『あなたの髪に、似合う花を。』

〜第5話〜



 ここ最近esの生活環境は激変していた。
 何といっても、仕事中でもプライベートでも屋敷中の使用人――権藤以外――に、積極的とは言えないものの、必要最低限以上の会話をするようになったのである。
 仰天したのは使用人側で、キャロル様――es――御乱心という噂まで飛び交いそうな勢いであったが、たったひとりのメイドが普段と変わらないので、色々な疑念は拭えないものの、騒ぎを起こすまでには至らなかった。
 無論、たったひとりのメイドとは、権藤のことである。

 その権藤であるが、ここ最近、頭上の環境が激変していた。
 ネコミミである。
 使用人達が仰天して、権藤さん御乱心――となることを、当の権藤が密やかに危惧し(あるは期待し)ていたが、その気配は全くなかった。
 ひとつに、貴族達の流行――権藤は完全に知らなかったのであるが――で、自らと近くに置く使用人の頭に何か飾りを付けるというものが、既にブラマンシュ家、ティユ家などの有力貴族の間に流行っていた事が理由と思われる。
 そしてもうひとつが、esによるいつもの御無体ではないかというものであった。
 ――正直、権藤はこちらの方が説得材料として強力なのではないかと思っている。


 まあ、そんなことがあったわけで、屋敷中の誰もが――権藤さえもが――しばらくは平穏だと決め込んでいた矢先の出来事である。
 その日、シルフィー=ニューバレーは鼻歌と共にコーヒーカップとポットが乗った盆を運んでいた。傍目でわかる通り、上機嫌である。
 おそらく、esの生活環境の激変を一番喜んだたのは彼女であろう。後で聞いて権藤も驚いたのであるが、彼女は、一よりも早くesと、正確には自分の主人と仲良くなりたいと思っていたのである。
 出会った人誰とでも仲良くなりたいというより、理想の主従関係を求めているのだろう。自分が新人だった頃を思い出した権藤他数名のベテランの使用人達は、そう言う結論に達して、それ以上聞こうとはしなかった。
 さて、その上機嫌のシルフィーである。相変わらず鼻歌のまま、コーヒーカップとポットの乗っかった盆と共に屋敷の一階にあるesの執務室に向かっている。
 esはご覧の通り、ハウザー家のご令嬢である。しかも、弱冠13歳ながら、すでに本家と独立を果たしているという、貴族社会でも非常に希有な存在である。そんな彼女であるから、既に自らの裁量を用いて、事業をひとつ持っている。そのことはいずれ話すとして、今は彼女が自分の執務室で書類を書いていると思って貰いたい。
 そのesが丁度3枚目の書類を片づけたとき、軽やかなノックの音が響いた。続いて、底抜けに近い明るい声が続く。
「キャロル様、シルフィーです。コーヒーをお持ちしました」
「入りなさい」
 書類や筆記用具を机の横にどかしながら、そう言った。ほどなくして、盆を片手に持ち替えたシルフィーが器用にドアを開けて、執務室に入ってきた。
「えっと、机の上に置いてよろしいですか」
「ええ、そうして頂戴」
 やや上の空のような声で、esが答える。権藤であれば確実に気付いたであろうその態度は、シルフィーではまだ、少しお疲れのようとしか見えない。
 実は、ここ数日、esが考え事をしていたり、その逆でぼんやりとしていたりすることが多いのであるが、それに対していままでesと接するのを意識的に避けられ、避けてきた権藤以外の使用人達にはまったく理解出来なかったのである。
 だから、シルフィーが、esの微妙な変化を見分けられなかったのはある意味で仕方のないことであったのだが、別の意味で、彼女にそれなりの災厄をもたらす羽目になったのである。



〜続く〜


第4話へ  第6話へ





あとがき

 かゆ……うま……。

Back

TOP