「君に贈る旋律(メロディ)」(1999.02.20)

 エンフィールドは内地に位置するそれなりに大きな街である。劇場、教会、武器屋、魔法ギルド、盗賊ギルド、科学研究所等、都市レベルの街にあるものはほとんど揃っている。では、エンフィールド独特の店、施設はないのかというと、そうでもない。天才的な腕前を示すトーヤ・クラウド医師の運営する医院があり、個性的な連中の揃った自警団があり、何より住民のほとんど全員がその評判を知らないことはないという何でも屋『ジョートショップ』がある。

「うぅ。さ、寒いッス!」
「我慢しろテディ。後三軒だ」
「そんなこと言ったって、寒いものは寒いッスよジョンさん」
「るせ。お前は毛皮着ているだろうが!」
「ボクの毛皮はコートじゃないッス!自前ッスよ!」
「わかったよ。もうその話は無しにしよう。同じ話題はもう三回目だ……後二軒」
「そうッスね……あ、ジョンさん次の角曲がるッス」
 季節は冬。それも12月の最後の日だ。昼の日差しは強いがいかんせん寒い。エンフィールドに新年を祝う大きな行事は無いが、それでも年の変わり目には大抵の店は休む。しかし、今街を歩いている青年と犬に似た魔法生物に休みはないようだ。大きな袋にやたら派手な広告を詰めて、街中の一軒一軒のポストに配っているらしい。
「それにしてもマーシャルの奴、新年バーゲンだぁ?武器の安売りなんて聞いたこと無いぞ」
 ぶつくさ呟く青年にテディが答える。
「アレじゃないスか?客はいつもボクらばっかりッスから、新しいお客さんがほしいんッスよ」
「そんなもんかね」
 呆れたように青年が答える。青年の名はジョン・スタビンズ。何年か前にエンフィールドにふらりとあらわれた青年である。本人曰く色々なところを巡ってきたらしいのだが、エンフィールドにつく直前行き倒れてしまい、『ジョートショップ』の主人であるアリサに助けられた。以来ジョンはこの街を気に入ったらしく、ずっとここに住んでいる。勿論ただというわけにはいかないので、アリサに頼んで『ジョートショップ』に住み込み働かせてもらっているのだ。そして今から少し前、彼は濡れ衣を着せられ、現在係争中の身である。
「これでラスト!仕事完了!」
 最後の家のポストに広告を入れ終わり、ジョンは大きくのびをした。
「報酬は前払いしてもらったし、これからはオレの自由時間って訳だ」
 係争中の彼がしなければならないことは、この街の住民から支持を集め再審要求を通させること。もっとも、本人のやることはいつもと変わらないため、彼自身は気楽に仕事を続けている。変わったことと言えば、仕事をやりやすくするために、彼の知り合いに協力を頼んだことくらいか。
「これから自由時間だからって、勝手に動いちゃダメッス!一度ジョートショップに戻って、ご主人様に報告しないといけないッスよ」
「わかってる、わかってるって」
 いささか辟易して、ジョンは手を振りながらそう答えた。
「早く帰って、アリサさんの淹れてくれる熱いお茶飲みたいもんな」
「ウイッス!」

「ただいま」
「ただいま〜ッス!」
 ドアについている銅の飾りをガランガランと鳴らせて、二人(?)がジョートショップに帰ったときには、ちょうどお茶の時間になっていた。
「遅かったじゃないか。ジョン」
「お前が早すぎるんだよ。アレフ」
 今回の仕事の協力者にそう言葉を返すジョン。
「ま、実力の差ってやつかもな」
「言ってろ。アリサさ〜ん、仕事終わりました〜」
「は〜い、ご苦労様〜」
 ジョンの報告に奥の方から答えが来る。ほどなくして、ここの主人であるアリサが現れた。手に湯気の立つ紅茶のカップを二つ持っている。
「本当にご苦労様、ジョン君」
「いや、どうってこと無かったですよ」
 そう答えて紅茶を一口啜る。うまい。
「あ、そう言えば、朝も言ったんですけど……」
「少しこの街を離れるんですって?別にかまわないわ。明日の朝には帰って来るんでしょう?」
「去年みたいに一緒に新年祝えたら良かったんですけどね。今年はちょっと気になることがあって……」
「気になる事ってなんスか?」
「こっちが気になるぜ」
 二人の会話にテディとアレフが割り込んでくる。
「お前らには関係無いの。で、アリサさん。本当に良いんですね?」
「ええ、もちろん」
 それを聞いて、ジョンは安堵したようであった。そして、カップの紅茶を一気に飲み干す。
「じゃ、オレ行って来ます。明日の朝には帰ってきますから」
「もう行くの?」
 そう尋ねるアリサにジョンは笑って、ちょっと遠いトコになんですよ。と答えると、自室に戻り、しばらくすると外に出ていった。後にはアレフとテディ、そしてアリサが残るのみである。
「どこ行くんスかね?ジョンさん」
 テディが好奇心丸出しでそう言う。知りたくてうずうずした彼の気配を感じてアリサは思わず笑ってしまった。
「アレ?アリサさんなんか知ってますね?出来れば俺達に教えてくれません?」
 アレフが目敏く追求する。彼にもテディと同じ気配を感じたアリサは苦笑しながら、
「何でもお見通しって訳じゃないわ。ただジョン君が何をしようとしているのかが、何となくわかっただけ」
 とだけ答える。
「教えて下さいよ〜」
「教えて欲しいッスよご主人様〜」
 子供のように追求する二人にアリサはますます苦笑しながら、
「ダメよ。ジョン君、結構真剣に頼んできたんだから。教えられないわ」
 と、彼女にしては珍しくいたずらっぽく言う。
「それじゃあ、仕方ないッスね。もうこんな時間か、俺そろそろ帰りますわ。あ、そーだテディ!今夜俺の家に泊まりに来ないか?」
「あっ!それイイッスね!ご主人様今晩お泊まりしてきて良いッスか?」
 明らかにわざとらしく振る舞う二人にアリサはとうとう吹き出してしまった。手をふるわせながらOKサインを出す。
「よし、じゃあ今行こうすぐ行こう。アリサさん、紅茶ごちそうさまでした。じゃ」
「『明日の朝には』帰って来るッスー」
 そう言って二人は外に出ていった。程なくしてバタバタと駆け出す音が聞こえる。しばらく発作にように笑っていたアリサはやがて少し落ち着いたようだった。座っていた椅子の背もたれに身体を預け、天井を見上げながら目を細める。
「そう、何となくわかったわ。今日のジョン君の雰囲気、出会った頃のあの人みたい……」
 誰ともなしに発せられた呟きは彼女自身しか聞いていなかった。

「本当によろしいのですか?」
 彼女の問いはもう五回にもなる。問いの意味から発音まで寸分も狂っていない。それに対する少女の答えもまた、同じものであった。狂いというものを見せない。
「構わないわ。ゆっくり羽を伸ばしてきて」
「でも……」
 五回目にして初めて二の足を踏む彼女にに、少女は彼女の手を握りながら答える。
「だめよ。ジュディだって、たまには家族に会わなきゃ。新年くらい一緒にいてあげないと……」
 説得につい自分の本音を織り込んでしまい、少女は軽い自己嫌悪に陥りかけた。心の中で頭を振る。
「でも、一人きりというのは……」
「だからそれは心配ないわ。私一人でなんとかできるし、新年のお祝いはジョートショップの方でやってくるから」
「そうですか……」
 ジュディは直接は知らないが、最近少女が足繁く通っているジョートショップの評判はは小耳に挟んでいた。そう言えば、何度かそのジョートショップの店員がこちらに来たこともある。
「わかりました。それなら大丈夫ですね。では、休ませていただきます。新年の二日にはこちらに戻りますから」
「わかったわ。元気でね、ジュディ」
 こうして少女は一人になった。少女の両親から、他の街での仕事で新年が明けても帰れないという手紙が届いたのが昨日のことである。少女がそちらに行っても良いのだが、いかんせん遠すぎた。かといって、先ほどの言葉通りにジョートショップに行く気にもなれない。彼らの経営の邪魔をするわけにはいかないというのが表向きの理由だが、その実は『彼』に迷惑をかけたくないというのが本音であった。思わずため息をつく。
「……お茶でも飲もうかしら」
 とりあえず、そうしようと自室からキッチンの方に行こうとしたときである。誰かが玄関をノックした。
「はい」
 玄関での対応は、普段はメイドであるジュディがやることであるが、彼女がいない今、自分がやるしかない。少女はたっぷり十秒もかけて玄関に向かった。この家は私には広すぎるかもしれない。漠然とそう思いながら玄関の鍵をはずす。そのまま扉を開けようとして気付いた。誰が来たのか確認をしていない。ジュディが何かの理由で帰ってきたのなら良いけどと思いながら、思いきってそっと開ける。
「どなたですか?」
 軽い緊張のせいで、思わず小声になってしまう少女であった。
「ヨッ、オレだよ。今そっちに上がっていいかな?シーラ」
 驚いたことに、そこには少女、シーラ・シェフィールドが先ほど気にしていた『彼』がいた。

 シェフィールド邸は広い。相変わらず広い。玄関から応接室に至る間の大きなホールを見渡しながらジョンはそう思った。ちょっとした楽器のコンサートなら開けそうである。事実そういう造りなのだろう。その証拠にホールの隅にグランドピアノが置いてあった。
「きょ、今日はどうしたの?」
 応接室で向かい合って座った後、ややぎこちなくそう訊くシーラにジョンは手を振って、
「いや、ちょっとね……あれ、今日は誰もいないの?」
 と、逆に聞き返す。ジョンはシーラの両親が滅多にシェフィールド邸に帰ってこないことを知っているため、その言葉はジュディのことを指していた。それを知っているシーラも、
「今日と明日はお休みなの。ジュディたら、せっかくのお休みなのに私のこと気にして休もうとしなかったんだけど……」
 と、彼女の話題に絞って答える。
「シーラが説得したわけだ」
「ええ、そう」
「ふーん」
 しばしの沈黙。
「って事は、今日から明後日までシーラ一人きり?」
「え、ええ……」
 やや意気込んで尋ねるジョンにシーラは語尾を濁して答えた。
「お父さんもお母さんも、仕事が忙しくて……」
「そうか……」
 またもや沈黙。
「じゃっ、さ」
「?」
「今日と明日は時間は空いているわけだ」
「??」
 ジョンの言っている意味がよくわからず、頭を振って肯定の意だけを表す。
「それともなんか予定ある?」
「と、特にないけど……」
「決まりだっ!」
 そう叫ぶとジョンは勢いよく立ち上がった。そして不安げにこちらを見ているシーラに手を差し伸べる。
「ちょっと遠いけどシーラに見せたいものがあるんだ。もし良かったら一緒に行かないか?帰りは明日になっちゃうけど」

 いつもの鞄に先ほどジョンに言われた通り、上に羽織るものを入れる。この肩掛け鞄は最近になって、ジョン達の仕事に同行するようになってから使うようになったものだ。特に最近になって、よく誘われるようになっている。それとちょっとした交通費。ジョンによれば、本当に遠いところなので乗合馬車を使わなければならないらしい。
 どこに行くんだろう?
自分の部屋のベットに座り込み、準備の整った鞄を抱え考えてみる。帰りは明日になる?かなり遠いところなのかしら?それとも実は近くだけど何か時間がかかる理由があるとか?
「シーラぁ。準備できたぁ?」
 応接室からジョンの声が聞こえてきた。どうやら急いでいるらしい。普段の彼は催促したりはしない。じっと待っている方だ。
「今行きまあす!」
 彼女にしては大声で答えて、なお考えながら、シーラは自室を出た。
 本当に、一体どこに行くのかしら?

「シーラさんの家ッスね」
「そーだな。何となくわかってたけどよ」
 ジョートショップを辞したアレフとテディはアレフの持つ『女の子・年末から新年のスケジュール〜エンフィールド版〜』(著者:アレフ・コールソン)とやらと、彼自身の勘によってシェフィールド邸のすぐ側に目立たないように陣取っていた。もっともその「目立たないように」は、邸内の人間用であって、往来を行く人々にはシェフィールド邸の近くの茂みに顔をつっこんだ二人が丸見えであったが。
「ジョンさん何してるんッスかね?」
「シーラを誘ってるんだろ」
「あ、そうッスか――ええっ?」
「ええええええっ!」
 突然の乱入者の声は彼らの頭上から響いた。つまり普通に立っていたことになる。通りがかりといった方が正しいだろう。
「じゃあ、やっぱりジョンさんとシーラさんってくっついていたんだ!」
「と、トリーシャ!」
 アレフは驚きながら栗色の髪をした乱入者、トリーシャ・フォスターを見上げた。手に色々入っている買い物かごを持っている。そろそろ夕方近いことを考えると夕食の材料でも買ってきたのであろうか。
「これってスクープだねえ。みんなにも教えてあげなきゃ」
「待てい!」
 踵を返して走り去ろうとしたトリーシャをアレフはぎりぎりのところで引き留めた。
何?と表情で訊いてくる彼女にアレフは人差し指を口にあてながらささやくような低い声で続ける。
「この情報はしばらくお預けだ。考えてもみろ。ジョンの野郎はともかく、シーラが噂の的になったらかわいそうだろ?彼女、ただでさえそういうのに弱いんだからさ」
「あ――そ、そうだねボクが間違っていた」
「わかりゃあいいさ。とりあえずこのことは胸の中にしまって帰りな」
 自分のペースを取り戻したアレフは、いつもつきあっている女の子達に接している態度でトリーシャにそう言った。この台詞で納得しなかった女の子はいない。
「で、ジョンさん何やってるの?シーラさんの家で」
 トリーシャを除いて。
「人の話を聞けよオイ」
「だって、それとこれとは別だモン。ジョンさんが何してるか気になるからここに隠れているんでしょ?」」
「ま、まあな」
「ねえ、教えてよ」
「い、今それを調べている所ッス!」
「あ、テディもいたんだ」
 アレフの足下にまで視線を下げて、トリーシャはテディの存在を確認した。軽く手を振る。
「気付いてくれなかったッスね……」
 プライドか何かに触れたのか、いじけるテディ。それに気付かないふりをしてトリーシャはアレフに尋ねた。
「アレフさんはどう思っているの?」
 その言葉にアレフは慎重に言葉を選びながら答える。
「どっかにつれて行くんだろ。ジョンがシーラのことを気にしてたのは今に始まった事じゃないしな」
「ボク知らなかったよ」
「トリーシャが鈍いだけさ」
「ひどいなあ。その言い方」
「気にするな。誉めてるんだ」
「嘘見え見えだよ」
「そっか?」
 空っとぼけるアレフ。
「それよりどこに行こうとしてるのかなあ、ジョンさん」
「『明日の朝頃』帰ってくるって言ってたッスね」
 テディがそう指摘する。彼らにとって唯一の手がかりと言って良い。
「まあ、この街を離れることはヤツ自身が言ってたし――隠れろ!テディ、トリーシャ!」
 アレフが突然そう叫んで、三人が隠れたと同時にシェフィールド邸の玄関が開いた。先にジョンが出て、後からシーラがついてくる。彼女は玄関をしっかりと施錠すると、待っていたジョンの手を握って往来に出た。そのままエンフィールドの正門の方へ向かって歩いていく。
「正門の方に行くみたいだから……やっぱり正門の方から街を出るんだよねえ」
「それしかないッスよ」
 当たり前のことを話しているトリーシャとテディをよそに、アレフはとある事を思い出していた。
「馬車使うつもりだな。ジョンのヤツ……」
「馬車って、乗合馬車のこと?」
 トリーシャが今思い出したようにそう言う。
「ああ、十中八九そうだろ。厄介だな。どこに行くにしてもつけられなくなる……」
「一緒に乗るわけにはいかないッスね……」
 テディが落胆したように呟く。
「どっかに馬車があればいいんだけどな」
「あるよ」
 あっさりとトリーシャが言う。
「あるッスか?」
 テディが嬉しそうに訊いた。
「うん。自警団の詰め所に一台、馬付きでいつも置いてあるんだ。滅多に使わないけど」
「それだ!トリーシャ、今晩から明日までその馬車借りられるか?」
「大丈夫だよ。でもその代わり――」
 意気込んで尋ねるアレフにトリーシャは悪戯っぽい笑みを浮かべながら続けた。
「――ボクも一緒に行ってイイ?」
「構わないけど……いいのか?自警団の方や親父さんの方はさ」
 トリーシャの父は自警団の隊長を務めている。そのため彼女は新年の祝いは自宅ではなく大抵自警団の事務所で行っている。
「大丈夫だと思うよ、『みんな』で行って来るって言えば問題ないし」
「ジョンや、シーラを含めるってか。良いアイデアじゃん」
 にやりと笑うアレフ。
「そーと決まれば即決行!特殊工作員トリーシャ、作戦成功を期待する!」
「アイアイサー!」
 急いで駆けていったトリーシャが小型の馬車に乗って正門近くに戻ってきたのはそれからたったの十分後だった。屋根のない荷馬車タイプだったが、毛布でも用意しておけば寒さに困ることはないだろう。ここ近辺は冬はそれほど寒くない。
「みんなと楽しくやってこいだってさ」
 御者台から降りたトリーシャは彼女の父から言われたことをそのままアレフ達に報告する。
「アレフさんはともかく、ジョンさんが一緒なら問題ないって」
「まあ、アレフさんは万年色ボケ色魔ッスからねえ」
 テディがさもありなんと頷く。
「恋のプロフェッショナル、アレフ博士だろ〜テディ〜」
 そのテディのヒゲを両手で軽く引っ張りながらアレフは訂正を求めた。

 エンフィールドの中には、乗合馬車の駅はない。その代わりに正門から少し歩いた所にエンフィールド前と銘打った乗合駅がある。ジョンとシーラはその駅の待合室にいた。目指す乗合馬車は予定では後十分くらいで来るらしい。
「スタビンズ君」
「ん?」
 とりあえず待合室の中のベンチに腕を組んで座っていたジョンは、隣に座っていたシーラの呼びかけに答えた。
「私達、どこに行くの?」
 そう尋ねるシーラにジョンは片目をつぶって答える。
「ひ・み・つ」
「で、でも……」
「不安?」
 ジョンの問いにシーラは頷いて答える。
「じゃあ、ヒントをひとつだけ」
 ぴっと人差し指を立たせてジョンは続けた。
「目的地は海に面した街」
「海!?」
 それを聞いてシーラは驚いた。エンフィールドから海へはかなり遠い。今は夕方に近い時刻だが、このまま行くとなると……
「着くのは真夜中になっちゃうわ。もしかしたら新年になってるかも」
「新年になったら困るな」
 と、ジョン。
「でも、確か時間は合ってるはずだ。この時刻のに乗れば、新年になるちょっと前に着く。あ、ヒントもう一つ言っちゃった。参ったな」
 そういってジョンは頭を掻いた。そんな彼を見てシーラは思わず笑ってしまった。そういえば彼に会ってから自分がよく笑うようになった事を思い出す。そして大事なことをひとつ思い出した。
「新年のお祝い、ジョートショップでしないの?」
「ああ、今日からのことはアリサさんにはオレがちゃんと言っておいたよ。一緒に新年祝えなくて済まないともね」
「そんなに大事なものなの?これから見に行くものって」
「ああ、こうでもしなきゃ見られないものなんだ、いや見ると言うより――ととっ、またヒントあげるところだった」
 わざと慌てて自分の口を手で押さえるジョンは、隣にいるシーラが俯いていることに気付いた。今度は本当に慌てて、しかし外見は極めて普通を装って(これに彼は非常に精神を使った)そっと彼女を呼びかける。
「シーラ?」
 俯いたままのシーラは少し顔を上げると少し辛そうに答えた。
「みんなで行けば良かったのに……私だけじゃなくて、アリサおばさまとか、テディとかと一緒に――ご免なさい。つい……」
 ああ、そうか。
 ジョンは思わず自分の頭を思い切り叩きたくなった。シーラは甘えるという事に慣れていない。自分だけ特別に、ということもマイナス面はあっても、プラス面は(滅多に)ない。いつも自分を押さえてしまい、他人に合わせる。彼女の家庭の事情を知るうちに覚えたそれらをすっかり忘れていた。
「いや、いいんだ」
 ジョンは静かに言った。軽くシーラの肩を叩く。彼女がこっちを向いたのを確認してからジョンは続けた。
「ゴメン、説明不足だった。謝る。これから見るものはさ、シーラだけってことじゃなくて、シーラと一緒に、いや、シーラと二人きりで見たかったんだ」
「え?」
 シーラの顔に当惑の色が浮かんだ。次に驚きの色が浮かぶ。
「それって……」
 彼女が言葉を言い終わらない内に、当の乗合馬車が来た。
「さ、行こうぜ」
 シーラに向かって差し出されたジョンの手を、彼女はしっかりと握った。しっかりと。

 乗合馬車は二頭立ての、十人程度が乗れる大きさだった。街から街へとつなぐ乗合馬車としては小さいが、この辺りで住民が街と街を行き来することはあまりなく(各街の自給自足体制が整っているからである)、かといって旅をする場合、多くの旅行者は乗合馬車に乗るより徒歩を好むからである。
「乗合馬車もいいですけど、やっぱり旅は自分の足で歩かないと。大事なものって結構歩いているときに見つかるものですし、景色を楽しむならやっぱり歩きです」
 と、旅の入門書を書いたとある吟遊詩人は、その著作の冒頭において、そう書いたとか書かないとか……話を元に戻そう。
 馬車に乗る前に御者に聞いた話では、この馬車はこの駅で五分ほど休憩するとのことだった。馬車の中はジョンが思っていた通り、彼ら以外にいなかった。とりあえず一番後ろの席に二人並んで座る。既に辺りは暗くなり始めていた。
「到着は十一時辺りだってさ。充分間に合うよ」
 一度前の方に行って御者と話していたジョンは席に戻るなりシーラにそう言った。
「いつ見られるものなの?」
 シーラがそう訊いてくる。
「さっきも言ったけど、新年ジャスト」
「スタビンズ君はもう見たことがあるんだ」
「ああ、少し前にね。まだオレがエンフィールドに来る前のことだけど。多分、シーラに合ったイベントだと思うよ」
「そうなんだ……」
 嬉しそうに微笑みながらシーラは呟いた。これだけでもう達成されたかな、オレの目標。と、ジョンが一瞬思うほどに。その余韻に浸っている内に馬車は動き出した。
「思っていたより揺れないな……」
 ジョンが何気なく呟いた言葉にシーラが少し驚いたように反応する。
「スタビンズ君は馬車に乗るの初めてなの?」
「もっと簡単な造りのは何度か乗ったことがあるけど、乗合馬車は初めてだな。旅してた時は歩いてばっかりいたから。シーラは?」
「私は何度か。両親についていって色々な街に演奏しに行ったりしたことがあったから」
「ああ、そっか」
「私、てっきりスタビンズ君が馬車に乗り慣れているかと思った」
 と笑みを浮かべながらシーラ。ジョンは頭を掻きながら、
「いや、ほら。オレの旅ってほとんど無銭旅行だったから。エンフィールドに着いたときは、ほとんど行き倒れだったってアリサさんから聞いたことあるだろ?」
「あ、そういえば……」
 口元に手を当て、思い出したようにシーラは呟いた。そこから、ジョンが来てからエンフィールドの昔話になる。ジョートショップで働くようになったこと、初めての二人の出会い、そして冤罪事件……それからシーラに仕事を手伝ってもらうようになったこと。
「最初は足手まといばっかりだったわね」
 つい最近のことなのに懐かしそうにシーラは言った。
「本当に最初の時だけさ」
 と、ジョン。事実今では重宝しているのである。大抵の人には向き不向きがあるものだが、シーラの場合それが極端に少なく、大抵のことがこなせた。彼女が一番得意なのはピアノ演奏だが、そのほかに物理魔法、神聖魔法、護身術に格闘術まで使える。弱点といえば、個々の技術がプロに及ばないところか。例えば、物理魔法はシェリルやトリーシャに若干劣ってしまうし(マリアは別問題)、神聖魔法はクリスにかなわない。護身術や格闘術もパティやリサに同様である。しかしそれはあくまでプロと比較した場合であって、全く使えない側から見れば非常に頼りになる。それに彼らにかなわないのは彼らが彼女の師であるという点もあるだろう。
 だからダンジョン探索や、護衛、モンスター退治などの仕事になるとジョンはシーラを仕事に誘うようになった。他にも理由はあるのだが、それは言うと野暮というものであろう。
「もう夜ね……」
 馬車の窓から闇に沈んだ外を見ながら、シーラは呟いた。馬車の外に付いている明かりが照らす範囲しか見えない。
「いけね。夕食のこと考えていなかった」
 額を打ちながらジョンがそうぼやく。
「向こうに着いたら、なんか食べよう。それまでは――どうしようか?」
「あ、大丈夫。そんなにお腹空いていないから」
「ゴメンな。すっかり失念してた」
「ううん、気にしないで」
 二人だけを乗せた馬車は、そのペースを全く崩さずに進んでいく。

「ちょっと寒いッスね」
「毛布積んでおいて正解だったね」
 荷台に座り、毛布にくるまってテディとトリーシャがそう話している。
「あの、俺は寒いんスけど……」
 同じく毛布にくるまっていたが、風をもろに受ける御者台に座るアレフがそう抗議した。
 先行している馬車の明かりを頼りに、アレフ達の馬車は目立たないようにジョン達の乗った馬車を追跡していた。こちら側は明かりを目標にして離れて走っているので、ジョン達には見つけられないはずである。
「あ、そうだ。アレフさ〜ん、質問!」
「なんだ?」
 明かりを見失うとシャレにならないので、じっと前を見据えながらアレフが答える。
「ボク達は前の明かりを頼りにしているからいいけど、あの馬車そのものは何を頼りに走ってるの?」
「星だよ」
 とアレフ。
「星ッスか?」
 テディが驚いたように聞き返した。
「そう星。そいつを頼りにして大体の方角を決めてるんだ。後は街道沿いを走るだけ。簡単にみえて結構難しいらしい」
「曇ってるときはどうするんスか?」
「そんときはしょうがない。ゆっくり走って分かれ道の標識を見るしかないな。だから空が晴れているときは昼は太陽、夜は星を使うんだ」
「アレフさんはソレできるの?」
 もう一度トリーシャが質問する。
「少しだけならな」
 と、アレフ。しゃべりながらも目は前の明かりを決して離さない。
「じゃ、星を見てジョンさん達がどこに行くか大体わかるって事?」
「大体はな」
「どこなの?ジョンさん達が行こうとしているトコ」
「俺の勘が正しければな――」
 先行する馬車が二股の道の一方に入ったことを確認して、自分達の馬車もその道に入るように用意しながらアレフは続けた。
「港町、パドルビーだ」

 アレフの予想通り、馬車はパドルビーに到着した。ここは港町と名が付く通り、各街や国への交易で栄えている街である。規模は明らかにエンフィールドより大きい。
「すごい……」
 港にライトアップされて十何隻も係留されている魔法機関を搭載した大型船――主に他の国へ渡るためのものだ。それが舳先を並べて何隻も何隻も並んでいる――を眺めて、シーラはただただ圧倒されていた。
 この街では新年を祝う行事が重要なのか、もう夜更けにさしかかっているというのに街全体が明かりに包まれている。近くにある酒場からは陽気な笑い声が響いていた。その中のひとつから手に何かの入った包みを持ってジョンが出てくる。
「お待たせ、行こうか」
「ええ」
 海から吹き込んでくる風は少し冷たい。シーラは鞄の中に入れていた上着を羽織ると、ジョンについていった。
 この街はコの字型をした湾の奥に面していて、コの字型の一方はそのまま小さな半島になっている。その半島の先に灯台が建っており、辺りに強い光を投げかけていた。もう一方は小高い丘になっている。その方向へジョンは向かっているようであった。
「この丘の頂上が公園になってるんだ」
 なだらかな煉瓦の坂を上りながらジョンはそう言った。
「そこで見られるの?」
「そ。後三十分位かな。楽しみ?」
「ええ、とっても!」
 坂道を上りきるとそこはジョンの言う通り公園になっていた。結構広い。この時間だと明かりはないものと思っていたが、ぽつんと小さな屋台があり、そこから魔法の白い明かりが漏れていた。同様にジョンとシーラ以外誰もいなさそうな公園には四、五人の人がいるようである。どうやらジョンと同じ目的でいるらしいのだが、集まっているわけでもないことを見ると、どうやらここは穴場というものらしい。
「わあ……」
 丘から見下ろすと、そこには港街の夜景が一望できた。この距離だと建物の明かりが星のように見える。その光が海にも映り、光の揺らめきが不思議な雰囲気を醸し出していた。
「スタビンズ君、これ?私に見せたかったものって」
 後ろにいるジョンに振り返りながらシーラは尋ねた。
「いや、これも綺麗だけど違う。本番はこれからさ」
 にやっと笑いながらジョンはシーラと並んで港街を見下ろした。
「後もう少しだ」
 そう言って後は無言のままじっと夜景を眺めている。シーラも彼に習って夜景を眺めることにした。しばらくしてポンとジョンから何かを手渡された。見るとまだ暖かい揚げ菓子がある。どうやらジョンがさっき酒場で買ったものらしい。
「ありがとう。スタビンズ君――」
 シーラが礼を言い終わらない内に突然街の明かりが消えた。同時に公園にあった屋台の魔法の光も消える。
「!」
 突然のことに思わずシーラはジョンの腕に捕まり、自分の身体を引き寄せた。
「大丈夫、大丈夫だよ。シーラ」
 そっとジョンが囁く。
 そして。
ボォォォォォオオオオオオオン
 突然起きた大音響は港に停泊していた一番大きい船の汽笛によるものであった。続いて次々と他の船が汽笛を鳴らしていく。
ォォォオオオンォォォオオオンォォォオオオンォォォオオオンォォォ……
 最初はてんでバラバラだった汽笛達はやがてまとまりというものを見せ始めた。規則正しくリズムを持ったそれは……
「旋律……」
 ぽつりと呟くシーラ。彼女の言う通り、それは汽笛という壮大な楽器を使ったメロディだった。重なり響く重低音はこの丘に届く程大きいが、決して不快ではない。巨大なパイプオルガンをゆっくりと弾くような、そんな音である。新年の祝いとして、船達が奏でるメロディ。太く逞しい音なのに柔らかい優しさを感じるのはなぜだろうか?
オオンオンオオオオンォォォォォォォン……………………
 大きく余韻を残して、船達の演奏はそっと終わった。同時にパアッと街の明かりが灯っていく。
ポン、ポポン!
 港の方で花火があがった。公園にいた他の人達が新年の挨拶を交わし合いはじめる。風が軽く公園を吹き付け、シーラの長い黒髪を軽く梳いた。
「どうだった?」
 そうジョンが訊く。シーラは答えない。いや、答えられなかった。
「シーラ」
 そっと呼びかけるジョン。彼女は捕まっていた手をぎゅっと強く握っている。
「シーラ?」
 さすがに心配になってきたのかジョンの声に焦りが混じったとき、やっとシーラは反応した。彼に引き寄せていた身体から力を抜き、頭をそっと彼の方に預ける。
「ありがとう……スタ――いいえ、ジョン君……」
 そう言って彼女は頭の中でさっきのメロディを反芻するかのごとく軽く目を閉じた。同時にジョンが手を離した彼女の肩を軽く抱く。
「新年おめでとう。シーラ」
「おめでとう」
 二人はしばらく、そのままでいることにした。が――
「す、す、すごかったぁ〜」
「ば、バカ!声がでかい!」
「アレフさんも声デカイッスよ!」
「うわぁぁぁぁぁ!」
「きゃあぁっ!」
 後半の悲鳴はここにいるはずのない声をジョンとシーラが聞いたためである。二人は磁石の同極のようにぱっと離れると、声のした方を振り向いた。
 そこにはアレフ、トリーシャ、テディが目立たないようにして立っていた。どうやらずっとついてきた後、先ほどの演奏でトリーシャが度肝を抜かれたらしい。我に返ったのがさっきだったのだろう。
「え、エヘヘヘヘ……」
「ワン、ワンワン!」
 トリーシャはひたすら誤魔化すように笑い、テディは犬のフリをして誤魔化している。アレフはというと、帽子を顔に載せ他人のフリをしていた。
「トリーシャ!駄犬!アレフ!」
「誰が駄犬スか誰が!」
 ジョンの呼びかけにテディが猛然と反論する。
「いいや、お前なんざ駄犬で十分だ!アレフとついてくるだけならともかく、トリーシャまで巻き込んだな」
「う……そ、それはっスね」
「ちょーと待った!」
 ジョンに言い詰められてどもったテディに、突然アレフが乱入した。その顔には勝利を確信した笑みを浮かべている。
「お前も同罪だぜ。アレフ」
 そう言うジョンの言葉を手で軽く受け流しアレフはジョンに詰め寄った。
「今お前、テディにアレフとついてくるだけならともかくって言ったよな?」
「う……」
 今度はジョンがどもる。
「つまり、俺とテディがお前とシーラをつけたのはともかくで片づくって事だ」
「いや、あのな――」
「片づくって事だ。そうだよな?」
 ぐいと自分の顔をジョンに寄せ、アレフは言い切った。見事にのせられたジョンは悔しそうに頷く。
「よーし、これで無罪放免。言葉の魔術師の勝利ってヤツな」
 にやにやと嬉しそうに言うアレフ。
「じゃ、ボクを連れだしたことはどうなるんだろうね?」
 首を傾げながらトリーシャがそう言うと、彼はそのまま凍り付いた。
「そうか。そっちがあったなあ……」
 今度はジョンがにやにやと笑う番であった……
「トリーシャ、お前余計なことを……」
「と、とにかくう、新年おめでとうシーラさん」
「お、おめでとう。トリーシャちゃん」

 あまり寒くないこの地方でも、さすがに深夜はキツイ。帰りも御者に任ぜられたアレフは身をもってそれを体験していた。いかに毛布で全身をくるもうとも変わらない。それに引き換え後ろは……
 毛布を余分に持っていたとはいえ、さすがに五人分はなかった。普通の大きさのが二枚、かなり大きめなのが一枚。一枚はアレフが今くるまっている。もう一枚はトリーシャがテディを抱いた形でくるまっていた。今は二人とも寝ている。そして、大きめの一枚はジョンとシーラが背中合わせにくるまっていた。こちらは二人とも寝ていない。ジョンは居心地が悪そうに何度も軽く身じろぎしていた。理由は言わなくてもわかるだろう。シーラはというと、さっきからメロディを口ずさんでいた。何のメロディかというと、こちらも言うまでもなく先ほどの船の汽笛が奏でたメロディである。
「気に入った?」
 アレフが言ってやろうかと五回目に思ったときに、やっとジョンが尋ねた。シーラは口ずさみながら頷く。
「良かった……」
 その言葉とともにジョンは少し落ち着いたようであった。身じろぎしていた気配が消えていく。なおも口ずさんでいたシーラであったが、途中でそれが小さなあくびに変わった。そこで一旦口ずさむのをやめる。
「何度も何度も思い出そうとしたんだけど……何の曲だか思い当たらないの……」
 少し眠そうにそう言うシーラにジョンは笑って、
「そりゃそうさ。あれは元々新年の仕事始めにたくさんの船が汽笛を鳴らしている内にメロディになるってことに気付いたものなんだ。順序を決めて鳴らすとね。その順序は船の大体の大きさで決めるらしいね。だから、年毎にあのメロディは変わるものらしい。新年ごとに同じ船がいる訳じゃないから」
「そうなんだ……私、今度あの曲を弾いてみようかな……ピアノじゃ無理だけど、オルガンなら出来そう……」
「そうだな。楽しみにしているよ」
「ありがとう……少し弾きやすく編曲してもいいのかしら……もう少し長めの曲にしたいし……原曲の後に弾いてみるの……」
 睡魔がシーラを襲ってきているらしい。彼女の口調が少しずつゆっくりになっている。
「いいんじゃないか?シーラが編曲するならきっと良い曲になるよ。きっと」
 シーラが寄り掛かりやすいように体勢を変えながら、ジョンは静かにそう言った。
「ありがとう……あと、今日私を連れてきてくれてありがとう。とても嬉しかった……ほん……とうに……」
「どういたしまして。もう休みな。眠いだろ?」
 こくんと頷くシーラ。
「お休み、シーラ」
 もう一度こくんと頷くと彼女は深い眠りに落ちていった。
「いい雰囲気じゃねえか」
 彼女が十分に眠っていることを確認して、アレフが小声でジョンに声をかける。
「コノヤロ。盗み聞きしていやがったな」
 寝ている彼女たちが起きないように、ジョンも小声で返す。言葉は怒っていたが、口調はそうでもない。
「これで、再審に勝たなきゃいけない理由が増えたな。もう自分一人だけの問題じゃない。シーラのためにもな、ってか」
 空は綺麗に晴れていた。星が非常に見やすい。アレフはさっと空を見上げ、星の位置を軽く確認しながらそう言った。
「シーラだけじゃない。保釈金払ってくれたアリサさんにしても、いつも仕事を手伝ってくれているテディにしても……お前もだぜ。アレフ」
「俺もかい!?」
 一瞬アレフは手綱の操作を誤ってしまった。すぐにコントロールを取り戻すことが出来たので、馬車の走りに変化はなかったが。そんなアレフを見てジョンは軽く笑う。
「お前にしちゃ、上等なジョークだな」
 いささか憮然とした顔でアレフはそう言った。だが口調は笑っている。
「わかってんならそう言うなよ。とにかく俺に関わっているみんなのためにはな……やってやんなきゃ」
「その意気だ」
 巧みに手綱を操りながらアレフは言う。
「がんばれよ、ジョン」
「言われなくてもわかっているさ」
 そう言ってジョンは、片手で抱いた形になって眠っているシーラにそっと視線を置いた。
 馬車はそれなりの早さで駆けながら、一路エンフィールドへ向かっていく。

終わり

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