AIR_7(エア・アンダーセブン)
第一話:風変わり娘と大阪弁と国崎往人
その日、いつも通り仕事から帰り、玄関から居間に入ると長身で目つきの悪い兄ちゃんがいた。
「観鈴!まぁた拾ったんかい!」
「うん、拾った。にはは」
神尾家の家主、晴子は己の娘の不用心に心から嘆いた。
「俺は……何か?犬か猫のように拾われたと?」
自分を指さし、情けなさそうにつぶやく兄ちゃん。
「そういうことや。この娘はなんか自分の友達になりそうなもんは何でも連れて来るんや。それこそライオンやホッキョクグマでもな。で、名前は?兄ちゃん」
すかさず観鈴が答える。
「小渕さん」
「違ぇ!」
「森さんかいな」
「そういうやばい発言はやめろ。……国崎往人だ」
「分かった。今日からあんたは居候と呼ぶで!」
「俺の名前訊いた意味あったのか?なあ、あったのか!?」
「うん。わたし名前分かった。往人さん」
「ちなみに漢字でどない書くんや?」
「往来の往に人だ」
「なんや、ユキウサギ書くんやないんか……」
「その場合、わたしサクラちゃん」
「だからやばい発言はやめろぉ!」
というわけで、神尾家の住人がひとり増えた。
そして問題が速攻で発生する。国崎往人が住み着いて三日後の朝。
「あかん……」
晴子は預金通帳とにらめっこをしていた。
「居候OoooOH!」
意味もなくアルファベットで語尾を伸ばす晴子。
「なんだ?」
ジョギング帰りのようにほっほっと足踏みしながら、国崎往人が現れる。何故か鼻の下が白かった。
「おんどれ、居候やっとるならもう少し慎ましく生活せんかい!」
「何を言う」
『荏の花温泉』と書いてあるハンドタオル(おそらく本人の私物)で顔を拭きながら国崎往人。
「俺ほど慎ましく生活している居候はいないぞ」
「んならこれはなんや!」
預金通帳の隣で書いていたリストを見せて音読する。
「煎餅16枚――640円
アイス5カップ――600円
アイスバー8本――400円
らくがん一袋――380円
栗饅頭一箱――480円
するめ3杯――2940円
どろり濃厚4パック――400円
特上握り寿司二人前――時価」
国崎往人のハンドタオルがはらりと落ちた。
「じ、時価ってそんなぼったくりバーみたいな値段があるかー!」
「じゃかあしい。アレはうちが朝飯にとって置いたんや!」
どうでもいいが、夏にそれはまずい気がする。
「どろり濃厚4パックって、わたしの」
起きていたらしい観鈴が控えめに付け加えた。
「そういう訳や。観鈴のお守りが居候の仕事やったが、そんなやとこっちが割にあわん!働いて家計補充してもらうで!」
「上等だッ!」
そう言うと国崎往人は尻ポケットに手を突っ込んだ。
「観鈴には見せたが、お前にはまだ見せていなかったな!」
そう言ってポケットから旧い小さな人形を取り出す。
「うわ。そんな趣味があったんか」
「ちゃう!」
思わず晴子の語調で否定してしまう国崎往人。
「さすらいの人形屋?」
「それも違う!」
「えっとね、お母さん」
観鈴がフォローに入る。
「あまり売れない人形劇屋さん」
「それは違って欲しい!」
「じゃあ、全く売れない人形劇屋さん」
「さらに悪化しているぞおい!」
とうとう泣き出した。よほど売れないらしい。
「と、とにかく、俺はこれで稼いでいるんだ。ちょっと見ててな」
少し落ち着くと、そう言って人形をテーブルに置いた。すうと手をかざす。
ぴょこん。
人形がなんの前触れもなく起きあがった。国崎往人は動かない。
とことことこ。
指一つ動かさないのに、人形は円を描くように歩き出した。少しずつ螺旋を描いて、中心に向かい、やがてすとんと座って動かなくなる。
「……どうだ?」
「オチがないやん」
「ぐっ」
「ヤマもあらへん。イミもあらへん」
「ぐああ」
「まさにやお……」
「それ以上ゆうな〜!」
悲痛な叫びが木霊した。再び観鈴がフォローした。
「でもね、お母さん。なんの仕掛けもないんだよ」
「先に言ってくれ。それを」
涙目で観鈴に懇願する。
「そんなんで稼いできたんか、居候」
「ああ、これで十年やってる」
「よお十年もそれでやれたな……」
「しみじみと言うな!」
「まあ、ええわ」
ぴしゃりと言い放つと、晴子は立ち上がった。
「これはおまけみたいなもんや。実際問題は食費が二倍に跳ね上がったことや。うちと観鈴を併せてそれで居候ひとり分やで。このままやと家計がもたん。居候、今日から稼ぎ」
「元からそのつもりだ」
人形をしまい、不敵に笑う国崎往人。
「見ていろ、がっぽり稼いでウハウハ笑ってやる!」
「稼いでや」
こちらも不敵に晴子。
「うちかていっぱいいっぱいなんや。もうけ無一文やったら放り出すで」
そして夜になった。神尾家に低いエンジン音が聞こえるようになると、観鈴はちゃぶ台を押さえる。国崎往人は何もしない。低いエンジン音が高くなり、大きくなると。
どーん。
例によって晴子のドゥカチは納屋に突っ込んだ。
「たっだいまやー!」
「わ、やっぱり酔っぱらってる」
お帰りと言った後、わざわざ思っていたことを口に出す観鈴。
「居候ー♪稼いだかー♪」
その居候は体育座りの体勢で横に転がっていた。
るるるるるるるーるるるー。
そう口ずさみながらさめざめと泣いている。
「あのね、お母さん。一銭も稼げなかったんだって」
るるるるるるるーるるるー。
「でもね、学校終わった後ずっと見てたけど、往人さん頑張ってたよ」
るるるるるるるーるるるー。
「だから追い出さないでね。明日はきっと大丈夫だと思うし」
るるるるるるるるるー。
「だからね、お母さん」
「居候」
唐突に晴子は国崎往人に呼びかける。歌(?)がぴたりと止んだ。
「稼げへんかったか」
「お母さん……」
「飲み」
「………………」
「居候は稼げんでクヤシー!うちは家計がクルシー!こういうときは飲むに限る!そうやろ!」
「は、晴子お義母さーん!」
「はっはっは。お義母さんはまだ早いで。とにかく飲みー!」
「飲みます!飲みまくります!」
半ば呆れ、何故か少し顔を赤くしながら観鈴が呟く。
「お母さん、朝と言ってることが違う」
「気にすんなー」
最早朝のことはうやむやになっていた。スタートダッシュ良好の宴会が始まる。
「居候、もっと飲めー」
「飲むぞぉおぉおぉお!」
二人一緒に一升瓶を天井高く突き上げる。
「が、がお……もう二人ともレッドゾーン」
おびえる観鈴。
「二番〜!国崎往人ぉ!引っ越しに便利な隠し芸やりますぅ!」
一番は誰もやっていない。
「おおーなんやなんやぁ!」
「俺は人形以外でもある程度は動かせる!よってタンスとか、冷蔵庫とか法術で運べば肉体的に疲れないし、視覚効果も抜群!」
「おおーそれなら引っ越し屋で働けるで〜履歴書とっとと送り〜」
「まぁずぅはぁこのタンス。観てろよ〜」
そう言って国崎往人はタンスに向かって手をかざした。するとタンスが鳴動する。
「んおおおおお!」
ガタゴトガタゴト。
「わ、すごいかも」
めずらしく目を見張る観鈴。
「ぬうりゃ!」
ボーン!
タンスは空高く舞い上がった。天井を突き抜けて。
「あ」
さしもの観鈴も絶句。
「ブ、ブラボーぉぉぉ!」
「センキュウゥゥゥゥ!」
ひゅーん。
ズガーン!
若干放物線を描いたらしいタンスは、天井にもう一個穴を開けて神尾家の居間に戻ってきた。
「おおー戻って来たでぇぇぇ!」
「ざっとこんなもんだぜ!!!」
ばちーんと二の腕を叩いて咆吼する国崎往人。
「居候最高ぉ!」
「俺様最高ぉ!」
ふと我に返った観鈴は居間をこっそりと抜け出そうとする。
「明日きっと大変、早く寝ておこ」
いつ終わるともしれないどんちゃん騒ぎから、観鈴はひとり退散していた。
……で、朝。
「いっそうろうおうおうおうおうおう!」
「やめろ!頭に響く!!」
「うちかて響いとるわ!なんやこの穴はぁ!――んがが」
自爆して頭を抱える晴子。
「知らねえ!――うぅ」
「うちも覚えとらん、居候も覚えとらん……」
「観鈴だ。観鈴に訊け」
「そやな。観鈴〜」
すでに朝食も済ませ、制服に着替え終わった観鈴がひょっこりと出てくる。
「二人で開けてた。一個はお母さん、もう一個は往人さん」
「何?」
二人同時に叫ぶ。そして、全く同じタイミングでお互いを指差し合い、こいつがひとりでやったんじゃないかと訊いてきた。
「ううん、ひとり一個。仲良く開けてた。ずがーんって」
「うがぁ!」
再び同時に叫ぶ。
「じゃ、学校行って来るね。朝食は台所」
昨夜と同じく、観鈴はそそくさと退散した。
「嘘ついちゃった。でもいいよね」
登校しながら観鈴は誰となしに呟く。
「うんうん、酔っぱらい同成敗」
そう言ってひとり納得すると、観鈴は歩きながら軽く伸びをした。
「今年の夏は、退屈はしないみたい」
観鈴はひとり頷いていた。
……夏は始まったばかりである。
――続く。
「待てい!続くんかい!?」
最初に第一話と書いてあるのを晴子は見逃したらしい。
「OgurinのSSは単発系やろ!」
少し趣を変えたくなったのである。
「なんで続くねん!続くねん!!続くねーん!!」
次回予告!
「ぴこ」
これだけで分かるネ!
第二話へ
戻る トップへ