『日溜まりの中の悪戯』



「ふぅ」
 日溜まりの中で、俺はゴロリと横になった。
 隣には渚が座っていて、いつものようにだんご大家族な鼻歌を歌っている。
「朋也くん、嬉しそうです」
 ふと、その鼻歌を止めて渚。
「お前も嬉しそうだからな」
 俺はそう言葉を返し、ふたりで笑った。
 少し前――昼休み開始直後、珍しいことに俺は購買の先頭に立つことに成功し、カツサンドをふたつ分確保することが出来た。これにより、渚は生まれて初めて学校でカツサンドを食べることが出来て――それがまあ、俺達が上機嫌な理由だったりする。
 外から見れば、それは些細な出来事かもしれないが、俺達にとっては嬉しい出来事に変わりは無い。
 顔に乗せていた手をどける。雲はほんの僅かで、目に映るその九割方が鮮やかな蒼だった。

 この瞬間だけは確実に、穏やかな時間が流れていく。

「芝生、刺さりませんか?」
 そんな渚の声に、俺は視線を空から地上へと移した。
「ん……あえて言うと、チクチクするな」
 ただまあ、それが逆に気持ちいいと言えば気持ちいい。しかし俺は次の渚の提案を聞いて、そのことを鍵付きの引き出しに放り込むことになる。
「その――膝枕、しましょうか……」
「……いいのか?」
「はいっっ」
 気合が入り過ぎて、『っ』が一個多い渚の返事。
「んじゃ、頼む」
「ど、どうぞっ」
 座ったまま、ポンポンと自分の両脚をはたく渚。
 俺はずりずりと体を動かすと、渚の両脚の上にそっと頭を乗せた。
 うつ伏せで。
「……朋也くん、これは何か違います」
「いや、歴とした膝枕だと思うぞ?」
「でも、でも……」
「――うん、佳い匂いだ」
「どこの匂いですかっ!」
 途端ぐいぐいと俺の頭を押しだす渚。
「朋也くん、これ、ものすごく恥ずかしいです――」
「ぐう」
「寝ないでくださいっ」
 ぐいぐい押す手がさらにエスカレートする。
「朋也くんっ」
 そろそろからかうのをやめようかな。そう思った時、
「――朋也くん」
 ふと、俺の頭を押す渚の手が止まった。
「なんだ?」
「このままだと、朋也くんが危ないです」
「そうか……」
「はい」
「俺はそうは思わんが」
「場合によっては……命に関わります」
「は?」
 俺は体勢を変えて渚と目を合わせる。すると渚は何処か一方を指さした。
 そこへ視線を追わせると。
「げ」
 背中に不気味なオーラを背負った、杏と智代が並んでいた。既に顔が般若の面を被ったように見えるのは俺の気のせいだろうか。
「お、お前ら、落ち着け――」
「「落ち着けるかっ!」」
 交渉失敗!
 俺はがばりと起き上がると、渚から少し距離を取った。俺が原因なんだから、間違っても巻き込む訳にはいかない。
 杏、智代との距離は、ざっと10メートル。
 ここは飛び道具を持たない智代より、何処からともなく辞書を投げつける杏の方に警戒すべきだ。
 後は隙を見て渚の手を引き、逃げれば良い。
 そう俺が、結論付けた時だった。
 杏が、投擲の体勢に入った。
 掴んだのは――すぐ側の智代の足首!?
「いくわよっ!」
「やれっ!」
 そして――、
「なんだそりゃあ!」
 俺は思わず悲鳴を上げた。
 杏はそのままジャイアントスイング――もしくはハンマー投げの勢いでぐるんぐるんと回り――、
「おっりゃ――!」
 智代を投げた。
 俺の方に。って、速くて目が追いつかない!
「カタパルト・天誅!」
「ぐはっ」
 直後、俺の脳天に着弾直前で一回転した智代の踵が直撃した。
 ――しまった。渚にくっついてりゃ良かったんじゃん……。
 意識を失う寸前そう思ったが、何というかアフター・ザ・フェスティバルだった。



「――やっぱり膝枕はこうでないと駄目です」
 再び上機嫌な渚の声。
「いや、氷枕は余計だろ……いてて」
 俺は顔を顰めながらツッコミをいれた。
 頭に出来たでかいたんこぶの上には、ビニール袋に氷が入っただけの、簡素な氷嚢が頭に載っている。渚が保健室で貰ってきたものだ。
 渚は左手でその氷嚢を持ち、右手で俺の頭を撫でてくれている。
「朋也くん」
「ん?」
「悪戯は、程々にしましょう」
「……ああ。身に染みてわかったよ」
「――はいっ」
 ま、これはこれでいいか。俺は頭の位置を座り直させてから、そう思った。
 こぶと氷嚢を避けて俺の髪を梳く、渚の手が心地よい。

 再び、穏やかな時間が流れ始めた。


Fin.







あとがき



 久々の学園編でした。今回はひざ枕とジャイアントスイングを書きたくてこんな話になったのですが……まぁいいやw。
 次回は○十七歳編に戻って――学園編の予定です。

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