超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。
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「お、また僕に出番が……!」
「……ありえねー」
「懐かしいだろ、これ」
もう恒例になった感がある。
その日、春原の奴は唐突に訪れてきて、俺に向かって唐突にそれを置き、これもまた唐突にそう言った。
「ああ」
と、静かに頷いて答える俺。
別に邪険にしている訳でも、唐突をみっつ重ねられて投げ遣りに返事をしている訳じゃない。そうとしか答えられなかったからだ。
俺達が学生だった時に、春原の部屋に置いてあったラジカセ。
それは確かに、懐かしいものだった。
『青春のラジオノイズ』
「年寄り地味た話だけどさ、なんか捨てられなくなっちゃうんだよね。こういうの」
ラジカセの筺体を指でなぞりながら、春原が言う。
「ずっと使っていたのか、お前」
「ああ。社員寮の僕の部屋にずっとさ。ただ、最近ラジオの調子がね」
「ふぅん……」
CDやカセットが平気だとしたら、問題はアンテナ回りだな。と、俺は故障箇所にあたりを付けた。
「で、報酬は」
無駄だと思いつつも、そう訊いてみる。この前は生きた猪――杏のとこの、ボタン――だったから、今度は蛇の抜け殻とか、そこら辺だろう。そう思っていると、
「ははは、任せてよ」
そう言って春原は自信たっぷりに大きめの封筒を渡してきた。
慎重に、中身を出してみる。
「お前、これ……」
エロ本だった。
「ああ、岡崎の趣味に合わせるために、わざわざ古本屋回ってきたのさ」
「お前、そういうとこはまめなのな」
「そういうとこって、どういう意味ですかねぇ!」
「まぁいいや。とりあえずこの仕事、引き受けよう」
「おうっ、任せたぜっ」
契約成立。俺はいつもちゃぶ台の横に置いてある緊急用の工具箱に手を伸ばした。
「――それにしても、貧乳が多いのね」
「何言ってんだよ岡崎。昔っからスレンダー系が好みって言ってたろ。なのに、智代とか美佐枝さんとか、おっぱいの大きい女ばかり側に集まっていたけどさ。おまけにうし――」
「待て春原」
「なに?」
「今の、俺の台詞じゃない」
「え……?」
怪訝そうに春原が聞き返す。
そう、俺じゃない。さっきの台詞は、俺の後ろで不気味なオーラを漂わせている――俺の娘が言ったのだ。
「う、汐ちゃん!?」
今になって、春原が気付く。
「ハロー、春原のおじさま」
エロ本片手に、にこやかに挨拶をする汐(すげえ構図だ)。ただし、身に纏うオーラはそのままで、
「そしてグッバイ、春原のおじさまっ!」
「ひ、ひいいいい!」
………………。
「ま、そのなんだ」
汐の平手がしっかり残った頬をさすりながら、俺。
「生きてて良かったな、春原」
「お陰様でね……」
同じように頬をさすりながら、春原。ただし、残っているのは拳の跡だった。
「もうちょっと、持って来るもん考えような。うちの裁判官容赦ないから」
「ああ、文字通り身に沁みたよ……」
よっぽど痛かったのだろう、目尻に涙が浮いている。
「受け取った時点で、おとーさんも同罪よ」
エロ本すべてをごみ箱に放り込んで、汐。夕飯の材料を買いに出掛けていて、しばらく帰ってこないだろうと踏んでいたのだが、とんだ誤算だった。
「で、どうする? 報酬無くなっちゃったけど……」
「ああ、いいよ。直してやる」
心配そうな春原の奴に、俺はそう答えた。非があるのはこっち側なのだから、いまさら断るつもりは無い。
「頼むよ。ラジオが使えないと、どうも落ち着かなくてさ」
「ラジオが?」
人数分の湯飲みを置いて、俺の隣に座った汐が不思議そうに訊いた。
「テレビとか、ネットとかあるじゃないですか」
「そりゃあるけどね」
汐が淹れてくれたお茶を飲みながら、春原が答える。
「学生時代からずっとラジオだったせいか、今もラジオが僕のメインメディアなんだ」
「お前が言うと途端うさん臭く聞こえるな。メインメディアってやつ」
「ほっといてよっ」
そんな俺達の漫才をよそに、汐は少し考え込むと、
「……でも、おとーさん達の学生時代、テレビって珍しく無かったでしょ?」
「当たり前だ」
一体いつの話だよ、と言ってやる。もっとも、俺だってこの年になっても、親父やオッサンや早苗さんの学生時代がどんな感じだったのかうまく想像出来ないが……まあ、そういうものなのだろう。
「あのね、僕の部屋無かったんだよ。テレビ」
と、春原が注釈を入れた。
「正確には、何度か導入しようとしたり、後輩から借りたこともあったけどね。結局はラジオに落ち着いちゃったんだ」
「でもそれ、CDラジカセですよね?」
と、汐。
「まぁ稀にはCD買ったけどさ。そういうお金は大抵遊びに使ってたんだ」
「で、テープに録りたい奴はラジオからって寸法だな」
と、今度は俺が注釈を入れる。
「――よし、こんなもんだろ」
「え!? もう直ったの!?」
「アンテナ周りの配線に埃が詰まってたんだ。そいつ取り除いて、焼けている配線繋ぎ直すだけだったから、これくらいの時間で出来る」
と、驚く春原を横目に俺。回路がやられていたらまずかったが、線で済んでいたのが幸いした。
「やっぱプロだなあ……」
と、素直に感心する春原。隣では、汐が嬉しそうに胸を張っている。
「さてと――ここって、電波の具合どうなのさ?」
「すこぶる良いですよ」
と、俺の代わりに汐が答える。
「よし、じゃあ早速……」
そう言って、春原は試聴の準備を始めた。アンテナを伸ばし、電源ケーブルを放ってよこすので、俺はそれを受け取り手近なコンセントに差す。
「んじゃ、いくよ」
程なくして、ラジオ特有のノイズが流れた。そしてそれに押されながらも、微かなメロディがスピーカーから漏れてくる。俺が外に出る時にも流れる、メジャーなポップだった。
春原は首を傾げつつチューニングを続けている。
と、
「んん……お」
急にラジオからノイズが少なくなり、時報が響いた。
『倉田佐祐理の、東京ブギーナイト〜! はい皆さんこんばんは。倉田佐祐理です〜』
『はちみつくまさん』
『それは「はい」の台詞でしょ〜 というわけで、アシスタントはいつもの通りちょっと無口な刃物ウサギの舞です〜』
『……たまにはまっとうに紹介して欲しい……』
『佐祐理はですね、この前久々に焼き肉を食べに行きました〜』
『だから……』
『ごま油とお塩のタレが美味しかったですね〜』
『紹介……』
『さて今日のお便り一通目――』
『……未来永劫斬!』
『痛っ、何処で憶えたのその技〜 ああっ、もう時間です。という訳で一曲目は昨日ポニーテールキャニオンより発売されました国崎往人さんの新曲『KUNISAKI最高音頭』いってみましょー』
……すげえ。祭囃子調なのに、ラップを歌ってやがる。
――じゃなくて。
「ちゃんと受信できるようだな」
返事が無い。
見れば、春原も汐も、真面目にラジオを聴いていた。
「な? 結構佳いもんだろ?」
俺が訊くと、汐は、
「うん……」
と、頷いて答える。
そして、春原の方はというと。
「このラップ、イカスなあ……」
マジな目付きだった。
「そういや、お前のベストテープに俺の特製ラップを吹き込んであげたっけな」
「それじゃまるで僕が頼んだみたいでしょっ」
と、いきなり振り向いて春原。
「汐ちゃん聞いてよ、岡崎の奴さ――」
「ああ、陸に上がったウーパールーパーって表現は、言い得て妙だと思いました」
「そこで納得しないでもらえますかねえ! っていうかなんで知っているんですかねぇ!」
「俺が話した」
即座にそう言って挙手すると、春原は踏ん付けられた猫みたいな声を出して、
「……何で憶えているんだよ。僕だって忘れかけていたのに」
「――いやほら、次の日だったからな」
「「……何が?」」
汐と春原の声が重なる。
俺は、鼻の頭をちょっと掻くと、
「俺が渚と出会った日の、翌日だったんだよ」
そう言って、年甲斐もなく赤面した。
「なるほどね……」
と、汐。
「なるほどね……」
「汐の真似をするな。鼻をレンチで締め付けるぞ」
「ま、待った! 今のは自然に出たんだよっ」
「知ってますよ。おとーさんなら」
席を立ちながら、汐が笑って言う。
「今のは照れ隠しです」
「え? そうなの?」
「そうですよ。ほら、後ろ向いたでしょ?」
「あ、本当だ」
ええい、ふたりして笑うなっ。
「夕飯、食べて行きます?」
と、台所に立って(足音からしてそうだろう)汐が春原に訊く。
「そうだね。折角だし、御馳走になろうかな」
そう答えて、春原はラジカセの音量を少し下げた。
「今夜はラジオを聴きながら、渚ちゃんの思い出話でもしようか」
「だって。どうする? おとーさん」
………………。
「是非も無いそうですよ、春原のおじさま。ただ、そう言うのも癪だから背中でわかれとのことですっ」
我が娘よ、わかっているならそう楽しそうな貌で口に出さないでくれっ!
――結局その夜、俺は赤面しっぱなしだった。
Fin.
あとがきはこちら
「ゲストのふたりって、もしかしなくても俺より年上――」
「――半身大悟!」
「ぐはっ!」
あとがき
○十七歳外伝、青春編(?)でした。
そもそもは、部屋の片付けの際、ラジオの電源をうっかり入れてしまったことから今回の話は始まりました。
今の私はテレビはおろか、ラジオもめったに聴かない生活を送ってますが、中学生から高校生の始めごろはよくラジオの深夜放送を聴いていたものです。
何でラジオを聴かなくなったのかは忘れてしまいましたが、久々に流したラジオは、いろんな意味で懐かしいものでした。当時聴いていた番組はほとんど終わっちゃったでしょうけど、今度じっくりと聴いてみようかと思います。
さて次回ですが……立ち絵も無い人か、イベント絵もある人か、どっちかで。