『あなたの髪に、似合う花を。』
〜第1話〜
街で購入したもの全部を、雑貨屋にひとつの紙袋に詰めなおしてもらい、それを両手で持ちながら屋敷に帰る途中、権藤は半泣きの後輩と遭遇した。見れば、呼吸が荒い。おそらく走ってきたのであろう。
「……どうしたのです?」
「ぜ、ぜん゛ばい゛〜、ごん゛どう゛ぜん゛ばい゛〜」
ふたりとも、よく似た格好をしている。エプロンドレスに、フリルの付いたカチューシャ。ソックスではなくストッキングを履き、胸元にリボンの付いたブローチを着けている。 違いと言えば、エプロンドレスの色ぐらいで、権藤は紺色、半泣きの後輩は深い緑色であった。
後、これは個別であって当たり前なのだが、権藤はそこそこ長くて黒い髪をうなじ辺りでまとめているだけなのに対し、シルフィーは長い栗色の髪をワンポイントのカチューシャで留めていた。
「……あの、わだじ、先輩探じで、ごごまで」
「――落ち着いて」
紙袋を片手に持ち直して、もう片方の手でそっと背中をさする。
「最初から話してください。シルフィー」
「は、はい……」
後輩――シルフィー=ニューバレー――は、やっと落ち着きを取り戻したようだった。
そして、自分が介抱されていたことに気付くと、少し顔を赤らめて、
「あの、ありがとうございます。権藤先輩」
と言って小さく頭を下げた。
「で、何があったんです?」
紙袋を再び両手に持ち替えて、再び屋敷の方に歩き出しながら、権藤は尋ねた。
するとシルフィーは、パニックの元を再び思い出したらしく、
「あ、あのキャロル様が、権藤先輩を至急呼び戻せと」
「……使いに私を出したのはキャロル――es様ですけど」
「私も存じてます。しかし、構わないから呼び戻せとの一点ぱりで……」
権藤の足が止まった。あわてて、シルフィーも足を止める。シルフィーが見れば、権藤は何か思案気によく晴れた空に視線を向けていたが、すぐに前に向け直すと
「――わかりました。少し、急ぎましょう」
そう言って、歩調を速めはじめた。
「は、はい!」
慌ててシルフィーが付いてくる。
そしてすぐにシルフィーは知ることになるのだが、権藤の早足は、シルフィーの軽い駆け足に等しかった。
街から道沿いに少し歩くと小さい森に入り、小さい森を抜けてなお歩くと、大きな森の入り口があり、その前に大きな屋敷がある。四方を壁に囲まれたその敷地は子供だと一日では到底回りきれないほどもあり、その中にある屋敷も二階建てとはいえ、相当の広さがある。
屋敷は、元々保養所を兼ねた別荘として建築されたもので、あちこちに採光窓などを設えたものであるのだが、その屋敷を敷地ごと囲む壁は厚いとは言えないものの、そう簡単に外からの侵入を許すものではない。
屋敷の門は二つあり、ひとつは小さい森に向かって、もうひとつは大きな森に向かってあるのだが、大きな森への方は、普段閉ざされている。小さな森への方は反対に普段から開かれており、丁度今、権藤とシルフィーが到着したところであった。
「お帰りなさい」
息ひとつ乱さない権藤と、すっかり顔が上気しているシルフィーを見比べながら、門番がそう声をかけた。
「ただいま戻りました」
息が苦しくして咄嗟に声が出ないシルフィーを抑えて、権藤が挨拶を返す。
「es様のご様子、わかりますか?」
「いやあ、全然。さっき、そっちの娘が飛び出していったのは良く覚えているけどね」
白髪が鬢に目立ちはじめた門番はそう言って苦笑する。また、お嬢様がなにかしたんですか。そう言っているのも同然の苦笑だった。
「ありがとう。でも私、今回のことはわからないんですよ。後は屋敷の者に訊いてみます」
「そうしてください」
そう言って、門番は再び外に目をやり始めた。
「行きましょう」
権藤が再び、歩き出す。しかし、その歩調はいつもの『シルフィーが普段歩くときの』速さであった。
――すごいなあ。ちゃんと見ていてくれたんだ……。
呼吸を整え直しながら、シルフィーは思う。
――私も、いつか権藤先輩みたいになれるのかな?
屋敷の中の者に訊いてみても、シルフィーや門番以上の情報は得られなかった。
当然の話である。この屋敷の主、キャロル=e=s=ハウザー嬢の側にいる者は、他でもない自分――権藤ただひとりなのだから。
シルフィーと別れ、(その際、権藤はめいいっぱいの感謝の言葉を受けることになった)二階への階段をコンマ1秒の乱れもない歩調で上っていく。片手に持ち直した荷物による速度の減衰は、一切許していない。
程なくして、白い扉の前に着いた。計算され尽くした力量のノックで、計算され尽くした音量の音を響かせる。
「入りなさい」
強い意志を隠しもしないでいるような声が、部屋の中から聞こえてきた。
「権藤です。よろしいのですか?」
「貴方だとわかっているから、入りなさいと言ったのよ」
「わかりました。失礼いたします」
そう言って、権藤は扉を開けた。
部屋の中では、彼女の主人が、椅子に座って待っていた。そして権藤が部屋に入った途端、弾かれたかのように立ち上がる。
「――やっぱり時間通りなのね。権藤は」
「? なんのことですか?」
一応、とぼけてみる。
「とぼけないで」
案の定、見破られた。
「使いに行くときに、私が指定した時間きっかりに帰ってきたでしょう。私、そこの壁時計をずっと睨んでいたんだもの。誤魔化しようがないわ」
「仰るとおりです。もっとも、es様がお言いつけになった通りにしたまでですが」
「私が、早く帰ってこいと言っても?」
「言ってもです」
そう言って、権藤は一歩進み出た。
「なぜならes様は私を使いに出すときに、こう仰いました。『いかなる場合でも時間厳守』と」
その時、今日初めて、この部屋に笑い声が響いた。esの声である。
「流石だわ。流石権藤ね」
「お褒めいただきありがとうございます。ですが、ひとつ聞かせてください。どういうおつもりだったのですか、es様」
「どういうもこういうもないわ」
「そんなことないでしょう」
ため息を小さく、ひとつつくと、権藤は両手を腰にやって強い視線でesを見た。
「es様、お戯れも程々になさいませ」
〜続く〜
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あとがき
さて、権藤さん登場です。彼女の描写でおや? と思った貴方。正解です。これから明らかにしていくので、お楽しみに。
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