『銀河の魔法使い』




第1話:蒼い服の襲撃者(2002.09.07)


「いいよ」
 その男はあっさりと言い放ち、書類に自ら判を押した。その隣に流麗な字でサインを追記する。
 字は時としてその人となりを表すと言うが、この目の前にいる男ほどその形容が的確である人間はそういないであろう。今は椅子に座っているのでわかりにくいが、すらりとした長身と、それに見合う強靱な筋力を持っていると思われる背筋はピンと伸びている。短く切りそろえた頭髪はプラチナブロンドで、長ければさぞかし見事であろうと、誰でも簡単に想像出来るほどであった。
「丁度良い機会だ」
 A=B=ヘンリー。汎銀河連合宇宙軍中将で、教育艦隊の司令官である。
「司令……」
 彼の隣で控えていた、白髪の少女が困った声を上げた。ヘンリーは今年で40になるが、見た目はかなく若く見え、今なお20代後半と間違われる。一種の非常識である。しかし、こちらの少女はその非常識のさらに向こう側にいる。
 普段着を着て、街中を歩けば、確実に女学生と間違われナンパされるであろう彼女の実年齢は、恐ろしいことに78歳であった。そして、今彼らがいる場所の管理人でもある。
 太陽系、第四惑星『火星』、その衛星軌道上に浮かぶ元機動要塞、現、教育艦隊司令基地『イツカ』。その管理人と言えば、それはもう、エージェントと呼ばれる中央管制人格でしかあり得ない。
 つまり、今年で78で、見た感じは15,6歳の少女は、全長25キロ、全幅8キロ、全高4キロ(共に突起物除く。形状はそれくらいの大きさの空母を想像して欲しい。想像出来ない場合は、富士山が三つ縦に並んだ大きさのものを想像してくればいい。それで大体事足りる。)の巨大な艦のエージェントなのであった。
 そのエージェント、イツカは言葉を続ける。
「旗艦――副司令の雲竜少将には、伝えなくて良いのでしょうか?」
「必要はないだろう。後で、こっちの指令書と一緒に送ればいい」
「しかし……」
「心配無用だよ、イツカ予備役中将」
 時代を超えて、強力な力を持つ機動要塞だが、『イツカ』は既に武装解除されている。また、『イツカ』エージェント自身も、退役しているため、現時点で彼女はオブザーバーとして、教育艦隊に所属し、自らの艦体を基地として提供しているのである。
 といっても、オブザーバーの仕事は滅多になく、やることはほとんどヘンリーの秘書であるのだが。
「しかし、彼女はまだ全ての実技演習をクリアしていません。それに……」
「だから、丁度いいじゃないか」
 今初めて真面目に読むといった感じで、書類に目を通しながら、ヘンリーは続ける。
「向こうさんは、こっちでやろうとしていることをすでに実現している。つまりこっちの今までの成果を試すには良い機会だという事さ」



「あ、例の件、許可だって」
「マジでござるか」
「マジマジ。ほら、転送するよ」
「むむむ……これは確かに、司令部は司令官のコマンドスタンプ……それにサインも……」
「これで、野試合をふっかける危ない艦にはならないわね」
「それは、そうでござるが……」
「艦を隊から離脱させるよ。準備を始めなきゃ」
「吾が輩、心配でござる……」
「何を今さら」



『響、起きろ』
 その声で目が覚めた。
 響は慌てて個室の灯りを付ける。
 先に説明しておくと、エージェントにも睡眠というものはある。分かりやすく言えば、思考回路のデフラグであり、エージェントが人間に近すぎると言われる点のひとつである。もっとも、ある程度好きなときに寝て、好きなときに起きられるのだが。
「どうしたの? 雲竜教官」
 天井に向かって問いかける。その声は確実に、ブリッジに居る雲竜へ届いているはずだ。
『貴艦と小官宛に、ヘンリーのアホから指令書が届いている。悪いが、至急ブリッジに上がってきてくれ』
「わかった。すぐ行くね」
 そう言った後、艦内通信の映像面を全てシャットアウトさせて、響は着替え始めた。パジャマを脱ぎ捨てると、ワイシャツを着て、スペースブルーのスカートを着ける。白の靴下とブーツを履き終わったら、最後に金の縁取りが施してある真っ白な上着を羽織る。
「あ、あっあっ」
 最後じゃなかった。青地に白で描かれた、汎銀河連合のエンブレムブローチを胸元に留める。後は、脱ぎ散らかしたパジャマを畳んで、洗濯装置に放り込めば準備完了。
 艦内映像通信を復帰させた後、呼吸を整えて、響は自室のドアを開ける『仕草をした』。それに合わせて自室のドアが『開く』。
 そしてその直後には、響はブリッジめがけて自室を飛び出していた。


 太陽系第四惑星『火星』から、太陽の方に向かってちょっと進むと、第三惑星『地球』に行き着く。
 銀河に星は数あれど、生物の住める星というものは限られてくる。その限られた星の中でトップ10に入る星が、他ならぬ惑星地球である。
 そして、その地球の衛星軌道上最外周に、一隻の船が浮かんでいた。白い船体にラベンダー色のラインが一本あしらわれたその船は、鋭い槍の穂先に見える。おそらく船首と思われる部分に、銀河の半分を治める国家組織、『汎銀河連合』のエンブレムが記されており、舳先には、限りなく黒に近い紺色で次のように書かれている。
『LBB−3257 Hibiki』

 『音無』級ポケット戦艦2番艦、『響』。

 それが、この艦の名前であり、今、艦内を駆けている彼女の船であり、また、彼女自身であった。


「遅れた?雲竜教官」
 ブリッジに飛び込んだ響の第一声がそれであった。デジタルデータの指令書をウィンドウに表示させていた雲竜が振り返る。
「わからんな。間に合っているかもしれんし、手遅れかもしれん」
「? どういうこと?」
 首を傾げながら自分の席に着く。そこには未開封のマークと共に、彼女の所属する教育艦隊司令部からの指令書が届いていた。
「久々だね。確か、前に貰ったのは着任の時だっけ」
「いいから、開けてみてくれ。少しばかり確認したいことがある」
「う、うん」
 雲竜の態度を不思議に思いながら、響は指令書を開封した。
「読み上げる?雲竜教官」
「ああ。教官として命ずる」
「了解。それでは読み上げます。えと――、
 教育艦隊司令部より緊急通知だ、響君。多分、隣にいる雲竜君は既に指令書を読んでいるだろうが、彼の方には指定時間が書いていないからね。相当気をもんでいるだろう。だからまあ手っ取り早く本題に入る事にする。この指令書が届いてから大体10分後から模擬戦闘を行いたいという演習依頼があってね、先程僕がサインをしたばかりだ。多分君は寝ていただろうから、着替えやなにやらで何分かかかってしまっただろう。従ってあまり時間がないだろうが、まあがんばり給え。ちなみに相手は提携加盟国、シグマ宇宙軍のフリゲート艦だ。フリゲート艦だからって侮るんじゃないぞ。以上。教育艦隊司令官A=B=ヘンリー@女子中学生は銀河の宝
 ――だって」
 響が指令書が表示されていたウィンドウから顔を上げると、雲竜が派手に転んでいた。
「あのアホ……勝手に決めおってからに……」
 ゆっくりと立ち上がる雲竜。
「急げ響。通知から演習開始時間が短すぎる。シミュレートモード用意!」
「了解!」
 響の返事と共に、ブリッジ中の計器類の色が変わった。メインディスプレイ右下に小さく『演習中』と表示される。これにより、これから主砲を撃っても、現実には弾は発射されない。しかし、メインディスプレイには精巧極まりないプラズマの束が見え、各種計器には主砲が吼えたことを裏付けるログが残るのである。
「シミュレートモードに移行完了。本艦は、完全に演習状態になりました」
「了解した」
「でも、なんでシグマの人が、私と演習したいのかな?」
「さあな。ただ、――」
 そう言って、雲竜は、メインディスプレイを見上げると、
「――おそらく相手は奇襲で来るぞ」
 とだけ言った。
「え?」

 直後。

 早期警戒レーダーが警報を鳴らした。


 よく使われる例えだが、本当に『え?』としか言えなかった。次の瞬間には、大加速にものを言わせた突撃と、敵艦急速接近の警告と、相手のそれと接触したために起きたものと思われるシールドフィールド(バリア)無効化の警告と、被ロックオン警告と、ミサイル接近の警告と、擬似的爆発音がほぼ同時に来た。そして次の一瞬には、シミュレートに則った振動が艦を揺さぶる。
 後でわかったことだが、相手は突撃をかける直前まで、自らの動力を全て切って、慣性航行で接近してきた。その為響のレーダーには引っかからなかったのである。
 響はすぐさまダメージコントロールに照会した。表面の装甲が若干歪んだらしい。内装は無事。機関、兵装稼働率100%。自室の本棚にある本が数冊落ちた。損害は『そういうこと』になっている。(実際、本は落ちたかもしれない)
「対艦ミサイルでなくてよかったな」
 揺れに対してたたらを踏んでしまった響に対して、一歩も動かなかった雲竜がそう呟いた。
「今のは……対空向けのマルチミサイル?」
「そうだ」
 頷きながら雲竜。
「アレが対艦ミサイルなら、浮いていること自体が怪しい。手加減されたな」
「うん……」
 響の表情は暗い。しかし、同時に相手に対して尊敬する感情も見える。いきなり凹むことを恐れていた雲竜はだから、彼女の表情に内心ホッとしていた。
「まあ、アレだ。相手はこっちの手口も見てみたいんだろう。だったら見せてやればいい」
「……うん、そうだね」
 暗い表情が消えた。残るのは相手に対する尊敬と、初めて見せる、挑戦的な表情。
「それじゃ、やってみるね。雲竜教官」



「動き出したでござる」
「そうこなくちゃ」
 突然の襲撃者は、満足げに頷いた。
 23型フリゲイト 『デューク』級17番艦『ミラージュ』。メインエージェント、『セディア』。
 それが彼女の名前である。
「しかし、吾が輩心配でござる」
 彼女の横で、箱がそう呟いた。青く透き通った箱である。そして、上半分に人間の目のような白い紋様がある。
「何を今さら」
 先程、艦内の動力を切る前に言われたことを、こちらも同じ台詞で返してやる。
「大体あれは、ほとんどだまし討ちでござるよ。実戦では、通用しないでござろう」
 そうなのだ。
 先程、セディアが実行した作戦は、相手が一隻で、なおかつこちらの存在があらかじめ知らされていない場合のみ有効なのである。
 つまり、普段行われるべき索敵しながら艦隊行動をとり、なおかつ複数の相手と戦う場合、艦の動力を切って身を隠すなぞ自殺行為に等しいことだと、青く透き通った箱、『ミラージュ』のサブエージェント『CS5W』は言いたいのだ。
「それは、CS5Wが甘い」
 まるで教会のシスターのような服が翻った。窮屈な軍服なんて着ていられないとばかりに、セディアが常用している私服である。
「戦闘ってのは、相手や戦場の条件を出来うる限り収拾して、条件が変わる毎にその場その場で対処しなきゃ。型どおりにやったら、相手に見破られてソレでお終いよ」
「――うむ……、そうでござるな……」
 CS5Wは反論出来なかった。代わりに上半分にある目の紋様をゆっくり閉じる。
「そういうこと」
 再び満足げに頷くセディア。
「さーて、噂のポケット戦艦はどう動くかしらね」
 まるでその台詞を待っていたかのように、撃ってきた。

 正確に間をおいて、3連射。都合6本のプラズマの束が『ミラージュ』を襲った。
「射撃終了と同時にこちらに向かって加速。対艦ミサイルのレンジに到達――6本ほどばらまいてきたでござる」
 と、CS5W。その頃には、『ミラージュ』は『響』の主砲射線から大きく離れている。1本も掠ってはいない。
「やるじゃない」
 迫り来る対艦ミサイルを曲芸まがいの回避機動でかわし、対空ミサイルとセディアの主砲――小口径速射砲――で次々と撃墜しながら、セディアがにやりと笑う。
「でもこの程度じゃ撃沈出来ないんだよねー」
 と言いながら、『響』に正対する形になるよう艦首を向ける。
「ん?」
 何かが、少しばかり引っかかる。セディアは、計器を覗いた。
「ねえ、CS5W。例のポケット戦艦はこっちに直進で接近してる?」
 CS5Wはそれに応えて、
「いや、微妙に上下左右にブレながら接近中でござる」
「ブレながら?」
 それで、回頭したとき角度がずれたのが引っかかったのか。
「多分、こちらのトラップを恐れているのでござろう」
 トラップ。確かに奇襲をかけてきた相手に対してそれくらいの警戒は当たり前であるが……。
「ポケット戦艦急速接近。どうやらドッグファイトに持ち込みたいようでござる」
 そこでセディアは思考を中断した。よほどの艦でない限り、ドッグファイトで負けるつもりはない。

 この時点で、セディアは完全に忘れている。
 自分が何故、ポケット戦艦に演習を申し込んだのか。



 壮絶な近接戦闘になった。
 軍艦としての性で、自分がいま、どのような体勢で、どんな場所にどのようにいるのか迄わかるのだが、仮に人間が乗っているとしたら、何がなにやらわからないだろう。
「すごい!」
 床に押しつけられそうになりながら、つまりは、Gキャンセラーが追い付かなくいほどの急上昇をしながら、響は感嘆する。
「私、これだけの機動ができたんだ!」
「まあ、今までのが少し甘かったのは認めよう」
 身体にかかるGを何ともないような素振りで雲竜。

「すごい!」
 浮き上がるようなG――つまりは急降下――を、難なくこなしながらセディアも叫ぶ。
「ただ戦艦を小さくした訳じゃなかったのね!」
「仮想敵の機動力修正。こちらのフリゲート並みの機動でござる」
 とCS5W。
「こうなると、吾が輩達の方が、火力が低い分、不利でござるよ」
「ひとつ教えてあげる、CS5W」
 急降下から、推力を最大戦速で前進に移しながらセディアは言った。
「そんなもの、経験と根性でカバーするのよ!」

 その、火力が高い方はというと。
「当たらない!」
 焦り始めていた。副砲を全門、時折主砲を交えて相手に打ち込んでいるのだが掠りもしない。ターゲットレンジに捉えるまでは良いのだが、トリガーしたときにはもう、相手の姿はないのである。
 しかも、何回かに一回、反撃をくらっていた。虎の子の対艦ミサイルは来ないが、小口径砲を何発も浴びていると、無傷とは言えなくなる。
「『当たらなければどうと言うことはない』、か……」
 雲竜は、教官という立場上、CS5Wと違って響のサポートは出来ない。従って特に危険な状態(演習での成績ではなく、繰艦ミスなどの時)以外は何も言わない。
 だからといって、彼が戦況を分析していないわけではなく、むしろその先の予想に血道を上げているのである。と、
 ……少し距離が空くな。このまま行けば、響にチャンスが来るか。
 問題は、それに響が気付くかどうか。

 そして、雲竜の予想通り、二艦の距離が若干空いた。


「なかなかやる、じゃないわね。結構やる。ウチの隊の連中とまともにやり合えるわ。あの艦」
 現在お互いに距離を保ちながら、右回りに回っている状態である。一回転、二回転、三回転。
 そして、三回転目でセディアは『ミラージュ』の機関出力を最大にした。ただし、円運動は継続させている。
「そろそろ、本気で行くよ」
 四回転目。
「CS5W。対艦ミサイル用意。弾数は全部。目標を大きく三つに分けて。ひとつはメインスラスター、ひとつは相手の主砲、そして最後にブリッジ付近。優先順位は今言った通り。私は主砲の制御と艦の機動を全部やるから、余計な手出しはやめてね」
「了解……でござる」
 五回転目。
 CS5Wは、あのポケット戦艦より新人のエージェントである。しかし、セディアとのつきあいが短いというわけでは決してない。その彼が、彼女の『本気』を初めて見た。
 全身に緊張がみなぎっている。二つに分けて結った髪が、電気でも通っているかのようにたわめいている。そして、瞳がどこまでも鋭い。
 いつもはどちらかというと不真面目で、演習もてっきりお遊びだと思っていた。
 しかし今、セディアは完全に本気なのである。
 六回転目。
 そして、さらに六分の一。
 そこで、『ミラージュ』は一切の予備動作を見せずに急速旋回。最大戦速で突撃を開始した。

 その直前で思い出したことがある。

 シグマから、銀河中央を経て太陽系教育艦隊司令部に来たときから気になっていた。
 司令部のメインディスプレイには、所属する艦のステータスが、演習領域と共に表示されている。
 惑星火星付近に集中している光点達の中で、ずっと離れたところに光点がひとつ。
 いつ見てもそのままだったから何となく気になって、傍らにいた新人エージェントを捕まえて訊いてみる。
 答えはあっさり出た。
 新艦種、ポケット戦艦の二番艦。
 特別演習のため、わざわざ惑星ひとつ分の距離を置いているらしい。

 たった一隻で、何を演習するというのだ。

 許可が下りなかったら、懲罰覚悟で野試合でもやってやるつもりだった。
 汎銀河連合宇宙軍の上層部が何考えているのか知らないが、たった一人で置いてきぼりにされているエージェントのことを考えると、無性に腹が立った。
 だから、一緒に『遊ぼう』と思ったのだ。

 ――逆に、嫌われちゃうかもね。
 『ミラージュ』を突撃させながら、セディアは頭の隅でそう思う。


「来た!」
 『響』も旋回する。しかし、艦首は『ミラージュ』の方向を向いたものの、推力のかかる方向が逆だった。
「全速後退!」
 ブリッジに大きくGがかかる。
「それと!」
 その、急激なGの中で響が叫ぶ。
「全弾点火!」

「なるほど、あくまで火力でけりを付けたいわけね」
 相手は、こちらに艦首を向けたまま後退を始めた。つまり距離を保ったまま、火力の優位を生かして、相手を沈めようというのであろう。でなければ、推力の少ない前方へのスラスターだけで後退はすまい。じきに追い付かれる。おそらくでも何でもない確信が、こちらに追い付かれる前に撃沈してやるという相手の意気込みを感じ取る。
 ならば。ならば、こちらは相手の懐に飛び込めばいい。それだけの話だ。
 セディアは『ミラージュ』をリミッターを一時解除して、さらに加速させようとした、その時だった。
 突然、『ミラージュ』に被ロックオン警報が流れた。真正面ではない、右側方、しかも真横である。
「およ!?」
「数4!さらに上昇!」
 せっぱ詰まった声でCS5W。
「伏兵!?」
「なわけなかろう。対艦ミサイルでござるよ。まあ、伏兵には違いないかもしれないでござるが」
 被ロックオン警報が、件数12で止まった。『ミラージュ』のセンサーが振り切れたのである。
「……なるほど、さっきのブレは、これの布石だったわけだ」
 こちらに接近するときに見せた、上下左右のブレ。あの時に、ありったけのミサイルを放出したのであろう。
「ええい!」
 『ミラージュ』の主砲が閃いた。対艦ミサイルが何本かまとめて撃墜される。しかし。
「左側方、今度は6!」
 一瞬減った被ロックオン警報は、再び振り切れた。そこで、セディアはハタと気付いた。
「これって――」
 あらゆる方向から、でたらめのような攻撃を浴びせてくる戦法。
 昔、演習で行ったことがある、己の分身を利用した多方面攻撃。
「汎銀河連合の、空母の戦い方じゃない!」
「――で、ござるな」
 それに空母自身――いや、ポケット戦艦か――が加わっているだけなのだ。
「なんで、こんな」
 そこでやっと思い至った。ポケット戦艦の教官は誰か。

「やはり小官の戦法か。見ていて懐かしいな」
 雲竜は腕を組んで、誰とも無く頷いた。
「舌噛むよ! 雲竜教官!」

 左右に対艦ミサイル。前方には、ポケット戦艦。後方に退けば、左右のミサイルと、ポケット戦艦の強大な火力を、側面に避ければ、左右どちらかのミサイルが避けにくくなる上に、こちらの攻撃が当たらなくなる。ならば、
「リミッター、一時解除!全速前進!」
「マジでござるか!」
 CS5Wが慌てふためいた。
「あのね、CS5W。勝利の可能性ってのはね!」
 増えるGに対抗するように、身を乗り出してセディアは続ける。
「自分で増やすものなのよ!」

「前進!?」
 慌てふためいたのは、響も同じだった。当てが外れた。そんな顔をしている。おそらく、相手が旋回するか、減速、あわよくば後退と踏んでいたのだろう。
 しかし、相手はさらに前進してきた、それに対して、響は何もしていない。ただ後退するだけである。
 おそらく、咄嗟に次の一手が浮かび上がらないのであろう。
 まあ、無理もない。雲竜はそう思う。こういうものは経験で培われるものであって、次の手段、次の次の手段を想定しろと言うのは、演習を初めて半年足らずのエージェントには、酷な話である。
「全砲門用意!」
 やっと、対処法を思いついたらしい。5秒も――実戦では命取りになりかねない短い時間――かけて、響は、当初の予定通り、砲撃準備を整えた。

「衝突確率5割超過! 回避するでござる! コントロールを吾が輩に!!」
「後1秒!」
 ギリギリまで近づいて、対艦ミサイルを『落とす』。相手が針鼠のような防衛能力を持っていたとしても、至近距離のそれは、撃墜しにくいし、よしんば撃墜しても、無傷では済まない。
 もっとも、それはこちらにも当てはまりそうである。ポケット戦艦から、主砲の発射前段階であるエネルギーの蓄積が確認されたからだ。
「相討ちになりそうだけど……」
 一瞬、にやっと笑って、セディアは言う。
「これでケリを付ける!」

 もう外しようがない。そこまで引きつけた。相手が対艦ミサイルで来ることもわかる。しかし、迎撃は間に合わないだろう。ならば、自分の装甲を信じ、相討ち覚悟で相手を先に沈める。
「全砲門――」

『はいそこまで。っていうか、既に演習終了時を3分過ぎているぞ。双方とも演習モードを解除し、通常航行に復帰せよ。繰り返す。通常航行に復帰せよ』

 響は、口をぱくぱくさせた。

 セディアは、トリガーにかけていた手をにぎにぎさせた。

『……よぅし。二隻とも通常航行に戻ったな。こちらは教育艦隊旗艦、攻撃空母『雲竜』。『響』、『ミラージュ』両艦は、直ちに出頭せよ。繰り返す――って聞こえているよな?続けるぞ。あー、両艦とも規定の演習時間を超えて戦闘機動を行った罰として……』
 『雲竜』のアイランド(空母のブリッジはアイランドと呼称される)にて、非常に嬉しそうにヘンリーは続ける。傍らには呆れ半分、諦め半分のイツカ。
『――『雲竜』のカフェテラスでお茶することを命ずる! 以上、教育艦隊司令、A=B=ヘンリーより、通信を終わる』

 もはや、誰も何も言わなかった。

 ややしばらくして、響がぽつりと呟く。
「雲竜教官は知っていたんだよね。演習時間が過ぎていたこと」
 雲竜は即答しない。代わりに気まずそうに少し沈黙した後、
「ああ、そうだな。ヘンリーの奴が、小官の艦をこっちに向かわせようというのも分かった。まあ、当たり前のことだが」
「なんで、時間が来たときに止めようとしなかったの?」
 響は怒っていない。ただ単に、不思議に思っているらしい。
「その、な……、不謹慎な話だが……」
 言葉を濁しながらも雲竜は続ける。
「勝負の行方が気になったんだ」



 惑星地球の、昼の側で助かった。もし夜の側であれば、全長1.2キロメートルほどの、大型宇宙船発見と、大騒ぎになっていたはずである。いや、それ以前に、『響』と『ミラージュ』のスラスターの噴射光で、大騒ぎになっていたかもしれないが。
 何はともあれ、惑星地球の衛星軌道上から少し離れた場所に、汎銀河連合宇宙軍教育艦隊旗艦『雲竜』が静止していた。艦体より広い飛行甲板が、巨大な翼のように見える。
 艦底にあるドッグに『ミラージュ』が停泊している。『響』の方は少し横幅があるため、『雲竜』のすぐ側に静止し、代わりに艦載機『閃光』で雲竜の飛行甲板へ降りたっていた。

 艦内を見てみると、アイランドの艦長席では、先ほどの演習データをヘンリーが鼻歌交じりに読んでおり、その周りで、司令部要員が遠く離れた司令部(イツカ)とのデータ交信にいそしんでいる。その司令部要員にイツカが的確な指示を送っていた。
 そして、『雲竜』艦内のカフェテラスでは、喜色満面のセディアと響が、仲良くお喋りをしていた。

 どうもセディアは、響が後輩であることは想像していたが、容姿は自分と同じくらいだと思っていたらしい。そのため、明らかに年下に見える響と会って、セディアの発した最初の言葉は、
「か、可愛い〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
 であった。保護愛、もしくは母性が発動してしまったらしい。
 また、セディアにとって――ひいては響自身にとって――幸運だったことは、響があの演習を教育の一環として、受けていたことである。感謝すれこそ、恨む覚えがなかったのだ。

「ところであの、セディアさんは……教官ですか?」
「ん、違うわよ。私はここにいるCS5Wの演習につきあっているようなものね」
 惑星カンナはミウラシティ特産の、アルファ豆コーヒーが入っているカップを傾けながら、セディアが答える。
「えっと、それじゃあ、セディア……先輩ですね。これからも、よろしくお願いいたしますね、セディア先輩!」
 ――セディア先輩。
         ――セディア先輩。
                 ――セディア先輩!
「聞いた? CS5W!? 先輩よ先輩! そういえば、アンタって、1度も人のこと先輩って読んだこと無いでしょ!」
「先輩と呼ばれるに値する行為を少しでもしていたら呼んでやるでござるよ」
「――かき氷機に載せるわよ」
「そ、それは勘弁……」
 想像でもしたのか、本当に嫌そうなCS5Wの声に、セディアと響は笑ってしまった。話に加わっていない雲竜はというと、今のでそっぽを向いて笑いをかみしめている。



 こうして、銀河の片隅で、響は無二の親友を得たのであった。



つづく。


第2話へ





あとがき

 だいぶ前から企画していたんですけど、随分遅れてしまいました。
オフィシャルストーリーとか、大仰なことは言いませんが、とりあえず、響の話、スタートです。
 それなりにがりごり続けていきますので、長くおつきあいすることになるかも知れませんが、よろしくお願いいたします。

 なお、第一話のゲストとして、『ミラージュ』のセディアさんにご登場いただきました。管理者のなるちさんに、この場で御礼申し上げます。

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