『銀河の魔法使い』



『――銀河中央を何と言い表そうかと、僕は随分悩んだものです。無論、本当の銀河中央は、とんでもない重力の集まりですから、実際にそこに行ったことはありません。ですが、
汎銀河連合の政治、軍事的中心を担う惑星カンナからそこを眺める事は出来ます。出来ますが……その光景を何と言い表そうか、いつも悩むのです。
 ところが、今回、その惑星カンナの事を書くことになりました。そうなると、カンナの夜空、すなわち銀河中央の事を書かなくてはなりません。こうなるともう、何と言い表そうかなんて悩んでいる暇がありません。僕は銀河中央について書かなくてはならないのです。ですから、散々悩んだ末、陳腐な表現を選ぶことにしました。
 つまりこうなります。惑星カンナから見る銀河中央は、天然のイルミネーションのようです、と。』

 響が良く読む、作家――彼女の読書暦では、数少ない汎銀河連合の方の――、シマ・T・リョーのエッセイである。彼は、銀河のそのほとんどを巡って、現地の様子を詳細に、そして面白く読みやすく書き記しているので、行ったことのあるところと言えば、惑星カンナと太陽系位の響にとって、銀河地理のテキスト代わりになっている。
 それにしても、『天然のイルミネーション』という表現は良く出来ていると思う。シマ本人は陳腐と書いていたが、響はそうは思わない。本物のイルミネーションを映像で見たことのある(考えてみると変な話だ)響にとって、目の前の光景は、まさに自然が作ったイルミネーションに他ならないのである。
 そう、響の目の前、正確にはポケット戦艦『響』のブリッジ正面には、輝かんばかりの星々がいっぱいに広がっていた。


第2話:観閲式(2002.10.12)


 汎銀河連合宇宙軍には、観閲式という行事がある。
 国家組織によっては、国家元首や、政治高官に己が艦隊を披露したり、一般大衆に艦内をある程度公開したりと、色々な意味合いにとられるが、汎銀河連合で宇宙軍の観閲式というと、それは新規に入隊した軍人、士官学校卒業生、そして新造艦のお披露目式となる。
 一般大衆も見学に来るその式の規模は大変盛大なもので、全艦隊からそれぞれの旗艦と共に、数十隻が率いられ、会場には、機動要塞が引き込まれ、前述のお披露目以外にも、提携加盟国を含む機動演習、模擬戦演習、各種アトラクション等が催されるのである。
 さて、響が所属する教育艦隊であるが、歴とした汎銀河連合宇宙軍の艦隊である以上、出席することになっている。無論、教育艦隊の旗艦である雲竜も、出席しなくてはならない。
 そして、今年の新造艦はというと、それは『音無』級ポケット戦艦の2番艦が該当する。
 正確には、『――だけ該当する』であるのだが。

 ここで、話は少し遡る。



「響、惑星地球の軌道上から離れてくれ」
 唐突に、雲竜からそんな指示が出た。
「え? いいけど、どうしたの?」
「前に話しただろう」
 と雲竜。
「えっと、……ごめんなさい、どの話だっけ」
 そう謝りながらも、すでに『響』は衛星軌道上からの離脱準備を整えている。
「いや、小官の訊き方が悪かった。
 以前話した、観閲式に参加する。そのため、銀河中央、惑星カンナ付近に行かなくてはならないんだ」
 レーダーを脇目に、正面ディスプレイを見ていた響が、電光石火の勢いで振り向いた。
「ほ、本当!?」
「まあ、とりあえずは小官の艦と合流して行くことになるから、当座の移動先は惑星火星になるんだが。そこで1日おいて、次の日に直接現地に向かうことになる」
「銀河中央か……」
 響は想いを馳せる。だが、どうにも上手く思い出せない。
「う〜ん」
 必死になって頭をフル回転させるが、記憶がどうにもボンヤリとしていて、なかなか鮮明にならない。
 しかし、そんな響を見て、雲竜は微笑ましく思う。
 艦の管制人格、エージェントには、初起動時に必要な精神的テンプレートを持っている。響が時折見せる、非常に事務的な話し方がそれと見て良い。そのテンプレートに、色々な経験が上乗せされていって、エージェントの人格が形成されていく。そして、いつかテンプレートは消えていく。そのテンプレートが初期に体験した記憶と共に。

 成長しているのだ。

 そういえば、彼女がこの星系に来て、もうすぐ半年になる。

「とりあえず、スキップゲートを開いてくれ」
「あ、了解!」
 こんがらがっていた思考を無理矢理解きほぐして、響は超光速航行に使用するスキップゲートを用意した。
「目標、惑星火星衛星軌道上より、1光秒」
「了解、スキップゲート展開完了。超光速航行開始!」



 こうして、響は今、銀河中央に近い惑星カンナ付近にいる。
 彼女の目に映る、太陽系で見るものより段違いに密集した星々は、朧気になった記憶を鮮やかに塗り替えてくれた。
『どうだ?』
 通信ウィンドウが開き、雲竜が顔を出す。そう、響の隣に彼は居ない。
「ん。すごく綺麗……」
 と響。
『――そうか』
 雲竜は教育艦隊司令部に戻ってからは、自らの艦に戻っている。教育艦隊旗艦として様々な処理に追われているからだ。
 その雲竜のウィンドウが消えた後、響は再びブリッジ正面にある星の海を眺める。そして、ふと思い立って、片手を軽く振った。
 一瞬にして、ブリッジの照明が全て落ち、その代わりに星明かりが舞い込んでくる。ブリッジを全天周モードに切り替えたのだ。
 太陽系、惑星地球では天の川と呼ばれていたものが、今、目の前いっぱいに広がっており、足下には惑星地球より少し離れた感じで、汎銀河連合の中央である惑星カンナが見える。すぐ隣には、翼のようなものを広げた巨大な艦――攻撃空母『雲竜』が並行して航行している。そして。
 そして、彼女の周りには不規則に動く、大小様々な光点が見える。全てが、汎銀河連合に所属する艦船である。ただ、不規則と言っても、その進行方向は決まっていた。
 響達の行く先にある、銀灰色の巨大な衛星にである。といっても、惑星カンナには天然の衛星はない。
 これこそが、汎銀河連合が誇る2基の機動要塞のひとつ『ハルカ』であった。
 宇宙空間において直径40キロの球状の物体と来れば、まず間違いなく小惑星の部類を指す。その中で異を唱えるものはこの『ハルカ』と、同型の機動要塞『カナタ』しかない。
「大きい……」
 各種センサーからの返り値を判断材料にして、響が実感したものは、たったそれだけだった。もっとも、それだけで充分ということもある。
『こちらは第一方面軍教育艦隊旗艦、『雲竜』。これより観閲式会場区画に合流する。指示を求む』
 再び雲竜の通信ウィンドウが浮き上がって、低いが通りの良い声が流れた。ただし、響に向かってではない。『ハルカ』に向けて発信したものである。響も見聞き出来るのは、おそらく雲竜麾下の艦として、こちらにも状況を伝えるために通信を開けたのであろう。
 程なくして、返信が来た。通信ウィンドウがもうひとつ開き、オペレーターが画面に浮かび上がる。
『『ハルカ』了解。教育艦隊旗艦、及びその麾下の艦艇は、そのまま『ハルカ』に向け直進。第二迎賓ポートへ入港してください』
『教育艦隊了解』
 『ハルカ』のウィンドウが閉じた。しかし、雲竜のウィンドウは閉じず、発信先が響になるやいなや、
『これから、『ハルカ』に入港する。くれぐれも減速し損ねてオーバーランしないように。叱られるのは、我々になるんでな』
 真面目には言っていない。何処かおどけているから、響はワザと怒ったふりをして、
「わかってるよっ! そんなに私、信用無い?」
 本人に自信があっても、周りにはあまりにも稚拙な演技だったらしい。通信回線の向こう側で、雲竜教官は笑い出した。
「いやいや、それだけ怒ったフリが出来るなら安心だな。わかった。貴艦にまかせる。ただ、以外と繰艦が難しいからな。気を付けるに変わりはないぞ」
「……了解」
 程なくして、誘導用のレーザーマーカーがこちらに向かって伸びてきた。響はマーカーに合わせて自らを制御するが、軌道合わせに少々手間取ってしまった。確かに、いつものように適当な位置で停泊というわけにはいかないようである。


「やあ、6時間ぶりだね」
 『ハルカ』に降りたった響にまず声をかけてきたのは、『雲竜』に座乗していた教育艦隊司令、ヘンリー中将であった。すぐ隣には雲竜が居る。響は素早く敬礼すると、
「あの、教育艦隊司令部の他の人たちは?」
「ああ、彼らなら一般会場の方に行ったよ。僕ら将官とゲストは、こっちの特設会場」
 そう言ってヘンリーは司令官の象徴である指揮杖で、『ハルカ』迎賓ポート中央ホールの案内板を指す。なるほど、確かに彼の言うとおりに書かれている。
「ちなみにイツカ予備役中将はお留守番だ」
 それは太陽系を離れる前から知っていたことだが――他でもないイツカ自身が響を見送ったのである――、とりあえず頷きで答える。
「そう言えば響君、君は十四列艦に会ったことはあるかな?」
 会場に向かって皆で歩き始めながら、ヘンリーはそう訊いてきた。
「いえ、四大戦艦の方々には会ったことがありますけど、十四列艦全員には、まだ」
「おや、そうか……それじゃあ、これからが楽しみだろう。何と言っても十四列艦全員集合だぞ。僕が最後に彼女らと会ったのは――たしか前回の観閲式だったね。君のお姉さんも一緒に居た。そうそう、その時に雲竜君が」
「教育艦隊司令」
「なんだい?」
 雲竜の放つ底抜けにドスの利いた声でもヘンリーは堪えない。いつも通り、何の気無しに雲竜の方へ振り向く。
「それ以上言うと――」
「その心配はない」
 かっ。足音を立ててヘンリーは立ち止まった。彼と並んでいた響が、やや後ろにいた雲竜がやや遅れて止まる。
「もう、会場に着いちゃったからね」
 その言葉が終わった直後、目の前にある扉が開きはじめた。

 『特設会場』は、それほど大きい会場ではなかった。といっても、それは『ハルカ』内での話であって、実際には将官(エージェント含む)1000余名、士官学校卒業生約1000名、新兵約7000名が入って、なお余りがあるというキャパシティを誇っている。ちなみに隣接する一般会場がその10倍以上を誇るというのだから洒落にならない。
 仄かな――しかし暗くて見えないと言うことはない――明かりに照らされた会場は観客席と壇に別れているいわゆる劇場型で、今現在、壇上には誰も居ない。
 客席側最前列に目をやると、統合参謀本部参謀総長のロバート=V=朝比奈大将、統合管制本部技術工廠総監のスノウ=O=スカイウォーカー技術中将、そしてその他高官のお歴々を従えて、汎銀河連合宇宙軍最高司令長官、ゲンイチロウ=葉山元帥が座っていた。ヘンリーが響達と別れ、その列へ入っていく。
 そして第二列は、汎銀河連合宇宙軍を分ける四つの軍の旗艦を務めし四大戦艦『大和』『武蔵』『信濃』『尾張』。そして、その麾下の艦隊の旗艦を拝命している十戦艦の『長門』『陸奥』『伊勢』『日向』『扶桑』『山城』『周防』『紀伊』『相模』『摂津』の計十四人。外見上、年齢がばらはらな女性(少女と言った方が妥当な者もいるが)達が座っていた。彼女らが十四列艦と呼ばれる戦艦のエージェントなのである。
 響と雲竜はこの列の席らしい。雲竜の先導の元、響が自分の席に着こうとしたとき、その十四列艦が一斉に響を見た。
「あ、あの……」
 響が躊躇して声をあげたその瞬間、
「きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜☆」
「可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い!!」
「あの、ちょっと―――――――――――――――――――――――――――ぁぅ!?」
 程度に差はあれ、十四人の乙女によってたかってもみくちゃにされる響。席がSクラスのため、前列との間隔が良く開いていることが災いしたのである。
「はっはっはっはっは。相変わらずだねえ」
 前列から振り返って騒動を楽しむヘンリー中将。
「ヘンリー中将もお変わりなさそうで」
 同じく振り返りながら、隣に座っていたスカイウォーカー技術中将がそう言った。
「毎度のことなんだから、誰か止めてやってくれ」
 朝比奈大将と雲竜の声がシンクロし、
「こうでなくてはな」
 葉山元帥が目を細めた。



 汎銀河連合宇宙軍艦隊の中核が、響とじゃれ合っているうちに(響にとっては『襲われた』に等しかったようだが)、特設会場、そして一般会場に必要な人員が揃ったらしい。
 唐突に、会場から、底抜けに明るい音楽が流れた。
「おっまたっせしましたぁ〜〜〜〜〜!」
 追随するように、底抜けに明るい声が響く。
 何時の間にやら、十四列艦はお行儀良く(かつ威厳を醸し出して)座っていた。しかも響があれだけ弄ばれた(?)にもかかわらず、彼女自身、髪一房とて乱れていない。対象を傷つけず可愛がる、見事な弄び(??)テクニックである。
 そして、壇上に、マイク片手の女子高生がいつの間にか居た。いや、女子高生ではあるまい。胸に付いている大きなリボンの留め具が汎銀河連合のエンブレムブローチである。
「これより今期観閲式を始めさせていただきます。司会は、機動要塞『ハルカ』主任エージェントの、私、ハルカがお送りいたしま〜す!」
 そう言って軽く手を振る。おそらく、一般会場に『中継』されているのであろう。
 中将。機動要塞『ハルカ』にいる四人のエージェントのうちのひとり、ハルカである。
「まずはじめに、汎銀河連合宇宙軍最高司令長官、ゲンイチロウ=葉山元帥よりお言葉があります」
 ハルカのその言葉にあわせて、葉山元帥が立ち上がる。すかさず、全員が起立した。締めるべきところは締めている。
「一同、敬礼!」
 さぁっと、特別ホール約1万名の敬礼の波が空気をかき混ぜ、その振動が肌に到達する。響にはそれに加えて一般ホール約10万名の敬礼の気配を感じた気がした。もしかしたら、壇上の最高司令長官も感じているのかも知れない。そうも思う。
「一同、着席」
 葉山元帥が敬礼を返し、腕を戻したところで、ハルカがそう言った。
 そして、全員が座ったところで、葉山元帥がゆっくりとマイクをとる。
「それでは、少々お時間をいただきます」
 前列のヘンリーが、早くも船を漕ぎだしていた。

「ありがとうございました。続きましては、参謀総長、ロバート=V=朝比奈大将より、新任士官及び、新兵の皆さんに挨拶があります」
 並み居る高官の中で、最も若いと思われる男が壇上に上がった。何となく、眼鏡が似合いそうだと、響は思う。
「新士官の諸君、新兵の諸君――」
 前列のヘンリーが、爆睡していた。

「ありがとうございました。続きまして、技術工廠総監、スノウ=O=スカイウォーカー技術中将より、新艦のエージェントに挨拶があります」
 ぴっと、身が引き締まった。スカイウォーカーが壇上に上がる。
「今日は蘊蓄たれないでくださいね」
 マイクを渡しながらハルカがそう言うと、会場が笑いに包まれた。見れば、本人も苦笑している。
「前回ね、アンティークカメラで小一時間ほど語っていたんだ」
 いつの間にか起きていたヘンリーが、振り返ってそう教えてくれた。

「えーそれでは、教育艦隊司令、A=B=ヘンリー中将より、一言お願いいたします」
 壇上に、ヘンリーが颯爽と現れる。そして、マイクをひっ掴むと、
「諸君! 私は女子ちゅ」
「はい! ヘンリー中将、ありがとうございました〜」
 マイクをひったくって何事もなかったかのように続けるハルナ。どうやら、司会者としてかなりのベテランらしい。なんだかつまらなさそうにしかし半分は面白そうに、ヘンリーは席に戻った。
 まさか、挨拶が面倒くさいから適当に済まそうとしたんじゃ……と、響は思ったが、それ以上は考えないことにした。

 ヘンリーの後四、五人で、高官の挨拶が全て終わった。ここで第一部終了らしい。
「ふっふっふ〜」
 ハルカの不気味な笑い声と共に、会場全体の照明の調子が変わる。
「さあ――! お楽しみはこれからっ!」
 ハルカがそう叫ぶなり、壇上の照明が消えた。そして正面がスクリーンになり、別の会場が映し出させる。どうも、あれが一般会場らしい。
「第2部、『ギャラクシーエージェント・オンステージ』! はっじまっるよ〜!」
 ものすごい歓声がわんわんと響いた。一般会場からである。
「まずは声楽隊の新グループ、『DD12!』行ってみよぅ!」
 声楽隊による、ステージが始まった。響と外見が余り変わらない四人のエージェントが、きびきびとした振り付けと共にマイクを構える。
 もうしゃべり方がDJのそれと変わらないハルカのトークによれば、第2方面軍、第6艦隊の、第12駆逐艦隊のグループらしい。なんでも配属したてだという。
 ちなみに、歌は上手かった。
「萌え―――――――――――――――――――――――――――――――――――!」
 前列で、ヘンリーが絶叫していた。


「まだまだまだまだぁ!続きましては、提携加盟国シグマ宇宙軍による機動演習! みんな、ステージ上のスクリーンを要チェキだぁ!」
 ハルカの言葉が終わるか否かと言うところで、スクリーンが外に切り替わった。
「あれ?」
 ハルカに入港するまで嫌でも見えた濃厚な星空が、真っ暗になっている。
「雲竜教官、星が」
「ああ。それは暗幕だ」
 隣に座っている(身長の関係上、椅子の上にちょこんと乗っていると言った方が正しい)雲竜がそう言った。なんでも、複数のシールドフィールド発生器により形成した巨大な板状の箱に、光学観察無効のガスを充満させたものらしい。
「そうしないと、航跡が目立たないからな」
「そ、その為に用意したんだ……」
 その、一瞬呆けた響を引き戻させるかのように、幾筋の光の線が走った。すぐさまスクリーンにズームがかかる。見れば、数隻の軍艦が複雑な軌道を描きながら高速巡航していた。その先頭の艦に、響は見覚えがある。
「セディア先輩だ……」
 まるで、響のその言葉が聞こえていたかのように、セディアの艦体がわずかに揺れた。
 会場内の派手なBGMとシンクロして、セディアを含むシグマ宇宙軍の見事なアクロバットを披露していく。
「雲竜教官。セディア先輩ってやっぱりすごいね……あれ?」
 隣にいた雲竜が居ない。
「ああ、雲竜少将なら用事があって出かけた」
 前列のヘンリーが振り返えらずに小声でそう言う。
「なに、すぐに会えるさ」
 しかし、セディアの模擬演習中に、雲竜は帰ってこなかった。


「さあっ、今回もまた、これが見られるぞ〜〜〜〜〜!」
 幾つかアトラクションが終わっても、テンションが下がらないハルカが嬉しそうに、叫んでいる。
 しかし、雲竜はまだ帰ってこない。
 響は、少し心配になった。何か用事があって呼ばれたのか、もしや、太陽系に何かあって、ひとり戻らなければならなくなったのか。……私だと、足手まといになる、危険な用事なのか……。
「教えた生徒は数知れず! 教育艦隊旗艦、雲竜少将による、無人艦載機のアトラクションだ!」
 ……え?
 響が耳を疑う間もなく、会場の照明が完全に消えた。そしてほぼ同時に、メインスクリーンにポツポツと、光点が浮かび上がる。最初はひとつ。ふたつ。よっつ。やっつ。光の色はまちまちで、赤、白、黄色、青、緑、紫色と色々ある。そして128(で、響は数えるのをやめた)を越えたところで、なおも増えながらゆっくりと動き出した。あるものは円を描きながら、あるものは大きく蛇行しながら、あるものは先程のセディアのように機敏に動きながら。
 それは、最近読んだ惑星地球の本にある妖精を思い起こさせた。
 もっとも、響は空母から発艦した艦載機のデモンストレーションだとわかっているのだが、しかしそれでも妖精に見えたのである。
 やがて、妖精達にまとまりが出てきた。全員が、蛍のように漂いはじめる。それからがすごかった。
 例えば、大輪の花火。
 艦載機を密集させて、急速上昇し、キリのいいところで各自分散するのだが、それが花火そっくりなのである。
 例えば、メリーゴーラウンド。これも、光点が織りなすアートなのだが、すごいのは会場で流れる曲の強弱に会わせて、回転する速度を緩めたり、速めたりするのである。もちろん、一点とて崩れたりしない。

 そして。

 そして、光点が急激に動き始めた。一カ所に集まり、円筒状になって高速機動をはじめたのである。
 会場では物音ひとつしない。
 光点は、もはや光の線、集まって帯になっていた。いわば、光の繭である。
 次に何が来るのか、響には全く予想出来ない。
「やるぞ」
 ヘンリーがぽつりと言った。その直後、光の繭が弾けた。
 そして、繭のあった場所には――他ならぬ、『雲竜』が居た。
「 拍 手 ――!」
 自らも手を叩きながらハルカが叫ぶ。
 すぐさま響とヘンリーが追随した。
 程なくして、会場全体が拍手の嵐に包まれる。
「響」
 そんな嵐の中でも、しっかりと聞こえる声が、響を呼んだ。彼女のすぐ真横、雲竜が居た席である。見れば、そして見上げれば、二十歳のほどの黒髪の女性が居た。
「行くわよ。準備して」
「……え?」
「行ってきたまえ」
 スクリーンを眺めながら、こちらもしっかりした声でヘンリーが言う。
「許可する。もっとも、彼女の方が僕より階級が上だがね」
 ハッとした。そうだ、暗がりでわかりづらかったが、この人は。
「行きましょう」
 そう言って、十四列艦の長であり、四大戦艦の長でもある、汎銀河連合宇宙軍総旗艦、戦艦『大和』のエージェント、大和は、響の手を取ると、笑みを浮かべながら――それでも容赦なく会場の外に連れ出した。


「雲竜少将から訊いていない?」
「え、ええと、何をでしょうか?」
 早足で歩く大和に一生懸命付いていきながら、響は記憶の箱をひっくり返して、散らばったものをひとつひとつ確認していった。もちろん、そう簡単には思い出せない。そうしている間に、二人は響が降り立った迎賓ポート中央ホールに着いた。
「……何も訊いていないみたいね。それじゃ、何か言っていなかった? 今回のことについて」
「えーと……」
 たしか。
「そういえば、前に観閲式のことを教えてくれたときに、私が少し苦労するとかどうとか……」
「それしか言わなかったの? 困ったわね」
 髪をかき上げて、しかしたいして困った顔をせずに大和は呟く。そして視線を巡らせると、
「どういう事なのかしら、雲竜少将?」
「各自のことを考えてのことです」
 あらぬ方向から、答えが返ってきた。声の方に目をやると、ホールの柱の影から雲竜が姿を見せる。
「それは響のことも含まれるのかしら?」
「当然です」
 そう言いながら進み出る雲竜。続いてもうひとり、柱の影から姿を見せる者が居た。
「あ!」
 先程の大和の時と違って、今度はすぐにわかった。汎銀河連合第二方面軍旗艦の戦艦『武蔵』エージェント、武蔵である。彼女は、まず響と視線を合わせて軽く笑みを浮かべた後、大和に視線を転じた。何かを察したのか、大和が髪をかき上げながら訊く(どうも、癖らしい)。
「彼女は?」
「先に行ったよ」
 大和と同じくらいの長い髪を持つ武蔵であるが、漆黒の彼女と違って、プラチナに近い金髪である。そして、彼女の方が明らかに若く見えた。おそらく、外見は大和より2、3年下か。ただし、武蔵の方が、先任――大和より先に軍務に着いている――のはずである。
「例によって?」
 大和が再び訊いた。
「そう、例によって。必要がないからだって」
「ああ、もう」
 大和が髪をかき上げた(やはり、癖らしい)。
「仕方がないわ。響、これから言うことをよく聴いて」
「はい!」
 自然と背筋が伸びる響。
「これから、貴方は自分の艦でこれから渡す指定のルートを通って貰います」
「は――」
 固まった。艦を出すということはつまり、これから言うことが、緊急指令の類になるとうことではないか。
「本当は在来艦代表と一緒に打ち合わせをしておきたかったんだけど……、相手は本番勝負でいいといって先に行ってしまったの。だから、貴方もぶっつけ本番だけど、出来る?」
 出来るもなにも、そもそも何をすればいいのかわからない。
「あの、私は何を……?」
 大和の代わりに雲竜が答える。
「貴艦はこれから、お披露目として、そして新造艦代表として、大和大将を初めとする十四列艦の前で、宣誓をする」
「え?」
 今度こそ本当に固まった。
「まあ、代表と言っても、今期の新造艦が貴艦ひとりだけだからな。仕方がないと言えば、仕方がない」
「…………」
「ちなみに、ここに詳細資料と台詞がある。後3分で覚えるように」
「え―――――――――――――――――――――――――――――――――――っ!」
 大和が、そんなことすらも言ってなかったのね……と、額に手を当てた。武蔵はと言うと、クツクツと笑っている。
「そんな、無理だよ。雲竜教官」
「そんなことはない。たかだか30秒ほどの台詞だ。一度覚えればどうということはないぞ?」
「でも……」
 そう言いながら、雲竜が手渡した紙に目を通す。……三分では、とても覚えられない。
「よ、読みながらじゃ駄目?」
「本人の様子も中継されるのに? すでに広報の撮影班が、貴艦に乗艦して取材道具を設置しているはずだ」
「うう〜」
 生まれて初めて、響は絶体絶命の危機に陥った。――ような気がした。
「それにな、昔の新造艦は、皆直前にこの台詞をひねり出したんだ。小官も、大和大将も、武蔵大将も。カンペが出来たのは、ごく最近なんだぞ」
「…………」
「まあ、無理ならしょうがない。暗号通信か何かで直接――」
 ――それは、なんか嫌だ。
「わかった。頑張ってみる」
 考えがまとまるより先に、言葉が出てきた。雲竜、大和、武蔵は、それぞれ頷くと、
「――その意気だ」
「よく言ったわ」
「さすが、雲竜少将の教え子ね」
 と感想を言うやいなや、
「それじゃ私と武蔵は艦が他のポートにあるから、此処でいったん失礼します。響、後で会いましょう」
「ま、お互いがんばろうね」
「はい!」
 ピッと敬礼する。もう戻れない。そう思った途端、俄然、やる気になってきた。二つに折られた手元のカンペを開く。
「後3分だよね? それだったら……」
「いや、後1分ほどしかないわけだが」
「はい――?」



 漆黒の宇宙が目の前にある。
 いよいよ、自分の番だ。
 何も難しいことはない。ただ単に直進し、途中で在来艦と合流。直角にカーブしてまた直進するだけで良い。
 ただし、衆人環視の中で。
『緊張する〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!』
 出来れば、肉声と一緒に全周波数最大出力で叫びたかった。
 ルートは、言ってしまえば只のTの字で、左右の枝がそれぞれ、響と在来艦代表となる。
 そして、幹には14隻の戦艦が待ちかまえているということになる。
『さあ! ついに来ました新造艦お披露目、今回は一隻だけだけど、侮っちゃいけない。艦は小粒でもピリリと辛い、ポケット戦艦『響』!』
 煽らないで煽らないで煽らないで。そう祈る響だが、特設会場のハルカのテンションは最高潮に達している。ブリッジのサブモニター数台が、特設会場、一般会場をそれぞれ中継しているため、それがよくわかる。そして逆に、こちらの状況も丸写しなのがわかる。それぞれの会場のスクリーンに映し出されているのは紛れもない微速前進している『自分』だし、端に映っている小窓には、前方を見ている(と見せかけて、このサブスクリーンを見ている)自分自身が映っているのだ。
 雲竜の言ったとおり、ブリッジには数台のカメラがセットされていた。これが、会場への自分の様子を中継しているのである。響は、自分が映されているという緊張感と共に、何かが、自分の身体に仕掛けられているような感覚を味わっていた。
『ところで、今回の在来艦代表は、響と縁のある、あの艦が務めてます』
 そういえば、在来艦代表について、響は何も聞いていなかった。縁があると言うことは、雲竜だろうか? いや、さきほど、先に行った人が居ると大和と武蔵が言っていた。と言うことは、雲竜ではない。では、自分と縁がある艦とは誰だろう?
『他でもない、ポケット戦艦のネームシップ――』
 響の主機関が一瞬跳ね上がった。ネームシップ。『〜級』の元になる1番艦。汎銀河連合に二隻しか居ないポケット戦艦のネームシップと言えば。
 直ちにメインスクリーンのズームをかける。居た。

 目の前に、響そっくりのポケット戦艦が浮かんでいた。

 白に限りなく近い、しかし白と間違えようのない薄い灰色の艦体に青のラインが一本あしらわれたその艦は、艦首に汎銀河連合のエンブレムが記されており、舳先には、限りなく黒に近い紺色で次のように書かれている。
「LBB−3250 Otonashi」

『ポケット戦艦1番艦『音無』!』
 そこで、会場と響のテンションがシンクロした。
 同時に、自分の記憶力の無さを恨めしく思う。
 雲竜は言っていた。
『もうしばらくしたら、中央の方で観閲式がある。それには、貴艦も小官も、そして音無も出席することになっているからな』
 今さらながら思い出した。
 ……でも、自分の姉とこういう出会い方をするなんて、聞いていないよ、雲竜教官。

 双方向通信が始まる前の、コールが鳴る。
 響がそれを認識する前に、通信ウィンドウが開いた。
 彼女と同じ、白い上着にスペースブルーのスカートの制服、髪の長さまで同じ。ただ、響がいつも髪に付けている四本のリングがない。また背丈は若干音無の方が高いか。そして、その表情は冷たくはないにしても、非常に落ち着いて見えた。響のようにころころ変わる笑顔ではない。
 音無は、響より、ずっと洗練された身のこなしで敬礼をした。
 響も、慌てている様子を極力抑えて敬礼を返す。
「間もなく合流します。カウントを合わせて」
「あ、はい」
 目の前に小型のウィンドウを開いた。
「カウント5、4、3、2、1。旋回」
 お互い向き合っていた方向を、響は右、音無は左に回る。これで、響の左側に、音無が併走する形になる。
 さらに前進すると、十四列艦が鶴翼の陣で控えていた。中央の二隻は、大和と武蔵である。音無が武蔵と、響が大和と向かい合う形になった。2隻のポケット戦艦は、軽く逆噴射をかけ、静止した。
 同時に、大和、武蔵両艦から、上方斜め45度に主砲のプラズマキャノンが放たれる。
 返礼として、音無、響もプラズマキャノンを放った。

 ここで、宣誓が始まる。これから台詞は持ち回りで、最初に響が言い、音無が次を、さらに次を響がという順番になる。


 しかし、


「――ッ!」
 言葉が出ない。頭が真っ白になりそうになる。表情も崩せない。皆が見てるから。
『大丈夫』
 開きっぱなしの回線から、音無がそう言った。
『私の妹なんだから』
 響の肩に音無が手を添えた。確かにそう感じた。
 響は、前もって聞いていた、周波数の回線をオープンする。
「宣誓。我々汎銀河連合宇宙軍所属のエージェントは」
「銀河平穏のため」
「決してその力に過信し、濫用することなく」
「さりとて障害に怯え、挫けることなく」
「己が職分」
「能力において」
「この場にて、その力を尽くすことを誓う!」
 最後の一文は、音無と響の声が唱和したものだった。

 大和と武蔵が静かに敬礼する。
 響と音無が敬礼を返す。
 そして、その直後に、大和、武蔵を除く十四列艦から祝砲が放たれた。


 祝砲の残滓を眺めながらヘンリーが呟く。
「ホラ見ろ。大丈夫だったろ」
 隣に居た雲竜がそれに応えた。
「ああ。だが、小官の寿命はだいぶ縮まったぞ」


 観閲式の全プログラムが、終了した。
 三々五々『ハルカ』を離れていく人々や艦船の中、音無姉妹は、あの迎賓ポート中央ホールで向き合っていた。
 音無の後方には武蔵が、響には、雲竜と、ヘンリーが居る。
「それじゃ、帰るから」
 音無がそう言う。音無は第二方面軍に所属している。俗に銀河外回りと呼ばれる、銀河系外周を担当する部署に所属しているのだ。
 響は返事に随分と迷った後、ぽつりとこう言った。
「あ、あの、あの、また会えるよね?」
「もちろん」
 即答する音無。そして、続けて言う。

「私達は、銀河と銀河の間を渡ることだって出来るんだから」

「それじゃ」
「あ、うん」
 音無は再び綺麗な敬礼をすると、踵を返して歩き出した。
 響も同じく、くるりと身を翻す。
「随分とさっぱりしていたね」
 ヘンリーが目を細めてそう言う。雲竜が後を引き継いだ。
「いいのか? もう少し話していてもいいぞ。時間はあるのだから」
「いいの」
 なにか、とても大事なものを見つけたときのような表情で、響は続ける。
「だって雲竜教官、私達は、銀河と銀河の間を渡ることだって出来るんだから」



つづく。


第3話へ




あとがき

 前回から、結構時間が経ってしまいました。というわけで2話です。
今回は、長らく設定だけだった人たちを重点的に出してみました。といっても、中核の14人は実質ふたりだけしか登場しませんでしたが……。

 ちなみに機動要塞『ハルカ』の四人のエージェントは、それぞれ、ハルカ、ハルミ、ハルエ、ハルナという名前です。
……四人目、この界隈だとまだ禁句なのかな?

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