『博麗霊夢の事始め』



 博麗神社の朝は、おおむね早い。

 その日、雨戸と雨戸の隙間から伸びてきた光を顔に受けて、神社の巫女、博麗霊夢は目を覚ました。そのまま布団の中で大きくのびをして、しばらく布団の上で大の字のまま目を瞬かせた後、のそのそと起き出す。彼女はどちらかというと低血圧である。
 欠伸をしながら雨戸を開け、眠い目をこすりつつ風呂場に向かう。もちろん、着替えを抱えることは忘れない。
 脱衣場に着くと、霊夢は籠に着替えを放り込み、無造作に風呂場の扉を開けた。
 ここから、急に神妙になる。背筋を伸ばし、歩幅から息遣いまできちんと決められたものを守り、作法という作法を何から何まで遵守する。
 水垢離である。
 霊夢は簀子に膝を付くと、風呂桶に昨日の晩溜めておいた清水を手桶ですくい取って、一気に頭から被った。
 言い忘れていたが、彼女の寝間着は帯無しの浴衣――浴衣の合わせを、帯ではなく作務衣のように留めているものと思っていただきたい――であり、水垢離用を兼ねているのである。
 そして頭から水を被ること3回。前髪から滴り落ちる雫はそのままに、霊夢は大きく息を付くと、おもむろに浴衣を脱いで、石鹸を手に取り泡立て始めた。
 浴衣の洗濯である。
 過去、幾人かが(興味深いことに誰もがたまたま居合わせたと口を揃えている)それはどうかと窘めたのだが、本人曰く、
 
 ――効率的で、良いじゃない。
 
 と突っぱねていたりする。



 手拭いで身体と髪を良く拭き、いつもの服を着て、霊夢は境内を歩く。
 彼女は、博麗神社の巫女である。故に、服は紅白。手に払い串を持ち、懐には札を数枚忍ばせてある。
 これからするのは、朝食前にいつもしている幻想郷の見回り。
 霊夢は境内を歩きながら玄関に回って靴を履こうかと少し悩み……結局、履かないことにした。
 今日はなんだか――面倒くさい。
 
 ――それに、要は地上に降りなければ良いだけなんだしね。
 
 境内の廊下で軽く助走し、彼女は外へと足を踏み出した。
 普通の人間であればそのまま地面へ落下するものだが、あいにく彼女は普通ではない。
 飛び上がるように急上昇。ただし、髪は乱れないように。
 風に乗るのではなく、風に関係なく浮く、彼女の能力があってこそ出来る芸当。
 数多くある霊夢の通り名のひとつ『空を飛ぶ不思議な巫女』とは、この情景を見た者が付けたのである。



 見回りを終え、朝食を済ませ、境内の掃除を一通り済ませると、空き時間がやってくる。
 となると、霊夢の楽しみなお茶の時間となる。
 早速、薬缶に水をいれて火にかけた。
 お茶請けの煎餅は居間の菓子入れに昨日から入れてあるので、後は湯が沸くまでひなたぼっこをしていればよい。
 そう判断して一端縁側に出ようとし……ふと、そこで動きが止まる。

 ――ひとり、ふたり……? ううん、ひとりか。

 霊夢はおとがいに指をあてて思考し――水をひとり分継ぎ足した。
 おそらく、それで足りるだろう。
 そう思いつつ縁側に腰をかけると、
「おーーーす」
 玄関口に、声が飛んできた。

 ――ほら、やっぱり来た。

 霊夢は一瞬だけ頬を緩め、玄関口まで足を運ぶ。
 辿り着いてみれば、いつもの客がいつものように玄関から入って靴を脱いでいた。
「邪魔するぜ」
「いらっしゃい」
 両腕を組んで、壁にもたれかかりながら霊夢は言う。
「お茶、もうすぐで用意できるわよ」
 すると客人は、そいつは重畳と言ってニヤリと笑った。

 幻想郷が正午になるまで、後僅かである。



Fin.







あとがき



 そーいうわけで、東方シリーズ始めました。
 ちょっと前から、東方紅魔郷と東方妖々夢をやっていて、東方萃夢想をやってから急に書きたくなってしまったのでした。
 ただ、困ったことに東方永夜抄をまだやってなかったりします; うーん、再販に期待。
 
 さて、今回は初めてということで主人公霊夢です。
 これまたなかなかとらえどころのないヒロインも珍しく、つい昼までの生活を想像してみました。違和感が無ければ、幸いです;
 
 さてさて、次は魔法使いと魔法使いの話です。


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