願いを叶え、いつの日か(1999.09.02)


 日曜の昼下がり、そこそこにぎやかだが基本的に静かな商店街の一角が、今日はやたらと騒がしかった。午後の日差しに照らされた看板には、『鶴ヶ丘商店街福引き会場』とある。
「当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれぇ〜」
「当たって当たって当たって当たって当たって当たって当たってたー様といや〜ん」
「は〜いお二人さん、残念賞のティッシュね〜」
 七梨太助、慶幸日天ルーアン撃沈。
「七梨先輩と七梨先輩と七梨先輩と七梨先輩と七梨先輩と七梨先輩と七梨先輩と行くんですぅ〜」
「んォぉぉぉぉおお!シャオちゃんとシャオちゃんとシャオちゃんとシャオちゃんとシャオちゃんとシャオちゃんとシャオちゃんと行ってみせるぜ〜」
「あ〜お二人さんもティッシュな〜」
「ああああああ!なんでぇ〜」
「おおおお!二人の愛の試練は、こんなにも険しいものなのかぁ!」
 愛原花織、野村たかし轟沈。
「え?離珠もやってみるって?じゃ、やってみな」
「あ〜お客さん、人形はだめよ人形は」
『誰が人形でしか〜』
ジェスチャーで抗議する離珠。
「あ〜違うの?ならどうぞ」
 動かない。
『太助しゃま〜』
「わかった、わかった」
 回転板の取っ手にしがみついている離珠に手を添えて、軽く初動をかける太助。程なくして離珠でも回せるようになったのだが……。
『め、目が回るでし〜』
 逆に勢いが付いてしまって、振り回される離珠。
「手を離すなよ、離珠!」
 急に減速すると飛ばされる危険性があるため、徐々に回転板の速度を落とそうとする太助。しかし離珠は、球と同じ場所に放り出されることになる。結果は五等、お菓子の詰め合わせであった。災い転じて福となす……。

「あ……」
「どうした?シャオ」
 最近、主である太助よりも共にいる時間が多いような気がするのだが、今日もシャオは翔子と一緒であった。一度時間を計ってみようと思う今日この頃である。
「いえ、少しめまいが……」
 離珠と少しシンクロしたせいか。離珠本人は無意識に行ったのだが、シャオにはそこまで分からない。ただ、離珠に何かあった程度は把握できた。
「離珠に何かあったみたいです……」
 その一言に、翔子の貌が険しくなる。
「この前の軒轅の時みたいにか?」
 以前軒轅が交通事故にあったとき、離珠がメッセージを飛ばしたことがあった。
「いえ、それならもう少しわかりやすい形になると思うんですけど」
「七梨と一緒にいるんだろ?」
「はい」
「じゃ、行ってみるか!」
「はい!」

「大丈夫か?離珠」
『き、気持ち悪いでし〜』
「ほらよ〜水あげるから〜」
 担当の親父がわざわざお猪口に水を入れて持ってきた。サイズを離珠に合わせてくれたのだろう。それにしても神経が太い。物事に動じない人だなあと、太助が感心したときである。
 シャオと翔子がなにやら緊張した表情でこちらに駆けてきた。いらんオマケも付いている。
「今私のこと、いらんオマケと思いましたね」
「脈絡も無くいるからだよ。みんなで買い物に出かけたときはお前いなかったろ」
 そう言って太助はいらんオマケこと、宮内出雲を見上げた。悔しいかな、背はまだあちらに歩がある。
「先ほどシャオさん達がなにやら急いで私の前を通りましてね。心配になってついてきたのです」
「あーそうかい」
 シャオがおずおずと尋ねた。
「あの、太助様、離珠に何かありませんでしたか?」
「大丈夫、少し目を回しただけだよ」
「よかった……」
 ほっとするシャオ。座り込んでいる離珠をそっと両手に乗せ、胸元に引き寄せる。
『大丈夫?離珠』
『大丈夫でし。心配かけてごめんなしゃい、シャオしゃま』
『いいの。気にしなくて、ね?』
「シャオちゃんと離珠ちゃんの会話って分かりづらいよな」
 二人の様子を見ていたたかしが出雲に意見を求めるように訊いた。しかし出雲は澄ました顔で答える。
「それは君が、シャオさんと離珠さんの深い絆がまだ見えてない証拠ですよ」
「じゃあ、お前には見えているのかよ!?宮内出雲!」
 やや、気を荒くして続けて問うたかしを軽く手で制して、出雲は一同に向き直った。とりあえず話しやすい(話の信憑度はさておいて)ルーアンに声をかける。
「たかが福引きに何熱くなっているんです?」
「あそこ見てご覧なさいよ」
 携帯ティッシュ片手に、ルーアンが投げやりに指を差してみせる。その先には……。
「一等、海外旅行ペアご招待……なんて陳腐な――ペアご招待!?」
 自分で言っておいて、今度は自分が熱くなる宮内出雲。
「なるほど、それで皆さん必死になっていたというわけですね」
 彼独特のいつものポーズ、前髪をふぁさとかき上げる。そしてポケットから一枚何かの券を取り出した。
「丁度ここに抽選券が一枚あります。ひとつ当ててみせましょう」
「当たることが分かるんですか?出雲さん」
 驚いたように訊くシャオに出雲は笑顔で答える。
「はい、何と言っても私には宮内神社の神様がついてますので」
 同姓が聞いたら引きつりそうなことをさらっと言ってのける出雲。
「では行きますよ!」
 そう言うなり、出雲は回転板を鮮やかに回してみせた。
「はい、六等、ムース一缶ね〜」
「……やりましたね。ちょうどこれが欲しかったんです」
「すっぱいブドウって童話、知ってるか?」
 翔子が白い目でそう言うが、出雲はあっさりと無視した。
「やっぱりムース代、馬鹿になりませんもんねえ。丁度私が使う銘柄ですし」
「ハイハイ、わかったよ」
「それに他の皆さんは使えないティッシュじゃないですか。一番下とはいえ、あたりはあたりです」
「ティッシュは役に立つぞ」
 と太助。
「風邪ひいたとき、これがポケットにあるとないとじゃだいぶ違う」
「その通り!」
 たかしが力みながら同意する。
「このコンパクトさこそ、今流行りのモバイルってヤツだぜ!」
「それはちょっと違うような……」
 と花織。
「あの……」
 そこで、珍しくシャオが話を遮った。買い物袋から一枚券を取り出す。
「私もやってみていいですか?」
「あ、シャオも一枚持っていたんだ」
 と太助。
「はい、さっき翔子さんとお買い物したとき貰ったんです」
「それならいちいち訊かなくていいよ。シャオが貰った券だろ?だったらシャオがやってみて当たり前なんだから」
「そう……なんですか?」
「そうそう」
「……わかりました、頑張ります」
「ああ」
 そう言って親指を立てる太助。シャオは頷いてそれに答える。
『へえ――』
 感心したのは翔子だった。
『なんだかんだ言って、少しずつ進んでいるんだな。あの二人』
 見ていて、微笑ましいものであった。

「いいか、こういうのは全くの無心か、それが欲しいって想いを込めて回すと当たるんだ。無心っていうのは難しいから、大抵は想いを込めるんだけどな」
 翔子がシャオにそう教える側で、ルーアンが短く息を付く。
「フッ!甘いわね、あたし達なんかさっきからそれ一辺倒で頑張ってるけど、一発も当たってないわよ!」
「そりゃルーアン先生達はそれに対する想いより、その先の下心に向かっているからだろ?」
「う……」
 幾つか声が重なった。ルーアン以下五人ほど、否定できない。
「まあ、とにかく想いを込めてみな。後は駄目元――駄目で元々ってこと」
「はい!」
「で、なんか欲しいものあるか?シャオ」
「えっと……太助様――」
「おいおいおいおいおい、シャオの欲しいもの!太助は関係なし!」
「はあ……」
 そう翔子に言われて、シャオは景品一覧に目を向けた。上から順に読みとっていく。と、途中でシャオの表情が変わった。軽く驚いたように目を見張る。ただ、全員がそれに気付いたときには既に元の表情に戻っていた。
「なんかあったか?シャオの欲しいもの」
 翔子に変わって太助が尋ねる。
「はい」
 シャオの目つきがすうと変わった。そして軽く腕まくりをする。
「シャオ?」
「シャオちゃん?」
「どうしたんです?」
「いえ、ちょっと……当てたいものがあるんです」
「当てたいもの?」
「まさか……」
 一斉に想像する男性陣。
「一等景品……」
「海外旅行……」
「二人きり……」
「まさか……」
 こちらのまさかは女性陣。ただし、その言葉の意味は男性陣と大きく異なる。
「シャオリンが――」
「シャオ先輩が――」
 ねえ、とお互い顔を見合わせるルーアンと花織。
「さて、どうなるかな……」
 と翔子。
「外れりゃ、まあそれはそれでめでたしだけど、当たったら……っていうかシャオは何が欲しいんだろうな」
 男性陣の勝手な予想よりも、シャオが何を欲しがっているのかが知りたい翔子である。
 そんな様々な思索が交錯する中で、シャオは一歩進んで福引きの親父に話しかけた。
「あ〜一回ね〜お嬢さん」
 シャオが回転板の取っ手に手をかけたときである。福引き会場にものすごい気迫が満ちた。
「なんだ!?」
 慌ててあたりを見渡す翔子。最初は男性陣の良からぬ気迫かと思ったのだが、違う。彼らは確かに出してはいるが、翔子でも驚くほどのものではない。なんと気迫の主はシャオであった。
俗にルーアンらがよく言う『キレた』状態ではない。ただ目を閉じて集中しているのである。
「あの子、戦かなんかするつもり!?」
 ルーアンがそう叫んだ程であるから、尋常ではないのだが、その中でも福引きの親父は平然としていた。やがて、シャオが回転板を回し出す。一回、二回、三回。その三回目でぴたりと止めた。シャオが目を開ける。出てきたのは、深い青色の玉であった。その場にいた全員が身を乗り出す。
「お〜」
 親父が感嘆の声を漏らした。
「なんだ?一等か?」
「赤じゃないから外れじゃないぞ」
「黒でもありませんから六等じゃないですね」
『緑の五等でもないでし〜』
「一等は金色だろ?」
「二等は銀色ですよ」
「あ〜」
 シャオを含め、全員が親父に注目した。十六の視線が突き刺さっても親父は表情ひとつ変えない。
「特等だな〜お嬢さん」
「特等!」
「特等って何でしたっけ?」
「えっと、そこに書いてある!」
 誰かがそれを読み上げようとしたとき、一度奥に引っ込んだ親父が、清楚なパッケージを持ってきた。
「はいよ〜アンティークテーセットね〜」
「アンティークティーセットぉ!?」
 シャオ以外の全員がそう叫んだ。そしてシャオは嬉しそうに手のひらを組み合わせる。
「丁度紅茶のセットが欲しかったんです。最初だから急須で我慢しようと思っていたんですけど――よかったぁ」
「なるほど……」
 と、翔子。
「だからあたしと買い物に行っている間、紅茶の葉っぱを買っていたわけか」
「フッ……妙な想像をした俺が馬鹿だったぜ……」
「まあ、シャオさんらしくていいですね」
 なにやらそれぞれのポーズを決めてたかしと出雲が呟くが、どっちにしても残念という意味でしかない。ただ、同じ思いであったはずの太助はというと、
『まあ、シャオの淹れてくれる紅茶が飲めるんだから、いいよな』
 などと、ひとり納得していた。
「それにしても最近なんか色々読んでると思ってたら、全部紅茶の本だったわけね」
 そう言って肩をすくめるルーアンにシャオは元気に答える。
「はい!」
 最近紅茶に凝っているシャオであった。

End

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