今日も俺と渚は、あの坂を上っていた。
 ちなみに、遅刻風味なのでお互い駆け足だったりする。
「と、朋也くんっ」
 俺の後ろから、息も切れ切れな渚が声を掛ける。
「さ、先に行ってくださいっ、わたし、後から行きますっ」
「駄目に決まっているだろ」
「そんなことないですっ、朋也くん、ちゃんと授業受けなきゃ駄目ですっ」
「おまえもだろ」
 言うまでもないことだが、俺は自分のペースを二段階ほど下げている。はっきり言って小走り程度なのだが。
「ああっ、なにか景色が歪んできましたっ!」
 渚にとってはトライアスロンに近いようだった。



『ゆきねぇの階段』



「二人同時に登校できて、なおかつ早く行ける方法を思いついたんだが、実行していいか?」
 俺がいちいち細かく訊いたのには、訳がある。渚には、もうろくに会話できるほど余裕が無かった。
 真っ赤な顔でコクンと頷いたのを確認して、俺は渚を抱き上げ、走る。
「と、と、と、朋也くん!?」
「喋るな。舌噛むぞ」
 進学校の性か、遅刻ギリギリの時間帯では他の生徒が全くいないのが幸いした。
「朋也くんっ、校門まででいいですからっ――んぐっ!」
 ほら、言わんこっちゃない。
 大人しくなった渚を引き続き抱きかかえながら、さらに加速する。渚が軽いおかげで、あまり苦にはならなかった。
 と、坂の先を、俺達と同じように急いでいる人影がある。あれは――、
「と、朋也くんっ降りますっ」
 人影に気付いたのだろう。渚がそう言ってもぞもぞ動き始めた。
「いや、そんなこと言われてもな。校門前までの約束だし」
 俺だって、もうしばらくは抱いていたいし。
「――なら、最終手段ですっ」
 相違って渚は俺に顔を寄せると、
「うおあああ!?」
 ……耳に息を吹きかけられた。
 動揺した俺の隙をついて、渚が降りる。だいぶ落ち着いたせいか、すぐ俺と並んで走りだすことができた。
「渚、今のは……」
「お父さんが教えてくれた、『男の隙をつく裏技』です……」
 ……見える。オッサンがそれを一通り渚に教えた後、『早苗っ、今言った隙を片っ端から突きまくってくれぇぇぇぇぇ!』と叫ぶ姿が。
「だからって、おまえ……」
「これが一番恥ずかしくないんですっ」
 ――オッサン。アンタ実の娘に一体何を教えた……?
「すっげえ気になるんだが……」
「そうですね……気にならないと言えば、嘘になりますね」
「うわ!」
 帰ってくるはずのない返事とともに、いつの間にか俺たちの側にいたのは、前にいたはずの人影――宮沢だった。いつの間にやら並んでいたらしい。
「よ、よう、宮沢」
「はい。岡崎さん、古河さん、おはようございます」
「おはようございます」
 俺と同じく動揺しながらも、律義にあいさつを返す渚。
「にしても珍しいな。宮沢が遅刻気味ってのは」
「そうですね。いつもなら、資料室の準備で忙しい頃ですか」
「だよな。何でまた?」
「コーヒーだけでもバリエーションを付けようと思いまして、いろいろ考えていたら寝過ごしちゃったんです」
 ……なるほど。
「んじゃ、将来は喫茶店を開くのもいいかもな」
「そうですね、考えておきます」
 くいっと、渚が俺の袖を引っ張った。
「何の話ですか?」
 あーそうか。宮沢の顔は知っていても、資料室で何をしているのかは知らないんだっけ、渚は。
「今度、連れていってやるよ」
「お待ちしてますねー」
「は、はい、こちらこそ……」
 微妙にずれている。渚の返事。



 そんなこんなで、俺達三人は校門をくぐり抜けた。
 同時に予鈴が鳴る。
「やべ――」
 宮沢には余裕がありそうだが、渚にはこれ以上のペースアップは望めない。かといって、渚のペースだと、どう考えても間に合わない。後で教室の連中に冷やかさせれるのを覚悟で、また抱きかかえようと思った時……、
 昇降口に、異様な二人組が立っているのを見つけた。
 風紀の生徒じゃない。第一こんな時間までいない。
 生活指導の教師でもない。かなり若すぎる。
 そして何より、この学校の関係者でも無い。あまりにも『身体が逞しすぎる』。
「待ってましたぜ……」
 二人組の片方が、ぎらりと暑苦しい笑みを浮かべてそう言った。
 こんなやつら、宮沢の『お友達』以外ありえない。
「おはようございます、亜丼さん」
 アドン!?
「ゆきねぇ、ワシもいますぜ……」
「わかってますよ、寒村さん」
 サムソン!?
「と、朋也くん……」
 再び、渚が俺の袖を引っ張った。
「こちらの方達は……」
「宮沢の友達」
 それ以外に言い様がない。そしてそれを聞いた渚はというと、
「そ、そうですかっ」
 複雑な表情でそう言った。おそらく、そっちもそれ以外に言い様が無かったためだろう。
「ところで、お二人が何故ここに……?」
 俺たちを代表するように――っていうか、元々訊けるのはただひとりだけなのだが――宮沢が話しかけた。すると、二人組は制止するように手を前に付きだして、
「その話は後でしましょうぜ。今はゆきねぇが遅刻しないことが先決」
「そうじゃそうじゃ。そのためにワシら全員スタンバっておるんだからのう」
 ……全員? 嫌な予感が俺の全身を駆けめぐったときだった。
「全員集合ォ!」
 息がぴったり合わせて亜丼と寒村が叫ぶ。
「応よォ!!」
 何処からか、いや、おおよそ考えられる限りの方向から、一斉に返事が返ってきた。
 続いて、学校のいたるところに隠れていた男達が一気に集まり、昇降口から少し離れたところに整列する。
 その数――ひーふーみーよーやー……てんこ盛りだ。
「あの……」
 困ったように宮沢が眉根を寄せる。が、珍しいことに男達は宮沢を見過ごし、
「行くぞお前ら!」
「応よォ!!」
 一斉に吼える。
「マッスルグランドクロス!」
 そして、男達は一カ所に集まり……、
「一段目ぇ!」
「押ッ忍!」
「二段目ぇ!」
「ぬうりゃ!」
「三段目ぇ!」
「そぉりゃさー!」
「そして、四段目! 完ッ成ッ! マッスルラダースーパーモード!」
 俺は(多分足を滑らせて)コケた。
「大丈夫ですか朋也くんっ」
 即座に渚が助け起こしてくれる。
「あ、ああ……って、おまえ結構物事に動じないのな。アレ見ても平気かよ」
「――組体操みたいです」
 なるほど、チアリーディング部がよく使うっけか。
「ビジュアルの方向性が180度違うけどな……」
「? 何の話ですか?」
「いや、なんでも……」
 それは、渚が言う通り、組体操のピラミッドを、ちょうど半分にした形だった。
 具体的に言うと、こんな感じだ。





|肉
|肉肉
|肉肉肉
舎肉肉肉肉   宮  俺 渚


 ……頭が痛くなってくるが、事実だからしょうがない。
「さぁ、ワシらを踏み越えてっ!」
「校舎に急ぐんじゃゆきねぇ!」
 どこら辺にいるのかわからないが、亜丼と寒村が叫ぶ。
 困った顔を浮かべていた宮沢はというと、そのままの姿勢でため息をついて、
「すみません、こういう事情ですので、岡崎さん、古河さん、お先に失礼します」
「あ、ああ……」
「は、はい……」
「それでは、お言葉に甘えて……いきますよー」
 そう言うやいなや、一気に駆け登っていく宮沢。
 ……多分、これが一番事態を早く収拾できると判断したんだろう。そして、宮沢が窓から教室に入った途端、
「リンク・オフ!」
 ぱあっと、クモの子を散らすように男たちは分離した。
「フゥ……しかし来年はきつくなるのー」
「三階になるからナ」
 どうやって段数を増やすつもりなんだろうか。
「ところで貴様ら、特に直接ゆきねぇに踏まれた連中!」
 ギラリと目を光らせて、亜丼が叫ぶ。
「よもやゆきねぇの、ぱ、ぱ、ぱぱぱ、ぱんつぅは見ておるまいな!?」
 さあっと、緊張が走った。というか殺気立っている。
 なるほど、下手に上を向くと見えてしまうわけだが……。

 ひとりの男が、手を挙げた。

「さ、さぶぅぅぅっ!」
「すまねぇ、つい出来心で、見ちまったんじゃあ!」
「ききききき、貴様ぁ! で、色と形は!?」
「意外とキュートなデザインの、薄いピンク色だったんじゃーー!」
「このケダモノめこのケダモノめ」
 一斉に粛正される、さぶ。
 とそこへ――、
「コラッ、お前らここで何をしているっ!」
 当然というかいまさらというか、生活指導の教師が駆けつけてきた。
 しかし、もうその場には誰もいない。俺は俺で、渚の手を引っ張って、校舎の陰に退避している。
「待て!」
 ……? いつもは完全に姿を消すはずだが、生活指導の教師は、校門へ一目散に駆けていく。
 よくよく見て見ると、校門の外へ向かって、集団で後ろ姿を見せていた。
 ……どうも、俺達に注意を向けないようにしているらしい。
「渚、今のうちだ」
「あ、はい」
 呆然としていた渚を引っ張り、二人でそっと校舎に入る。靴を履き替えたところで、
「宮沢さん、良いお友達をもっています」
 ぽつりと、渚はそう言った。
「ああ、そうだな」
「ちょっと羨ましいです」
「悪かったな、貧弱で」
「い、いえっ、そういう意味ではなくてっ、その……」
「……わかってるよ。冗談だ。――って、」
 そこで、俺はあることに気付いて、手を叩いた。
「しまった、渚も上らせればよかった。階段上る手間と時間が省けたのに」
「上りませんっ」
 さすがの渚も、アレは駄目か……そう思っていると。
「上るなら、朋也くんとふたりで、です」
 と言ってくれた。
 これは意外と、難しい選択かもしれない。正直言って、連中を踏むのはえらい嫌なのだが……。
「俺が渚の後から上るんなら、考えとくな」
「それ、どういう意味ですか?」
 答えてもよかったが、多分怒られるのでやめておいた。
 だって、あの急角度にこの裾だと……なぁ?



Fin.







あとがき



 久々に学園編でした。
 有紀寧のお友達というと、外見はともかく中身は男塾とかを想像する方が多いようですが、私の場合は田丸浩史先生の描く男らしい男達だったりします。
 っていうか、本来重点を置くつもりだった有紀寧より、渚が目立ってますね;
 あれです。○書いていると、渚を書きたくなっちゃうんですよw。言い訳になってないですね、ハイ。

 さて、次回は恐らく○十七歳編に戻ります。

Back

Top