『あなたの髪に、似合う花を。』

〜第12話〜



 年齢の計り難い男である。
 年の頃が30から50迄としか判定出来ず、しっかりと伸びた背は、esの屋敷にいるどの使用人よりも高いことだろうということは分かる。
 小じわひとつ無い、若々しい顔をしているが、頭髪には、所々白いものが混じっており、それは胸元まである髭も同様である。要は身体の各部の経年変化(?)がバラバラなのだ。それが、年齢の判断を鈍らせる。
「どなた?」
 相手から視線を1ミリもずらさずに、しかし、口調はあくまで丁寧に柔らかく、esが問うた。
 ここはesの館の中庭である。ここに入ってくるためには、表の門を通って、屋敷の中を進み、裏庭へ続く扉をくぐらなくてはならない。今のところ屋敷からたいした騒ぎが起きていないということは、屋敷の中を通ることが出来る人物であり、いかに怪しかろうと、客人として扱う必要がある。
 esの凛とした態度に、その男は嬉しそうに口を歪ませたかと思うと、ピッと背筋を伸ばし、優雅に礼をした。
「お初にお目にかかります。私(わたくし)、オルウェルズ=T=キナーと申します、ハウザー家より、避暑地を任されております執事でございます。キャロル=e=s=ハウザー様に置かれましてはご機嫌麗しく――」
「挨拶は良いわ。本家から来たのね?」
「左様で」
 そう言って、男――キナーは、ゆっくりと、自らが持っていた大きなトランクを芝の地面におろした。
「……今さら本家が何の用で――、待って、オルウェルズ=T=キナーですって?」
「私の名前におかしな所でも?」
「貴方、キナー=ザ=サザンクロス?」
「それは、昔の名前でございます」
 しれっと、キナーは言ったが、聞いた方は堪らない。
 南十字卿、オルウェルズ=T=キナー、通称キナー=ザ=サザンクロスといえば、黒衣卿、R=パララケルス男爵と並ぶ、勇猛さで名の通った騎士である。その二つ名の源となった、長大な剣『サザンクロス』には、十字の柄に、それぞれサファイヤがはめ込まれた装飾剣だが、攻城槌の代わりに、岩の壁をうち砕きながら刀身に傷ひとつ付かなかったという業物である。
「今は、引退の身。ハウザー伯の下で働く、ひとりの執事でございますよ」
 そう言って、キナーは楽しそうに笑って見せた。
 言うまでもないことを付け加えるが、キナーの言うハウザー伯とは、esの父親である。
「知らなかったわ。我が家にマテリアル戦争時の立て役者、双璧の片方が仕えていたなんて……」
「世の中、そう言うものでございますよ」
 と、キナー。髭で顔の半分が隠れているのだが、不思議とその表情が読める。表裏のない、もしくは、自らの感情を表現出来るのだろう。
「それで、一体この屋敷に何の用事なの? ここには本家の人間なんて、滅多に来ないんだもの、要件がちっとも読めないわ」
「なるほど。キャロル――失敬、es様のお噂はかねがね聞いておりますが、確かに本家のものがそちらに来ることは滅多にないそうですな」
 ――確かにこの男は本物の南十字卿だと、esは確信した。言う前から彼女を『es様』と呼んでいる。
「しかしながら、私も仕事で参ったのではありません。私用で参上仕ったのです」
「私用?」
「左様で」
「一体、なんで?」
 この屋敷には、特に南十字卿縁の者が居るとは聞いていない。相手が相手だから、居ればすぐにでもesの耳に入ってくるはずである。そのことをesが言うと、キナーは髭の中から白い歯を見せて笑って、
「身内でしたら、それ、そこに居ますよ」
 といって、指をさして見せた。
 esの視線が後を追うと、
 そこには、椅子に座って振り向いた体勢のまま、岩石となって固まっている権藤の姿があった。
「ちょ、権藤!?」
 慌てるesを抑えて、キナーが前に進みでる。
「久々だな、ジェミナ=エイト――我が愛娘よ」
 そう言って、キナーは前にかがみ込むと、権藤の額にキスをした。

 石となった権藤から、巨大なひびが入る音を、esは確かに聞いた。



〜続く〜


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あとがき

 第二の犠牲者が現れますた!(許可取ってあるけど……)

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