２月１４日ってえと、アレだ。一部の男子どもが、異様に沸き立つ日だったりする。
今日の朝、学校に登校してみれば、下駄箱に野郎どもが壁のように群がり、
教室のロッカーには科学部謹製の監視装置がＣＣＤの列を並べてウィンウィンと首を振り、教室に入ってみれば、北川をはじめとした一群が意味もなく教卓でポージングを取っていたり（香里に軒並み蹴散らさせていたが）する日だ。
「ゆ、祐一はそわそわしないんだね」
「理由がないからな」
実は朝に、あゆから中にチョコが入ったたい焼き、栞からはチョコレートアイス。真琴からは、あんまん――ただし中身がチョコレート――を貰っていたりする。
どれもこれも、厳密な意味でチョコレートじゃないような気がするが、それぞれ「 義 理 だよ」「 義 理 ですよ」「 義 理 なのよぅ！」とか言われているから突っ込みようもない。まあ、本命をまだ貰ってないのがちょっと残念かなと思っているが……。
とと、話を元に戻そう。この日は野郎どもが挙動不審になるって話だ。まあ、普通ネジが外れるのは男子のみで、女子は結構クールだ。まあ考えてみれば、誰から貰えるかわからないこちら側と違って、あちら側は既に渡す相手が決まっているんだから、当然ってヤツだろう。
なのに、俺、相沢祐一のいるのクラスで約１名、例外が居た。さっきからソワソワソワソワ、本当に落ち着きがない。あ、またシャーペン落とした。と思ったら、次は消しゴムだよ。
本当にしょうがない。仕方なく、俺はギリギリの音量で言ってやった。
「オイ名雪、いい加減落ち着けよ――」
「お、お、落ち着いているよっ！」
大音量で叫び返しておいて、何処か落ち着いて居るんだか。
今が授業中であることも認識していないし。
と言うわけでこの時限、名雪は立たされた。
『戦乙女たちのバレンタイン』
「ハイ。きょーも１日ご苦労さん」
そんなこんなで放課後だ。この頃には朝の熱気の大半が醒めている。
本命もらって大人しくなるやつ、義理もらって狂喜するやつ、そして貰えない敗残兵。俺の近くだと、北川がそれに該当していたりする。丁度今、ヤツは微笑を浮かべながら真っ白に燃え尽きていた。
「おい、北川。放課後だぞ。目を覚ませ」
そう言いながら顔の前で手を振ってやったが、北川、微笑を浮かべたままで反応がない。どうしようかなと思案していると、授業が終わった途端、教室からいなくなっていた名雪が戻ってきた。
「ゆ、祐一、これからどうするの？」
「あー、俺はまっすぐ帰る。そう言う名雪は……部活だな」
「う、うん」
髪をポニーテールにした名雪の格好はどう見ても体操服だ。しかも陸上部用の、上は背中にロゴがあって、下は俺にとってありがたいことにブルマのやつである。――ちなみに一度口に出して、香里にのされかけたことがあったりするが、そんなことはどうでもいい。
「大会近いんだって？ 大変だな」
「う、うん。それもあるけど……ちょっといい？」
といいながら肩にかけていたボストンバック――多分中に普段の鞄と着替えが入っているのだろう――をごそごそと漁り始めた。
「ちょっと大きめになっちゃったから、隠していたんだけど……」
そう言って取り出したのは、大きめの包みだった。
「はい。バレンタインのチョコレート。本命だよ」
「お、おう」
……なるほど、コレで腑に落ちた。朝からそわそわしていたのも、授業が終わった途端すっ飛んでいったのも、そしてここ最近台所でむーむー唸っていたのも。
「……わりぃ、気付かなかった」
「え？ 何が？」
「いや、いいんだ。サンキュー、名雪」
「う、うん」
照れ隠しなのか、ボストンバックをがさがさと担ぎ直して、名雪は回れ右をした。
「そ、それじゃ、わたし行くね――うわあ！」
「ど、どうした名雪」
名雪が尻餅を付いていた。そしてその視線の先には、真っ白な北川が床に転がって砂を吐いていた。
……やべ、すっかり忘れていたよ……。
「あーあー、今のが致命傷だったかな……」
「ゆ、祐一、北川君どうしよう……」
「そのままにしておいたら？ 日が暮れれば正気に戻るでしょ」
そう言ったのは――いつの間にいたのやら――、朝っぱらから累計二十人ほどの野郎どもをマットに沈めた香里だった。丁度良い運動だったらしく、随分とすっきりとした顔をしている。
「まあそうだが、このまま凍死でもされると目覚めが悪いからな」
「……それも、そうね」
おそらく、教室の床に『チョコ……』とダイイングメッセージを残して逝ったヤツでも想像したのだろう。香里は大きくため息をつくと、
「しょうがないわね……」
とか言いながらポケットを探り始めた。同時にびくりと北川が反応する。
「ほら、北川君」
「美坂……」
何故瞬時に女性向け同人誌に出てくる少年誌主人公顔になって復活している、北川。
「はい」
「あ」
北川が言った。
「あ」
名雪が言った。
「あ」
俺も言った。
「あ、アポロチョコッスかぁ！？」
全員の言葉の後を継いで、北川が叫んだ。
しかしアポロチョコ。しかもバニラアイス味。マイナーだ。いや、さすが栞の姉と言うべきか。
「これがまた結構イケるんだよな」
「そうね。栞に勧められたときは只の趣味だと思ったんだけど」
再び真っ白になって、何故かアポロをしみじみと蛍光灯の光に透かしている北川はさておいておく。
……ん？ 待てよ？
何か引っかかるものを感じて、俺は脳みそを逆走させた。確か、昨日の夜の話だ。
たしか、その日だけ台所のむーむーが二重奏になっていて、そのうちひとつが……、
「だから、わたしのチョコの余り使えば良かったのに……」
「名雪、その話は――」
ばっと振り向いて俺を見る香里。たちまち頬に朱が散る。
「来年は、頑張ろうね」
こーなるととことんまで鈍い名雪が暢気にそう言った。
俺は俺で何も言えない。何か言った途端、朝からのされていった男子どもと同じ運命をたどることになる。しかし香里は俺を心持ち睨みながら、
「相沢君――」
考えろ考えろ考えろ、俺。どう受け答えをする。俺。下手なことを言えないぞ、俺！
「と、とりあえず――」
「とりあえず？」
「とりあえず、あそこにいる白い北川と、手をつなぎながら帰ったらどうだ？」
それに帰ってきたのは、予想よりずっと弱い、右ストレート一発だけだった。
いや、十分に痛かったんだが。
Fin.
あとがき
色々考えて、今年のバレンタインSSは名雪前座の香里メインで行きました。去年（舞と佐祐理さんの話）は間に合わなかったのですが、今年はどうにか間に合って良かったです；
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