超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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「おぱ――」
「朋也くんっ!」










































  

  


「んー……」
 ちゃぶ台の上に広げているのは教科書一冊、ノート一冊、参考書が二冊。わたし、岡崎汐はそれらを相手に宿題を片付けていた。
「……ん〜」
 前にかかる髪を後ろに払う。普段こういう時はゴムやリボンでまとめたりするのだが、今日はなんだか面倒臭かった上に、すぐ終わるだろうとたかをくくっていたのだが……結果として、髪をかきあげる仕草を何度か繰り返すことになっている。
 ――今日の宿題、結構難しい……。
 さらに、シャープペンを芯にして髪を巻き付けていると、
「……巻き毛になるぞ」
 隣で新聞を読んでいたおとーさんが、そう言ってきた。
「おとーさんの好みじゃないの?」
「まぁな。春原あたりだとなんか言いそうだが」
 そう言っておとーさんは新聞に戻――ろうとして、再び顔を上げた。
「切らないのか?」
「うん」
「そうか」
「――うん」
 あ、この式はこうか。問題の一部が解けると、後は芋蔓式に答えが出てくる。なるほど、以前ことみちゃんが言った通りだ。
「……なんでだ?」
「伸ばしているから」
「――それもなんでだ?」
「秘密っ」
 丁度調子がのってきたところだったので、わたしは割とぞんざいに答えた。
「……渚、最近俺の娘が冷たいとです……」
 こらこら、いじけない――。



『あの日、決めたこと』



■ ■ ■



 他の家庭ではどうだか知らないが、我が岡崎家では押し入れの半分をクローゼットとして利用している。わたしとおとーさんの二人で暮らす家だから、半分潰しても全く問題がないのでそうしたのだが、肝心のクローゼットの方が少し狭く、収納方法にはいつも難儀している。
 だから、そのクローゼットには必要最低限の服――わたしの制服や、おとーさんの一張羅など――しかいれていないようにしているのだが、その中でひとつだけ、だれも着ない服がかけられている。
 あれは、そのクローゼットが出来たときのことだから、わたしが中学二年生だったのときの、確か冬だったと思う。制服に皺が寄る対策に悩んでいたわたしに、おとーさんが、
「押し入れの半分を使えばいいんじゃないか?」
 ということで、上の段にあったものを全て下の段に移し、上の方にハンガーを引っ掛けるつっかえ棒を通して、急ごしらえながらも、それからずっと使われるクローゼットは完成したのだった(同時に、大掃除の時散々苦労することになったカオスの押し入れも、完成したのだが)。
 これで、箪笥から服を取り出す、服を畳んでしまう、といった作業が極端に減り、わたしは喜んで箪笥からありったけの服を引っ張り出したのだが……さっき言った通り、容量に限界があるため、わたしは服を選んでは引っ張り出し、少し悩んで畳んでしまうという、あまり意味の無いことをやっていた。
 そうこうしているうちに、わたしは慎重に虫よけが施された一着の制服を見つけたのである。
 それは、わたし達の家から少しはなれたところにある高校の制服だった。
 それは、おとーさんの通っていた高校の制服だった。
 そしてそれは、お母さんの制服だった。
 わたしは、虫除け袋からそっとその制服を取り出してみた。それは冬服で、大分旧いものの筈なのに、綻びひとつ無くわたしの目の前にあった。
 そのとき、わたしに頭に好奇心が身を擡げた。その服を着てみたくなったのだ。
 わたしは慎重に、慎重に制服をハンガーからはずして、着替えはじめた。虫除けを厳重に施してあったから、かなり薬品の臭いがすると思っていたが、不思議なことに暖かい日だまりの匂いがした。
 皺が出来ないよう、慎重に、慎重に着替えてみると、
「わ」
 制服は、誂えたかのように身体にフィットしていた。
 鏡に向かって立ってみる。
 鏡の中で肩辺りまでの髪のわたしが居る。あの頃のわたしは、髪を肩辺りまでしか伸ばしていなかった。
 言われるまでもない。お母さんを意識していたのだ。
 くるっと一回転し、なんだか嬉しくなってにこっと笑ってみる。と――、
「ただいま」
 後から考えれば、非常にタイミングの悪いことに、おとーさんが帰ってきた。
「ねぇおとーさん、この制服、似合う?」
 もしその場に今のわたしが居たのなら、全力で止めたに違いない。でも恥ずかしいことに、その時のわたしは悪いことをしたという考えがこれっぽっちも浮かばなかったのだ。
「………………」
 おとーさんは、是とも否とも言わなかった。
 ただし、後にも先にもたった一度だけ、

「渚っ!」

 わたしとお母さんを見間違えた。
 吃驚して何も言えないわたしに対し、おとーさんは顔を歪め――静かに泣いた。
 当時のわたしは思い出す。あの、帰りの列車の中でのことを。
 あの時、わたしはもう二度とおとーさんの涙を見たくない。そう思ったのだ。
 ――そう思ったのに。
「おとーさん、ごめんね、ごめんね……」
 気が付けば、わたしもおとーさんの胸の中で泣いていた。この時になって罪悪感で押し潰されそうになり――実際、押し潰されてしまいたいとさえ思っていた。
「――そうだよな。汐だよ、な。――いや、汐が悪い訳じゃない。悪い訳じゃないんだ……」
 拳で涙を拭って、おとーさんはわたしの頭を撫でてくれた。
「一番奥に仕舞っておいたのに……良く見つけられたな」
「うん……」
「気にするなって。取り出したことは悪いことじゃないんだよ。だから泣くなって。な?」
「うん……」
 わたしも、手の甲でごしごしと涙を拭う。すると、おとーさんは少し無理に微笑んで、
「なんで俺、見間違えたんだろうな。まだあちこちだぶだぶだろうに」
「ううん、そうでもない」
「――中二で渚とほぼ一緒か。末恐ろしいな」
「……うー」
 微かにわたしが唸ると、おとーさんはにっと笑って
「きっと渚だったらこう言うぞ。『とうとうしおちゃんに抜かれちゃいましたっ、朋也くん……その――大きくしてくださいっ』ってな」
「そんなこと言っていると、怒られるよ。きっと」
「あいつは怒らないよ」
 妙に自信たっぷりに、おとーさんはそう宣うた。

 で、その夜。
「のわ〜〜〜〜〜〜〜!」
 悲鳴に眼を覚ましてみると、
「すまんっ、渚っ、謝るっ! だから、だんごっ、だんごは勘弁してくれ……ぐおお」
 掛け布団を抱きしめて、おとーさんが左右に転がっていた。
「ほら怒られた……」
 思わず呆れながらも、そのまま何もしないで布団に潜り込む。
 その時、わたしは髪を伸ばそうと決めたのだった。



■ ■ ■



「お前の先生達――杏とか智代とかさ、髪長いよな」
 少しの間静かだったおとーさんが、そう訊いてきた。
「何をいまさら。付き合いはわたしより長いでしょ?」
 わたしは、顔を上げずに答えた。んん、もうちょっとで全問解き終えそう……。
「あー、いや。そうなんだが……」
 きまりが悪そうに頭を掻くおとーさん。見てなくても気配でわかる。
「――ふたりを、見習っているのかと思ってな」
 思わずシャーペンが止まる。なるほど、それはありそうな話だ。でも、
「ぶっぶー、残念でした」
「むぅ、違うのか……」
 おとーさんのとても残念そうな声に、わたしは宿題から顔を上げた。
「ねぇ、おとーさん。わたしは誰?」
「は?」
「真面目に答えてね」
 そう言って、おとーさんの目をじっと見つめる。するとおとーさんは少し戸惑った顔のまま、
「真面目にって――お前は岡崎汐。俺の自慢の娘だ」
「うん」
 わたしは満足して頷き、再び宿題に取り掛かる。
「――もしかして、今のがさっきの答えなのか?」
 説明して欲しくてうずうずした口調でおとーさんがそう訊く。
「そうかもね。でも真相は――内緒っ」
 そう答えて、わたしは宿題の最後の問題を解き終えた。

 あれから一度も袖を通していないけど、お母さんの制服は、狭いクローゼットの一角で今も静かに眠っている。



Fin.




あとがきはこちら













































「おぱ――」
「朋也くんっ!」




































あとがき



 ○十七歳追憶編その2でした。
 ○の髪がロングなのは、色々理由がありまして、まずCLANNADを完全にクリアした人はご存じのあの絵によるものが第一で、次には私がロングヘア大好きだというごく単純な理由だったりしますw。
 では、なんで○が髪を伸ばそうと思ったのか……そこがちょっと気になって、今回の話を書いてみました。ちょっと暗いかな――とも思ったのですが、いかがでしたでしょうか?
 さて、次回は季節もので。ちょっと早めに書かないとなぁ……。


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