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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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「シャンハーイ」
「ホラーイ」















































  

  





 正午過ぎになって、魔法の森にも日が差した。
 窓から差し込むその光が急に顔を照らしても、アリス・マーガトロイドはかけている眼鏡を直そうともしなければ、顔を上げようともしない。
 彼女は今、手元の作業――針仕事――に没頭していた。




『追憶の果て』



 不意に、マーガトロイド邸のドアを誰かがノックした。
「どうぞ」
 手を休めることもなく、アリスはそう言う。同時に、彼女が今作業の行っている部屋に置いてある人形のうちいくつかが、部屋の入り口と窓に視線を向けた。万一、招かざる客だった場合の防衛機構である。
「お邪魔します」
 今まで規則正しく動いていたアリスの手がピタリと止まった。
「あの……どちらに?」
 間を置かずに困惑した声が玄関から飛んでくる。
「悪いわね、今ちょっと手が離せないの――扉が開いている部屋があるでしょ? 其処にいるわ」
 すぐさま作業を再開して、アリスはそう言った。別段客をないがしろにするほど急ぐ程のものでもないが、この針仕事を仕上げてしまった方が良いと判断したためである。
「はぁ……」
 少々気の抜けた返事とともに、しっかりとした隙のない足音が響き、部屋の入り口に人影が現れた。
「お久しぶりです」
「あら、誰かと思ったら妖夢じゃない」
 編み針を持ったまま、アリスは顔を上げた。マーガトロイド邸に入るときに腰から外したのだろう。二本の刀携え、背中まで伸びる長い髪を黒いリボンで侍よろしく結い上げたその姿は、背の高さと相まって凛々しく見えるその姿は――アリスの記憶の中とは異なるものの、魂魄妖夢本人に間違いなかった。
「其処に座ってちょっと待っててくれる? もう少ししたら編み上げるから」
 視線と手近な人形を動かして空いている椅子を勧め、アリスは針仕事を再開した。
「いえ、お構いなく――何を作っているんです?」
 邪魔にならない程度に距離を縮めて、妖夢が手元を覗き込む。
「只のハンカチよ」
 と、アリス。
「でもそれ、縁のレース編みに魔法陣を織り込んでいませんか? 魔力増強か何かの」
「――あら、しばらく見ないうちに勉強したのね」
「ありがとう御座います」
 妖夢が律儀に頭を下げる。そしてそのまま、空いている椅子に大人しく座った。
「……髪、伸びたのね」
 少し間をおいて視線も動かさずにアリスはそう訊いた。
「一応人も半分混じっているので」
「そっか……そうだったわね」
「貴方は変わりませんね」
「変わりようが無いわ。お陰様で」
 おどけたように肩をすくめて、答える。
「でも、眼鏡をかけてます」
 と、妖夢。
「目、悪くなったんですか?」
「変わりようが無いって、言ったでしょ? 精密作業用の拡大鏡よ、これ」
 と、アリスは縁の無い眼鏡のツルを、指先でとんと叩いて答えた。
「さっき貴方が見抜いたように、小さな魔法陣をいくつも織り込んであるの。だからこれがあると作業が楽なのよ」
「なるほど」
 素直に感心するところは、昔と変わらないな。と、アリスは懐かしんだ。

 確か、永夜事件の後だったか。
 幻想郷に植わる花という花が一斉に開花する現象が、久々に発生した。アリスはその現象も意味も全て承知の上だったので何もしなかったが、どういう訳かその現象を境に、妖夢はあまり幻想郷を訪れなくなった。前に姿を現したのは――アリスの時計でも、随分昔のことになる。

「ところで今日はどうしたの? 貴方の主人から仕事は請け負っていないけど」
 と、アリス。
「あ、いえ。久々にマヨイガへお使いに行くよう幽々子様より言われまして――」
「なら行けばいいじゃないの」
「例によって主が起きてこないんですよ。家宰の天狐曰く、周期的に言って明日なら起きているから、また来いと」
「それで、道草を食いながら帰ろうとしている訳ね」
「偶には良いかと思いまして」
 多少、融通が利くようになったらしい。その声には気楽さが含まれていた。
「で、なんで私のところに?」
 と、自分自身で気付いていることを、アリスは訊いた。
 たまたま自分のところに一番最初に来たのなら良い。だが、そのようなことが起こる確率は、低い。
 ならば、妖夢はまず何処かを訪れ、そしてアリスのところに来たことになる。
 それでも訊かずにおけなかったそれは、言わば、何も知らないで欲しいというアリスの願いであった。
「その……実は」
 しかし、声音に迷いを乗せて妖夢は言う。
「先ほど、博麗神社に寄ったんです。驚きました。いつの間にか代替わりしていたんですね、博麗の巫女」
「――そうよ」
 駄目だった。
「間違って調伏されるといけないので素通りしまして――次いで霧雨邸にも寄ったのですが、こちらは留守でした。……あの、彼女達は元気ですか? まだ少し時間があるので後で挨拶に行こうかと」
「無理ね」
「……それは、どう言う意味ですか?」
 心配そうに問いかける妖夢の貌が、引き締まっている。彼女は気付いたのだろう。その意味に。
 アリスは、後もう少しで編み上がるハンカチをそっと作業台に戻し、妖夢の方に身体ごと向き直った。そして言う。
「ふたりとももう、この幻想郷には居ないわ」
「――! まさか」
「そのまさかよ。霊夢も魔理沙も……私が看取った。貴方と私の感覚で言えば――少し前のことよ」
「……そうでしたか」
 妖夢の声が沈む。
「少し、来るのが遅すぎたのですね……。あの、彼女達は私のことで何か言ってませんでしたか? 幽々子様のこととかも」
「いいえ、そう言ったことは特に。霊夢は最期に礼を言って――魔理沙には謝られたわ。おかしいわよね、礼を言われる理由もないし、謝られる理由もないのに」
「――すみませんでした」
「何で貴方まで謝るのよ?」
 微かに笑みを浮かべてアリスは訊く。
「それはその……貴方が、泣いているからです」
 言われてアリスは気が付いた。
 自分の頬を、涙が伝っていることに。
「あはは……やあね、年格好は変わらなくても、中身は歳取ったのかしら。涙もろくなっちゃうなんて――」
「無理しなくても良いんですよ、泣くときには泣いていいんです」
「……大人になったのね」
「大人になったんです」
 と、妖夢は胸を張った。
「そういうところは、まだ子供かもね」
「どういう意味です? それ」
「言葉通りよ」
 眼鏡を外し、袖で一気に涙を拭く。
 涙を拭いた後は、いつも通りのアリス・マーガトロイドだった。少なくとも、アリス自身はそのつもりでいた。
「それにしても、なんで幽々子様が博麗神社と霧雨邸に寄るなと仰ったのかよくわかりました。幽々子様はきっと、ご存じだったんですね……」
 と、妖夢は肩を竦めた。
 だが、アリスはその言葉から別の意味を見いだして、硬直した。
「まさかと思うけど、訊くわ。……白玉楼に、誘ったの?」
 途端、部屋中に置いてあった人形が一斉に妖夢を見る。
「幽々子様はそんなこと、しません」
 私も腕を上げたつもりだったけど、この人はそれ以上だ……。と、内心汗を拭いながら妖夢はそう答えた。
「そう、ならいいわ」
 アリスは肩を竦める。
「それに、もし幽々子様が誘ったらのなら、私が気付いていますよ」
「そうね、勝手に誤解してごめんなさい」
 眼鏡をかけ直し、アリスは謝った。
「いえ、少し軽はずみな発言でしたから」
 と、妖夢が答える。
「そういえば、貴方のご主人は相変わらずなのかしら?」
「幽々子様は十割方幽霊ですから、相変わらずです」
「言われてみれば、そうね」
 そう呟いて、アリスは針仕事を再開する。
「もう少しだから、待っていてね。いいお茶の葉、入っているから」
「構いませんよ」



「よし、出来た」
 それから間もなく、アリスは針仕事を終えた。
「お疲れさまです」
 妖夢が労う。
「どうかしら?」
 差し込む光に出来上がった成果物を透かして、アリスは訊いた。白にこれまた白いレースの縁取りが施されたハンカチは、良い具合に日の光を通して、鮮やかに輝いている。
「綺麗です」
「ありがとう」
「でもそれ、一体何に使うんです?」
 と、妖夢。
「貴方は、十分に強いでしょう。それ以上魔力を上げる必要はないと思いますが……」
「そりゃ、私が使う訳じゃないもの」
 アリスはそう答えた。
「え? じゃあ、それは一体誰に?」
 不思議そうに訊く妖夢に、アリスは生徒に問題を出す教師のように人差し指を立てると、
「ねえ妖夢、私は昔、霊夢や魔理沙とつき合う前、人とはあまり接触しないようにしていたの。何でだと思う?」
「……わからないです」
「答えは、私と彼らの寿命が違うから。彼らは私を置いて先に行ってしまうから」
「――なるほど」
「でもね、霊夢や魔理沙とつき合うようになって、私の考えは変わったわ。彼らとは短い間しかつき合えないけど、でもその間はとてもかけがえのないものだって知ったから」
「……そうかも、しれませんね。いえ、そうだと思います」
「だからね、私は今でも人とつき合っているわ。これは、その人に贈ろうと思って作っていたのよ」
「それって、誰です?」
 当然の疑問を妖夢は口にする。
「それはね――」
 アリスが答えようとしたときだった。
 墜落音が、マーガトロイド邸玄関から響いた。正確には、ものすごいスピードで飛んできた何かが、玄関正面で強行着陸を行ったような音である。
 それに引き続いて――、
「あ〜〜〜り〜〜〜す〜〜〜! また博麗の巫女に苛められた〜〜〜!」
 幼いながらも、意志の強そうな大音声が、部屋の中を木霊した。
「はいはい。ちょっと待ってなさい!」
 アリスが席を立つ。
「今のは……」
 懐かしい声を聞いたような貌で、妖夢が訊く。
「貴方は見たんでしょ? 代替わりした巫女を」
「はい」
「それと一緒よ」
 眼鏡を外し、小さく伸びをして、アリスは言った。
「紹介するからそこで待ってて。その後でお茶にしましょう。我らが魔法の森の、小さい小さい魔女とね」



Fin.




あとがきはこちら













































「シャンハーイ」
「ホラーイ」
「ミョーン」




































あとがき



 アリスと妖夢でした。
 えーえーえー……、済みませんちょっと趣味に走ったというか、大分自己流にしてみたというか、時間軸を大分いじってしまいました。そう言うのが苦手な方には申し訳なかったです;
 ただまぁその、時間軸が違う人達の話、置いて行かれてしまう人達の話というは、以前から書いていきたいテーマのひとつだったことと、それが似合うのはアリスかな……ということで今回彼女に主役を張って貰いました。
 なお、文中の妖夢はほぼ完全に私の趣味です。はっきりと記載しませんでしたが、幽々子様並みになってます(何が?)。
 
 さて次回は……時間軸を戻してアリスと魔理沙でか妖夢と幽々子で。

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