『あなたの髪に、似合う花を。』
〜第2話〜
「戯れ? 戯れですって?」
esの流麗な眉は、完璧に跳ね上がっていた。
「権藤、貴方は私がそこらの貴族のぼんくら子弟のようだと言いたいの?」
「その部分に関しては、概ね」
と権藤。esは、落ち着き払った彼女を見やると、
「聞くわ。『その部分』とやらを話して頂戴」
と言って、視線を逸らし、窓の外を眺めはじめた。彼女が気に入らないことを聞くときの癖である。そんなesの後頭部から視線を逸らさずに、権藤は話し始めた。
「では、単刀直入に。シルフィー=ニューバレーの何処がお気になさらないのです」
「全部よ」
単刀直入に返すes。
「……彼女に私を捜すように言ったのも、私が遅れて帰ってくるようにするためですね」
「そうね。その通りだわ」
まるで窓に齧り付いているかのような形相で、esは答える。
つまりは、こういうことなのだろう。
シルフィー=ニューバレーは、esの屋敷仕えはじめて、未だ半年も経たない新人のメイドである。
教育係を引き受けた権藤の評価では物覚えが非常に早く、頭の回転も良いとしている。
但し。彼女の試用期間に権藤がesに向けて書いた報告書にはそう付け加えられており、
やや天然の気があることと、パニックに陥ったときに脱出が非常に遅いことを付け加えている。そして最後に、落ち着いて指導すれば、屋敷にとって良いメイドになるであろうと締めくくってあった。
問題点は、真ん中のパニック云々のところである。
屋敷に主であるesに向けた報告書である以上、読むのはes以外になく、特記として書かれていると言うことは、鶏と心が通じ合っているとまで言われるほど時間に正確な権藤でも、手を焼いたと言うことであろう。
ならば、彼女を混乱に陥れ、権藤を遅刻させる。ついでに遅刻の原因を彼女に押しつける。
こう言うところだけが、子供なのだ。
「私が、シルフィーにつくようになったのが、お気に召さないのですね」
今までのが短刀なら、今のは間違いなく、太刀のひと突きであった。
「な、な、な! 何を言い出すのよ、権藤!」
効果は予想以上だった。窓枠ごと持ってきそうな勢いで、esが振り向く。
「es様」
この屋敷の誰もが彼女をesとは呼ばない。es自身がそう呼べと言っても必ず、キャロル様、ハウザー様、そして――esが一番気に入らない呼び方の――お嬢様と呼ばれる。
「es様、私は貴方のメイドです」
そう言って、権藤は微笑んで見せた。その笑顔に、esは一瞬呆けたような貌をする。
「私は、何処にも行きませんよ。貴方が行けと言う、その日まで」
その言葉が脳に浸透したのであろう。たちまちにして、esの頬が赤くなった。そんなesを微笑ましく思いながら権藤が言葉を紡ぐ。
「ですから、シルフィーを苛めないでください。あの娘はきっと、貴方にとって、無くてはならない存在になります」
一呼吸おいて、続ける。
「それと、私はいつだって、貴方が呼ぶのならかならずお側に参ります。どうか、そのことを戯れになさらないよう、お願いします」
esは答えない。代わりに首まで真っ赤になって、再びそっぽを向きながら、
「私は、そんなことのために貴方を呼んだんじゃないわ」
とだけ言った。
「私はちゃんと、貴方に用事があったから呼んだのよ」
〜続く〜
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あとがき
御免なさい。体力の限界なので後書きは割愛します。
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