超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。
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「久々のぷち演劇シリーズ! お題はもちろん『Charlotte』で! わたしはもちろんメインヒロインの友利奈緒さん!」
「で、俺が乙坂有宇か……正直学生服って歳じゃ無いんだがなぁ」
「でも似合ってるっすよ、おとーさん?」
「お前、演技に入るのほんと早いよな……」
「次の誕生日には……しおちゃんといっしょですね」
すっかりめだつようになった大きなお腹を愛おしげになでて、渚はそう言った。
「ああ、そうだな」
つとめて明るい声を出すのは、俺――岡崎朋也。ただ、本当に明るい声が出ていたかどうかは、正直言って自信が無かった。この頃から、渚は体調を崩しがちになっていたからだ。
「大丈夫ですよ、朋也くん」
そんな俺の内心を知ってか知らずか、渚は微笑んで言う。
「たとえ何が起きたとしても、わたしはしおちゃんを見守り続けますから」
「――ああ。そうだな」
それが、今から二十年ほど前の話。
『別れるのが早くても、祝うのに遠くても』
「こうして父娘だけのクリスマスイブって、なんだか久しぶりだよね」
食後のケーキをフォークでつつきながら、汐はそう言った。
「ああ、いつもはみんなで派手にやるもんな。でも、たまにはこういうのもいいだろ?」
「うん、そうだね」
奮発したかいがあったのか、ケーキを口に運ぶたびに汐は美味しそうに目を細めている。
「でも、なんでまた急にそうなったの?」
「それはだな、関係者全員の都合をお前の誕生日にあわせるためだ」
「なんでまた」
「なんでまたってお前……今度の誕生日で二十歳だろ」
「ん、そりゃそうだけど――」
そう、今度の誕生日で汐はとうとう二十歳になる。その節目を盛大に祝おうと、俺を中心に春原や杏が旧知の仲をフル動員してあちこちを走り回っていた。
しかし、当の本人はというといまいちピンと来ないようであり、
「なんか、あんまり感慨が湧かないのよね」
そんなことを言う。
「あのな、成人だぞ。成人。法律上は大人になるんだぞ、お前」
「うん、そうなんだけど……ほら、大学の途中でそうなるわけじゃない? なんか節目って感じがあんまりしないのよね」
ちゃぶ台のまえであぐらを組み直しながら、汐はそう言う。
さすがに寒くなってきたせいか、年がら年中よくみる室内着となったTシャツとスパッツの上に、丈が長めのセーターを着込んでいる。それでも脚が寒そうだったが、汐曰くこれでも結構暖かいらしい。
まぁ、それはさておいて。
「誕生日祝いは、盛大にやるからな」
「盛大にって……どれくらいでやるつもりなの?」
「元祖オクトーバーフェスト並で」
「街全体でしょそれっ!?」
「……駄目か?」
「駄目でしょ!」
むう、街をあげて汐の誕生日を祝うくらいはやりたかったんだが。
「まぁ、そもそも街全体を抱き込む方法なんて知らないしな」
「普通はそうよね」
「だが商店街まるまるひとつ抱き込むことなら出来る」
「それもやめてっ! っていうかなんでできるの!?」
「オッサンのつて」
「それかーっ!」
「ちなみに本人は超ノリ気のようでな、派手にやるぜと準備していたが」
「全力で止めてくる!」
ケーキを手早く平らげて、汐は家を飛び出さんばかりに立ち上がり――。
「汐のGOサインがくるまでは我慢するそうだ」
汐はすてーんとこけた。スパッツが丸見えになってちょっと艶めかしい。
「……もう、おとーさんの意地悪」
ぷくーっと頬を膨らませながらあごをちゃぶ台にのせて、汐。
「悪い悪い。お前がそこまで派手に反応するとは思わなくてな」
「うー、ケーキ急いで食べちゃったじゃない……」
「本当に悪かった。ほら、食べさしでよければ俺のケーキもやるから」
「――ん。それならいいわ」
一転機嫌を良くして、汐はケーキの攻略を再開する。
「お茶、おかわり入れようか?」
「うん。ありがとう、おとーさん!」
「ふぅ……」
食後のお茶をふたりですする。
ケーキにあわせて紅茶にしたわけだが、普段淹れ慣れている緑茶と勝手が違う割には上手くいったように思う。
「――ふたりだけだと、静かなもんだな」
「うん、そうだね」
皆といる場合、今頃が宴のたけなわとなっているところだろうか。春原が酔いつぶれたり、それを同じくよっぱらったことみが面白そうにつついたり、そのことみに杏がセクハラしたり、その杏を智代が羽交い締めにして止めたりと結構――いや、かなり賑やかになっている時間帯だ。
でも、いまは俺と汐のふたりきりで、その周囲には物音ひとつ無い。
自然お互いの口数も減り、今はふたり静かにお茶を飲んでいる。まるで、静寂を楽しむかのように。
「――っ」
汐が変なためいきをついた。まるで、何かに痛みに耐えるように。
「どうかしたのか?」
「あ、ううん。なんでもない」
「なんでもないわけあるか。お前がそういうとき大抵なにかあったろ」
話してみろって。そう促すと、汐はひどく申し訳なさそうな様子で、
「えっと……わたしは、あと何年おとーさんと一緒にいられるのか……ちょっと不安になって」
俯いて、そう言った。
「――そうか」
「ご、ごめんね。急に変なことを言っちゃって」
「いや、いいさ」
確かに唐突ではあったが、汐の言いたいことはよくわかる。
俺がそれに気づいたのは、渚を喪ってふさぎ込んでいた俺が、周囲の助けによって汐と和解し、次いで親父と和解した以降のことだ。
あのとき、汐と親父と俺の三人で風呂に入ったとき、親父の小さな背中をみて、俺はあと何年こうやっていられるのだろうとひとり密かに背筋を凍らせたものだった。
だが、それよりも驚くべきなのは汐の方だ。
当時の汐は五歳、つまり俺が親というものになってから五年の月日が流れていた。
なのに、汐は大人になる前にそれに気づいている。
それはすごいことであるのと同時に――そんなことを心配させてしまった俺の落ち度でもあるように感じた。
なら、親としての俺がやるべきことは。
「大丈夫だ」
「え?」
汐が顔を上げる。
「だから大丈夫だ。俺にもお前にも、まだまだ時間はあるよ」
「でも、お母さんは――」
いつになく弱気になって、汐はそう反論する。
なるほど、確かに渚は汐を産んですぐに俺のもとを去ってしまった。
けれど――いや、それだからこそ。
「その渚の分まで、俺が見届ける。渚がお前を見守るはずだった分も、俺が引き受ける。すごいぞ、単純に計算して二倍だぞ?」
「おとー……さん」
「だから、そんな顔をするな。俺はまだまだ、お前と一緒にいるからさ」
「……うん。ごめんね、心配させちゃって」
「いいんだよ。親っていうものは、そういうものなんだから」
汐の肩を抱き寄せて胸に抱く。すると汐も、ぎゅっと俺の背中に手を回してきた。
「だから今はさ、渚の誕生日を祝おう。な?」
「うん、そうしよう……ね」
――本当は。
本当はきっと、今も渚がどこかで汐を見守っているのだろう。そう思っている。
でも汐に今必要なのは、ちゃんと目に見えるものでならないと駄目なような気がするのだ。
そういう意味では渚には悪いことをしてるのかもしれない。でも――。
「お誕生日おめでとう、お母さん」
タンスの上の写真立てに向かってそういう汐の瞳には、どこまでも優しい光が灯っていた。
だからきっと、渚も許してくれるだろう。そう思う。
Fin.
あとがきはこちら
「しおちゃん……心配させちゃってごめんなさいです、そして――ありがとうですっ!」
あとがき
○十七歳外伝、クリスマス編でした! なぜか私が渚の誕生日SSを書くとしんみりしちゃうのです。不思議!