G.A.K
■5。
最近、俺、相沢祐一に女難の相が現れているような気がする。
七年ぶりに再会した従姉妹は記憶の中の彼女とどーやっても一致しないし。
同じく、七年ぶりに再会した知り合いに至っては、記憶の中と一致しない上に、実銃ぶっ放すガンマニアになっていた。
町外れでやっとまともな女の子に会えたと思ったら、次の日には着ぐるみを着て学校に現れるし。
やっぱり、女難の相が出ているんだろう。これは。
現に今、知らない女の子にボコにされそうだし。
G.A.Kanon
丁度十発避けた後、すぐさま来た十一発目は避けられなかった。
防御に回した両腕を、へし折らんばかりの正拳突き。
……あかん、まともに喰らったら、死ぬ。
「とどめ!」
やむを得まい。女性に手を挙げるのは趣味じゃないが、此処は我が身の保身のため、反撃せざるを得ない。……あゆに拳をぶち込んだのは、例外中の例外だ。
左足を半歩後退させて、構える。拳の速さと威力は相手が上だ。おそらく脚力も俺と同等以上だろう。そこで、俺が勝っているものは何か。答えはひとつ、体重だ。
体重を乗せて、肩から相手に衝撃を与える。これしかない。
「てぇい!」
上段蹴りが来た、ギリギリで真後ろに避ける、脚を振り切ったところで――
かなり大きな腹の音がした。
……俺じゃないぞ。いくら夕食前でも、ここまで腹は空かしてない。ふと意識を前に戻すと、ヘロヘロと脚が振り戻されていた。蹴りの主を見れば、顔色が悪い。
「う……お腹が……」
「下ったのか?」
「んな訳無いでしょ!」
大声も、そこまでだった。
「た、ただお腹が空いただけよ……」
どんどんトーンダウンしていき、ついには途切れる。そしてぽてりとぶっ倒れた。
――相手のスタミナ切れを狙った、俺の勝ち?
「なにしているんですか?」
微妙なタイミングで、名雪が帰ってきた。
「ああ、何しているんだろうな……」
冷静に考えれば考えるほど、今の状況がよくわからない。
「どうしたんです? その人」
「勝手に襲ってきて、勝手にやられた」
「はぁ。で、どうするんです?」
そう言って、倒れた女の子をツンツンつつく名雪。傍らに置かれた買い物カゴから見えるもので判断する限り、今夜はおでんらしい。
「そうだな……警察に持っていくか」
そう言って、俺は軽く伸びをして――唐突に、周囲の視線に気が付いた。
思いっきり忘れていたが、ここは商店街の真ん前で、人通りが多いところなのだ。おそらく、俺が女の子に「出てこい」と言ったときからずっと。そして、格闘戦の末、女の子が倒れているのを見られていたのだ。
……警察行ったら俺らが危ないやんけ。
「名雪、肩貸せ。こいつを家まで連れて行く」
「あ、はい、わっかりましたぁ」
――なんでそう嬉しそうなんだよ。
「……ものすごく大きな、おでんダネを買ってきたのね」
「……食う気ですか」
家に帰って、俺が背負った(ふたりで運んだら異様に目立ったため、俺ひとりで背負うことになった)女の子を見るなり、秋子さんはデンジャーなことを言ってくれた。
「おでんダネと言うより、ケーキダネですよね?」
「どんなタネだ!」
思わず名雪に向かって怒鳴った俺を、まあまあと押しとどめながら、秋子さんは二階の空いている一室を案内してくれた。
「事情はわかりましたから、とりあえず一晩様子を見ましょう」
3人で夕食後のコーヒーを飲みながら、そう締めくくる秋子さん。傍らには、ラップでくるんだ夕食がある。おそらく、二階で寝ている女の子が起きてきたときのためだろう。用意の良さは、流石だとコーヒーをすすりながら俺はそう思った。
で、寝ぼけて台所をガサゴソやっていた名雪の頭にこんにゃくを乗せたら、「おいしいです〜」とか言って何の問題もなくペロリと平らげた夜が過ぎて、次の朝。
「なによ――ッ、これ――ッ!」
かなりの大音量で、目が覚めた。声に聞き覚えがある。つい昨日、聞いたばかりの声だ。とりあえず、目をこすりこすり声の主の部屋――もう言うまでもないことだが、念のために行っておくと、昨日ぶっ倒れた女の子を寝かせておいた部屋――に行ってみる。
見ると、名雪のパジャマ(カエル柄)を着せられた女の子が、布団の上に座り込んでいた。
……ふむ、名雪よりプロポーションが良いせいかパッツンパッツンの胸元が少しはだけて色っぽい。
「あらあら、起きたのね」
一階から、秋子さんが上がってきた。
「ふぁぁ……こんにゃくおいしいです〜」
まだ寝ぼけながらも名雪が顔を出す。
「なあ、そろそろそっちの事情聞いても良いか?」
う〜と唸ってこっちを威嚇している女の子に、俺はそう訊いた。
朝ご飯は、四人分ね。そう言って、秋子さんが階段を下りていく。
で、朝食後、さっきと同じ部屋で。
「え〜、するってえと何ですか。アンタは記憶喪失で、覚えてることと言ったら俺の顔だけで、なおかつそれを見たらムカつくと」
頭の痛い内容を整理して、俺がそう言うと、女の子はこっくりと頷いた。
「名雪、警察に電話」
「ちょ、ちょっと! 待ちなさいよ!」
癖なのか、またもや威嚇しながら女の子が叫ぶ。
「待てるか。それだけの格闘センスで俺をブッ倒そうとしている人間をそう易々と側に置けるかっての」
命が幾つあっても足りやしない。
「おい名雪、早く電話を……」
返事もしない名雪を見てみれば、あさっての方を向いてなにやら考え込んでいる。
「おい、名雪?」
やっと俺の声に反応した名雪はすぐに顔を上げると、
「あの〜、今気付いたんですけど、覚えていることって、そのことだけなんですよね?」
と、女の子に向かって言った。
「? そうよ」
「なら、どこに行っても結局はここに戻ってくるんじゃないですか?」
……あ。
俺は内心頭を抱えた。
「……あ」
そっちでは、合点がいったようにポンと手を打っている。
「それじゃあ、アレよね。記憶が戻るまで、ここに厄介になるしかないわけね」
「んなこと家主の秋子さんが」
「了承」
その間0.5秒。
「すいません、立ち聞きしてました」
そう言って、秋子さんが、お茶とお菓子を乗せたお盆を持って、部屋に入ってきた。
「でも、今の部分は私と関係ありますよね?」
「ええ……まあ……」
「わぁ!」
名雪が手を打って喜んでいる。そして女の子は先程と違って、どこか、余裕の笑みを浮かべていた。
「ふっふっふ、覚悟しなさい、祐一。いまから毎日24時間ずっと、祐一には真琴の罠が襲ってくるんだから……」
「……真琴って誰だよ」
「真琴は、真琴でしょ?」
そう言って自分を指さす女の子。
「……それ、自分の名前か」
「あ」
今さら気付いたかのように驚く女の子――真琴。
「あ」
こちらはまたも嬉しそうな声で名雪。
「あらあら」
最後に頬に手を添えて秋子さん。
「良かったわね、名前を思い出せて」
「あ、ありがとうございます〜」
そう言って、秋子さんに微笑んだ真琴は――、
こっちに目線を向けたときはあからさまに睨んでいた。
こうして、真琴の拳と俺の拳とがぶつかり合う日々が始まった。
真琴は、毎晩毎晩、俺の部屋か部屋の前にトラップを仕掛け、俺が動けなくなったところをボコにするため、待ち伏せるようになった。が、トラップと言ってもほんの小細工で、大抵俺に裏を掻かれて自分がダメージ、最終的には肉弾戦に突入することになる。
ちなみに成績は0勝0敗3引き分け。室内という限定空間で、なおかつ相手の出方がある程度わかれば、実力差で劣る俺でも五分五分ぐらいには持ち込めるのだ。
――トラップしかけないで、正々堂々仕掛けてきたら多分、俺は真琴に勝てないだろうが、そこは黙っていたりする。第一、女の子に負けたとあっちゃ恥ずかしいし。
「あの〜、すみません」
今日も今日とて、胡椒入りの風船なんて言うクラシカル極まりない罠を、隠れていた真琴の頭上で俺が炸裂させ、その後はいつも通りの殴り合いに発展した後、これもいつも通りに、
「覚えてなさいよー!」
「オマエモナー」
で終わった風呂上がりの軽い運動の後、名雪が俺の部屋に尋ねてきた。
「どうした?」
右の頬に綺麗に貰った拳の後をさすりながら俺が訊く。
「あの、えっと、この前貸した数学のノートを返して欲しいんですけど……」
「ああ、アレな。ちょっと待っててくれ」
少し前に、俺は名雪から、数学のノートを借りていた。たしか、机の引き出しの中にあったはず……あれ?
「あ……悪い、学校に起きっぱなしにしてきた」
「ええ〜」
あからっさまに困ったような声を出す名雪。……今気付いたが、パジャマ(と半纏)着ているのに、頭に例の髪飾りを付けていやがる。――まさか寝るときも付けているんじゃないだろうな。
「困りますよぅ。明日の予習が出来ないじゃないですか」
「んなこと言ってもなぁ……今から学校に行って、取ってくるしかないぞ」
「じゃあ、行ってきてください。バーンと!」
バーンとってなんだよ。っていうか、
「いやだ。寒いから」
「私のノートですよぅ?」
「でも今は俺が借りている」
「誤魔化さないでください〜。あのノートは私のノートである以上私のです!」
「あのな。こっちは風呂上がりなんだよ。風邪引くだろ?」
「帰ってからもう一度お風呂に入ればいいじゃないですか」
「その前に引いているだろ」
「そんなことないですよぉ」
そこで、俺達の会話が途絶えた。俺は頬をさすりながら名雪を見下ろし、名雪は上目遣いにじっとこっちを見ている。
………………やっぱり女難の相が出てるな、俺。
「わかった。行って来るよ」
「ホントですか?」
パッと表情を変える名雪。
「じゃあ、お風呂暖めて待ってますね」
「いや、帰ったら熱いコーヒー一杯が飲みたい。だから沸かすのはポットいっぱい分の水でいい」
「わっかりました。頑張ってきてください!」
――何を頑張れって言うんだよ。
「なるほど、これが頑張れね……」
閉まっていた校門を乗り越えながら、俺はそう呟いた。
コートを二重に着込んで出かけた先は、いわゆる閉鎖空間になっていた。
「しかも、二重、三重のな……」
校門の次は、校舎へと入る入り口を確保しなければならない。んでもって最後には教室の鍵。……入れなかったと言って戻ろうか。一瞬そう思う。
「でもなあ……お」
名雪を凹ませるのもなあと思いながら、無駄骨覚悟で昇降口のドアに手をかけたら、なんと鍵が開いていた。こいつは運が良い。
「ふむ。これで教室も空いていたら本物のラッキーだな」
……で、教室まで行った見たら、本物のラッキーが転がっていた。
「いいのか、この学校のセキュリティー」
女子の制服とか盗まれたらどうすんだ。そう不謹慎にも思いながら、月明かりの下、俺の机を探り当て、名雪のノートを探し出す。
「お、あったあった……」
間もなく、ピンク色で『水瀬名雪』と書いてある名前の前に羽根の付いた兎の落書きがあるノートを俺は発見した。そいつを軽く丸めて、コートの内ポケットにぶち込む。
「さあ、帰ろ帰ろ」
名雪がコーヒーの準備をして待っている。もしかしたら、お茶菓子のひとつでも作っていてくれるかも知れない。名雪の作る菓子類はかなり美味いし、暇さえあればしょっちゅう作っているので充分期待出来る。
鼻歌交じりに、俺は教室のドアを開けて、廊下に出た。
んでもって、『それ』を見た。
「――よお」
俺は声をかけた。
相手が、余りにもこの世からかけ離れた存在に見えたからだ。
そこには、どぎついピンク色の、縦に縮めた鶏のような人形みたいなのが居た。それだけならまだマシだが、この人形、長い髪のカツラをかぶっている上に、女子の制服を着ている。
「……呪いの人形?」
「ンナ訳無イデショウ」
「……気のせいか。なんか声が聞こえたような……」
「何ガ気ノセイデスカ」
どうも素直に認めるしかないらしい。声は人形(のようなもの)が喋ったものだった。
……はっきり言って、怖い。つか、キモい。めっさキモい。
「アンタ、何者だ」
「ココノ生徒デスヨ」
「そうじゃなくて、名前だよ。名前」
「アア。名前デスカ」
――なんつーか、聞いているとなんだかムカつく口調だ。そんな俺の内心を知ってか知らずか、人形は続ける。
「ソウイウノハ、マズ自分ガ名乗ルモノデスヨ」
「言うと思ったよ。俺の名前は相沢祐一だ」
「アア、ソウデスカ。ナンカ随分トいんぱくとノナイ、物忘レシヤスソウナ名前デスネエ」
蹴飛ばすぞ、コノヤロウ。
今や俺は、その人形を睨んでいた。
しかし、その人形、(当たり前だが)表情ひとつ変えない。
「で、あんたの名前は?」
「倉田佐祐理ト申シマス」
「 フ ァ ン に 謝 れ !!!」
自分で何を言っているのか分からなかったが、俺はそう絶叫した。
つづく。
あとがかれ(仮定形)
ミルフィーユ:「わーい、出番があった〜」
ヴァニラ:「………………」
ノーマッド:「今回ハ、全編ニ渡ッテアリマシタネエ。下手シタラランファサンヨリ多インジャナイデスカ?」
ヴァニラ:「………………」
ランファ:「まあ、ミルフィーユの役はメインヒロインだからね。仕方がないと言えば仕方がないのよね」
ヴァニラ:「………………」
フォルテ:「ちょっと待て! アタシはどうなる?」
ヴァニラ:「………………」
ランファ:「え〜、だって、フォルテさんがやる時点で、」
ヴァニラ:「………………」
ノーマッド:「メインヒロインノ座カラ転落モ同然デスカラネ」
ヴァニラ:「………………」
フォルテ:「お前ら〜〜」
ヴァニラ:「………………」
ミント:「あの、皆さん?」
ヴァニラ:「………………」
ミルフィーユ:「あ、はい。なんですか? ミントさん」
ヴァニラ:「………………」
ミント:「そこに、ヴァニラさんがいらっしゃるの、気付いています?」
一同(−ミント):「え?」
ヴァニラ:「………………」
一同(−ミント):「うわ!気付かなかった!」
ヴァニラ:「………………」
ノーマッド:「アァ、御免ナサイヴァニラサン、貴方ヨリ先ニ出演シテシマッタコトニツイテ怒ッテイルンデスネ。デモ、アレハ僕ジャナクテ、脚本書イタアノ人ガ悪インデスヨ。……マッタクアノ人ト来タラ、先ニ片ヲ付ケナケレバ行ケナイ文章ヲ放ッテ置イテマデシテコッチヲ書イタノニ、ヨリニヨッテヴァニラサンヲ出サナインデスカラ、物書キトシテタイシテ――」
ヴァニラ:「………………天罰が」
一同(−ノーマッド):「え? ……あ、金ダライが!」
ノーマッド:「次ノ話デヴァニラサンガ出テイタラ、ソレコソ150ページノ大長編ヲ書カセドリフっ!?(直撃)」
ミルフィーユ:「え、えーと、次こそはヴァニラさんが出演するみたいです……よね?」
ヴァニラ:「…………神よ、出番を」
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