超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。
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「――オイ、委員長。岡崎見なかったか?」
「……え?」
クラスメイトの岡崎汐を一言で表現するならば、『エネルギーの塊』である。
体育での何でもかんでも一位を取る運動技能もさることながら、所属する演劇部での打ち込みようも大したものだ。それは、公演を観ていればよくわかる。
そして、その何処から来るのかわからないエネルギーを大規模に発散させる場所が購買である。
彼女の昼食はもっぱら弁当なのだが、購買の日となるとその発散っぷりは半端ではない。
まるで弾丸のように購買に駆け込むと、まるで生まれたときから欲しかったんですといった声で、
「カツサンドひとつっ! それとあんぱんっ」
と高々に叫ぶのだ。
それに、各種行事に対する参加意欲がまた凄まじい。というのも、私の通う学校はやたらと年中行事が多く、また生徒の自主性を重んじて自由参加としているのだが、それら全て参加している生徒というと、今のところ岡崎汐以外見たことがないからだ。
本人曰く、面白そうなものは片っ端から参加してみているのだそうだが、大した行動力と、チャレンジ精神だと思う。
そのルーツが気になって、ある時訊いたことがある。なぜそんなに普段から全力なのかと。
返ってきた答えは、彼女の普段の仕草からは想像できない壮絶な物だった。
曰く、彼女は母親の命と引き替えに生まれ、次に5歳の時には自らが死にかけてから、悔いのない生き方を心懸けてきたのだという。
その時私は一瞬呆然としたものの、すぐさま納得してしまった。
以来、彼女とよく話すようになったと思う。
もっとも、彼女自身はその前後で態度を変えることはなかったが。
去る者は追わず、来るものには諸手をあげて。
そんなクラスメイト、岡崎汐を私は捜していた。
『私の、クラスメイト』
新校舎屋上。春が大分近づいているとはいえ、風はまだ冷たい。
目撃者の手がかりを総合すると、10分前、此処へと至る階段を我がクラスメイトは上っていったそうである。
しかし、その後を追ってきた私が辺りを見回してみたところ、人ひとり居なかった。
配管を伝って下に降りた? 岡崎汐なら、やりそうなことである。が……、
――だんごっだんごっ。
風に乗って、歌声が響いてきた。
彼女が口ずさむ唄は多種多様だが、時間と場所を選ばず飛び出てくる曲と言えば、この唄しかないのである。
「汐?」
私は上を見上げる。目に映るは春が近づいたことを表す、ちぎれ雲が浮かぶ空。そして、視界の角に私が出てきた入り口と、その上にある貯水タンク。そして、
そのタンクがある屋根の上から、健康的な手が伸びて適度に手を振っていた。
「……何をやっているの。そんなところで」
呆れて声をかけると、
「あ、やっぱりわかっちゃった?」
そうすっとぼけた声が返ってきた。私は腕を組むと、
「例のだんごの歌を唄っていれば、嫌でもわかるでしょう」
「『だんご大家族』。いい加減憶えてよ」
「そのうちね。それより、演劇部員が貴方を探していたけど。なにかしたの?」
「ん? んーん……」
またもやとぼけた彼女の声。
「っていうか、それでわたしを捜しに来たの?」
「そう言うこと」
そう答えて、スカートを気にしつつ私はゆっくりと入り口脇にある梯子を上りはじめた。
「誰も下から見て無いのに」
上るときの微かな足音でわかるのか、岡崎汐はそんなことを言う。
「貴方の場合、普段から見せないようにする必要があるわ」
「そう?」
「そう。新聞部の校内新聞三面辺りに、大抵貴方の下着写ってるじゃない」
「そうなのよね……そのたびに厳重抗議しているんだけど、反省しないのよ」
それはその、厳重抗議のせいだろう。そう思いながら、梯子を上りきる。すると、貯水タンクの脇で、彼女は大の字で寝ていた。
「お疲れさま。隣り、空いてるわよ」
そう言って腕をはみ出させた方の反対側ををばしばしと叩く岡崎汐。
私はその横で同じく大の字になりたい誘惑を抑えつつ、体育座りで妥協することにした。
「それで委員長、演劇部員は何だって?」
そう、私はクラス委員長だ。御陰で岡崎汐がトラブルを起こした場合、その後処理に忙殺されることが比較的多い。――もっとも、依頼されるときの大半の理由が、普段彼女と話しているからと言われてしまうのだが。
「『見つけ次第、演劇部部室で出頭するように――頼むから』って」
私がそう言うと、岡崎汐は私に向けていた視線を、正面に移し直した。その視線の先には――空がある。
「そっか……」
「一体何をしたのよ」
考えつく限りのトラブルを予想しながら私が聞くと、彼女は視線を私に戻しながら間髪入れずに、
「推薦されちゃった」
……?
「――何に?」
「演劇部の次期部長」
「――おめでとう」
「ありがとう」
低音を響かせて、プロペラ機が上空を通っていく。
「で、何をしたの」
「だから、演劇部の――」
「それは聞いたわ。それ以外に、何かしたんでしょう?」
私がそう訊くと、岡崎汐は参りましたと言った感じで頭を掻き、
「いや、ちょっと考えさせてくれって言って席を外させて貰って……そのまま逃げちゃってね」
「何でまた……」
私は思わず額に手をやった。演劇部員達の苦労が手に取るようにわかる。
「急な話だったから。流石に驚いちゃったのよ。それに――」
「それに?」
「……わたしのお母さんもね、演劇部の部長だったの」
「へぇ」
「たったひとりの部活だったんだけど」
「…………」
時折岡崎汐から話を聞くのだが、彼女の母親の人生はかなりヘヴィだ。本人はそれでも幸せだったと当の娘は言うのだが、端から聞いているとなかなかそう思えないところがある。
「それで、気後れしちゃった訳?」
そう私が訊くと、
「そうなのかな。やっぱり」
と、逆に訊かれてしまった。
「外から見る限りでは、そう思えるけど」
質問したはずなのに、と思いながら私が答える。すると岡崎汐は、
「あー、やっぱりそう思えるんだっ」
そう言って、手足をジタバタと動かした。
どうも、本人自体が逃亡理由をよくわかっていないようである。
「――なんて言われて、推薦されたの?」
そんな彼女の頭をクールダウンさせようと、私は微妙に話題を変えてみた。
「『自身の演技力、他の部員をリード出来る統率力、台本に向いた原作を提案出来る企画力、これら全てを総合して、岡崎、君が最適だと考えた』……だって。副部長がそう言ったんだけど、隣には部長もいるし、顧問の先生もいるし。後は部員全員で信任投票だっていうんだけど」
――まあ、当選だろう。この一年で、彼女は演劇部の公演で主演女優を一度勤めているし、他の公演でも重要な役所を押さえていた。それだけ内外で評価を受けていると言うことである。
「受けちゃえばいいでしょうに」
そう言ってやる。
「自分でも逃げた理由がわからないなら、少なくともそれがわかるまではやってみれば良いでしょう」
続けてそう畳みかけると、
「……実は、もうひとつあるの」
「なに」
「就任するなら、次の公演の題目を考えることになるって」
なるほど。それはなかなかに重い課題だ。
「決まったの?」
「実は」
――既にクリアしているのか、この娘は。
「どんな話?」
内心呆れつつそう訊くと、彼女は待ってましたとばかりに、
「んーとね、とある進学校で、いろんな事情で不良一歩手前の男子生徒がいるの。もう一方では、すごく優しいけど、病弱で、一年留年しちゃった女生徒がいてね。お陰でちょっと気弱になっちゃっているの。そんなふたりがね、校門に至る長い坂の入り口で出会って――強く、変わっていく話」
立て板に水とはよく言ったものだ。今の岡崎汐の口調はまさにそれである。
「それって、ウチの学校?」
「さて、どうでしょう?」
「それでもって、登場人物は本当にここにいた生徒」
「どーかなー?」
「汐、貴方は嘘をつくのが下手だわ」
「うん。わたしもそう思う」
嘘を言わないように自分に言い聞かせているうちに、下手になったみたい、と岡崎汐は頭を掻きながら言った。
「それで? なんて言う題なの?」
「それがね、ちょっと困ってる。その――まだ決まってないのよ」
「テーマは?」
「家族。もしくは、それに類する絆かな。ベタっぽいタイトルはいくつか浮かんだんだけど――」
「……CLANNAD」
「――え?」
「クラナド。シーエルエーエヌエヌエーディー。ゲール語か何かで家族って言う意味」
正確には、だったと思う――が付く。確か、何処かで聞いた同じ名前のバンドの曲が、私の好みに合っていたので、そのバンド名とその意味を憶えていたのだ。
「――いいな。それいただき……していい?」
私は気取ったように言った。
「カフェ『ゆきね』のロイヤルクレープひとつで。ただしセットコーヒーを付けて」
「よし買ったっ!」
そう言ってがばりと起き上がる汐。
「決めた。ちょっと演劇部員に捕まってくるわ」
……私は邪推する。まさか、このタイトルを考えるために逃亡したのではないかと。だが同時に、彼女がそれくらいで逃げるタマでもないと長年のつき合いに裏打ちされた勘が告げている。おそらく、彼女は本当に自分でもよくわからなくなって逃げてしまったのだろう。
「受けるの? 次期部長の話」
「うん。委員長に話しているうちに、なんかすっきりしてきちゃった」
「そう。いってらっしゃい」
「ありがと。いってくるね」
私が手を振る間にも、岡崎汐は梯子に脚をかけ、下りていく。
彼女の姿が視界から消えたことを確認し、私は長らく抑えていた欲望――すなわち、大の字になって寝る――を実行に移した。
空が、綺麗である。
「あ、やっぱりやった」
その声に、ガバッと飛び起きてると、梯子を降りきったと思った彼女の頭がひょこっと出て、にんまりと笑っていた。
「さっさと行くっ!」
「はいはい」
ニヤニヤと笑いながら、再び岡崎汐は梯子を下りていく。また上がってくるんじゃないかと耳を澄ませていると、
「CLANNADか……本当、良い名前っ」
下からそんな声が響き、ドアが閉まる音が続いた。今度こそ、部室へ向かったようである。
私は小さくため息をつくと、再び大の字になって、春の気配が濃厚となった空を見上げながら物思いに耽った。
来期の演劇部も、今期に負けず劣らず、すごいことになりそうである。
Fin.
あとがきはこちら
「えーと、さっきの話ですけど……」
「――無理なら、別に……」
「受けます」
「なに!?」
あとがき
○十七歳、学園編でした。
○の学園生活を読んでみたいというリクエストを得たのですが、もう季節柄アレだしどうしようかなーと思っていたんですが、ふと○達の来年度のことを考えた時に浮かんできた話があったので、それを織り込んで、この話を書いてみました。
今回、主人公は名も無きクラスメイトです。当初はちょっと○を意識している男子生徒も良いかなーと思ったんですが、何か途中でレインボーパンを持った謎のパン屋とスパナを持った謎の電気工が乱入しそうだったので、○のクラスメイト兼委員長兼友達という女子にご登場いただきました。突貫で設定を作った割には、なんか個性的に仕上がったんではないかなと思ってます。
さて、次回の○十七歳は――馬鹿騒ぎ編? かな? カナカナ?