超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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「は、白衣の天使のインスピレーションです」
「胡散臭さ五割増だからな、それ」











































  

  


「『あけましておめでとう。ことしも世炉士句!』……」
「……春原だな」
「うん、そう」
 正月三が日が過ぎて、さらに新学期が始まった頃になっても、我が家には年賀状がひっきりなしに届いてくる。
 宛名は大抵おとーさんだが、わたし、岡崎汐宛にもそれなりの量が来る。中には、『岡崎渚様』と言う宛名も混じっていて、なんというか……素直に嬉しかったりする。
 で、今何をやっているのかというと、わたしとおとーさんが留守にしている間に届いた年賀状をわたしが片っ端から読み上げて、おとーさんがそれの振り分けを指示しているのだった。
「とりあえずそれ、返事として最後尾な」
「って言うか、もう出したんでしょ?」
 わたしがそう訊くと、
「年末の紅白、新人の如月千早が良い声だったな」
「『蒼い鳥』でしょ。結構人気みたいよ。で、年賀状はもう出したのね?」
「――想像に任せる」
 新聞を見るのをやめて、テレビに逃げるおとーさん。わたしは内心苦笑しながら、次の年賀状を手に取った。
「えーと……『新年明けましておめでとう御座います。その節は大変お世話になりました――』」
「……誰だ?」
 気になったのか、おとーさんがそう口を挟む。わたしも気になったが、とりあえず先を読むことにした。
「――切り込み隊長殿の御活躍は、今も瞼に蘇ります。これからも、坂上クールガイズの御健勝をお祈りしています。元黒猪の会代表――拝。……なにこのクールガイズって」
 返事は無かった。無かったけれど、代わりに飲んでいたお茶で盛大にむせたおとーさんの咳が辺りに木霊する。
「……落ち着いた?」
「あ、あぁ」
「で、このクールガイズってなに?」
「……いつか、話してやるよ。とりあえずそれ、最前列な」
「何かよくわからないけど、おっけー。んで次は……あれ」
 次の葉書を引っ張り出したが、なにか感触が違った。何というか、表面がツルツルしている。ということはこれは、手書きでなく既製品か写真加工なのだが、これは……。
「――あ」
「……? どうした、汐」
 わたしの声が気になったのか、テレビを消しておとーさんが問うたので、わたしはそれを素直に見せた。
「……そうか、そろそろその季節だったな」
「うん……」
 その葉書は、年賀状じゃなかった。でもほぼ一年周期で来るもので、わたしとおとーさんには馴染みのものでもある。
 それは、病院から来た定期検診のお知らせだった。



『医学的見地と患者の心意気』



「はい、もう良いですよ」
 女医さんに言われて、わたしは検査着を脱いで上着を羽織ると、ボタンを留め始めた。
「お疲れさまです。汐さん」
 続いて後に控えていた、この病院の看護師長である藤林椋さんが声をかけてくれる。――おそらくだが、わたしを診てくれるお医者さんを女性にしてくれたのはこの人で、その細かい配慮が少しくすぐったかったけれど、わたしには嬉しかった。
「毎度毎度の話ですが、検査結果はオールグリーン。何処からどう見ても健康体です」
「ありがとうございます」
 女医さんの言葉に、スカートをはき終わったわたしは素直に頭を下げる。毎年のこととはいえ誠実に検査を行ってくれるのだから、ありがたいという思いこそすれ、迷惑だとはこれっぽっちも思わない。
「でも、偉いですね。もうずっと異常が見つかっていないのに、ちゃんと検査に足を運んでくれて」
 でも、女医さんはそう思ってはいないようだった。……まぁ確かに、人間ドック並みの検査って結構家計に響くんだけど。
「みんな、心配してくれていますからね。わたしだって、気にならない訳じゃないですし」
「なるほど、ね……」
 カルテに何かを書きながら、女医さんは納得したように頷いた。



 幼稚園の卒園が見え始めた頃、わたしは原因不明の高熱に冒されてしまったことがある。どんな薬を処方しても、熱は一向に下がることはなく、おとーさんはわたしを護るために一度会社を辞め、ずっと看病に徹していたけれど、それでも治らず……ある雪の日、上がるだけ上がった挙句、突如ぴったりと治ってしまったのだった。
 その時のことが気になって、後々わたしは何度かおとーさんに訊いたのだが、おとーさんも良く憶えていないと言う。
 もしかすると――いや、ありえないの域だが――忘れたいのかもしれない。
 何故なら、その高熱はお母さんの命を奪ったこともあったからだ。



 それにしても、日本の医療技術ってすごいなと思う。小学生の時の検査は結果が出るのに1週間はかかったはずだけど、今は即時だ。後は――、
「どうしました?」
 お腹に自然と行った手を見とがめて、女医さんが訊いた。
「あ、いえ、その……恥ずかしい話だけど、お腹が空いちゃって」
 後頭部を掻いて、わたしは言う。そう、後は検査をするために前日から内蔵を空っぽ――すなわち、何も食べないようにする――にしなくなれば、もう何も言うことはないのだが。
「なるほどね! うん、よくわかります――」
 そう言って、語尾の後半を震わせていた女医さんはしばらく笑いが収まらなかった。まぁそうだろう。完全な健康体(?)は、普通人間ドックには入らない。ましてや育ち盛りの十七歳だ。――もうすぐ十八歳だけど。
「そんな貴方に提案があります」
 ひとしきり笑った後、女医さんは真面目な口調に戻って私に言った。
「検査の間隔を現状の一年間から、五年間に延ばそうと思うのですが、如何でしょう?」
「え……?」
 わたしは思わず聞き返す。
「多少期間が短すぎると判断したんですよ。正直に言いましょうか。私はもう貴方を検査する必要が無いと考えています」
 足を組んで、女医さんはわたしを観察する目でそう言う。
「どうですか? 岡崎汐さん」
 ……正直、返答に詰まる。医療のプロフェッショナルであるお医者さんが言うのだから、その判断は正しいのだろう。でもわたしは――、
「待ってください。先生」
 其処に割り込んだのは、ずっと控えたままだった椋さんの声だった。
「汐さんの高熱は、その原因がまだわかりません。だから、もう少し様子を見るべきです」
 普段に比べて、(こう言っては悪いが)信じられないほど椋さんは毅然とした態度で言う。
「師長、それは貴方の意見でしょうか?」
 女医さんの、目付きが少し厳しいものになった。
「そうなります。私見ですが、汐さんには膠原病の可能性が、無い訳じゃありません」
 椋さんも同じ目付きなって、はっきりとそう言う。
「結合組織病ですか。なるほど、症例としては近いものがありますね。でもその兆候は、今までの検査全てで出ていない。違いますか?」
「だからこそ、外の原因を探すべきですし、データを累積して取るべきです」
 空気が徐々に張り詰めて来た。女医さんも椋さんも、一歩も退かない。
「師長、確かに貴方は岡崎汐さんとの付き合いが長いようです。この病院でも勤務年数だって、私より貴方の方がずっと勝っている。それは認めます」
 椋さんは、反論も追撃もしなかった。ただ、女医さんの次の言葉を待っている。
「だからと言って、私達医師が手を抜こうとしている訳ではないのですよ。私は医師として、岡崎汐さんにはもう検査の必要が無いと判断したのです」
「わかっています。わかっていますが、汐さんとお母さんの渚さんを見てきた私にとって、いえ、見過ごしてしまった私にとって、それはもう看過できないんです」
 ……あぁ、そうか。わたしは遅まきながら思い出した。椋さんは藤林先生と同じく、おとーさんやお母さんと同じ時間を、学校で過ごして来ていたんだ、と。
「珍しいことに、意固地ですね。師長」
「否定、しません」
「仕方が無いですね――。まぁ、確かにこの件は特別なケースです。正直言って、汐さんの症例は医療側から見れば厄介極まりません」
 ……ごめんなさい。わたしは心の中で謝った。いや、わたしが悪い訳じゃないのだろうけど。
「ですから師長。特例ということでこうしませんか?」
 一瞬だけ、女医さんに微笑みが浮かんだ。
「というと?」
 思惑が読めないのか、椋さんの声に困惑の色が混じる。
「岡崎汐さんに、決めて貰うんです」
 え……?
「え……?」
 わたしの胸の内と、椋さんの声が、期せずして重なった。
「もちろんまず無いことです。患者に通院の意志を問うなんて、完治してからのことですから、普通」
 その言葉は、わたしに向けられたものだった。一瞬惚けている間に女医さんの視線が、わたしに戻っている。
「問います。岡崎汐さん、貴方は今回を以て検査を終了させるのを希望しますか? それとも、これからも検査を継続すること希望しますか?」
 そんなこと、始めから決まっている。
「今までの周期で、検査の継続を希望します」
 わたしは、はっきりとそう言った。
「汐さん……」
 わたしの背後で、安堵のため息と共に椋さんがそう呟く。
「いいんですか?」
 確認するように、女医さんが訊く。
「いいんです。さっきも言いましたけど、みんなが心配してくれていますから、わたしはそれに応えたいんです。大丈夫だって」
「他にも表現のしようがあるでしょう。なにも検査に通い続けなくても」
「他にもしていますよ。いつだって全力で。これもその一環なんです」
「そうですか……なるほどね」
 眩しいものを見るように、女医さんの目が細まる。
「わかりました、検査を続行しましょう。次の検査日は今日から一年後から、その年の誕生日まで。良いですね?」
「はい」
 わたしは深く頷く。
「大変良い返事です。――そうですね、私達も最大限の努力をしましょう。何かリクエストはありますか?」
 ふむ、リクエスト……。
「じゃあ、少しばかり検査費罷りません?」
「残念ですが、そればかりは罷りません」
 そう言って、わたしと女医さんは笑い合った。



「すいません、言い過ぎちゃいました……」
 受付で診療費を支払って病院を出たところで、わたしは椋さんに呼び止められた。
「結果的に、汐さんに強制させてしまったことになって無いか、心配になって――」
「いえ、その……ありがとうございました」
「え?」
 すっかりいつもの調子に戻っていた椋さんが、きょとんとこちらを見る。
「椋さんが、みんなの声を代弁してくれたからです」
 ……おとーさんや、あっきー、早苗さん。藤林先生やふぅさんや師匠。そして多分、お母さんの。
「そんな事、無いですよ」
「でも、わたしが決められるように話を持って行ったのは――」
 続けようとしたが、椋さんの人差し指が、唇に触れたので、わたしはその先を言えなかった。
「その先は、乙女同士の秘密にしましょう」
 こう言う時は藤林先生と双子なんだなぁと思う、悪戯っぽい微笑みを浮かべて椋さんはそう言う。
「それでは、そろそろ持ち場に戻らないと行けないので、ここで失礼します。岡崎さんによろしくお伝えください」
「はい。こちらこそ、藤林先生によろしくお願いします」
「わかりました。それでは――」
 そう言って、椋さんは病院の中に戻って行った。
 うーん、なんというか侮れない人だなぁと、思う。
 今度お礼に古河パンの釜でお菓子でも焼いて持って行こうか。そんなことを考えていると、ものすごい音を立てて、お腹が鳴った。
「うわ、恥ずかし……」
 そうだ、二食も抜いていたのだ。何処かでエネルギーを補給しないと行けない。
 わたしは、心持ち速足で病院を後にした。



Fin.




あとがきはこちら













































「今気付いたが、タロットで病名占ったりしてないよな?」
「…………」
「何で黙って居るんだ、藤林」




































あとがき



 ○十七歳外伝、病院編でした。
 外伝もだいぶ進んだところで、やっとこさ椋メインの話を書けました。姉が比較的初期から居たので大分差がついてしまって申し訳ないというか却って椋らしいというか……いやいや。
 ところで、本文中に出て来た女医さんの名前は、山田四季さんといいます。書いている途中で、そんな名前が浮かんだのですが、由来がなんとなくわかる方はそのまま胸にしまっておいてくださいw。多分、想像の通りです。
 さて次回は、前の予告どおりバレンタインになりそうです。

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