『文化祭』


第3話:『文化祭初日』

 さあ、文化祭の始まりです。

 邪道です。邪道なんです。アイスクリームは本来、それだけで楽しむものであって、いくら美味しくても鯛焼きと一緒にしちゃいけないんです。
 あああああ、もう、あのとき、屋台から落ちかけたあゆさんをほったらかしにしておけば良かったんです。半分冗談ですけど!
「それって、半分は本気って事?」
「うわわわわ、あゆさん!」
 いきなり私の後ろを取って、にやりと笑うあゆさん。ああっ、口元がフッって感じです。フッって!
「そーかー、栞ちゃん、ボクがあそこから落ちて、また7年ばかり寝ていて欲しかったんだぁ……」
「そそそ、そんなこと無いですよ。それに、もう7年寝たら、24か25じゃないですか」
「もうおばさんだねえ」
「そうそう――うぐっ」
「それボクの口癖」
 これは何かの陰謀です。そうに決まっています。というよりあゆさんの陰謀にまんまと嵌ってしまっています、私。
「まあ良いんだけどね。ボクとしては」
 そう言ってうっぐっぐと笑うあゆさん。そう言って看板を見上げます。『アイスクリーム屋さん』という大きな看板の頭の方に『鯛焼き』と突貫で付けた小さな板があります。
「非道いです。あの時私だけに言ってくれたあの言葉は嘘だったんですね……!」
「そーいう誤解を招く表現はやめてくれないかな……」
 私の必死の反撃も、あまり効果がありません。ポリポリと頬を掻いているだけです。
「まあいいや。とりあえず、ボクの自由時間が来たから後よろしくね」
「はい。あの看板を外したりすることはとりあえず無いと思いますからご心配なく。メニューも勝手に変えたりしませんから」
「看板については問題ないんだ。科学部の里谷って人に掛け合って、警報装置が付いているからね。因みに外そうとすると、全校放送で警報が流れるからよろしく〜」
 ……私ってそんなに信用無いですか?確かに企みましたけど。
「あと、お店の方は……あ、神田君、栞ちゃんが何かしそうになったら止めてね。え?ああ、うん、大丈夫。多少手荒でも吐血さえしなければ大丈夫だから。場合によっては吐血しても平気らしいし。うんうん、よろしくねー」
 確かに手術前まではよく倒れていましたけど……私、血を吐いてまではいませんよ……。
「じゃあ、栞ちゃん、後よろしく」
 こちらの返事を待たずに、あゆさんは行ってしまいました。これで交代は完了。四交代制の二番目である私達の番になった訳です。

「いようっ、栞ちゃん」
 あゆさんが出かけてからすぐです。顔を上げると、目の前でホラー映画が上演されていました。はっきり言ってホラーは苦手です。それも妙にグロテスクなだけなのは大の苦手です。ちなみに今がそうでした。
「アレ、覚えてない?君のお姉さんの同級生の北川。忘れちゃった?」
 ……覚えています。覚えていますけど、私の知り合いにスネ毛の生えたミニスカートのメイドさんなんていません。見たこともないです。それと、後ろに並んだ似たようなのは何なんですか?
「ああ、この格好か。そういう喫茶店なんだよ。君のお姉さんもこんな格好しているから」
 お姉ちゃんにスネ毛は生えていません。
「まあとりあえず、俺達のクラスの『メイド喫茶・パウダースノウ』暇があったら来てくれよ。それじゃ。オイお前ら、もう一回りするぞ」
 そう言って、スネ毛丸出しの、ミニスカートメイド部隊は去っていきました。
 ……お姉ちゃん、今日ばかりは私、お姉ちゃんの考えていることがわかりません……。いつもならあんなものを瞬時に撃沈する私のお姉ちゃんは、一体何処に行ったのですか……?

「あのね。あんなものに賛成した覚えなんて、生まれてから一度もないんだけど」
 様子を見に来たお姉ちゃんに、先程の物体達の話をしたところ、そんな返事を得ました。それでもメイドさんの格好をしていましたけど、結構シックで、本当にどこかの家のお手伝いさんみたいです。
「要するに、クラスのみんなで好き勝手に自分の服をデザインしたのよ。北川君達が暴走した最たるものね」
「それって、男子も着ているって事ですか?」
「そうよ。相沢君なんか、名雪とお揃いなんだから」
 それって、見てみたいような見てみたくないような……。
「ちょっと待ってください。もしかして、祐一さんもミニスカートなんですか!?」
「馬鹿言わないで。名雪がミニなんて穿く訳無いでしょう」
 何故、話が名雪さんになるんですか?お姉ちゃん……。なんだか妹としてとても心配です。
「まあ、一言で言えば、どう見てもメイドさん、よ」
 ――なるほど、なんとなく想像できます。うちのクラスでも、このお店の制服はこれだとか言って、何処で調達したのか、そんな感じのものを掲げて橘君が騒いでいましたから。結局没になりましたけど。
「……それにしても、面白い取り合わせよね」
 まるでさっきのあゆさんのように、お姉ちゃんが看板を見上げます。
「どうやって鯛焼きを作っているの?確か、火と生地は使えないはずでしょ」
「冷凍食品です。それを解凍して使っているんです」
「へえ、理に適ったことをするのね」
「何処も理に適っていません! そもそも、『鯛焼きは焼きたてが一番なんだよ』って言っていたのは他でもないあゆさんなのに、冷凍食品の鯛焼きを解凍して出店に使うなんて、卑怯です。反則です。そう思いませんかお姉ちゃん!?」
 はっ、結構声が大きすぎたような……ああっ、お姉ちゃんすら退いています。
「――いいじゃないの。お互い好きなもの出しているんでしょう?」
「そうですけど……」
「まあいいわ。ひとつお願いできる?」
 へ。思わずお姉ちゃんの顔をまじまじと見てしまいます。だってお姉ちゃん、自分からは絶対変わったものを頼むなんて事しませんから。私があっけにとられた意味がすぐわかったのか、お姉ちゃんはそっぽを向いて、
「妹が企画したんだから、姉としては責任取らないとね」
 なんて、あまり理由になっていないことを照れ隠しに使っています。でもお姉ちゃん、今回ばかりは当たりですよ。
「わかりました。鯛焼きアイスクリーム、ひとつお願いします」
 私は後ろの調理班にそう声をかけました。丁度よくいくつかの試作を経て本作に持っていった班が当番になっています。
「はーい」
 そう答えたのが、今回の影の主役、小野君です。ちょっと背が高くて、眼鏡をかけた優しい感じのする人です。
「あら、調理に男子って珍しいじゃない」
 予想通りの感想を漏らすお姉ちゃん。
「そうですね。でも小野君が盛りつけとか、組み合わせを考えたんですよ」
 小野君の腕はたいしたものです。お菓子に関して言えば、名雪さんのお母さんと同じくらいのレベルです。
「へえ、将来パティシエになるのかしら」
「ええと、そうですね。そんな感じだといいかななんて思っています。今回は月宮さんの案を僕がアレンジしてみただけなんですけど」
 私の代わりに、わざわざ持ってきたくれた小野君が答えてくれました。
「ああ、ありがとう……へえ」
「あ、小野君すごいです。お姉ちゃんを感嘆させるのって、そう簡単には出来ないことなんですよ」
 と私。確かに小野君の盛りつけ方は半端じゃないです。今日の開催時間までの練習で、上手くいかなくて調理班の女子が悲鳴をあげていたくらいですから。
「お早めに、お願いします」
 と小野君。これはお店に来る人みんなに言っていることなんですけど。
「なるほど、鯛焼きが熱いのね。てっきり冷たくしているのだと思っていたんだけど」
「アップルコブラをヒントにしてみたんです。それと、月宮さんが鯛焼きは熱くないとって」
 アップルコブラというのは、バニラアイスにアップルパイの中身を熱いままでかけたようなデザートのことです。なんて事を説明していく間にもアイスが溶けていってしまいます。上手に盛り合わせてあるので、そう簡単には溶けきらないようになっていますけれど。
「いくらかしら」
「百円ですよ。実行委員会の食券ももちろん使えます」
「じゃあ、食券で」
「はい、ありがとう御座います。早めに食べてくださいねー」
「ああ、美坂さん、店番僕が少しやるから」
 ええ?
「で、でも小野君女の人苦手じゃ」
「ああ、短時間ならどうにかできるから」
「……すみません」
 私はそう言って頭を下げて、お姉ちゃんと一緒に、文化祭のためあちこちに特設されたベンチのひとつに座ります。
「あの……小野君って男子、なんかあったの?」
「さあ、女子が苦手だけとしか……」
 人受けがとてもよくて礼儀正しい人なんですけど……。
「貴方のクラスも色々あるのね……」
 深いため息ですねーお姉ちゃん。さっきのスネ毛部隊を見ていれば事情はよくわかりますけど。
「ああ、それより早くしないと。溶けちゃったら意味無いですよ〜」
「わかったわかった」
 そう言って、お姉ちゃんはお皿に添えられたフォークで鯛焼きを切りました。
「あら、中身カスタードなの」
 ふっふっふ。あゆさんは最後まであんこにこだわっていましたが、ここは実際の試作から得た評価からのものなんです。
「熱いカスタードと冷たいバニラがぴったり合うんですよ」
「へえ」
 流石お姉ちゃん、慣れたように切った鯛焼きにアイスを上手に載せて口に運びます。
「あ」
「♪」
 やりました。やっぱり直にお客さんの喜ぶ顔を見ているとそう思います。特に、お姉ちゃんなら、なおさら、です。

(続く)




第3話あとがき


 やっと当初の目的である、突っ走ったヒロインが書けました。考えてみりゃ、あゆは何時だって突っ走ってしますし。名雪は突っ走しろうにも突っ走り方がわからないキャラでしたから、栞が最初から適任だったのかもしれません。
 じゃあ、残りはというと――ううむ、難しいですね。

次は真琴です。

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