G.A.K

■4。

 明けて、次の日。
 俺は名雪と共に通学途上にいた。
 新しい街での、新しい学校での授業を受けるために。
 いわゆる初登校だ。
 空はよく晴れていて、朝の光を受けて真っ白に反射する雪に染まった通学路には、今、俺となにやら嬉しそうな名雪しか居ない。

 いたって平和な通学途上の風景。
 でも、学校で待ち受けているのは波乱なんだろうなあ。と思う。
 だって、今までが今までだし。


G.A.Kanon



 俺の予想に反して、学校に到着してから、HR、自己紹介では、波乱のはの字も無かった。もっとも、そいつは俺にとって望ましい展開というものに他ならないのだが。
 それと、実は少し危惧していた名雪が周囲から浮いていないかと言った不安も、あっさり解消された。俺の見る限り、積極的に話しかけ、話しかけられている。
「そう、相沢君、名雪の家に住んでいるの」
「はい!いわゆる居候ってやつです」
 いらんことまで喋っているし。
「おい、名雪。今後その話題を外で喋るなよ。体裁が悪い」
「え?なんでですか?」
 ……これだよ。
「つまりね、相沢君は従兄弟とはいえ男子でしょう?ひとつ屋根に暮らすって事がわかったら、よからぬ噂が立つって言っているのよ」
 先程から、名雪と共に話している、名雪より二倍も三倍も四倍もしっかりしていそうな女生徒が俺の言ったことを的確に解説してくれた。
 彼女の名前は美坂香里。名雪の友達らしい。
「まあ私が聞いたって事は、クラス中には知れ渡っているわね」
 あーあ。思わず額に手をやる。と、俺の肩にポンと手を置く奴が居た。
「羨ましいぞ、この野郎」
「言っていることとやっていることが違うぞ、北川」
「気にするな。いつものことだ」
「いつもお前の言動は乖離しているのか」
「そこでなんで距離が出てくる」
「……わざとだよな?」
 無論わざとだろう。この男、名を北川という。普段、名雪や香里と連んでいるらしいのだが、俺の見る限りこいつのターゲットは一人だ。
「――まさか、経済水域の海里とかけたんじゃないでしょうね」
「ま、まさか」
 このように香里の一言に動揺するところをみていると、思いっきりわかりやすい。
「実はだな、乖離を――」
「はいはい。もういいから、そろそろ授業始まるわよ。席に戻りなさい」
 香里に追い立てられて、北川、名雪が席に戻る。その様子は見ていて微笑ましいものだった。
「しっかりしているな。妹さんでもいるのか?」
 その、俺の一言で、香里の表情が劇的に変わった。ただ、その彼女の周囲の温度が急激に下がっていくのが目に見えそうな変わり方があまりに唐突だったので、俺は最初、何か別の要因で香里が変わったかのように見えた。
「――なんで、そんなこと、訊くの?」
 もちろんそんなもの俺の思いこみに過ぎない。
「い、いや、なんかお姉さんキャラぽくってな。その面倒見のいいところ」
「……そう。でも残念ね。私には妹は居ないの」
 そう言った香里は何故か、ひどく疲れたような表情をしていた。



 香里の態度に釈然としないまま、授業が始まった。
 幸い、授業の内容は前にいた学校と変わりなく、付いていけないことを危惧していた俺はホッとしたものだった。
 それにしても、なんかさっきからホッとしてばっかだ。ホッとヌードル。なんて俺が思ったとき、
「ブッ」
 突然北川が吹き出した。一瞬、教室内の視線が彼に集中するが、当の本人は咳をして誤魔化す。そしてさして間をおかず、俺の背中をつついた。……まさかこいつ、エスパーじゃないだろうな。
「オイ、相沢」
「ん?」
 平静を装って俺がそっと振り返ると、北川はシャーペンで窓をつつくようなジェスチャーをして、
「窓の外見てみろ」
 ……窓の外?言われるままに見てみると。
「ブッ!」
 今度は俺が吹き出した。再び教室の視線が、しかし今度は俺に集中する。俺は先人に習って、咳をして誤魔化した。
「なんなんだろうな。アレ」
 心底困惑しきった声で北川がぼやく。
「……俺に聞かないでくれ」
 校庭の中庭に、北川と俺が吹き出した原因である巨大なペンギン(おそらく着ぐるみ)がいたって、俺に説明出来るはずがない。



 何時の間にやら四時限目。
「あのペンギンまだ居る……」
 北川は、未だにペンギンを気にしていた。
「放っておけよ」
 はっきり言ってああいう手合いとは、関わりたくない。
「でも、外は寒いぜ?」
「保温効果ありそうじゃねえか、あの着ぐるみ」
「まあ、そうだけどな」
 最初に見たときから、ペンギンの周りには既に足跡がなかった。ということは、かなり長い間あそこに立っていることになる。
「気になるな……」
「なら、お前が直接降りていって確認してきたらどうだ?」
 そう言いながら、俺は下を見下ろす。と、ほぼ同時に当のペンギンが上を見上げた――。
「な、なんでじゃあ!」
 今度こそ、俺は叫び声を上げた。
「どうした、相沢」
 流石に教師の注意が飛ぶ。
「すいません、俺、トイレに行って来ます」
 言い訳にはならないのは俺が一番良く知っていたが、とにかく俺は中庭目指して教室を飛び出す。
「……ふわぁ〜、やっぱりワッフルは山葉堂にかぎりますぅ〜」
 なんてめでたい名雪の寝言を背中に聞きながら。

 外は、北川の言う通り寒かった。
 無駄とは思いながらも、上着の前を合わせ、あのペンギンがいた場所を探す。
 といっても、あの目立つ格好がそうそう見つからないなんて事はなく、あっさりと見つかった。というより、その場から動いていなかった。今は俺から背を向けた位置にいるせいか、俺に気付いていない。
 俺は少し弾んだ息を静ませ、ゆっくりと歩み寄る。
「よお」
 ペンギンが振り返った。近くで見てみると、某警視庁のマスコットみたいに、どことなく怖い面をしたペンギンだった。そして、そのペンギンの上と下のくちばしに挟まれる格好で、
 昨日俺とあゆがあった女の子の顔があった。

「えっと」
 ペンギンが口ごもる。
「昨日会った方ですよね?」
「ああ、昨日ばっちり会っている」
 でなけりゃ声をかけていない。
「こんなところで、何をしているんだ?此処は部外者立ち入り禁止だぞ」
「大丈夫ですわ」
 随分と、丁寧な口調でペンギンは言う。――今、気が付いたのだが、昨日見た横向きの兎耳を今日も付けている。
「私(わたくし)も此処の生徒ですから」
「そうか」
 頷く俺。
「そういや、名前を訊いていなかったな。おっと、先にお前の方が名乗れと言われるのは嫌なんでね、勝手に名乗らせて貰う。俺の名前は、相沢祐一だ」
 ……この、俺が自らが編み出した相手に名前を名乗らせる方法は、笑い声によって失敗に終わった。昨日あゆと会った、横向きの兎耳で着ぐるみの女の子はころころと笑っている。
「冗談で言ったつもりはなかったんだがな」
 そう俺が言うと、女の子はやっと笑いを収めて、
「申し訳ありません。昨日もそう思ったんですけど、面白い方だと思ってつい……」
 そこで、視線をいったん下げたかと思うと、今度はしっかりと俺を見つめて、彼女は言った。
「申し遅れました。美坂栞です」
 美坂……?



「美坂美坂……なんだっけな」
 どこかで聞いたような気がする。
「美坂、美坂、美坂……?ああ!」
 思い出した。間違いない。
 前にいた学校のパソ研が作っていた、ゴーストとか言う、人工知能だか何かのエンジンファイルとやらが美坂って名前だった。
「そうか、あの子はプログラマーだったのか」
「それは、流石に違うような――」
 ……なんてこった、名雪に突っ込まれた。
 今は陽が落ちかけた夕暮れ。夕飯の買い出しに、名雪と一緒に出かけている。
 結局、あの後、栞とはすぐ別れ、教室に戻ってみると、担任と名雪にこっぴどく叱られた。それで、担任の方はどうしようもないが、名雪の方は買い物につきあうということで決着を見たのである。
「それにしても美坂……しまった!」
「どうしたんです?」
 心配そうに名雪が訊く。
「なんで着ぐるみ着ているのか聞きそびれた!」
「あ、あははーっ」
 意味がわからなかったのだろう。名雪は、これから聞きそうな声で笑って誤魔化していた。
 そんなこんなで商店街に着く。
「それじゃあ、今度こそ待っていてくださいねー」
 そう言って、名雪が商店街に消えていく。
 …………。
 ……さてと。
「でてこいよ」
 俺は静かに言った。
 名雪と一緒に家を出たときに気付いていた。誰かが俺の後をつけていたのだ。名雪は気付いていなかったようだし、巻き込んじゃ悪いので黙っていたのだが、今、その心配はない。
「もう一度言う。でてこい」
 俺は後ろに向かって振り返らずに言った。
「……気付いて、いたのね」
 その言葉と共に、後ろに気配が生まれた。それを感じると同時に俺は振り向く。
 見れば、俺と同じくらいの年格好らしき人物だった。らしきというのは、そいつがぼろ毛布を頭からかぶっていたためだ。
「アムロかお前は。今時流行んないぞ、ソレ」
 ガンダムエースにまだランバ・ラル出てきてないし。
「……許さない」
「は?」
 しまった、アムロの熱狂的ファンか。
「あなただけは、絶対許せないんだから……!」
 そう言って、そいつはぼろ毛布を脱ぎ捨てた。やはり俺と同じ年格好の……女の子だった。しかし………………。
「な、なによ」
「いや、なんか、ようやっと本来の流れに戻ったような気がしてな……」
「よ、よくわからないけど、泣くことないでしょ!」
 もうこの際だから、チャイナ服みたいな格好と、頭に付いているマラカスみたいなのには目を瞑っておく。
「何を言うか、大事なことなんだぞ」
 涙を拭き拭き俺。
「そんなこと知ったこっちゃないのよ!覚悟!」
 そう言って、女の子は拳を繰り出して――
 速っ!
 ほとんど飛びすさる感じで横に避ける。すぐ側で聞いた、『ぢっ』って音は、多分、彼女の拳が俺の服を掠った音だ。
「ちょ、ちょっと待て!」
「待たないわよ!」
 話せばわかる!って言っても今の若いもんには通じないだろうな。やっぱ。


つづく





あとがかれ(仮定形)

ランファ:「なに、出番これだけ?」
ノーマッド:「ソウナンジャナイデスカ?イママデモソンナ感ジデシタシ」
ランファ:「それにしたって短かったような気がするんだけど……」
フォルテ:「気のせいだよ、気のせい。――多分な」
ランファ:「多分なって、ちょっと!」
ミント:「ところで、次回はどなたが?」
ノーマッド:「決マッテイルジャナイデスカ。私トヴァニラサンデス」
ランファ:「はぁ?ヴァニラはともかくなんでアンタが出るのよ?」
ノーマッド:「フッフッフ。分カッテナイデスネエ。僕ガ一番、コノ中デ演技力ノアル――アア、ヴァニラサンハ別格デスヨ?――キャラクターデスカラネ。……オヤ、皆サン、ドウシタボメグレッ!」
ミルフィーユ:「と言うわけで、次回はヴァニラさん達で〜す!皆さんよろしくね!」
ランファ:「あ、トリを取られた!」



ノーマッド:「トコロデ、前回ノ雰囲気ブチコワシデシタネエ」
ミント:「だって、寒かったんですもの」


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