『あなたの髪に、似合う花を。』

〜第11話〜



 弾かれたesの剣は、そのまま彼女の手を放れ、中庭に突き刺さった。
 同時に体勢の崩れたesも、それに習うように中庭に転がり込む。普段着ているふわりとした服なら、芝生にまみれて大変なことになっているが、幸いというか、記述が遅れたというか、今の彼女は乗馬服を着用していた。しかも腰には、剣の鞘が付けられたベルトを着用している。
「……非常識よ」
 大の字になって、荒い息を整えようとしながら、esはそう呟いた。
「申し訳ありません、非常識で」
 いつの間にか納刀した権藤が、冗談交じりの口調でそう返した。



 元はといえば、esが言いだしたことである。いきなり権藤を私室に呼びだして宣うに、
「私に、剣を教えてくれる?」
 と、実に簡素な要求をした。しかし、権藤の返事はもっと簡素で、
「駄目です」
 身も蓋もない。
 しかし――いや、もちろんか――それだけでesは引き下がらない。
「権藤、私の勲位を言ってご覧なさい」
「……かしこまりました。キャロル=e=s=ハウザー卿」
「そういうことよ」
 『卿』とは、騎士に与えられる尊称であり、貴族の称号の入り口である。成人に達した貴族の子弟には、誰にでも与えられるとはいえ、女性の、しかも弱冠13歳となると、それはもうes以外にはいない。
「その騎士が、剣の腕がちゃらんぽらんじゃ、洒落にならないでしょう?」
「剣の基本は習われたと聞いております。それに、es様は運動神経が人並み外れていますから、心配しておりません」
「私の何処が、人並み外れているって?」
「この前の騒ぎで、充分に認識しました」
 この前の騒ぎとは、屋敷の新米メイド、シルフィー=ニューバレーに対しesが行った『御無体な』行為であり、それはいつの間にか『大きさの平均値を求める』行為に変化した時点で、屋敷中のメイドをパニックに陥れた。
 ちなみに結果として、メイド全員がesの餌食になり、後で皆こぞって権藤に抗議するという結果に収まっている。
「皆が鈍いのよ」
「es様が速いんです」
「そうかしら。でもあれ、大事なことがわかったのよ」
「なるほど、私が屋敷中から抗議されても釣り合うほどのですか」
「ええ、だって、目分量、実測、そしてウチのメイド全員の話を総合すれば、権藤。おそらく貴方、私の次――つまりメイドの中では、一番――」
「帰りますよ?」
「なら計らせなさい」
「お断りします」
「……つれないわ」
「つれなくて結構です」
「どうしても剣は教えてくれないのね?」
「どうしてそこで話題が戻るんですか?」
 そこで会話が途切れた、お互いの視線が交錯する。
 そして折れたのは、何とesだった。
「じゃあ、剣を教えろとは言わないわ」
「その方がよろしいです」
 と、権藤。
「私の剣は、身を守る防御より、相手を倒す攻撃に偏重していますから。es様の覚える剣ではありません」
「わかったわ」
 神妙にしていた表情が、うってかわってニヤリと笑うと、
「その代わり、私の剣の練習につき合いなさい」
 七転び八起き。転んでも只では起きないesは、わざと転んで藁を掴んでみせた。



 ――そして現在、esはそのことをちょっとだけ後悔している。



「最後の突きですが、もう少し近づいたところから加速した方が良かったかと。速さは申し分なかったのですが、直線的な動きが長かったので、その先の行動が読めてしまいましたから」
 再び刀を片手にぶらんと携えて、空いたもう片方の手で、権藤はesが起きあがるのを手伝った。
「――なるほどね」
 すっかり立ち上がると、esは中庭――さっきまで権藤剣の練習を行っていた所――の外れに突き刺さっている両刃の剣を引き抜いた。
「両刃の方が、左右まんべんなく攻撃出来ると思ったけど、そうでもないのね。片刃の貴方の方がずっと速いわ」
「両刃で薙ぎ払うと言っても、手首の位置を変えない限り、両刃を同時に使うことは出来ません。私見ですが、両刃は片方の刃がこぼれたときに、代用がきくように、もしくは、両方をバランスよく使うことで、刃の寿命を延ばそうとするために、あるものかと」
「――なるほどね」
 先程と同じ相づちをうちながら、esはその剣の汚れを拭き取り、鞘に収めた。
 レディアント=シルバーエッジ。文字通り銀細工を柄に施されたその剣は、貴族の子弟でも使いこなせるよう徹底的に軽量化を施しながらも、剣の性能は並みのそれよりずっと上、但し、コストパフォーマンスは最悪という、騎士でもなければ、持つことがない剣である。
「それにしても……」
 中庭に設えているテーブルに剣を置き、椅子に座りながらesは呟いた。
「ちっとも、権藤の剣技を盗めなかったわ」
「当然です。私の剣は、刀でないと使い切れませんから。それより……」
 そういって刀をテーブルに置いて、権藤はesに呆れたような視線を向けた。
「何時の間に、こんなレプリカを?」
「良く出来ているでしょう? 街の鍛冶屋に頼んだの」
 レプリカとは、ふたりの刀と剣のことで、これには刃が焼き付けられていない。真剣だとやらないと権藤が言いかねないので(事実、そう言ったのであるが)、esが先に用意して置いたのである。
「私の刀を持ち出したんですか?」
「まさか。前に見たときに形を覚えていたから、知り合いの絵描きに図面を描いて貰って、それを鍛冶屋に持ち込んだのよ。私の剣の方は面倒だったから実物を持ち込んだけど」
 権藤は、改めてレプリカに手をやり、鯉口をきって、元に戻した。感触は、本物と大差ない。この場合、esの記憶力に感嘆するべきか、頼んだ絵描きを賞賛するべきか……。
「これからも、時々はお願いするわね」
「……考えておきます」
「ほほう」

 突然、背後で第三者の声が聞こえて、ふたりは同じタイミングで振り返った。

「それは私(わたくし)も、参加してみたいものですな」
 背の高い、髭の執事がそこにいた。



〜続く〜



第10話へ  第12話へ





あとがき

 ちょっとお休みした時間が長かったので、一気に二日分。

Back

TOP