『あなたの髪に、似合う花を。』

〜第3話〜



「結論から言うとね」
 先程まで無駄に咳をしていたり、歩き回っていたesだが、ようやく本調子に戻ってきたらしい。いつもの通り、棘も刃もないのに、辺りを威嚇する眼光で、自信たっぷりに続ける。
「権藤」
「はい」
「貴方、地味すぎるわ」
「恐れながら、余計なお世話です」
 いつも通りの権藤。一度で良いから彼女を動揺させてみたい。esは常日頃そう考えているのだが、上手く行った試しはない。
「駄目なのよ。それじゃ」
 しかし、今日は退くわけには行かなかった。既に、歯車は回り始めているのである。
「とりあえず、髪型だけでも変えてみようとは思わないの?」
「思いません」
 にべもない。
 ちなみに、権藤の髪は、付近一帯では珍しい黒髪である。それが、背中から腰にかけてまであり、一般的に言う『最もいじりやすい長さ』を保っている。
「この髪型が、一番動きやすいのです」
 その動きやすい髪型とは、うなじ付近で髪を青いリボンで結わえているだけである。これだけが、仕事着であるメイド服の装飾を除いた、彼女の唯一のおしゃれといえた。
「『動きやすい』だけじゃ、駄目なのよ!」
 ついにesの感情が爆発した。手近にあったスツールを、ドンと叩く。その勢いがあまりに強かったせいか、スツールにおいてあった小箱が小さく弾んだ。
「さっき聞いたけど、もう一度、今度は私から訊くわ。権藤、貴方は誰のメイドなの?」
「――私は、es様のメイドです」
「そうね。そこまでは私と貴方の意見は間違ってないわ。じゃあ、訊くけど、私に付くメイドは貴方以外にいる?」
「いません、今のところは」
「それと、私が執務を行うとき、貴方は私を手伝うわよね?」
「当然です」
 頷きながら、権藤。彼女はメイドにしては珍しく、esが行う書類系の仕事も、確実にこなせるほどの事務能力を有しており、本来執事が担うべき主人の仕事周りも、権藤ひとりでアシストしていた。
「じゃあ、権藤、貴方は私に用事が出来て一緒に公の場にでなければならないとしても、貴方はその格好でいるつもりなのね?」
 権藤は、答えない。esは見た目は辛抱強く、内心は踊り出さないよう必死に自分を押さえて、待った。権藤が返事に困ることなど、これまでに数えるほどしかなかったからである。
「……仰るとおりです」
 5秒半。今までの最高記録を塗り替えて、権藤はesの言ったことを肯定した。
「来月から、新規事業をはじめるのでしたね。失念しておりました」
「そうよ。場合によっては、街の方に出向かなければならないかも知れないわ」
「やはりなにか、お仕事に見合う服を調達する必要があるようですね」
「別にいいのよ。ただ、私のメイドが誰だかわからないより、いつだって私のメイドが誰だかわかるようにすればいいのだから」
「というと?」
 話が、核心に来た。絡み合っていた最後の歯車が回り出す。esは権藤にわからないようそっと息を吸って、スツールの上の小箱を手に持つと、
「これを貴方にあげる。始終身につけていれば、間違いなく何処の誰もが貴方だとわかるし、誰に仕えているのかもわかるようになるわ」
 と言って、権藤に向かって、小箱を投げた。無論、権藤は難なくキャッチする。
「開けてみなさい。今の貴方にピッタリ合っている筈よ」
 言われるまま、権藤は小箱を開ける。小箱は上質だったが、紙で出来でいた。esがその手の物に好む、鍵も仕掛け蓋もない。だから、難なく開けることが出来た。そして、ビロードの布に包まれた中身をそっと取り出す。
「こ、これは……」



〜続く〜



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あとがき

 今回もう少し詳しく、権藤さんの描写を書いてみました。初めて引っかかった人、再び引っかかった人、共に正解です。
 答えは、明日のお話で。

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