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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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「やっぱり夏祭りにはだんごですっ」
「いや、確かにあるけどさ……」













































  

  


 真鍮で出来た、銃身の冷たさが心地よい。
 わたし、岡崎汐はそれを抱き抱えるようにして構え――引き金を引いた。
「グレートコレジャナイロボ、大当たり〜」
 射的屋のおじさんが、鐘を鳴らす。
「また妙なロボットを……」
 隣で見ていたおとーさんが、そう呟いた。
「この造形がたまらないのよ」
 と、わたし。

 今宵は夏祭りだ。
 昔ながらの夜店が立ち並び、広場には櫓が設えられ、色とりどりの提灯がそこら中にぶら下げられている。
 わたしはといえば、深い蒼に紅葉の若葉をアレンジした浴衣を着込み、頭にはお面、帯には団扇をさしていた。
「しかしお前。良くもまぁ当てるな」
 と、おとーさん。ここで急に声を下げると、そっと私の耳に、
「照準が出鱈目なの、知っているんだろ?」
 と囁く。
「秘訣はこれ」
 わたしも小声でそう言って、くわえていたアンズ飴の棒をぴこぴこと動かした。
「これで照準を修正する訳」
「マジかよ」
「マジマジ」
 それの証明とばかりに、わたしは再び射的の銃を構え――増田ジゴロウ(昔のテレビ番組のマスコットらしい)を撃ち落とした。
「ね」
「恐れ入りました」
 と、両手をあげておとーさん。
 そのおとーさんも、お祭りを十分に楽しんでいるようで、頭にお面、手には団扇をもっている。
 ただし、着ているのは浴衣ではなくて、作業着。仕事場から直行でここに来たためだ。
『何があっても夏祭りには参加する』
 それはずっと前、わたしが小さかった頃から、おとーさんが自分で決めていることだった。



『夏祭りの夜』



■ ■ ■



 あのことについては、今も覚えている。
 あれは、汐が小学校に上がって初めての夏休みのことだった。
「いいのか? 岡崎」
 と、俺、岡崎朋也の先輩である芳野祐介さんが訊いた。
「何がですか?」
 何を訊かれているのかわかっていたので俺はわざととぼけてみせる。すると芳野さんは少し間を置いて、
「今日は夏祭りだ」
 と、想像通りのことを言った。
「仕事が入っちゃしょうがないじゃないですか」
「それは、そうだが……」
「汐のことなら大丈夫ですよ。早苗さんが連れて行ってくれます」
「……そうか。それならいいんだが」
 少し引っ掛かる語尾を残して、芳野さんは作業を再開した。
 俺達の仕事は、言ってみれば町の修理みたいなものだ。修理である以上、対象はどこかが壊れていて、そして物が壊れるのはいつだって唐突だ。
 つまり俺達二人は本来休日扱いだったところを、現場に近いという理由で駆り出されたのだった。
「こんな大規模な冷却装置を直すの、久々ですね」
 作業工程を確認しながら、俺。
「あぁ、そうだな……」
 こちらは工具を確認しながら芳野さん。普段と違う工具なので、慎重に見定めているようだった。
 時刻は夕刻になろうとしている。俺達が連絡を受けたのが昼過ぎだったので、仕方がないと言えば、仕方がない。
「始めるぞ、岡崎」
「はい」
 お互いがお互いの確認事項を二重チェックし、作業を開始しようとした矢先――、
 携帯電話の着信音が響いた。
 曲は、作曲に関して素人並の俺に代わり、芳野さんに打ち込んでもらった『だんご大家族』。
 言うまでもない。俺の携帯だ。
「――すみません、芳野さん」
「いや、それは非常用と聞いている。それより早く出ろ」
「は、はい」
 芳野さんの言う通りだ。この携帯は仕事での呼び出しと、家族の方で何かあった時用に俺が買ったものだったからだ。
 俺は着信ボタンを押した。着信は、自宅のアパートから。汐はもう電話の使い方を一通り知っているが、緊急連絡先を古河家としているため、この携帯の番号を教えてはいない。
 つまりは、汐以外の誰かだということだ。
「もしもし、岡崎ですが」
 と、俺。
『お仕事中にすみません』
 声は、早苗さんのものだった。
「いえ、今は大丈夫です。それよりどうかしましたか?」
『その、今汐ちゃんを迎えに来たんですが……』
 珍しいことに、早苗さんの口調は迷いがちだった。
「何かあったんですか?」
『それが……』
 電話口で、早苗さんは困ったように、
『パパと一緒でないと、行かないと……』
 ――!
「……わかりました。早苗さん、先に行ってください」
『でも――』
「俺、できるだけ急いで仕事片付けますから。片付け次第、すぐに汐を連れて行きますから。――それに早苗さん、オッサンと一緒に塾の子供たちの引率役を任されているじゃないですか」
『……確かに、その通りです』
「行ってください。俺、本当に急ぎますから」
『――わかりました。お仕事、頑張ってくださいね』
「はい、頑張ります」
 俺は電話を切った。
「行け、岡崎」
 大体を察したのだろう、芳野さんがそう言った。
「いや、でも」
「わかっているだろう。どんなに急いでも間に合わん」
 わかってはいる。この仕事量だ。どんなに急いでも間に合う訳がない。
「でも、やるしかないじゃないですか」
「お前な、渚さんの時と同じ過ちをする気か?」
 ……その言い方は、卑怯だ。自分でも珍しいと思いつつ、俺は芳野さんに反駁する。
「俺は、あの時のことで随分と苦しみましたけど、後悔はしていません。それに、それを言ったら芳野さんだって」
「公子はもう、大人の女性だ」
 しかも俺より年上だ、と、芳野さん。
「だから、ある程度のことはわかってくれる」
「汐だって、聞き分けの良い子です」
「そこが根本的に間違っている」
 安全用のヘルメットを脱ぎ、俺と相対して芳野さんは言った。
「聞き分けが良い子ほど、我慢しているんだよ」
「……!」
 俺は、言葉に詰まった。
「いいか岡崎、お前の娘さんはまだ子供だ。子供だからといって侮るつもりはないが、それでも、大人よりずっと傷付きやすく、それ故、傷付かないよう我慢する。だから――」
 まるでどこかのアパートの一室が見えるように、芳野さんは続けて言った。
「だから、寂しがる。寂しがるんだ」
「……でも」
 揺らいでいた俺の心がまだ固まらないまま、無理に反論しようとしたその時――、
 クラクションが響いた。
 見れば、俺達が乗って来たバンと平行して、もう一台のバンが停まっていた。
 ロゴを見なくてもわかる。俺達の会社のバンだ。
「ヘイ芳野サン、岡崎サン」
「ジョニー!」
 驚いた吉野さんが声を上げる。それもそのはず。俺達の同僚、ジョニーさんは確か……
「ジョニーさん、休暇で故郷に帰ったんじゃ」
「オー岡崎サン、ココカラほーむマデ、往復デ一週間ハカカルネ」
 ダカラ下宿デごろごろシテイタヨ。と言って、ジョニーさんはからからと笑った。
「でもお前――」
「ダイジョウブヨ芳野サン、コレ、休日出勤扱イヨ」
「そういう問題じゃないだろう……」
 困ったように、そして嬉しそうに芳野さんは言う。ジョニーさんが乗って来たバンには、俺の後輩達も乗っていて、次々と降りて来たからだ。
「よし岡崎。これで障害は何一つ無くなった。何故か知らないがジョニー達が入った今、お前が抜けても問題はない」
「何言ってるんですか、芳野さん」
 そこで、後輩のひとりが横に割り込んでくる。
「芳野さんも、行ってきてくださいよ」
「なに!?」
 眉を吊り上げる芳野さんに、もうひとりの後輩が割り込んで、
「ふたりとも、所長から伝言です。『ふたりとも、半日休扱いで通しておくからね――』」
 俺と芳野さんは、顔を見合わせた。
「『――夏祭り、楽しんでらっしゃい』だそうです」
「でもお前ら……」
「大丈夫! 俺達独身ですから!」
「つうか彼女もいませんから!」
 何故かガッツポーズをとって、後輩達はそう言う。
「ホラ、早ク行カナイト間ニ合ワナイヨ」
 と、ジョニーさん。
「そうですよ。それに芳野さん……見たくないんですか? 公子さんの浴衣姿」
「……見たい」
「え?」
「見たい! 見たいっ! 見たいぞぉっ!!」
 意外にも、欲望に忠実な芳野さんだった。
「岡崎、乗れっ! 途中まで送ってやる!」
 俺は慌ててジョニーさん達と引継をし、バンに飛び乗る。
「行くぞっ!」
「お手柔らかにお願いしますっ!」
 そんな俺の悲鳴混じりの声を全く無視して、普段からは信じられないアクセル音を響かせたバンは、文字通り弾かれたように飛び出した。



 息を切らせつつ、階段を駆け上がる。
 部屋に飛び込んでみると、汐は、淡い黄色とオレンジの縦縞に、だんごをあしらった浴衣姿でじっと座って待っていた。
「ただいま」
 呼吸を整えながら、そう言う。
 汐は急に帰ってきた俺にびっくりしたのか、小さく口を開けて俺を眺めた後、急に泣きそうになって、
「――ごめんね、パパ」
「バカ、こういうときは謝らなくていいんだよ」
 芳野さんの言ったことは、正しかった。
 汐は我慢をして――寂しがっていたのだ。
「パパ、あのね――」
 涙をぐっとこらえて何かを言おうとするので、俺は人差し指をそっと汐の小さな唇の上に乗せた。
「今は何も言わなくていい。それよりな、行こう。お祭りに」
「……うんっ」
 浴衣の袖で目を擦り、汐は笑顔で頷いてくれた。



■ ■ ■



「お嬢ちゃん、もう勘弁してくんねぇか?」
 ホトホト困り切った貌で、射的屋のおじさんはそう言った。
「待って、後一発」
 実際に残弾はそれだけだったりする。
 わたしはしっかりと狙いを定め……ヒトデのマスコットを打ち落とした。うん、これでふぅさんに佳いお土産ができた。
「――いやはや、今のご時世でお嬢ちゃんみたいな子がいるたあ、驚いたよ」
 ヒトデを油紙でラッピングしてわたしに手渡しながら、射的屋のおじさんがそう言う。
「もう、絶滅危惧種なのかな?」
 そのヒトデを、手に提げた巾着袋に入れながら、わたし。
「だな。この町じゃ、パン屋の大将くらいしか思い浮かばねぇ」
「なるほど。なんか納得しちゃう」
「なんだ、知り合いか?」
「わたし、その人の孫」
 なんと、そりゃ敵わん訳だ! そういっておじさんはひとしきり笑った。
 わたしも肩を竦めた後、笑みを浮かべ――、
「あれ、おとーさんは……」
 そこでおとーさんが居ないことに気が付いた。ついさっきまで、わたしの隣にいたのに。
 何処に行っちゃったんだろうとわたしがきょろきょろしていると、
「あー、親父さんなら盆踊り会場の方へ歩いていったよ」
 と、射的屋の隣にある綿菓子屋のおばさんが教えてくれた。
「ありがとう」
 わたしは礼を言って、盆踊り会場の方へ急ぎ足で歩く。
 まったく、ただでさえはぐれやすい夏祭りなのに、さらにはぐれやすい盆踊り会場の方に向かうなんて――、
 次の瞬間、わたしのお腹に重低音が響いた。太鼓の音だ。
 思わず櫓を見上げる。すると――、
「うわはははははー!」
 おとーさんが、楽しそうに太鼓を叩いていた。
 なるほど、あれならはぐれてもすぐに見つけられる。
 私は安心して、歩調を緩めた。ちょっと夜店ではしゃぎすぎたため、荷物をどうにかしないと盆踊りは踊れない。
 それだったら、太鼓を叩いている嬉しげなおとーさんを眺めていたかった。
「渚っ! アイラービュー!」
 ……かなり恥ずかしいのが、難点だけど。



Fin.




あとがきはこちら













































「やっぱ夏祭り一番の醍醐味は浴衣だな」
「朋也くん、それは何か間違ってます」




































あとがき



 ○十七歳番外その1、夏祭り編でした。
 もう早いところでは、夏祭りが始まっているようで、事実私の近所の幼稚園では、先週の日曜日にやっていました。
 こちとら平日は遅くまで、休日はぐったりと休むタイプなので最近祭りにご無沙汰なんですが、なんとなくどっかの祭りに参加したい今日この頃です。

 さて、次回の番外編は……お盆頃の予定。ってもうすぐだー;



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