AIR_7(エア・アンダーセブン)

第二話:バンダナ娘と危ない医者と国崎往人と珍獣(長ぇ)

 前回のあらすじ。
 神尾家の居間の天井に巨大パンチで開けたような穴が二つ。
「どないすんねーん!」
 晴子が叫んだ。


 と、いうわけで、国崎往人は彼が望むと望まないとに関わらず、この町に長逗留せざるを得なくなった。観鈴の機転で一つだけになったとはいえ、屋根までぶち抜いた大穴を埋めるには莫大な修理費がかかるためである。
「聞きたいか?」
「いや、いい」
「聞きたいやろ」
「いや、いい。やめてくれ」
「幾らかかったか聞きたいやろ?なあ!」
「いや、いい。やめてくれ……お願いします」
「ゼロが四つですまんかったんや。五つ必要やったんやで〜一番上の位四捨五入したら六つになるんやで〜」
「や〜め〜て〜く〜れ〜!」
 とうとう泣き出してしまった。
「そういうわけや。居候の人形劇やと百年かかる。バイトし」
「ぐはっ」
 百年という方にこたえたのか、それともアルバイトせざるを得ないことか。おそらく両方であろう。
 土曜というわけではないらしいが(観鈴曰く、お母さんはいつでも働く)、晴子は夕方に帰ってきた。すでに業者を呼んで仮修繕をしてあるが、完全に直すには本当にゼロが五つ必要らしい。
「一応帰りに商店街の知り合い回ってきた。とりあえず、これやり」
 そう言ってばしんとちゃぶ台にチラシを置く。
 国崎往人と観鈴が額を寄せ合うようにして覗き見た。

『助手募集。給料待遇委細相談可。
 ・体力に自信がある方。
 ・若干の事務処理ができる方。
 ・クスリに強い方。
 ■業務内容
 ・書類整理
 ・各種清掃
 ・新薬実験
 我こそはと思う方は霧島診療所迄』

「うちの知り合いで、観鈴の主治医さんや。全く知らん顔やないから、安心やろ」
「……内容の最後に書いてある新薬実験ってなんだ」
「クスリって、カタカナで書いてあるし」
 観鈴は、どういう意味か分かっているらしい。
「うちと同じで若いんや。大丈夫やろ」
 うちと同じで、それを強調して晴子が言う。
「それにな、選択肢はないんやで。居候」
「何」
「ゼロが五つ……」
「わかりました。行って来ます……」
「向こうに話つけといた。明日の朝行ってき」
「はい……」
「往人さん、なんか影が濃い……」

 そう言うわけで日曜日。
「何で日曜なんだ?普通休みだろ?」
「あそこ、年中無休」
 ちょっと心配だからと、道案内を兼ねて観鈴がついて行くことになった。
「そういや、晴子のやつ、診療所の医者がお前に主治医とか言ってたな。なんかでかい病気でもしたことあるのか?」
「うん、前にちょっとね」
 少し返事が濁っていたのは気のせいか。
「ま、人形劇以外にも稼がないとな……」
 商店街に入る。やがて、目的の霧島診療所が見えてきた。
「どうする観鈴。先に帰ってるか?」
「ううん、いい」
「そうか」
 とりあえず、表の扉を開ける。
 ごっ。
 なにか速いものが飛び出した。国崎往人はとっさによける。
 ごっ。
 次に響いたのは真後ろにいた観鈴が避けることもできずに、それと正面衝突した音であった。
「大丈夫か観鈴」
「が、がお……」
「いった〜いよぉ!」
 額を激しくぶつけたらしい。座り込んで少しこぶができたそれをさする観鈴の隣に、同じ年格好の少女が同じ格好で同じく額をさすっていた。
「なんかこぶ、出来てる……」
「何にぶつかったか知らんが、分裂するとは……!」
「たぶん、違うと思う」
「違うよぉ!」
 二人同時に否定してきた。
「うう、痛いよぉ」
 観鈴でない方がそう言って額に眉を寄せた。
「何かお前が何もかもを無視して飛び出したように見えたが……大丈夫か」
 そう言って国崎往人が手を伸ばそうとしたその時であった。
「私の妹に怪我をさせた馬鹿者はどこのどいつだ!」
 と言う言葉より早く、細長い金属片が二本、飛来する。
「うお……」
 ブリッジの要領で、俗に言うマトリックス避けをする国崎往人。ちなみにOgurinはその映画を見たことがなかったりする(今度ビデオで観ておこう)。しかしさらにもう一本追撃が来た。それは国崎往人の鼻先をかすめ、前髪を二、三本持っていく。そして、そのまま地面に突き刺さった。ブリッジしすぎて身体が完全に弓状になっていたためである。おかげでその細長い金属片の正体が分かった。手術などに使うメスであった。
「ぐ、グリフィンドールに五点減点!」
 意味不明の非難をあげる国崎往人。
「ち、全部避けたか」
 そう言って診療所の中から出てきたのは、まだ若い女性だった。
「次は、外さんぞ」
「ちょっと待て、頼むからちょっと待て」
 懐に手を入れる女性に、国崎往人はストップと身振りで示す。
「妹だか従姉妹だか知らんが、怪我をさせたのは俺じゃない」
 そう言ってまだ座り込んでいる少女を指さす。
「勝手に飛び出して勝手にぶつかったんだ」
「君が優しく受け止めてあげれば良かったろう。そうすれば、妹に触った分だけのメスしか飛んでこなかったのに」
「どっちにしても飛ぶのか!」
「当然だ。無垢の妹に汗くさい男が触れるのだからな。触った部分の皮膚をはぎ取られないだけありがたく思ってもらいたいものだ」
 そう言って、女性は白衣の懐からやっと手を出した。
『白衣……?』
 いやな予感がした。
「もしかしてお前、ここの医者か」
「いかにも。君が――あれか、バイト志望者だな。私が霧島診療所の霧島聖だ」
 びしっと無意味に手を腰に当てる。
「そして、そこに座っているのが私の可憐な妹、霧島佳乃だ」
「佳乃だよぉ」
 観鈴はまだ痛そうに額をさすっていたが、こちらの少女、佳乃はもう復活したらしい。ぴょこんと立ち上がって挨拶をする。
「かのりんって呼んでねぇ」
「……考えておく」
「でも、かのんって呼んでくれるとベストだよぉ」
「それはだめだあ!」

「忘れ去られて、痛い。……観鈴ちん、だぶるぴんち」
 とりあえず診療所の中へ、ということで、入ってから一分後。慌てて戻った国崎往人の前で、観鈴が額をさすりながら拗ねていた。

 四人も人がいると、少し狭く感じる大きさの待合室で、国崎往人と観鈴はソファーに座らされた。しばらくして、奥に(おそらく診察室)からパイプ椅子を二つ持ってきた聖が反対側に並べて座る。そして隣には佳乃が座った。
「話は晴子さんから聞いているが……一体何をしたら一日で莫大な借金が出来るんだ?」
「聞かないでくれ……頼むから」
 リノリウムの床に涙が一滴落ちた。
「えっと……」
「説明しなくていい」
 説明しようとする観鈴をこつんと叩く。
「まあいい。名前は?」
「国崎往人」
「ふむ、国崎君か」
「往人君って呼ぶねぇ」
「体力に自信はあるか?」
「まあ、な。あちこち渡り歩いてきたからそれには自信がある」
「結構。君にやってもらいたいのは有り体に言ってここの雑用だ」
「それでいい」
「で、もう一つ。新薬だが……」
「それだけは断る」
「ふむ、では別の仕事をあげよう……佳乃のお守りを頼む」
「何故だ!」
「私はこの通り忙しい」
 他に患者は居ない。
「嘘をつくな」
「じきに忙しくなる」
 懐に手を突っ込む聖。それ以上詮索するなという合図であった。
「あのな、俺は観鈴のお守りを任されてあの家で居候しているんだ。佳乃の分まで手が回らないぞ」
「なら、一緒にお守りしてくれ」
 つっけんどんに言う聖。
「さっきから見ているが、どうも佳乃が君のことを気に入ったらしい」
「気に入ったよぉ〜」
「無理しなくていいぞ」
「無理してないよぉ?」
「それにこいつら学校あるだろ」
 途端、ぽんぽんと肩を叩かれた。
「往人さん、往人さん」
「なんだ、観鈴」
「わたし達、昨日が終業式」
「あ?」
「今日から夏休み」
「ああ?」
「お守りして欲しいな」
「学生が言う台詞か!」
「決まりだな」
「決まりだよぉ」
「決まるなぁ!」

「で、どないなったんや」
「日が休み。月水金、一日中診療所。火木土は午前だけで午後がお守り……」
「誰をや」
「お前の娘と医者の妹」
「ああ、せやったな」
 神尾家の夜。居間には疲れ切った国崎往人とほろ酔いの晴子がいた。すでに夜遅く、観鈴は就寝している。
「どや、いつ頃になったら屋根の修理代払えそうや?」
「……この夏いっぱいだな」
 麦茶をすすりながら国崎往人は呟く。
「酔った勢いが原因とはいえ、長くなりそうだ……」
「まあ、ええやんか。あの子、喜んどるで」
「そうだろうな……」
 そこで話題が途切れた。二人とも黙って、付けっぱなしだったテレビ画面に目を戻す。テレビでは、何か動物関係のクイズ番組をやっていた。色々珍しい動物を並べて、その値段を問題にしていた。
「かなり高いな」
「せやから珍獣なんやろ」
「なるほど、一匹欲しいな」
 そう言って、ごろんと寝転がり、なにげに庭に目を向けると。

 ガラス越しに珍獣がいた。

 あまりにも形容しがたい容姿をしていた。強いて言うなら犬のぬいぐるみのような犬であった。しっぽを振ってこちらを見上げている。その様子もあまりにも形容しがたい。
 珍獣、目の前の形容しがたいもの。金……。
 コキコキコーン。
「おい、晴子!」
「なんや居候」
「珍獣の相場って幾らだ?」
「そら動物の種類によるやろ。まあ、未発見の珍獣なら高いで」
「じゃあ、これどうだ」
 がらりとガラス戸を開け、ひっつかんで晴子の目の前にソレを突きつける。
「……ぴこぴこ」
 珍獣が形容しがたい声で鳴いた。
 一瞬珍妙な表情をした晴子だが、すぐに真顔に戻った。
「居候、おんどれの人形やてすぐにばれるで」
「――よく見てろ」
 そう言うと国崎往人は片手で(すなわち、珍獣をひっつかんだまま)ポケットから自分の人形を取り出し床に置く。手をかざすと即座に動き出した。
「俺は一度に一つの人形しか動かせん」
「……ほな、このぬいぐるみもどきは……」
「ぴ、ぴこ?」
 キュッピーン!
 晴子と国崎往人、二人の目が同時に激しく怪しく明るく光る。
「動くな、珍獣」
「そや、家計の固まり。屋根の修理費」
「ぴぴぴ、ぴこ!?」
 危機を察知した珍獣はおびえている。そして、その外見からは考えられない敏捷さで国崎往人の手から逃げ出した。そのまま庭先に飛び出る。
「まちやがれい」(X2)
 明らかに人でない表情で、二人は飛び出した。

 敏捷なだけでなく、珍獣は脚が速かった。晴子と国崎往人、二人の全力疾走とほぼ同じ速度である。
「くそ、なんちゅうスタミナや!」
 晴子のペースが落ちてきた。
「晴子、後は俺が追う!」
「任せたで!」
 晴子が減速したと同時に国崎往人は加速した。
『これで独り占めぇ!』
 内なる国崎往人が歓声を上げる。
「待て!逃げるな!俺のド・リーム!」
「ぴこぴこ〜」
 近所を走り、商店街を抜け、診療所を抜け、見たこともない橋を抜け、山道にさしかかる。
「アイアム ア ドリーマー!潜むパワー(法術)!」
 訳の分からない叫びを揚げて追い上げに入る国崎往人。登り道は一本しかない。頂上に追いつめれば勝ちであった。そしてついにその頂上に着く。
「どこに行った珍獣!もう逃げられん、おとなしく捕まって金になれ!」
 辺りを見回しながら吠える。
「あれ、往人君」
 珍獣が声を掛けてきた。と思ったら、人間の少女、それも昼間合ったばかりの佳乃だった。
「何でこんな所にいるんだ?佳乃」
「夜の散歩だよぉ」
「そうか。それより、ここに黄金に変わる珍獣が来なかったか?」
「ポテトだけだよぉ」
「ポテト?」
「うん、ポテトォ〜」
「ぴこ」
 先ほどの珍獣が出てくる。
「なるほど、お前ポテトというケモノ種類なのか。名前からして新種だな」
「そうなのぉ?」
「これを見て見ろ。どう見ても珍獣だろ。だから売りさばく」
「ただの犬に見えるよぉ。それにポテトは今家で暮らしているんだよぉ」
「なに?」
 佳乃とポテトを交互に指さす。
「このケモノ、お前のものなのか?」
「あたしのものかどうかはわからないけど……今は一緒に暮らしているよぉ」
「ちっ!お手つきか……運が良かったな。お前」
「ぴこ」
 強奪は出来ない。そうしたらあの医者に消される。それは確実な予感であった。
「やっぱ地道に稼ぐしかないんだなぁ……」
 しみじみと、星空を見上げる。
「往人君、なんか困ってるのぉ」
「まあな」
「じゃあ、お願いしよぉ」
「お願い?」
「うん」
 袖を引かれ、指さす方を見ると、そこに神社があった。
「ほら、五円玉ぁ」
 そう言って佳乃に手渡される。思わず持って帰りそうになったが、素直に賽銭箱に投げ込むことにした。二人一緒に前に並ぶ。
「佳乃もなんかあるのか?」
「来年のお願いだよぉ」
「今からか?」
「早すぎることないよぉ」
「まあいいか……」
 五円玉を投げ入れる。虫の音が冴える深夜に、大きな鈴の音が鳴った。

 少女ひとりはやはり危険に思え、二人と一匹で帰ることにした。並んで来た道を行く。
「なあ、それなんだ」
「バンダナだよぉ」
「それはわかっている」
 佳乃の手に黄色のバンダナが結ばれていた。それは暗い夜道でも鮮やかに見える。
「俺が訊きたいのは、何でしているかって事だよ」
「あのねぇ、あたしが大人になったとき、その時までずっとこれを付けていると魔法が使えるんだよ」
「魔法?」
 再びバンダナを見る。
「うん、魔法」
「ふーん」
「あれぇ?」
「どうした?」
「うーん、この話するとみんな笑うのに、往人君笑わないから」
「そう言う話、好きなんだよ」
「そうなんだぁ」
「ああ」
「ぴこ」
 ポテトも同調する。三度、国崎往人は佳乃のバンダナを見た。
「なんか、いいよな」
「うん!」
 嬉しそうに頷く佳乃。そしてひとり先に進んだ。そしてそのままで訊く。
「そういえば、さっき何をお願いしたのぉ?」
「俺はまあ、さっきの悩みの他に色々な。佳乃は何を祈った?」
「あのね、来年も往人君がお金に困ってこの町にいるようにって。でも、来年の話をしたら鬼が笑うかなぁ?」
 そう言って佳乃が振り返ると。
 後ろには怒った鬼が居た。

「ことわざ間違ってなかったよぉ」
「ぴこぴこ」

 ――続く。

 次回予告!
「……ふふふ。ちるちる、私達の出番ですよ……」
「うにょ!」
「……でじ(自主規制)?」
 次回の話が最初から最後までそんなノリで終わらなければいいが……。

第一話へ 第三話へ

戻る  トップへ