『あなたの髪に、似合う花を。』

〜第7話〜



 出し抜けに屋敷中に響いた悲鳴を聞いたとき、権藤は珍しいことに自室で休んでいた。
 ベットがひとつ、机と椅子が1セット、小さなクローゼット以外なにもない小さな部屋で、郷里の言葉で書かれた本を読んでいた矢先のことである。
 その屋敷中に響いた悲鳴を聞いた次の瞬間、権藤は目に映る活字を全て頭の中から叩き出し、代わりに悲鳴の発生点、声の主を割り出すのに脳細胞をフルに動かしはじめた。
 権藤の部屋は、屋敷の一階――使用人の部屋は皆そうなのだが――にある。悲鳴の伸び方からいって、同じ一階から発生したものであろう。距離からいって……。
 そこまで分析した時点で、権藤は本を投げ出すように置きながら座っていたベットからバネ仕掛けのように立ち上がったかと思うと、観音開きのクローゼットの扉を勢いよく開けた。中には、自分が普段着ているものと同じメイド服が三着。そして奥の方にまとめてある私物の包みと、それらに紛れるようにして立て掛けてある、刀が一振り。
 権藤はその、黒鞘の、普通の打刀にしてはやや短いそれを掴み出すと、その勢いのまま自室を飛び出した。
 悲鳴の主はシルフィー=ニューバレー、発生点は、キャロル=e=s=ハウザーの執務室だったからである。


 刀は、飾られていない場合、大抵は刀袋に収められているのだが、権藤の持つそれは、むき出しでそのまま立て掛けられていた、何処までもシンプルな刀である。黒い鞘には飾りも彫刻も漆塗りもなく、鍔は鞘と同じ色の二重円。柄に至っては普通刀に施されている飾りすらなく、革の紐でぎっちりと巻きつけてあるだけである。
 シンプルなのは刀身も一緒で、刃にこれといった紋様はない。但し、通常より短い1尺8寸(約54センチ。通常は2尺2〜5寸。約66〜75センチ)の刀身は、鏡のように磨き上げられた、斬るためだけに存在するような光と湛えて、今は鞘の中で眠っている。
「失礼します!」
 いつもなら返事があるまで部屋の外で待機だが、緊急事態と判断した今は、そんなことをする暇はない。権藤は手早く扉を開け放つと、左手で鞘を握り、右手に柄を添えて部屋に飛び込んだ。そしてそのまま、ぐんと腰を鎮めて、身体を軽く捻る。抜刀、しかも居合い抜きの構えである。
「es様! シルフィー! ご無事ですか?」
 部屋の中は、荒れている様子がなかった。esの机の上には、コーヒーポットとカップが整然と置いてあるし、書類も机の脇に置いてあるとはいえ、散らかってはいない。
 
 なにより、椅子にesが座っていて、ビックリした顔のまま、手をわきわきさせていた。

「……? es様?」
「――権藤?」
 あまりにも速かったため、一瞬誰だかわからなかったらしい。esは手のわきわきをやめると、流石権藤ね、とだけ呟いた。
「es様。シルフィーは?」
 刀を普通に持ち直して、権藤が尋ねる。
「こ、ここですぅ……」
 部屋の片隅に縮こまっていたシルフィーが、手を挙げた。目に涙を浮かべて、自分を抱きしめている。
「ど、どうしたのです? シルフィー」
「ぜ、ぜんばい……ごんどうぜんばいぃ……」
 とうとう泣き出してしまった。権藤は迅速に、esに向き直ると、
「es様」
「……わかっているわ。そうよ。わたしがやったの」
 珍しいことに、esは素直に白状した。
「でも、私、そんな酷いことやっていないわよ」
 そういって、上目遣いに権藤を見る。
「それは、私が訊くまで保留にします。一体シルフィーに何をされたのです」
 私が訊くまで保留って、それって卑怯だわ。権藤の思い通りじゃないの等とぶつくさ言いながらも、esはしっかりと言った。
「ただ、シルフィーの胸が大きかったら掴んでみただけよ」



〜続く〜


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あとがき

 実際問題、esさんは乳揉み魔ではない……はずです。

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