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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。
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「ふっふっふ……いよいよ私の出番が――」
「そこ、うるさい」
「!!!!」
『レミリア・スカーレットの初体験』
廊下がいつになく騒がしいせいで、レミリア・スカーレットは目を覚ました。
聞こえてくるのは、複数の足音と、引っ切りなしに扉を開け閉めする音。
何時ぞやのように、侵入者か。最初はそう思ったが、その割には慌ただしさがない。
寝間着のまま部屋から出て顔を出して見る。すると、向かいの書斎にメイド達が出入りしていた。
「一体どうしたの?」
メイドを一人捕まえて、訊く。
「あ。お、おはようございます。お嬢様」
「おはよう。それで? 書斎でなにかあったの?」
「その、咲夜さんが何か変わったものを拾われたそうで」
「変わったもの?」
小首を傾げるレミリア。この幻想郷において、変わったものでないものを探す方が、案外難しいのだが――。
「なんでも、外の世界のものだそうで……」
「そう」
――なるほど、『外』なら有り得る話である。
「書斎に入るわ。どいて頂戴」
そのレミリアの一声で、入り口に群がっていたメイド達はさっと道を空けた。興味本位で職場を離れていても、己の職分をきちりと守っていることにレミリアは満足し、書斎に入る。
窓の少ない紅魔館である。その内ほぼ中央に位置するレミリアの部屋には、窓も無く、明かりはランプの明かりのみとなる。
代わりに、書斎と客間には客が来ることを考えて窓が設えており、その書斎には今、普段見るオレンジ色より黄色味の強い陽光が降り注いでいた。
どうも、いつもより早く起きてしまったらしい。
「咲夜、いるんでしょ」
先程のメイドが、咲夜さんが――と言っていたのを踏まえて、そして何より室内の微弱な気配を感じて、レミリアはそう言う。果たして室内には、手提げの付いた鉄の箱を両手で持ったレミリア専属のメイド――そして紅魔館のメイド長である十六夜咲夜が控えていた。
その咲夜はレミリアの言葉を聞くやいなや、素早くカーテンを閉めて窓からの光を遮ると、一礼して、
「おはようございます。起きていらっしゃったんですね」
廊下が騒がしかったから目が覚めたのよとレミリアが言うと、それは申し訳ありませんでしたと、自分が悪い訳ではないのに咲夜が謝る。
「珍しいものを手にいれたそうね」
「はい。食料調達の際に、偶然見つけまして――今、パチュリー様が鑑定及び修理中です」
「え、パチェがいるの?」
「……居るわよ」
と、第三者の声が響いた。声のする方、書斎の机に齧り付く格好で座って居たのは、ヴワル魔法図書館の主、パチュリー・ノーレッジである。
「と言うかレミィ、いつまで無視しているつもりだったの?」
「無視してなんかいないわ、パチェ。ただ、この書斎は誰のものかしら?」
「それは当然レミィ、貴方のものよ。でも、この机だと作業し易いの」
なるほど、パチュリーの言う通り、書斎の机は屋敷内にあるどの机よりの大きくて頑丈である。現在、その机の上には何冊もの本と、あちこちに置かれた工具と、レミリアにはなんだか良くわからないものが広げられていた。
「それは良しとするわ。でもねパチェ、咲夜は私のものよ」
それまで机に向かい、話す時も顔を上げずに工具を取っ替え引っ替え作業をしていたパチュリーの手が、はたと止まった。ちなみに、その工具を手渡していたのが、咲夜である。
「事後承諾になるけど、借りるわよ」
そう言って再び修理に戻るパチュリー。
「駄目よ」
「別に良いじゃないの。咲夜のひとりやふたり」
「良くないないわ。私のものなんだから」
「メイド離れしなさい、メイド離れ」
「いやよ。私の大事なメイドだもの」
頬を少し膨らませ、レミリアは譲らない。
「お嬢様、私は別に構いませんが」
そう言いながらも、引き続き、求められるままパチュリーへ引っ切りなしに工具を手渡す咲夜。
時折、立ち位置が微妙にずれている(ただし、レミリアだから認識できる程度の誤差だが)のは、恐らく時間を止め、手に持つ工具箱に無いものを探しているからであろう。
「私が構うのよ」
と、腕組みをしてレミリアが言う。
「レミィ、器の大きいところを見せなさい」
「そんなもの、長く生きていれば嫌でも付いて来る――もう、どうでもいいわ」
飽きてしまったらしい。レミリアは一回だけ大きく肩をすくめると、
「それで咲夜、一体何を直しているの?」
「さぁ、私には皆目見当も――」
「大方、想像ついているんでしょう?」
「流石お嬢様。お見通しでしたか」
レミリアの言う通り、咲夜はそれが何なのか大体わかっていたのだが、確証がほしいとパチュリーが調べている手前、何も言わなかったのである。
「当たり前よ。それで? 私だけには教えてくれても良いと思うだけれど」
咲夜が思わず苦笑し、口を開きかけたときである。
「直ったわ」
と、パチュリーは宣言した。同時に、扉の外で様子を見守っていたメイド達が、どっと押し寄せる。
それは、ガラスのタンクを背負ってレバーを何本もつけた、ポットのような形をしていた。
「――じゃあ、パチェに訊くわ。これは何?」
「エスプレッソマシンよ」
「……咲夜、エスプレッソマシンってなに?」
「イタリア式の、濃いコーヒーを造る機械です。些か乱暴な説明ですが」
「そこ、乱暴過ぎよ」
と、パチュリー。
「乱暴なの?」
と、レミリア。
「申し訳ありません。というかお嬢様、直接パチュリー様に訊かれては?」
「じゃあ、詳しく説明して。パチェ」
そうレミリアが言うと、パチュリーはいいわ、と答えて、
「まず、ドリップコーヒーの滝れ方はわかるわね?」
「それくらいなら、知っているわよ」
「それなら話が早いわ。いいこと、レミィ。コーヒー豆から抽出を行う時、長時間お湯に晒していては雑味が出てしまうの。かといって早すぎれば、それは薄味になってしまうだけだわ」
「それはそうでしょうね」
「此処で質問。レミィならどうやって雑味がでないように、かつ素早く抽出できるようにする?」
「そうね……」
しばし黙考するレミリア。彼女の思考をなぞるように、背中の羽がぱたぱたと動く。
「そうね、私なら豆をお湯の接触する面積を増やすだけ増やして、かつお湯を素早く通すようにするわ」
「――原理は正解よ。さすがレミィ、どこかの門番よりずっと飲み込みが早くて助かるわ」
■ ■ ■
「ハクチュン!」
紅魔館の門前で、紅美鈴は大きなくしゃみをした。
■ ■ ■
「――話を本題に戻すわよ。さっきも言ったけど、これはエスプレッソマシン。ドリップの時よりもずっと細かく曳いたコーヒー豆をフィルタと呼ばれる受け皿に固めに詰めて、そこに蒸気圧によってお湯を素早く通し、エスプレッソを造るの。手慣れた者が滝れたエスプレッソは――至高の味がすると言うわ」
あー、飲んでみたい。そんな表情を一瞬だけ浮かべてパチュリー。
「で、この機械で、それを作れる訳ね」
「ええ、そうよ。壊れていた箇所はすべて直したわ」
「流石ね。それでこれ、何で動くの?」
パチュリーの肩が、ぴくりと動いた。
「――電気」
「え?」
「そいつの動力源は電気よ。あーもう、電気! また電気!」
うがーと、パチュリーは吠えた。そしてげほげほとむせる。
「……うう――信じられないわ。外の機械って、どんなに計算しても恒久的な電気の力を受けないと動かないように設計されているのよ。まったくもう、あっちじゃ雷を制御する魔法が一般に浸透しているって言うのかしら」
「それじゃ、これは動かないの?」
「動かしてみせるわよ」
落ち着いてきたらしい。いつもの口調に戻ってパチュリーは断言した。
「要はわからない部分をわかるようにすれば佳いだけの話だわ」
パチュリーはそう言って、ゆったりとした上衣の隠しポケットから鮮やかな黄色の宝石を取り出した。
「雷属性に特化した量産型の賢者の石よ。これがあれば、一定の量を維持して魔力を供給できるわ」
「期間は?」
「おおよそ百年」
「……短いわね」
「そうなのよ。安定させなければ百二十から百五十まで行くのだけれど。その先にはなかなか進めないのよね」
それで十分なのでは。
レミリアとパチュリーを除く全員がそう思った。
言うまでもないが、咲夜を含むあまり長く生きていないメイド達には、有り余る長さである。
「さてと。誰か深炒りのコーヒー豆とミル、それに新鮮な水を持って来て」
と、パチュリー。それに応じて、その場に居たメイド達のうち幾人かが、急ぎ足で書斎を出て行く。
その間に、パチュリーは量産型賢者の石と魔力受容体と思われるものを、これもポケットから取り出した紐で縛って、固定した。
「優雅じゃ無いわね」
興味深そうに覗き込みながら、レミリア。
「次の課題として検討しておくわ」
音叉のように飛び出た小さな二本の受容体と、平べったい錠剤状の石を上手く括り付け、パチュリーが答える。
「おまたせ致しました」
そこへ、メイド達が戻って来たので、パチュリーは豆とミルは机の上におくよう指示を飛ばすと、エスプレッソマシンが背負っているタンクの蓋を開け、そこに受け取った水差しから中身を注ぎ込んだ。
八分目まで注ぐと、そのまま蓋を閉め本体に付いているランプのつまみのようなボタンをカチリと押し込む。途端、紐でぐるぐる巻きの賢者の石が微かに輝き、エスプレッソマシンからわずかな振動音が響いた。
「さて次は――咲夜、貴方の出番よ。この豆を細かく挽いて頂戴」
とパチュリー。
「畏まりました。細挽きですね」
「極細挽きよ」
「心得てますわ」
ミルを一番細かく挽けるよう調節して、咲夜はハンドルを回し始めた。決して力を込めて無理やり回すのではなく、あくまで丁寧に、それでいてペースを乱す事なく静かに挽き続ける。
やがて、
「終わりましたわ」
そう言って、咲夜は粉砂糖のように細かくなったコーヒー豆をパチュリーに見せた。
「問題ないわ。次にタンピング――粉の充填よ。圧力は均等に。できる?」
「お任せください」
そう言って咲夜は、慣れた手つきで本体に取り付けられていたフィルタを外して、そこに粉となったコーヒー豆を入れると、どこからかスプーンを取り出し、その背で押し込み始めた。今度は丁寧ながらも力を込めている。
「咲夜は使ったことがあるの?」
それまで成り行きを興味深げに見守っていたレミリアが口を挟んだ。
「型は違いますが、似たようなものを扱ったことがありまして」
と、咲夜。そして、フィルタを本体に取り付け直す。
「さてと、後は抽出だけど……あ」
そこで、パチュリーは言葉を詰まらせた」
「デミタスカップって、うちにあったっけ?」
「4客ありますわ」
と、咲夜が即答する。
「ただ、まず使わないので食器棚の奥に仕舞ってありますが――」
取りに行きましょうかと言外に滲ませる彼女に、パチュリーは手を振って、
「いいわ。いちいち時を止めるのも骨でしょ」
そう言って、パチュリーは上衣のポケットを探り始める。
「これを使って頂戴」
そう言って取り出したのは、小さな小さなコーヒーカップだった。まるで人形用の様に小さいが、取っ手だけは普通のサイズで、白地に彼女の髪留めと同じデザインの三日月があしらってある。
「呆れた。普段からなんでも持ち歩いているの?」
と、レミリア。
「持っていて損はないわ。転ばぬ先の杖よ」
「お互い飛べるんだから、意味がないわ」
「……それもそうね」
そんな話をしているうちに、咲夜はデミタスカップをエスプレッソマシンにセットし、本体に付いている一番大きいレバーに手をかけていた。
「よろしいですか?」
「ええ。レバーはゆっくりと。理想は蜂蜜が垂れるように」
と言うパチュリーに咲夜は答えず、慎重にレバーを倒す。
途端、蒸気が微かに漏れ、見物していたメイド達が一斉に一歩引いた。
レミリアとパチュリーは動かない。
程なくして、パチュリーが言った通りの速さでエスプレッソの抽出が始まった。咲夜はレバーに手をかけたまま、いつになく真剣な貌でデミタスカップを見つめている。
それにしても、なんであんな小さなカップに淹れるのかしら、とレミリアは思った。
レミリアには少し合わなかった日本酒なら、その独特で小さな酒器を見たことがあるのでわかるのだが……。
「できました」
咲夜の声で、レミリアの思考は途切れた。
「完璧だわ」
珍しく、皮肉抜きでパチュリーが褒める。
咲夜の両手には、いつの間にか出現していたソーサーと、湯気を立てたデミタスカップが置かれていた。中には飴色の泡で覆われた液体――エスプレッソが、半分ほど入っている。
「……こんなに少ないの?」
「それでいいのよ」
動作は正常ね……と、続けながらパチュリー。
「エスプレッソは、コーヒー豆のエッセンス。見た目少ないけど、使った豆は普通のコーヒー1杯分よ」
「これだけなのに?」
「そう」
だからコーヒー豆の旨みが凝縮されているのよ、とパチュリーは締め括った。
「では、お嬢様」
そう言って咲夜がエスプレッソを差し出す。
「え、私?」
「他に誰がいるの」
と、パチュリー。
「そうだけど、てっきりパチェが先に戴くと思ってたわ」
「紅魔館の主を差し置くなんて事、しないわよ」
その代わり、2杯目は必ず貰うけど、とパチュリー。それなら……ということで、レミリアはデミタスカップを受け取った。
「良い香り……」
「あ、お嬢様。お砂糖を……」
そのままだと苦いですよ、と慌てた様子で咲夜。だが、その言葉がレミリアの幼心を刺激してしまった。彼女にしては、珍しいミスである。
「――いらないわ。もう子供じゃないのよ、私。紅茶だって砂糖なしで飲めるんだから」
正確には、薄く淹れた場合のみであるが、それは言わずに口を尖らせるレミリア。
「かもしれませんが、コーヒーとは違う飲み物ですよ。ましてや紅茶とは――」
「大丈夫って言ったら大丈夫よ。砂糖なしの紅茶を飲めるようになって、もう百年も経っているのよ?」
つまり、四百年間は砂糖が無いと紅茶が飲めなかったのね、とパチュリーが陰で呟いた。もちろん、ふたりの耳には入らないように、である。
「しかし――」
なおも心配そうな咲夜に、
「大丈夫よ。こんなに良い香りのものがそこまで苦いとは思えないわ」
あくまで冷静にそう言い切って、レミリアは、デミタスカップを傾ける。
瞬間、彼女の羽が痙攣したかのように突っ張った。
「〜〜〜! 〜〜〜!」
「ですから、お砂糖をと……」
口許を押さえ、必死に戻すまいと頑張るレミリアに、咲夜は心配そうに声をかける。
「りゃ、りゃいりょうりゅりょ……」
なんとか飲み下し、涙目になりながらも、レミリアはそう答えた。大丈夫よと言いたいらしい。
しかし、咲夜にはわかっていたのか、
「もう一杯いれましょう。今度は溶け切らないくらいお砂糖を入れますから」
レミリアは、一二もなく頷いた。
「これなら美味しいわ」
と、上機嫌なレミリア。
彼女の持つカップは、先程のデミタスではなく、普通のコーヒーカップであり、中に入っているのは、上品なブラウンをたたえた液体である。
エスプレッソに暖かいミルクを加えた、所謂カフェラテであった。
「でもすごいわね。八割方ミルクだって言うのに、コーヒーの味がちゃんとする」
「風味の強いエスプレッソだからこそ、できる芸当ですわ」
と、食器棚から取り寄せた2客目のデミタスカップにエスプレッソを淹れながら、咲夜が答える。
「やれやれね。砂糖を入れてもエスプレッソが駄目なんて」
「――パチェ、軽率な発言は後で後悔するわよ」
「大丈夫よ、レミィ。すべて計算ずくのことだから」
「――ふん、何考えているのか知らないけど、これから頑張ってエスプレッソに挑戦するわ」
「まぁ、頑張って頂戴」
少し呆れたような貌で、パチュリーは咲夜から受け取ったデミタスカップを傾け、
とろけるような表情と共に、ため息を付いたのだった。
Fin.
あとがきはこちら
「あれ、私の出番これだけ――!?」
「そこ、うるさい」
「!!!!」
あとがき
紅魔館の面々でした。
メイドさんとエスプレッソという、私自身の趣味全開だったにもかかわらず、がっちり付いて来てくれたのは、やっぱり彼女達が西洋寄りだったせいでしょうか。
たとえ直せたとしても、これが博麗神社なら、
「苦」
霧雨邸でも、
「苦っ!」
白玉楼でも、
「……幽々子様、苦いです」
あ、最後のは意外と合うかもw。
さて、次回は……えー、未定です;
なんとなく、白玉楼で行きたいとこですが……。