『文化祭』
第1話:『文化祭前日』
さあ、明日は文化祭です。
「はい!」
いの一番に手を挙げたのは、他の誰でもないボクだった。ちょっと声が大きすぎたせいか、教室はしんと静まりかえっている。クラスのみんなが注目するせいで、思わず何もなかったように座りたくなるけど、
これだけは譲れない。譲れないんだ。
ボクたちの学校では、文化祭の出店はボクら1年生が担当することになっている。出店というのは、校舎の外に出て、屋台を組んで食べ物とか飲み物を販売するあれだ。祐一君や名雪さん達の2年生は教室内を自由に使え、川澄先輩や倉田先輩達3年生も同様。でも、3年生達は受験が控えている人もいるから、自分たちの教室を盛り上げるより、外を回って楽しむといったクラスが多くて、クラスの出し物は大抵展示系のものになっているらしい。
そして今、ボクたちのクラスが出店で何を決めようかというとき、真っ先にボクが手を挙げたという訳になる。
「ああ、はい。月宮さん」
ここに来てやっとクラスの文化祭実行委員が、ボクに発言権を与えてくれた。随分ぽかーんとしていたけど、そんなに声大きかったかな?
「鯛焼き屋さん!」
思わず握り拳。教室はしんとしたままだけど、構わない。要はボクの野望が達成されればいいんだ。
「駄目ですよ、あゆさん」
突然そんな言葉と共に手を挙げたのは、他でもないクラスメートの栞ちゃんだった。うぐぅ……フッとか笑ってる!フッとか!
「保健所の通達で、生地と火は使えません」
……え゛?
「うぐぅ、じゃ、ホットプレート……」
「時間がかかりすぎです。それと生地はどうするんです?」
栞ちゃんのお姉さんみたいに腕を組んでそう訊いてくる。なんか最近、本当にお姉さんに似てきたような。あああ、そんなことより、このままだと、ボクのプランが……。そんなボクにそっぽを向いて、つまりは文化祭実行委員の方を向いて栞ちゃんは立ち上がる。
「という訳で、アイス屋さんを提唱します」
冗談じゃない!
「そっちこそ、却下! 第一、季節はずれだよ!」
「そんなこと無いですよう、秋味とか、冬一番とかあるじゃないですか」
「それってビール!」
一応断っておくと、飲んでいるのは祐一君。ボクじゃない。こそっと飲んで、とても苦くてこっそり捨てたって事もない。
「それはとにかく……ただ好きだからという訳じゃありません。材料の調達、加工のしやすや、種類そのものとトッピングのバラエティの多さ、どれをとっても文化祭のお店にふさわしいです」
相変わらず静まりかえっていたクラスに、おおお、とか歓声が上がる。こ、このままだと……。
「で、でもでも鯛焼きだってバリエーションあるよ!」
「例えばどんなです?」
それはもちろん!――
「……あんことクリーム」
「――勝負は見えましたね」
あー!またフッって笑った!フッって!
「どうですか、あゆさん。ここは民主主義の原理に身をゆだねるというのは」
「上等だよ!」
文化祭実行委員の声がする。
「はい、みんな目ぇ閉じてー」
「ものの流れ、戦略的提案、そしてその場の勢いって、知っています?」
「うぐぐぐぐぐうぐぅ……」
結果はボクの惨敗。っていうか、一人だけって言うのが一番辛かったり。
「いやだってさ、型とかどうするんだよ。いくらなんでも作れないだろ」
ボクの隣に座っている男子がそう言う。か、考えてなかったよーっ!ボクの頭の中ではそれがリフレイン。
「季節的にはあっているんだけどね」
今になってクラスが騒ぎ出す。まあ、いいんだけど……。
「鯛焼きにするんなら、それより簡単で色々できる今川焼きだよな」
「でも結局、生地に行き当たるのよね」
せめて、冷めた鯛焼きで妥協すれば良かった……。
「しゃーねーな、月宮」
うぐぅ……。
さっきの男子、神田君がポンと肩を叩いてくれた。
それが、ざっと三日前の話。それで、今は教室の外。だって明日は文化祭。かなり突貫だけど、今まで決まっていなかったんだからしょうがない。
ここはやっぱこうかな?そんなボクの思考から、人ひとり分下の方で屋台造りの男子の指揮を執る神田君と、女子の指揮を執る栞ちゃんが話している。
「なんだかんだ言って、やるとなるとやるんだな。月宮って」
「はい、だからあゆさんって好きです」
「その割にはこの前は思いっきり敵対していたようだが」
「時に研鑽しあってこそライバルというものです」
「ライバルだったんかい」
好きなことを言ってるなあ、栞ちゃん……。
結局アイス屋さんになった訳だけど、だからってボクがさぼる必要はないし、そもそもさぼりたくない。第一お店の中身を栞ちゃんに奪われても、お店の外側をボクが作ればおあいこなような気がするし。だから、ボクは男子に混ざって屋台造りに精を出すことにしたんだ。
さっきから一生懸命作っているのが、お店のてっぺんの飾り。デザインは三日月。もちろんボクの名字から取っている。うっぐっぐ、これは普通気付かないよぉ。なんてひとりにやけながら、くわえていた釘3本の中から1本取ってベニヤ板に打ち付けてみる。うん、いい感じ。
「なあ、美坂って月宮のこと詳しいんだろ?」
ボクがトンテンカンテンやっている間に神田君と栞ちゃんの話す内容が変わっていた。声が小さくなったって事は、周りに聞かせたくないらしい――んだけど、充分聞こえていたりする。
「ええと、まあ、そこそこですね」
「じゃあ、訊くけどよ。月宮って」
「私たちよりひとつ年上ですよ」
多分訊いてくる内容がわかったんだろう。なんでもないように話す栞ちゃん。普段そう言う話を聞かれたら誤魔化す方なんだろうけど、訊かれたら、答えてあげてとボクが言ってあるので、話しているんだろう。
「……だよな。でもよ、頭んなかは俺らとたいして変わらないよな」
なんでかな。今無性に手に持っている金槌を、あらぬ方向に落としたくなったんだけど……。
「小学生の女の子が、たった数ヶ月で私たちと同じレベルになった方がすごいと思いません?」
言葉とは裏腹に、相変らずなんでもないように話す栞ちゃん。
「ってことは、噂の大木事件って」
「あゆさんの事じゃないですか?」
ちょっとそっぽを向く栞ちゃん。それ以上なんでもなく話せなくなったんだろう。でも、神田君はそれを見て別のことを考えたらしい。
「悪ぃ。普通訊く事じゃなかったよな」
「そうかもしれませんね。でもあゆさん、訊かれたら答えてあげてって」
「なんでだ?」
「みんなとの間を埋めたいからですよ。きっと」
なんで話がしんみり系に行くのかなー……。
ボクが、訊かれたら話してって言った理由は、それだけじゃない。あの事件のことは出来る限りそっとしておいて欲しかったけど、それでもボクは復学の道を選んだ。結局色々あって祐一君達と同じ学年にはなれなかったけど、それでも中学生を通り越していきなり高校生になれたんだから、感謝しなければいけない。
(勉強に関しては、異様にスパルタだった秋子さんに関しても……感謝しなければならない)
そして、当然学生になったからには、ボクがどうして学校に来たのかを話さなければならないし、クラスメート達は知らされる事になるだろう。多分、病気とか事故による長期休学がどうのこうのって話になると思うけど、噂っていつでもどこからかやってくる。
『転校生の月宮は、七年間病院にいた、この前新聞に載った大木事件の当事者だ』
栞ちゃんが随分と深刻な貌でそれを伝えたとき、ボクは頷いて、さっきのことをお願いした。多分栞ちゃんの話したことはそれなりにコーティングしてあるのだと思う。噂の口が悪ければ、植物状態だのなんだのと言われているに違いない。
だから、ボクは訊かれたから答えるように頼んだんだ。噂は事実。だから、その先は自分で考えて。
ボクがその話を言い終わると、最初栞ちゃんは反対した。栞ちゃんも一学期はほとんどお休みだったって言うから、噂の恐さを知っていたのだと思う。
でも、栞ちゃんだってクラスのみんなと仲良いじゃない。
ボクのその一言に栞ちゃんは頷いた。それで話は決まった。
それでその件は終わった――はずだったんだけど、どうも終わっていなかったらしい。でも、今のでよくわかった気がする。やっぱり自分で話さないとね。今度時間を設けてみんなに話しても良いかもしれない。あ、でも前半はかなり端折っておこう。流石に恥ずかしいし。
トン、トン、コン。三つ目の釘が打ち終わり、飾りがしっかり固定される。うん、いい感じ。これからは自分からも話そうと決めた今、一挙両得な気分だ。
でもその前に、しんみりしている下をどうにしなければいけない。
だからボクは、屈んで釘を打ち込んでいた足場から立ち上がって、精一杯叫ぶことにしたんだ。
「で、で、で、できたー!」
いきなりのボクの気勢に驚いたらしい。二人が上を見上げる。同時に足下が何か滑る感覚……。そして二人が叫ぶ。
「あゆさん!」
「オイ、月宮!落ちるぞ!」
あれ?――。
「オイお前ら右に寄れ!」
「違いますこっちです!」
何か下で騒いでいる。声は普通に聞こえるのに、動きがやけにゆっくりだ……まるで、あの時の祐一君のように。
「――え?」
そして、それは本当にあの時と同じようにやってきた。もう思い出したくない、なのに何処か懐かしい浮遊感が、ボクを包んで……、
「え゛……!」
次の瞬間にはクラス全員に支えられていた。人間ピラミッドの頂上にいたって言った方がわかりやすいかもしれない。かなりいびつで、半分潰れていたけど。
「ったく、びびらせんじゃねーよ」
頂上付近、つまりボクのすぐ側でほっとしたように神田君。今になって状況がわかってくる。どうもボクが立ち上がった拍子に、足が滑ったらしい。それで少し横にスライドして、そのまま約2メートルを落下するところだったんだ。でも、その場にいた男子女子合わせて20人くらいが一斉に下に集まってくれたおかげで、ボクは30センチも落ちていなかった。
……さっきの話はなしにしよう。みんな充分にボクの話のことを知っているし、その先をきちんと考えている。今更ボクが話す必要はなかったんだ。改めて思う。ボクってすっごく恵まれている。
「きゅう……」
下の方で、なんかよく聴く声がする。その方向をよく見ると、栞ちゃんが底辺で――下敷きになっていた。あ、手がピクピクしている。
「今度は美坂だ〜!」
神田君の号令がかかって、人間ピラミッドはあっという間に解体されたかと思うと、男子の有志(といっても栞ちゃんは人気があるから、ほぼ全員)によって、わっしょいわっしょいって聞こえそうな勢いで、栞ちゃんは保健室へ運ばれていった。僕たち女子はなすすべもなく残る。
「……あ、美坂さん運ばれちゃったけど、どうするの?メニュー」
「どうしようか……」
なんて話がちらほら。あ、なんだ。まだメニュー決まってなかったんだ。ふ〜ん……チャ〜ンス!
ボクはガッツポーズをひとつとってすっと女子の間に割り込んだ。
「ねえ、やっぱりただのアイスじゃ駄目だと思うんだ」
「そ、そうかなあ?」
「それでね、ボクにいいアイデアがあるんだけど」
うっぐっぐ。冷えたって鯛焼きなんだよ栞ちゃん……。
(続く)
第1話あとがき
……む。あまりあゆが暴走しませんでしたね。むしろ栞が暴走しましたか。どちらにしても二人ともかなりハイな状態であったのは維持できたようですが。
今回の話に出てくるオリジナルの神田君ですが、見た目はどう見てもジャニーズ系なのに、腕力だけは人一倍あるという設定です。何処がオリジナルじゃとか、事情通は突っ込まないでくださいね(笑)。
次は、名雪の話です。
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