『あなたの髪に、似合う花を。』

〜第4話〜



 その正体を、権藤は最初理解出来なかった。
 最初は頭に付けるリボンかと思ったのだが、少し様子が違う。
 それは、黒のカシミヤと桃色のビロードで造られており、一部がカチューシャのようになっていた。
「これは……」
 そっと手に乗せて、じっくりと眺める。
 それの正体が、それの名前が喉元まで出かかっているのだが、どうしても出てこない。
「これは……もしや……」
「いわゆる、ネコミミかしら?」
 絶妙なタイミングで――実はしっかりと見計らって――esがその正体を明かした。
「……これを、私に、どうしろと?」
 珍しく、どうすればいいのか話からない表情を浮かべて、権藤が尋ねる。
「貴方が、身につけるの」
「理由がありません」
「あら? そうかしら?」
「第一、似合いません」
「そんなことはないわ」
 胸を張って、esは宣った。
「権藤は野性的だから、似合うわよ」
「野性的……ですか?」
 正直、あまり嬉しくない。というか、そう評価されていたとは、思わなかった。
「とりあえず、付けてみなさい」
 そう言って、部屋の中から鏡を探し始めるes。
「しかし、装身具な他らにもあるでしょう。何故、ネコミミなのです?」
 当然の疑問である。
「この前ブラマンシュ家のお茶会に参加したとき、家中の人が、兎の耳を身につけていたのよ。それで」
「――あの家はあの家、こちらはこちらです」
 名家とはいえ、非常識の塊とさえ言われるブラマンシュ家を常識の範疇に持ってこられた日には、たまったものではない。
「貴方はそう言うけど、それは、私の紋章を表す貴重なアクセサリーよ。ひいては、私の象徴でもあるわ」
 権藤は、答えない。ネコミミという形に惑わされ、すっかり失念していたからである。
 ハウザー家の紋章は、門と盾、橋、そして動物の紋章としては珍しいことに、黒猫があしらわれている。
 その四つの内、es固有の紋章として、黒猫を使用することを許されているのだ。
 権藤は、手の中のネコミミに視線を落とした。布地からして、まず一級品である。しかし、よくよく見れば、縫い目がわずかながら粗い。それは、素人がやったもの――ではなく、それなりに裁縫の技術を持つ者が、既製の商品に近づけようと努力したものの、ハンドメイドの味を消せなかったのに他ならない。
「es様」
「なあに?」
 未だ鏡を探しながら、esが答える。
「このネコミミ、何処で手に入れられたのです?」
「注文したのよ」
「裁縫屋に?」
「そう」
「なら、その裁縫屋は変えた方がよろしいですね。縫い目が素人と変わりません」
 そこでesは猛然と振り返った。手鏡がクローゼットに押し込まれていたのを発見したせいでもある。
「失礼ね! それでも……あ」
「それでも、なんでしょう?」
 計算して、わざと小首を傾げる権藤。彼女の狙い通り、esの顔があっという間に紅潮し、ふたたび身を翻した。
「な、なんでもないわ! 確かに貴方の言う通りね。今度から別の裁縫屋に頼むとするわ……」
「そのほうが、よろしいかと」
 くすくすと笑いながら、権藤は頷いて見せた。
「それより、どうなの? 付けるの? 付けないの?」
「付けます」
「いいわ。貴方がそこまで言うなら、我が家がどうして黒猫を家の紋章に使うようになったのか説明してあげる。ことのはじめは3代目当主――いま、なんですって?」
 三度、身を翻すes。そこで彼女のが見たものは、フリルのカチューシャの後ろに、ネコミミを付けた権藤の姿であった。
「どうでしょうか? es様」
「え、ええと、あ、うん、似合うわ。似合うわよ」
 そう随分とどもりながらも、esは持っていた手鏡を権藤に渡した。渡された権藤はしばらくの間鏡をあっちに動かし、こっちに動かししていたが、納得したように、手鏡をesに返す。
「本当に、良いワンポイントだわ」
 改めて、納得したようにesが続ける。
「これなら、見劣りしないわね」
「? 何にです?」
「こちらの話よ。ねえ権藤、本気で手鏡探していたら疲れちゃったわ。そろそろ丁度いい時間だし、一緒にお茶にしない?」
「……かしこまりました。すぐに準備します」
「それと、さっきの件を謝りたいから、シルフィーも来るよう伝えてくれる? 彼女が望めばだけど」
「わかりました。伝えてきます」
「お願いね」
「はい。それでは」
 深く頭を下げて、権藤はesの部屋を離れた。規則正しい足音のまま階下に降りる。そして、三段降りたところではたと気付いた。
 ――これなら、見劣りしないわね――
 何に、見劣りしないのか。誰に見劣りしないのか。
 なるほど、腰を若干ながらも越える、長くふわりとした栗色の髪に、三日月のワンポイントが付いたカチューシャ。多少ドジがあるが、常に明るい性格(esに対しては、es自身が圧力をかけているので、明るくなろうと思っても、できない)の誰か。
 ――まさか。
 権藤は思う。
 esがシルフィーに対して良い感情を抱かないのは、彼女が自分より目立つからではないだろうか?
 権藤は、そっとネコミミを触ってみた。
 まさか、ね。

 それよりも、お茶の用意をしなければならない。3人分の。


〜続く〜


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あとがき

 えっと、とりあえず、ここで第1部「ネコミミ」編が終了です。とりあえず、週末はお休みいただいて、次週から第2部「乙女の悩み」編に突入しようかと。
 ……エロくないですよ?

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