元の企画は、月宮あゆと沢渡真琴によるものである。
 例によって家主である水瀬秋子に1秒で了承され、すぐさま娘の水瀬名雪が飛びつき、最後に相沢祐一もいささかめんどうくさげながら、参加を承諾した。
 クリスマスパーティである。
 普段から連れだっている面々に特に不都合はなく、当日の夜には宴たけなわとなっていた水瀬家は今、
「あはは――――――――――――――――――――――――――――――――っ!!」
 戦場と化していた。



『佐祐理と舞とクリスマスカロル』



「逃げてください、あゆさん!」
 既に足首を掴まれた、美坂栞が叫ぶ。
「栞ちゃん!」
 からくも難を逃れたあゆが手を伸ばすが、もう遅かった。
「あははーっ、佐祐理乳ェッカーですよー」
「ひあっ!?」
 ナニをしているかは、あえて書かない。
「し、栞ちゃーん!!」
 乙女の秘密をこじ開けられる栞に絶望の悲鳴をあげるあゆ、しかし――、
「……79センチですねー」
「勝った!」
 乙女のプライドが優先したらしい。さっきまでの深刻な顔はどこへやら、ガッツポーズのあゆ。ちなみに少し離れた所で、ひそかに天野美汐もガッツしているのだが、今のところ真琴(すっかりおもちゃにされて、丸くなっていた)しか気づいていない。
 そして、秘密を暴かれた当の本人は、少し涙目になって暴いた犯人――ではなく、あゆを睨んでいる。こちらも乙女のプライドが優先したらしい。
 で、犯人――ここまでくれば、もうおわかりであろうが――倉田佐祐理はというと、愛と勇気はどうのこうのと歌いながら踊っていた。なぜかバックダンスを北川潤が務めている。

 要するに、すっちゃかめっちゃかである。

 さて、そんな惨状を始めて目にする二人がいる。新しい料理を運んでいた、及びその手伝いをしていた名雪と祐一であり、戦場というか泥沼となったリビングの入り口で、二人そろってぽかんとしていたのであるが……。
「祐一、倉田先輩酔ってる」
「見りゃわかるわっ。佐祐理さん!?」
 わはーと、よくわからない返事をする佐祐理。
「どうしたんだよ、一体」
「マジカルさゆりんハイパーミラクルデリシャスデンジャラスダイナマイトプリンセスパイルドライバー!」
 返答になっていない。
 しょうがなく、手近なテーブルに料理をおいて、比較的まともそうなあゆにこいこいと手招きする祐一。
「何があった。あゆ」
「ええと、倉田さんが」
 そう言って(背後に突き刺さる栞の視線を無視しながら)あゆは、きれいに並べられた大量の酒ビンを物色すると、その中の一本を引き出して、
「これを飲んでいたら途中で暴れだしたんだよ」
 と言って祐一に手渡した。
 どれどれとラベルを見る。
 そこには、『レモンハート151』と書いてあった。
「誰だこれ飲ませたの!」
 アルコール度数が実に75%という、火ぃ付けたら確実に燃えるスピリッツ(蒸溜酒)である。
「自分で飲んでいたよ」
 とあゆ。ちなみに、背後で栞がスカートのポケットから巻き尺を取り出し、抜き足差し足であゆの背を計ろうとしているのだが、当人はまだ気づいていない。
「自分で飲んでいたって……だれかキツイ酒だって言ってやれば――」
「祐一、祐一」
 と、袖を引っ張る名雪。
「ここにいるメンバーじゃ誰だってわからないと思うけど。第一――」
 未成年である。
「まあ、それはいいとして佐祐理さんを――今、何やってるんだ」
「香里と闘ってるね」
 名雪の言葉通り、わたしの妹に何するのよとばかりに(何故か北川をボコにしていた)美坂香里が、ジャブをハイペースで佐祐理に浴びせかけていた。佐祐理は佐祐理で、くねくねと避けながら酔拳よろしく反撃している。
 そしてその回りを、巻き尺片手に追う栞と、それから逃げるあゆが、きれいな円を描いていた。一方で、部屋の隅で椅子を並べただけのバリケードを築いて、美汐と真琴が仲良く飲んでいる。
 なお、ここまで派手にやっているのに、散らかってはいるものの、壊れたものは皆無である。
「……俺らも飲むか」
「まって、もうすぐ終わるみたい」
「みたいじゃなくて、終わったのよ」
 少し髪の乱れた香里が、親猫よろしく佐祐理の襟首を右手でつかんでいた。佐祐理は佐祐理で、子猫のそれと同じように大人しくぶらりとしている。
「相沢君、倉田先輩って格闘技習っているの?」
「いや、多分勘だろ」
「……だとしたら、とんでもないセンスだわ」
 そう言って、右手を――ひいては掴んだままの佐祐理をぶらぶらさせる。
「で、どうするの? 祐一」
「どうするもこうするも……」
 ため息ひとつついて、祐一は佐祐理と視線を合わせた。といっても、前髪で顔が隠れているので、その表情はわからない。
「なあ、佐祐理さん」
 佐祐理は答えない。
「レモハの151、持ち込んだの佐祐理さんだろ」
 佐祐理はなおも答えない。
「で、持ち込んだ理由は、舞がいないからだろ?」

 効果覿面であった。

「だってだってだって〜」
 香里に掴まれたまま、じたばたと暴れる佐祐理。
「だって舞が〜舞が〜オーマイガ〜」
「名雪、椅子ひとつ。香里、悪いけど椅子きたら放してやってくれ」
「私はもう構わないわよ」
 と香里。程なくして椅子が到着し、三人ががりで座らせる。
「あのな、佐祐理さん」
「まぁた佐祐理を置いていくんです〜寂しいです〜」
 椅子の背もたれにしがみつく佐祐理。
「水くさいじゃないですかー」
 真っ赤な顔と、座った目で、椅子の背もたれに顎を乗せながらぼやく佐祐理。
「いつだって、舞が校舎を見つめているときは、決まって何も話してくれないし、それまでは行くって言っていたパーティだって、平気ですっぽかしちゃうんですよー、佐祐理はぁ!」
 そこでガバッと立ち上がって、
「ちょっと酔っ払っている普通の女の子ですよーっ!」
 と叫んだ途端、ふらふらと座り込む。酒気が足に来たらしい。そんな佐祐理を、祐一は黙って見つめていたが、やがてもう一度ため息をつくと、
「なあ、佐祐理さん。ちょっといいか?」
「ふぁい?」
 少しおぼつかない様子ながら、祐一に向き直る佐祐理。
「舞が、何をしているのか、知りたくないか?」
 佐祐理はまたも答えなかった。しかしそれは、返答拒否の仕草でなく、逡巡のためである。
「舞がしていること手伝いたくないか?」
 口元を押さえる佐祐理。だがそれは悪酔いなどでは決してなく、混線を極めた思考を落ち着かせるためである。
「で、舞をここに連れて来たくないか?」


■ ■ ■



 階上から攻める態勢を取れた。今日は運が良い。
 両刃の剣を中段に構え、突きを主体にした連続攻撃を繰り出す。
 やれる。今日はこのまま一体片付けられる。
 そんな微かな慢心が頭をかすめ、次の瞬間には相手の退きの良さに疑問を抱き、最後に階上――自分より上の!――に現れた敵意に身体はすぐさま回避行動を取っていた。
 ぴゅんと小さい音がして、髪をまとめているリボンの端が切り取られる。
 同時に、『順調に』後退していた相手が、猛然と駆け上がって来た。
「新手か――!」
 剣を逆手に持ち、手摺越しに階下へ飛び降りながら、叫ぶ。


■ ■ ■



「本当に、舞を連れてくることができるんですね?」
 ゆっくりと、佐祐理は立ち上がっていた。
「ああ」
 顔はまだ赤かったが、焦点が結ばれたその瞳を見つめかえして、祐一が答える。
「俺が保証するよ」
「なら――」
 一瞬だけふらついた。が、自分で体勢を立て直す佐祐理。
「あの、済みません水瀬さん」
「は、はい」
 急に自分に話が振られてびっくりする名雪に、佐祐理は静かに、
「とても濃いコーヒーを一杯もらえませんか? アルコール飛ばしたいんです」
 と言っていつものように笑ってみせた。
「ちょっと、深酒が過ぎたみたいで……」
「なら、こっちを使ってみてください」
 背後から、声がした。
「秋子さん」
 今までずっと裏方に居た秋子である。
「こ、これを飲めば良いんですね?」
 突然の登場に驚き、同時にホットマグの中にある謎の液体に訝しみながら佐祐理が尋ねる。
「そうですよ。一気にぐいっと飲んじゃってください」
「あのー、なんか飲み物の色が蛍光オレンジなんですけど……」
「天然素材だから害はないですよ。それに、効き目抜群ですから」
 そこで、飲み物の正体に気づいた祐一が、一歩退いていた名雪に小声で尋ねる。
「オイ名雪、もしかして、アレ――」
「うん……お母さんの、あのジャムのお湯割り」
「は、はえええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」
「さ、佐祐理さん!?」
「大丈夫ですよ祐一さん、すぐ元に戻りますから」
「いや、すぐに戻るって……」
 ヘリコプターのように頭をぐわんぐわん回している佐祐理。
「だ、大丈夫ですよー」

「舞のためなら、このくらい――」


■ ■ ■



 今日は、運が悪かった。
 相手はさらに増えて三体。クリスマスに浮かれて出てきたのか、いやに連携が上手い。お陰で、あれからずっと、防戦を強いられている。
 今夜は雲がないため、月明かりがひどく煩わしかった。相手が光を頼りにするとは思えないが、こちらの剣が反射してしまうことだけは避けたい。
 だから、今舞は廊下の陰に小さく身体を折り曲げて潜んでいる。もっとも、その体勢はいつでも飛び出せるものであり、相手が自分の間合いに入ってくれば、容赦ない一閃を浴びせるものであったが、それが有効なのは単体かせいぜい二体。どちらにしても、あまりこちらに利はなかった。
 後することといえば、月が雲に隠れ次第撤退といったところだろうか。それだけ、こちらにはあまり余裕がなかった。
 静寂の中、自分の呼吸音さえ必要最低限に抑えて、舞は期が来るのを待つ。相手がこちらに近づくか、月が雲に隠れるか。
 慣れていることとはいえ、気の遠くなるような時間だった。
 そしてその時間を打ち切ったのは、ひたりとした気配。ひとつ、ふたつ、みっつ。
 舞は暗がりの中で、長丁場を乗り切るためにわずかに緩めていた剣の柄を強く握り締める。連帯感でもあるのか、分散せずにこちらを探したのは、天晴としかいいようがない。お陰で、中央突破というあまり頭を使わなくて良いやり方に頼ることになったのだから。
 半ばやけくそぎみに、すぐ側にあるロッカーを蹴っ飛ばしたくなる。
 それを留まらせたのは――、
「?」
 何かが聞こえた。
 空耳ではない。その証拠にあいつらがざわりと、気配が変わった。何か、別の物を見つけたのだ。なんだ、何を見つけた――、
 ひたり。
 三つあった気配のうち、ひとつが素早く分離する。だが、少し距離を置いただけで、遠くに行く気配を見せない。おそらく、向こうも探しているのだろう。新手の気配を。
 コツン。
 次に聞こえたのは、まごうことなき人の足音だった。ざわざわと、あいつらが騒ぐ。嬉しいか。久々の獲物が嬉しいか。
 舞はこの時点で覚悟を決めていた。ひとつが分離したら突撃。そしてそのまま音の主の保護。そうでもしなければ、また何も知らない人間を巻き込んでしまう。
 カツン、コツン。
 都合の悪いことに、足音はこちらに近づいていた。舞の潜む校舎二階の廊下の陰より、わずか教室ひとつ分しかない階段から、誰かが上ってきている。もう近い。その証拠に、足音より小さい声で、
 歌が。
 歌が、微かながら廊下に響いた。
 昔から歌われている、クリスマスカロル。
 歌っているのは――、
「佐祐理っ!」
 自分の位置が暴かれるのを無視して、舞は叫ぶ。
「来ちゃいけない!」


■ ■ ■



「来ちゃいけない!」
 確かに、舞の声である。
 同時に、何かが自分に向かってくるのを、佐祐理は感じ取っていた。
「なるほど……」
 納得したように呟き、背中にあるバットのケースを肩に掛け直し――襲いかかって来た一体目を、居合の要領で斬って捨てた。獲物は、水瀬家の物置に眠っていた――そして祐一が掘り起こした木刀である。
 この時、激しく打ち込まれた一体を除いて、全員が佐祐理の方に向かいなおした。
 もちろん、その機を舞は見逃さない。裂帛の気合とともに突進し、一気に一体を始末する。
 そしてあっと言う間に残り一体になったそれは、一瞬迷い、結果として佐祐理の接近を許してしまった。
「――昔の人は言いました」
 即座に撃ってきた相手の斬撃をかわして、にっこりと笑みを浮かべた佐祐理は、大きく息を吸い込み、
「人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえ――っ!」
 と、舞の目が思わず点になった台詞とともに、木刀を後ろから前へ振り抜いた。
 景気の良い音がして、最後の気配が消失する。
「これで、終わり?」
 木刀をしまい、舞に顔を向ける佐祐理。
「……そう。それより佐祐理、聞きたいことがみっつ」
「うん、なに?」
「ひとつめ。その木刀は?」
「祐一さんが」
「ふたつめ。その剣技は?」
「祐一さんが」
「……みっつめ。どうして此処が?」
「祐一さんが」
 降参したらしい。剣を小脇に抱えて、舞は片手で頭を抱えてしまった。
「ウソウソ。全部祐一さんのおかげじゃなくて、みっつめは、なんとなく気づいていたんだよ」
「……その祐一は?
「頭にタンコブ作って寝てる」
「タンコブ?」
「うん。まず、佐祐理にコツをつかんで欲しかったんだって」
「それで?」
 練習していく内に、うっかりぽかりとやってしまったのである。佐祐理がそう話すと、舞は珍しく苦笑して、
「……祐一らしい」
 とだけ言った。
 そして、ゆっくりと剣をしまい、スカートに付いていたホコリをパンパンと落とす。
「行こう。佐祐理」
 一瞬、意味がわからなかった佐祐理。しかし、もちろん舞が何をしたいのかすぐにわかったので、喜色満面の笑みを浮かべる。それに応えるように、舞は珍しく早口で、
「祐一が呼んだし、佐祐理が来てくれたし……行かなきゃ」
「うん、そうだね。行こう」
 そう言って、舞の手を取り、佐祐理は言った。
「そうそう、さっき言った馬に蹴られて〜っていうの。アレ、本気だからね」
 帰ってきたのは、赤面と、小さく縦に振られた首だった。


Fin.







あとがき


 ちょっと早いですけど、今年のクリスマスSSはKanonにしました。
 主演は、最近お気に入りの佐祐理さんから。もうちょっと暴れさせたかったかな……。
 次回KanonSSは未定です。もしかしたら、バレンタインに出没するかもしれませんがw。

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