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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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「しおちゃん、ひとりで出来ますか……?」













































  

  


 校門まで残り200メートル。そこで一度立ち止まる。
 目の前には、満開になった桜がいっぱいに広がっていた。



『十八年目の、春』



「あー、汐もとうとう十八だ」
「うん」
「俺は、その年になって渚に出会った」
「うん」
「出会ったのも、こんな春の日だった」
「…………」
「だからな、今日お前が誰かに出会ったら、そいつは運命の人かもしれないな」
「――それも、良いかもね」
「だが俺は認めんぞ。俺より電柱を建てるのが遅い奴は彼氏不認定だ」
「……あのね」
「冗談だ」
「うん、わかってる。それじゃ、行ってきます」
「ああ、行ってらっしゃい」



 そんなことを言われたものだから、わたしは柄にもなく感傷的になって、坂の下の桜を見上げていた。
 周囲には例によって誰もいない。
 もう2年も朝連に出ているため、普段の日でも、こうやって早めに登校してしまうからだ。だから、そういった日には図書館で暇を潰したり、グラウンドでボールを一個拾って暇を潰したり、演劇部の部室に行って掃除や台本の整理をしたりするのだが、今日はこの桜を眺めていようと思っていた。
 見渡せば、一面の桜、桜、桜。
 なんとなく、この場所をを独り占めにしている気がする。
「運命の人、か……」
 おとーさんは、こんな春の日に、この坂の下でお母さんと出会った。
 そしてわたしも、ここでお母さんに出会ったことがある。
 そういう意味で、わたしは既に運命の人に出会っていて、そういう意味で、この坂は、わたし達親子三人にとって縁深き場所なのだった。
 わたしは、坂のふもとの一角に視線を向ける。
 あの時は、そこにお母さんが立っていて――あれ?
 思わず目を凝らす。お母さんが立っていた場所に、小さな光が浮いていた。一度袖口で目許を擦ってみたが、その光は相変わらず宙に浮かんでいる。
 蛍――な訳がない。人魂……だって、季節と時間が大幅に違う。そう、これは――。
 お母さんの台本にあった、『光』そのものだった。
 わたしは、興味本位で近づき、そっと手に乗せようとする。
 すると光は、わたしの手のひらの上で吸い込まれるように溶けて消えてしまった。
「あ……」
 途端、心がとても暖かくなった。
 わたしは目を閉じて、その余韻に浸る。
 この光が誰かの想いだとするならば、それは――、



「はぁ……」



 その憂鬱そうなため息に、全身の毛が逆立った。
 あわてて振り返ると――、
 そこにはお母さん――ではなくて、一年生が居た。
 ふぅさん程ではないが、結構背が低くて、肩で髪を切り揃えている。
 真新しい制服を着て、今は眼鏡に付いた桜の花びらを、一生懸命拭っている。あまりに一生懸命すぎて、すぐそばにいるわたしには気付いていないようであった。
 こんな早くから、どうしたんだろう。そう思っているうちに、ようやく桜の花びらを取り終えたらしい。彼女は眼鏡をかけ直すと、目を細めて坂を見上げた。そして、
「がんばらなくちゃ……」
 そう自分に言い聞かせるように、呟く。
 そして、一歩を踏み出そうとするが――、脚は途中で止まり、元の位置に戻ってしまった。
「う〜〜〜」
 目を瞑って、唸っている。どうも気持ちの整理がうまく行っていないらしい。
「どうしたの?」
 思わず声をかける。すると彼女はぴたりと固まって、
「――うひゃあぁ!」
 うん、随分とおもしろい悲鳴だ。
「なっ、ななっ、なんでしょうか!?」
「なんでしょうって――なにか困っているようだったから声をかけたんだけど」
「お、お心遣いありがとう御座います!!」
 受け答えが、中々に古風な子である。
「それで、一体どうしたの?」
「その……」
 口ごもり、視線をそらす一年生。
「……怖いんです」
 ――ん?
「何が?」
「この先に、行くのが」
 そう言って、彼女は坂を見上げた。
 わたしも一緒に、坂を見上げる。
「その……先輩は、この坂を上るのが怖くなったりしませんか?」
「怖い?」
「はい。そうです」
 顎に手をやって考えてみる。……この坂が怖いということについては、上手く想像できなかった。
 でも、この子の言いたいことは、なんとなくわかる。
 それは、ずっと、ずうっと昔の夏休み。
 それは、ドアの陰からおとーさんを見ていた頃。
 あの時、子供の足で数歩のその距離が、とてつもなく遠く感じたことを、今も憶えている。
「私、いつもいつもこの坂が上れないんです。一生懸命頑張ってここまできたのに、この坂が上れないんです」
 わたしの追憶を余所に、一年生の独白は続いていた。曰く、いつも早めに来てこの坂を上ろうとするのだが、遅刻ぎりぎりになって、誰かに急かされない限りこの坂を上れたためしがないのだという。
 つまりは、こういうことなのだろう。
 ――未来に対する、不安。
 なら、わたしは知っている。
「手」
「え?」
「手。手を繋いで行ってみましょ」
「で、でも……」
「わたしも一緒に行くんだから大丈夫。こう見えても、鋼鉄だの猛女だの散々な言われようなんだから」
「でも……でも」
「駄目だったら他の方法を考えましょ。今は、やることをやらなきゃ」
 そう言って、わたしは手を差し出した。
 一年生は少し悩んで――訂正、結構悩んだ後、そっとわたしの手を握ってくれた。
「OK、いくわよっ」
「ええっ、いきなりですか!?」
「こういうのは、下手に準備すると駄目なのよ。せーの、1、2、3っ」
 わたしは一歩を踏み出す。
 一年生も、一歩を踏み出していた。
「……あ」
「ほら、できた」
 一歩を踏み出せた彼女に向かって、わたしはそう言った。
 対して、彼女は何も答えなかった。ただ呆然と、自分の足元と一歩を踏み出せた自分の脚を、じっと見つめている。
「簡単だったでしょ? 要は、それだけのことなのよ」
 続けてそう言ったが、彼女は答えない。但し、呆然となるのはやめて、わたしの方を向いてくれた。
 わたしは彼女を押してもいないし、引いてもいない。ただ、手を繋いだだけ。けど、たったそれだけで、側に誰かが居てくれるだけで、人はずっとずっと強くなれる。
 あっきーに、早苗さんに、
 藤林先生に、師匠に、
 ふぅさんに、春原のおじさまに、
 ことみちゃんに、カフェ『ゆきね』の店長に、
 直幸さんに、美佐枝さんに、
 おとーさんに、そしてお母さんに、
 みんなと一緒に居られたから、わたしは強く生きてこられたのだ。
「だからね――」
 と、最後にアドバイスを言おうとして、わたしはその先を続けることが出来なかった。一年生の目に大粒の涙が溜まり、次々とこぼれ落ちていったからだ。
 再び眼鏡を外し頑張って涙を拭う彼女に、わたしはハンカチを差し出しだ。
「ほら、泣かないの。泣く時はトイレか――」
 パパの胸と言おうとして、言葉を飲み込む。
「――大好きな人の胸で、ね」
「は、はい……」
 涙を拭い、眼鏡をかけ直して、彼女はそう答えた。
「あ、ありがとうございますっ」
「いいのいいの、気にしなくて」
 ほぼ直角に頭を下げる彼女に、わたしは手を振ってそう応えた。
「もう、平気でしょ?」
 わたしが訊くと、彼女は怖々と足を動かして――歩を進めることが出来た。
「ね?」
「はいっ」
 初めて、笑みを浮かべた彼女を見る。ちょっと暗い子かなと思っていたけど、その笑顔は春の日差しのように暖かかった。
「さぁ、行きましょ。桜を眺めているのも良いけど、此処はじきに登校する生徒で溢れかえるから」
「あ、はい」
 新一年生特有の、ぱんぱんに膨らんだ鞄を持ち直し、彼女はわたしと一緒に坂を上り始めた。
「ねえ、部活はどこに入るか決めてる?」
「いえ、その、あの……ま、まだ決めてないです……」
「演劇部、入ってみない?」
「え、だって私、演劇とか全然やったことないんですけど……」
「大丈夫よ。わたしだって、高校に入るまで演劇は素人だったんだから。それが今じゃ部長よ」
「部長!?」
「うん、部長」
「それはすごいです。でも……」
「誰だって、最初は素人なの。そこからどれだけ行けるのかは――本人次第。才能とか抜きにしてもね」
「か、考えてみます」
「うん――、あ」
 そうだ。大事なことを聞き忘れていた。
「言い忘れていて、ごめんね。わたしは岡崎汐。貴方は?」
「あ、はい。私は――」
 その時一迅の風が吹いて、桜の花びらが吹雪のように舞う。
 そのおかげで声がやや聞き取り辛かったけど、その名前は、わたしの耳に確かに届いた。
「……どうするのよ、おとーさん。運命の人、女の子よ?」
「え!?」
「あ、こっちの話」
「そ、そうですか……」
「うん。あのね、名字は違うんだけど、貴方と同じ名前のね――」
 ちょっと長くなる話だけど、まぁいいだろう。
 それは、ずっと昔の話。
 あるいは少しだけ前の話。
 
 坂の下での、出会いの話。



 わたし達は上って行く。
 長い、長い坂道を。



Fin.




あとがきはこちら













































「しおちゃん……よく頑張りましたっ」




































あとがき



 ○十七歳編最終回でした。
 最初のお話、『十七年目の、夏』から一年と一月。長かったです。
 長いと言えば、前の話を読み返していて気付いたのですが、この○十七歳編、並べてみると優に500ページは行ってしまうんですよね。なんというか、思えば遠くに来たもんだ……。
 さて、一連の○十七歳の話は、これにて終わりとなります。けれども、同じ設定――つまり、グランドフィナーレ一歩前の状態――で、○の話は書いていきたいなと思っています。そのときの○の年齢は大抵劇中と一緒でしょうけど、時にはまた十七歳だったりするかもしれませんw。
 あ、本編に出てきた一年生の名前ですが、念のため言っておくと、あの人と同じ名前だったりします。決して『朋也』だったり『陽平』だったりはしませんのでご安心くださいw(元々女の子だけど、念のため)

 さてさて、次回ですが……今度はCLANNADからも、Keyからも離れたssになる……かもしれません。そのときはまた、よろしくお願いいたします。
 
 最後に、○十七歳編を読んでいただき、ありがとうございました。色々な方に応援をいただき、本当に嬉しかったです。
 
 それでは、また。


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