『演劇部第二作』
「だからな。藤林姉妹による変身ヒロインものなんだよ」
「変身するヒロインですか。楽しそうですっ」
「話がわかるね、渚ちゃん。でな、ペアで組ませて、前衛後衛に分ける訳だ」
「……で?」
「んでもって決め台詞がコレ」
『あたしたちが藤林? ぶっちゃけありえなーい♪』
「春原……それのタイトルは?」
「『ふたりは藤林』」
「……まんま藤林だろ、それ」
「プリキュア好きなんだよっ!」
「力んで言うことかっ!」
「いいだろっ、好きなんだから!」
「ああそうかよ…………で? 敵役はどうするんだ?」
「え、ここにいるじゃん。悪の演劇部長」
『こんにちは。悪の演劇部長です』
「わたしですかっ」
「……ん? 駄目?」
「……春原」
「なんだよ」
「その案、やめとけ」
「……そうだね」
いつもの放課後、いつもの部室。
俺と渚、それに春原は椅子を円形に置いて話し合ってた。
「あの、それにしてもわたしたち以外の人たちを勝手に役者さんにしても良いんですか?」
「え、ああ。だってこの部、幽霊……つか、何でも手伝うってヤツらが多いからなあ」
生徒会に提出する部員名簿には、部長である渚を筆頭に正式な部員は俺と春原(借金証書だと言って入部届けにサインさせた)の三人だけだが、その後の準部員(準の部分が手書きになっている。誰が書いたのかはわからない)が六人ほどいた。先ほど話題に乗った藤林姉妹の名前も、しっかりと記載されている。
「それにしても、いきなり話をひねり出すのってのも難しいもんだねぇ」
と、春原。
「ああ、まあなあ」
さすがに茶化すことが出来なかったので、俺も同意する。
話は、唐突だった。
どこから来た話か知らないが、学校側から演劇部に公演依頼が舞い込んできたのだ。
実績が限りなくゼロに近い俺達演劇部にとって、それは非常に嬉しい話だったんだが、肝心の演目がたったひとつしかなかった。
「かといって、創立者祭のじゃあなあ……」
「ダメ……でしょうか……」
うつむき気味に渚が呟く。
「おし、じゃあこれならどうだ!」
ひとつ案が浮かんで、俺は顔を上げた。
「なんだよ。どういう話を考えついたんだ?」
「まず、芽衣ちゃんを呼んでくる」
「芽衣が主役なのか?」
「ああ。後お前な」
「な、何ィ!?」
「春原さんと、芽衣ちゃんが主役なんですね。素敵ですっ」
面白い顔の春原とは対照的に、渚は真剣に聞いてくれている。
「……で、僕が出るとして、どういう話になるわけ?」
「ああ。まず、春原一家が田舎に越してくるのな」
「うちの実家、田舎なんだけど……」
「んで、新しい家の隣に馬鹿でかい樹が植わっている訳だ」
「ドキドキする展開です」
目を閉じる渚。おそらくその情景を想像しているのだろう。
「そんで、芽衣ちゃんがその樹を探検しにいって、変な空間に紛れ込む」
「オイ待て岡崎」
「で、その空間にはでっかい熊の縫いぐるみのようなのがいてな。芽衣ちゃんはこう訊く訳だ」
『あなたはだあれ? ななせるみ?』
『ト〜〜〜〜モ〜〜〜〜ヨ〜〜〜〜……』
『トモヨ! トモヨっていうのね!』
「…………」
「ちなみに、タイトルは『となりのトモヨ』な」
「駄目だろそれっ!」
と、再び面白い顔をして春原。
「絶対やばいって。話聞かれたら半殺しで済むかどうか……つかどうせ本人がやるんだろ?」
「……む。言われてみればそうか……まてよ? 芽衣ちゃんが何か言うまでに、智代が『問おう、貴方が私のマスタ――』」
「ますますやばいわっ!」
「……やっぱ駄目か」
「根本的に間違ってるでしょっ!」
「んじゃ、此処で悪役を出そう」
『こんにちは。悪の演劇部長です』
「またわたしですかっ!?」
「……駄目か?」
「駄目だと思いますっ」
「……むぅ」
「それに朋也くんも春原さんも、何かのお話をそのまま使ってます」
珍しく、拗ねたようにそう言う渚。
「だから、ここはわたしが考えます」
「――『部員全員で、だんご大家族ですっ』とか言ったら、俺らと同レベルな」
「……朋也くん」
「ん?」
「わたしのこと、嫌いですか?」
「思ってたんかい!」
ちなみに嫌いではない。念のため。
「とにかく、だんご大家族はやめとけ。一斉に観客から『またかよ!』って突っ込まれるぞ」
「言われますかっ?」
「言われます」
「では、ちゃんとお話を考えましょう」
で、話は振り出しに戻った。
「なぁ岡崎」
「あ?」
「今出た案全部まとめちゃうってのはどうかな」
さすが春原。すぐさま発言する辺り、おそらく何も考えていないであろうと思ったが……まさかここまでとは。
「……一応聞いておく。タイトルは?」
「んん……『ふたりはとなりのだんご大家族』?」
「素敵なタイトルです」
「いや、素敵じゃない上に訳わからないからな。話を戻すぞ」
再びスタートに戻る俺達。
「なんかないかねえ」
「……難しいな」
「……やっぱり、創立者祭のを……」
と、渚が呟く。すると、春原が顔を上げた。
「そうだ、前の劇は渚ちゃんが子供のときに聞いた話が元になっているんだろ?」
「――あ、はい。そうです」
「じゃあ、今度は渚ちゃんが岡崎と会った時の話をすればいいんじゃない?」
……あー、なるほど――って、な、なにぃ!?
「春原……お前なっ――」
「――それですっ!」
今まで聞いたことがない音量で、渚は叫んでいた。一瞬だけ、だんご達が回りを飛び交って入るような幻影すら身に付けて。
「春原さん、すごい良いこと言いましたっ」
春原の手を取りブンブンと振る。嬉しいのか? そんなに嬉しいのか!?
「それ、すごく良いと思います。あの時の朋也くんの言葉、きっとみんなに元気を与えてくれます」
「――あのな、渚」
「少なくとも、わたしは元気になれました」
ブンブン振るのをやめて、俺に向かって振り返る渚。次いで体毎こっちに向き直る。
「朋也くん。あの時のことを、劇にしましょう」
「いや、だって、そんなのみんなの意見を聞かないと駄目だろ」
「あ。そ、そうですけど……」
渚が、一歩だけ引いた。そのまま付け込めば、勝てる。そう思って俺が口を開きかけたとき……。
「心配には及ばないですっ!」
必要以上に自信たっぷりな声が、教室の角から聞こえてきた。三人で、声のした方に視線を向けると……、
「風子がバッチリ聞いてました!」
そこには、角に背中をがっちり嵌めて、高らかに宣言した風子がいた。
「おまえ、いつの間に……」
「話は全部聞かせてもらった」
唐突に部室のドアをガラッと開けて、智代。
「……あの、良い話になると思います……」
「一度聞いて見たかったのよねー。二人のな・れ・そ・め♪」
用具入れにギュウギュウ詰めになっていた藤林姉妹が出てくる。
「とってもたのしみなの」
ボコンっと、備品の段ボール箱から勢いをつけて、何故か頭に迷彩模様のヘルメットを被っていることみが出てきた。
「そのお話で良いと思いますよー」
最後に、外から兄貴肩車五段重ね(って、すげぇ)の頂上で、部室の窓から顔を出した宮沢が賛同する。
っていうかお前ら、いつから隠れていたんだ……。
「朋也くん、ほら」
「み、民主主義のルールにのっとり……」
「では多数決です。朋也くんとわたしが出会ったときの話でいい人っ!」
異様にきびきびした渚の号令で、ざっと上がる9本の手。
「……風子、両手を挙げるな」
「そうよ。この時点でこっちの勝ち決まっているんだから」
――くっ。
「――反対の人っ」
しゅばっとあがる2本の手。
「……風子に言っておいて、自分が両手挙げてますっ」
「……見苦しいわよ。朋也」
「……ほっとけ」
「あの……」
そこで、渚が不安そうに声をかけてきた。
「朋也くん、反対ですか?」
「…………」
「朋也くんが嫌なら、他のお話考えます。だけど……」
……あ〜〜〜、もう。
「……いや、あげ間違えた……」
ゆっくりと、俺は手を下ろした。
「賛成、だ」
「では、満場一致で可決ですっ」
わっと、歓声が上がる。
こうして、演劇部の次期演目が、決定した。
「朋也くん、ありがとうございますっ」
「いや、どーなっても知らないからな。俺は……」
「大丈夫です」
その根拠がどこから出てくるのかわからなかったが、力強く渚は俺の手を握って言った。
「みんなで頑張れば、素敵なものが出来ますから」
Fin.
あとがき
演劇部編でした。実際にはヒロイン全員が演劇部に集うというシチュエーションは存在しませんが、あったらいいなと思ったので書いてみました。もっとも、渚以外ちょい役になってしまいましたけど;
もし、本当に渚達の演劇部に第二作があったとしたら、今回のようにあの出会いを劇にしたと思います。部員がもっと多ければ色々面白いことも出来ますし、本格的な劇にもできるでしょうけど、それでも渚はあの出会いを劇にしようと言うのではないでしょうか?
さて、次回はチャレンジ精神を燃やして再び○十七歳編で行こうと思います。