〜第10話〜
よく晴れた日のことである。esの屋敷へと続く、小さな森の小道をひとりの男が歩いていた。
若いのか、年を取っているのかわからない風体である。長身の身体は同時にがっしりとしていて、中に筋肉がみっちりと詰まっていそうなのに対し、頭髪には白髪が混じりかけている。しかも、顔には小じわの類すらないのに、顎から胸元まで、立派な髭を蓄えていた。
そんな男の風体は、間違いなく執事の格好であった。今も常人では考えられないペースですいすいと歩いている。街から屋敷までそれなりの距離があるというのに、この男、いささかも疲れた様子はない。巨大な――男自身が収容可能なほどの――トランクを手にしているというのに。
■ ■ ■
喘ぎそうになるのを、esは必死になって堪えた。しかし、呼吸の荒さだけは隠しようがない。
もう、3度目である。
「フ――く――」
必死に呼吸を整えようとして……失敗する。酸素が圧倒的に足りない。
「ふ――は……あ……」
とうとう膝が折れた。ゆっくりと地に沈み――へたり込む。
「そろそろ、終わりにしませんか?」
esの視線の先、悠然と佇みながら、権藤はそう言った。
「そうは……行かないわ」
esはゆっくりと立ち上がる。身体が熱い。三つ編みにまとめておいたのに、髪が鬱陶しく感じる。それでも、視線はずらさず、じっと前にいる権藤を見据える。
――これで、最後にしよう――
諦めではなく、自らの限界を悟って、esはゆっくりと剣を構えた。刺突の構えである。これで全力を出しきったら、次はもう立てない。ならば、この一撃に全力をかける。
腰を落とし、両足に力を溜める。距離は大股で約7歩。6歩を加速に使い、最後の1歩で踏み込む。これしかない。
esの覚悟に対して、権藤は動かない。ただただ、半身を心持ちesの方に向けて立っている。手には、件の刀をだらりと携えていた。
「行くわよっ!」
esは高らかに宣言した。同時に突撃を開始する。1歩、2歩、3歩。
足を前に出すごとに、風景が加速度的に後ろに流れ、目の前に近づいた権藤がスローモーションになったかのように見える。
4歩、5歩、6歩。
剣を持つ手に力を込めた。既に矢のように引き絞っている手に、力を一気に流し込んでいく。
7歩!
自分の全体重を大地に乗せて、自ら剣を突き出す。その切っ先は、明らかに権藤を狙っている。4歩目辺りで、刀を両手に持ち替えた権藤にである。
キ――ン!
しかし、そのesの一撃も、権藤の抜き打ちの前に、あっさりと弾かれたのであった。
〜続く〜
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あとがき
バトル編スタート(?)。