超警告。東方妖々夢をクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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「妖夢〜、出番よ〜」













































  

  


 最近、白玉楼の庭師、魂魄妖夢は微妙に疲れていた。
 理由は、よくわからない。だが数日ほど前の朝から、台所に立つと決まって首筋に冷たいものが這って行くような感覚をおぼえるのである。
 殺気のような刺々しい感覚でもないし、後ろを見ても誰もいない。
 故に、妖夢は錯覚としてやり過ごしていた。
 それが、亡霊特有の視線によるものだと気付かずに。



『西行寺幽々子の挑戦』



 朝食の席にて。
「ねえ、妖夢」
 妖夢の主であり、白玉楼の主でもある西行寺幽々子は、朝食をぺろりと平らげた後、
「朝食なんだけど、たまには私が作ってみたいわ」
 と、宣うた。
 妖夢はまず、箸を置いて(妖夢がどんなに急いでも、幽々子より先に食べ終わることはできないのである)その言葉の意味を考え、次にその言葉の真意がどこにあるのか考えた後、
「失礼ですが幽々子様、お料理の方は――」
「できるわ。当然よ」
 懐から扇子を取り出し、それを弄びながら幽々子は答えた。
「では、調味のさしすせそを言えますか?」
「砂糖、塩、お酢、醤油、味噌ね」
「正解です。では、お米を研ぐ時に必要なものは?」
「鑢(やすり)ね。――冗談よ、妖夢。水だけで良いはずだわ」
「……その通りです」
 正直、意外である。
「さらに失礼ですが、腕前の方は――」
「自信はあるわ。そこそこだけど」
 そこそこ。
 曖昧である。謙譲であるのなら良いが、言葉の意味のままであればあまり期待出来るものではない。そして、それをさらに下回る可能性すらある。
 しかし、妖夢とて料理の腕前に自信がある訳ではない。同じ従者でも、紅魔館の完全で瀟洒なメイドにはとても敵わないのである。
 故に――、
「では一度だけ、お願い致します」
「ありがとう、妖夢」
 そういうことになった。



 その次の日の、早朝。
 白玉楼の広大な庭の一角で、妖夢は朝の日課である鍛練を黙々とこなしていた。
 彼女は二刀流である。
 そのためかどうか知らないが、妖夢は己の鍛練時間を、師匠の許で過ごした時の倍としていた。
 締めに入る。
 刀を納めて直立し、妖夢はただ待つ。
 やがて、どこからか運ばれて来た木の葉が一枚、妖夢の眼前を通り過ぎようとしていた。
 そこを一刀目、居合の要領で真横に斬る。
 この次が難しい。
 難無く上下に別れた木の葉を、二刀目は居合は居合でも下から上へ斬るのだが、上下に別れたそれの下の部分だけを斬り、上は斬らないように振り抜かなければならない。
 斬るだけの技術は危険であり、主を守るためには、斬らない技術もまた必要であると妖夢は教え込まれていた。
 原理は簡単である。ただ、刃を引かなければよい。
 ただし、それを実行するには成熟した腕が必要であった。
 妖夢自身が知っていることなのだが、成功率は半々なのである。
 うまくすれば、上半分は下からの『打撃』で、打ち上げられるはずだった。

 二刀目を振り抜くと同時、妖夢は鋭く息を吐く。

 今日は、上下とも斬ってしまった。
「……まだまだだなぁ」
 四分割されて地に落ちる葉を視界の隅に収めながら、妖夢は両腕を交差させて納刀した。
 彼女の師匠の場合、木の葉どころか桜の花びらで出来るのだが、まだまだその領域には至っていない。
「さてと……」
 踵を返して、母屋へと戻ろうとする。
 と、不意に佳い香りが、妖夢の嗅覚を擽った。
「――これは」
 朝餉の香りである。しかも食欲をそそり、空腹を促す香りであった。
「……幽々子様」
 なんてすごいんだろう。そう思いながら、母屋に入り、台所を覗く。
 そこには、いつもの帽子の代わりに三角巾を被って襷(たすき)で袖をまくり、割烹着を着込んだ幽々子が朝食の用意をしていた。
 彼女は視線に気付いたのか、ふわりと振り向くと、
「お早う、妖夢」
「お早う御座います。佳い香りですね――」
 そこまで穏やかだった妖夢の表情が、そのまま固まった。
 ――以前、氷で出来た花を見たことがある。
 昔、妖夢の師匠であり、祖父でもある魂魄妖忌が、氷柱を材料に己が愛刀で造形したもので、まだ幼かった妖夢はそれを見て至極感激し、将来自らが剣を修めし時には同じものを造ろうと思ったものである。
 それが、大根で再現されていた。
「ゆ、幽々子様それは……」
「どうかしら、それなりに佳い出来栄えだと思うのだけれど」
 それなりどころではないと思う。
 が、妖夢が凍り付いたのはそれを見たからではない。その脇に山と積まれた大根の切れっ端や皮であった。
 慌てて周囲を見回す。なるほど、曲がりなりにも自信があると言うだけあって、台所の一角にて着々と用意されている朝食は、かなりの出来である。
 だが、その十倍はありそうな生ゴミ一歩手前のものは、一体なんだろう。
「あの、幽々子様」
「何?」
「その、大量に積まれている大型魚の頭は一体?」
 内訳は、鰤、鰹、鮪にカジキ等々。
「ああ、これね。ダシを取る時に身と骨を使ったのよ。だから頭が残ってしまったのね」
 その数は十指に余った。綺麗に並んでいる分、怖かったりする。
「とりあえず、出来上がるまでお料理を見せたくないのだけれど」
「あ、では、配膳、お手伝いしましょうか?」
「要らないわ。今日は全部やりたいから。妖夢は先に行って待っていて頂戴」
「はぁ……」
 煮え切らない返事を残して、妖夢は台所を退出した。



「いただきましょう」
「……いただきます」
 笑顔の幽々子と唱和して、妖夢は箸を付けた。
 メニューは、米飯、焼き魚、里芋の煮っころがし、生野菜、そして味噌汁である。
 こう書けば至ってシンプルな朝食だが、文字通りなのは真っ白い米飯くらいで、焼き魚は妖夢の知らない大きな葉で包まれた蒸し焼きになっていたし、生野菜は先ほどの花の彫刻である。味噌汁は味噌汁で、大型魚を片っ端から煮込んだせいか、漁師料理のようになっていた。
「駄目ね。控えめにしたつもりなのに、私だけだとつい凝り過ぎてしまうわ」
 味噌汁を美味そうに飲んで、幽々子。
「はぁ……」
 完全に真球状の里芋を箸で掴むことを諦め、串刺しにした妖夢が相槌を打つ。
 全力を出したらどうなるのか。おそらく、白玉楼の食糧庫がたった一食で空になるのだろう。
 食事の前に気になって、妖夢は食糧庫を確認したのだが、この朝食、一日分の食材を余す事なく使っていた。
「そうそう、ダシに使った骨だけど」
「はい」
「後で油で揚げましょう。焼き物のそれとは比べ物にならないけど、御煎餅みたいで美味しいのよ」
「な、なるほど……」
 ちなみに、先程の大型魚の頭は全て兜煮となって、幽々子の腹に余す事なく収まっていたりする(妖夢にもひとつ勧められたのだが、堅く辞退した)。
「それとね、次はすごいのを考えているのよ」
「次があるんですか……」
「もちろんよ。それでね、この前紅魔館で作り方を聞いたのだけど、ビーフストロガノフ――」
「駄目ですっ!」
「あら、妖夢は洋食駄目だったかしら」
 きょとんと幽々子。
「……牛の首はどうするんですか」
「察しがいいわね。牛の首は……牛の首は……兜煮にできるのかしら? 今度紅魔館に――」
「訊かないでください。それ以前にできません、というかしないでください」
「あらあら、すごい駄目押しね」
 幽々子はころころと笑うが、妖夢の方はたまらない。
 想像するだけで背筋が凍るのだ。牛の兜煮なぞ食膳に載った日には、トラウマになること確実である。
「あの、幽々子様」
 先日のように箸を置いて、妖夢。
「なあに?」
 こちらも同じように、扇子を取り出して幽々子は答える。
「お料理をされるのは結構です。結構ですが……私のお手伝いでは、いけませんか?」
 幽々子は、その言葉に一度瞬きをすると、
 待ってましたとばかりに、扇子をぱちりと鳴らし、
「それだわ。よろしくね、妖夢」
「はぁ……」
 あっさり納得した主に、妖夢は気が抜けた返事を返す。
 同時に、頭の隅で何かが引っかかった。つまり、『待ってましたとばかり』。
 まさか幽々子様、私の手伝いをしたいばかりに、ここまで大掛かりなこと……を?
 そんな疑心に陥る妖夢に拘わらず、
「妖夢、お茶を一杯貰えるかしら」
 幽々子は実に嬉しそうに、食後のお茶を所望した。
「わかりました。直ちに」
 疑念を振り払って、妖夢は脇に置いていた急須を差し出す。
 とりあえず、明日は主に材料を無駄に使わない料理方法を教えなければならない。そちらの方へ思考を傾けなければ、多分明日には間に合わないであろう。
 白玉楼の庭師、魂魄妖夢の仕事は斯様に大変なのである。



Fin.




あとがきはこちら













































「幽々子様――! にんじんの皮はそこまで向かなくて良いんですっ!」
「あら、そうなの?」
「ああもう、どんぐりより小さいじゃないですかっ」




































あとがき



   というわけで、白玉楼の面々でした。
 えー、実を言いますと、当初からお気に入りだったアリス、パチュリー(まだ私のSSじゃ未登場ですね;)に並ぶ形で、幽々子様はランクインされていたのですが、最近そのふたりを抜く勢いで比重が重くなっております。
 んーなんでだろ、やっぱ天然だからかしらw(そんな馬鹿な)。
 さて、そんな彼女に巻き込まれる形になった妖夢ですが、彼女もなかなか良いですね。いつか彼女には丁々発止をさせたいです。お相手は……やっぱ咲夜さん?
 
 さて、次回はもう一方のお嬢様とそのご一行の方向で。全員出せると良いなあ……。

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