『あなたの髪に、似合う花を。』
〜第9話〜
権藤は時々思う。シルフィー=ニューバレーは人を気にし過ぎるのではないかと。
しかし、今はこう思う。シルフィーは、自分のことを気にしなさ過ぎるのではないかと。
おそらく、後者なのだろう。正解は。
「貴方ね……」
もう一度言ってみろと、可能な限り凄みを効かせて放ったesの忠告も、シルフィーには効かなかった。それどころか、
「その……そろそろ胸の方にも下着をつけた方がいいですよ?」
とまで言われる始末である。
「シルフィー、貴方にはわからないでしょうけど」
esは、もはや怒りを越えて呆れたかのようにため息をつきながら、言葉を続けた。
「『ない』人間にとって、『ある』人間のそれは、非常に興味があるの。昔から言うでしょう?『隣の芝は青いって』」
「それ、私の郷里の諺ですよ、es様。それと、微妙に意味が違います」
さりげなく入れた権藤のツッコミを、esは意図的に無視してさらに続ける。
「そんな、『ある』貴方に、ないんじゃないですかなんて言い方は、この上ない屈辱に聞こえるの。わかる?」
怒りを通り越してなどいなかった。よくよく見れば、esのこめかみが小刻みに震えている。なんというか、後一歩踏み込んだら、地雷原の他に水攻めと槍の雨と、攻城槌の嵐が待っている、そんな領域が出来つつあるように見える。
「でも、キャロル様、あったって良いこと無いんですよ」
あっさり踏みこんだ。今度は地雷探知機くらいは持っていたはずなのに。
「重いし、肩凝るし。しっかりとブラジャーで固定してしても、ちょっと走るとすぐに揺れて、走りにくくなる上に痛いんですよ。おまけに足下にあるものが見えにくいし……それに男の人の視線が――きゃあ!?」
esは最後まで聞いちゃいなかった。
「なるほど、痛いのね。勉強になるわ」
シルフィーの胸から離した後もなお、わきわきわきわきと両手を動かしながらesは納得したように頷いて見せた。
「ひ、ひどいですよ〜、キャロル様……」
流石に一度目ほどの衝撃は無かったようで、涙目になっただけでシルフィーは留まった。
「権藤先輩も何か言ってください〜」
ふと、制止出来る立場と位置にいたはずの権藤のことを思いだして、僅かながらとはいえ、憤りを感じながら権藤に水を向ける。
「え? ああ、ごめんなさい。ちょっと考え事していて……」
「へ?」
「なんですって?」
信じられない事を聞いたかのように、シルフィーとesがそれぞれ聞き返した。
「権藤、今、貴方考え事ですって?」
「はい。申し訳ありません、es様」
あり得ないことである。権藤がいままでにおいて、人の会話を聞き逃すと言うことはなかったからである。(もっとも、esが聞くなと言ったことは、完全に脳からシャットアウトすることも出来るのだが)
「どこか、悪いの?」
「恐れながらes様、体調管理には私、自信がありますが」
「そ、そうだったわね」
急に額に浮いた汗を袖で拭うes。どちらにしたって、普段決してやらないことを目の前でされれば、あまりいい気分はしない。
「もしかして……」
今日のシルフィー=ニューバレーは、振り返るということをどこかに忘れてきているようであった。
「権藤先輩、胸で悩んでません?」
たちまちにして出現する活火山。
「なやんでませんっ!」
しかし、すぐに二つの視線に気が付いて、あわてて活動を休止する。
「……そう、貴方も人並みに悩むことがあるのね」
わききっわききっと、怪しく両手を動かしながら、勝ち誇った笑みを浮かべてesがそう言う。
「あの、権藤先輩。なんでしたら下着変えてみたらどうです? 最近は抑えるだけじゃなくて、大きく見せるものもあるそうですから。es様の分も合わせて買えば、きっとお得ですよ」
シルフィーには、郷里の諺『口は禍の門』を教えてあげたい。
「ねえ」
わききっわきききっと続けながら、esは権藤に尋ねた。
「大きさ、計ってみても良い?」
「駄目です!」
活火山、再び。
余談であるが、この後しばらく、屋敷中のメイドがesの餌食になったという話があるが、それはまた、別の機会に。
〜続く〜
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あとがき
実際問題、esさんはノーブラのはずです。(あったら恐いがな)。とりあえず、これで、第二部『乙女の悩み』編終了。続いて第三部『その男』編をお楽しみに。
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