「茜ってさ」
 里村家の風呂場。最早恒例となったお泊まりで、湯船に浸かっていた柚木詩子はそう問いかけた。
「何です?」
 洗い場でお下げを解いた里村茜が、その髪にお湯を丁寧にかけつつ聞き返す。
「折原君と、付き合っているんだよね」
「――そう見えても、否定はしません」
 シャンプーを右手に五回。一度頭に乗せて今度は左手に向かって五回ポンプを押して、茜が答える。
「ってことは、茜は折原君のことを――だよね」
 茜から視線をそらし、天井を見上げて詩子は尋ねる。その際頭乗せていたハンドタオルが落ちたが、湯船に浸かる直前に拾い上げていた。神出鬼没の異名を支える、敏捷性の賜物である。
「それも、否定しません」
 あくまで丁寧に、それでいて素早くシャンプーを泡立てながら、茜。急ぎ過ぎる必要は無いが、普通の人のペースでやっているとのぼせるため、どうしても手が早くなるのである。
「じゃ、折原君はどうなの?」
 視線を戻して詩子が問うた。
「何がですか?」
 泡の塊が答える。
 そう、詩子の視線の先には、茜大の巨大な泡があった。
「……んー、やっぱいいや」
「――そうですか」
「それ、身体も一緒に洗えて便利だよね」
「頭と一緒に使えるシャンプーが欲しいです」
 と、泡ね、もとい茜。十分に泡立てたと認識したらしく、手とおぼしき泡の一角がもこもこと動き出す。
 詩子はその行き先を察してシャワーヘッドに手を伸ばすと、バルブを開けてお湯をかけてあげた。
「……詩子、ちょっと熱いです」
「あ、ごめんごめん」



『里村茜の勝負! そして、その顛末』



 ――翌朝。
「下着の上下、色が違います」
「おりょ!?」
 詩子が制服に着替えている時に、茜はそう指摘した。なるほど、たしかに上は淡いエメラルドグリーンだが、下は水色である。
「替え、あります?」
「うん、まあ。今日部活の試合あるしね」
 それで上下を間違えたらしい。詩子は頭の天辺を掻くと、持って来たダッフルバックに手を突っ込み、手を突っ込んだまま動きを止めて、
「でも、どうせ見せる訳じゃないんだから、このままでもいいんじゃない?」
「そういう不精はよくありません」
 ぴしゃりと茜が言い、
「は〜い……」
 本当に面倒臭そうな貌で、詩子は文字通り衣服の乱れを改めた。
 その間に茜は自分のお下げを結い上げる。そう、詩子が着替えている間、茜はずっとお下げを結い続けていたのであった。
「あ、茜。ストップ」
「何がです?」
 パジャマのボタンに手をかけていた茜が不思議そうに聞き返す。
「もちろん着替えるのをだよ。あのね、渡そうかどうか悩んでいたんだけど……」
 そう言いながら、高級そうな包装紙に包まれたものを取り出す詩子。
「昨日のお風呂で、渡そうって決めたんだ」
「なんです? それ」
「開けるよ」
「はい」
 茜が頷くと同時、詩子は開封にかかる。
「――よっと。ほら茜、じゃ〜〜〜ん!」
 そう言って詩子が捧げ持つそれは、漆黒のきめ細やかな薄い布地にレースの模様を施してある、世間で言うところの――
「これは……」
「そう、いわゆる勝負下着!」
 無意味にガッツポーズを取って高らかに答える詩子。
「詩子――これ、いつかの時みたいに、大きくなるんですか?」
 以前詩子が悪戯で茜の下着をすり替えたことがある。それにより、茜の胸囲が一回り大きく見えるようになったのだが……。
「いや、あれはパーティジョーク。それとはちがって今度は本物だよ」
 実際には、パーティジョークどころでない騒ぎが起きている。
「でも、校則に――」
「茜のとこには書いて無いよ。前に調べたからね」
 ちなみに筆者のところにはあった。色までの指定はなかったが、原色や派手な色禁止と記載されていたことを覚えている。閑話休題。
「でも、見せるつもりは微塵も無いです」
 そう言って、なおも抵抗する茜に、
「別に見せるために着けてって言っている訳じゃないんだ」
 と、詩子は珍しいことに真顔で、
「ただね、下ろし立ての制服を着たみたいに、ぴっと身が締まると思うんだ。その……折原君との間がね」
「詩子……」
「だからさ、着けてみなよ」
「……わかりました」
 多少の迷いを残して、茜はそれを受け取った。



「おお、似合う似合う」
「いつもよりすーすーします」
「まぁ、表面積がちょっと少ないからね」
「……詩子、何で私の制服を持っているんですか」
「いや、ここでじっくり見ておきたくてさ」
「……そういうの、嫌です」



 冬間近なため、空はよく晴れていた。朝のことで少々遅れていた茜は、待ち合わせ場所へ急ぎ足で進む。
 ちなみに詩子は本当に部活の試合があるらしく、里村家に停めていたスクーターで自分の学校に行ってしまった。出掛けに曰く、折原君と頑張ってね!
 ……何をどう頑張ればいいのか、いまいちわからない茜である。
 冷たい風をその身で切って、さらに急ぐ。
 確かに、身体が引き締まったような気はする。でもそれはサイズが少し小さいからとか、北風がその身に染み込むからではないか。そんな気がしない訳でもない。
 そんなことを考えながら待ち合わせ場所に着いてみると、案の定、皆――長森瑞佳、七瀬留美、そして折原浩平――が、待っていた。
「おはようございます」
「おうおはよう。珍しいな、茜が最後って」
 と、浩平が言う。
「ふだん浩平がビリだからね」
 そう瑞佳がまぜっ返すと、
「ちょっと前までおまえがビリだったろ」
「それは、折原を起こしに行った上、走って置いてっちゃうからでしょ」
 浩平がすぐさま反撃し、留美が見事に防戦した。
「それで里村さん、どうして遅れたの?」
 と、何気なく瑞佳が訊く。
「……朝、色々ありましたから」
「どんな?」
 興味を持ったらしい。後を引き継いで、浩平がそう訊いた。
「それは――」
 言い訳を考えて、茜が言い淀んだ時である。
 今年初めての木枯らしが吹いた。
 瑞佳と留美は即座に対応して、被害を免れた。だが言い訳を考えていた茜は、反応が一瞬遅れた。そして、その遅れが命取りだった。
「あっ――!」
 茜のスカートが、大きくはためく。遅れて抑えにかかるが……。
「……見えました?」
 裾をしっかりと押さえつけて、上目使いに茜が訊く。
「え、ええと……」
「――負けた。色々な意味で負けたわ……」
 少なくとも、留美と瑞佳には丸見えであった。
「……浩平、見えました、か?」
 声に動揺が混じっている茜の声に、瑞佳と留美が、その間にいた浩平の顔を覗き込んだ。
 ぴくりとも動かなかった浩平は。
 実に、実に爽やかな笑顔を浮かべていた。
「いやなにもみてないぞはっはっは」
「……そうでしたか」
「いや〜、今日も良く晴れた黒だなっ!」
「せいやぁっ!」
 留美のハイキックが、浩平の顎を捕らえる。

 かくして浩平は、その日は始終笑顔を保っていたものの、向こう三日間固形物を食べることが出来なくなった。
 そして茜は――、
 それを着けるときは、必ずズボンを着用することにしたという。



Fin.







あとがき



という訳で久方ぶりのONEでした。
 私の場合、シャンプーはポンプ1回分でも十分なんですが、髪が長い人はそうは行かないらしく、2〜3回程になってしまうそうです。
 それなら、髪が長いだけでなくボリュームのある誰かさんなら……と思いついたのが、前半の白き巨塔(?)でした。
 後半については――まぁ、その、なんですか。そういうのも中々似合うんじゃないかとw。
 さて次回は……なんかほっらたかしになってる七瀬かな? かな?

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