーと誤魔化している。そこで私の疑問は確信に変わった。
「似てる」
「はい?何がです?」
「似ている。そのマイペースなところ。私の知り合いに」
「それはそれは」
 何故かは知らない。知らないけれど、少年は一瞬だけとても嬉しそうな貌をしていた。でもそれは一瞬だけ。すぐに元の表情に戻って、そして次の瞬間驚いたような貌をした。
「あ、居た」
「なにが?どこに?」
「いや、もう大丈夫。一緒に探してくれて助かりましたよ」
 つまり、探していた女の子がいた?
「待って、その子何処にいるの?」
「今丁度廊下の角から背中が消えたところです。今追いかければすぐですよ。それじゃ!」
 そう言って、彼は走り出していく。
「ああ、そうそう」
 そのままかと思ったら、くるっと振り返って。
「僕のお世話になったお姉さん、僕によく似ているって言われるんですよ。そのヒントあげますから、良かったら探してみてください」
 よく似たお姉さん……?
 ――!
「まっ――」
「舞!?」
 佐祐理に声に振り向いた。何か予感を感じて慌てて振り向き直したけど、もう誰もいなかった。

 結局たいして探すということをしなかった。そしてそんな今になってわかった。
 何処か、似ていた。目の前の男の子は何処か……佐祐理に――。

「あのね、舞、さっきまでね……」
「佐祐理、私……」
 そこで、もう一度振り返る。もちろん先程の少年はいない。
『ええ、と。ご来場の皆様にお知らせいたします。アクシデントのため遅れていた学園有志による演劇の準備が整いました。まもなく開演いたします。つきましてはどなた様もお誘い合わせの上、体育館までお越しください――オイ北川、ちゃんと抑えてろって――皆様のご来場をお待ち申し上げます。校内放送でした』
 祐一の声だ。
「それで、何?佐祐理」
「ん?いい。後で、劇を観た後で話すね。舞こそなにかあるんじゃない?」
「わたしも、いい……。後で話す」
「じゃあ遅れたけど、劇、観に行こ?」
「うん」

 佐祐理が訊いたら笑うかもしれない。私に似ている小さな女の子が見たかったって言ったら……。

「ねえ、なんでそんなに佐祐理をじっと見るの?」
「ん……。別に」

(続く)




第5話あとがき


 私のSSで、ついに川澄舞嬢の登場です。ちなみにメインヒロインとしては最後、サブでも秋子さん、北川、香里、美汐に負けました。黙礼……。
 冗談はさておいて、この人も結構書くのが難しかったです。昔はこういうキャラの方が書きやすかったんですけどねえ……。どうしたんだろ。

次回は、佐祐理さん。彼女はただ巻き込まれた訳ではなかったのです。

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