超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。
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「作者がこの前、いたるさんの個展でお前の絵をみつけて、驚喜乱舞だったらしい」
「気持ちはわかるけど、自重してほしいなぁ……」
最近どうも、汐の様子が少しおかしい。
「ふむ……」
今日もこうやって台所に立ち、小麦粉などを仕分けるときに使うふるいを手に持ち、なにやら考え込んでいる。
最初はその手に持っているものから何か新しい洋菓子でも作るのかと持ったのだが、どうにもそのようには見えない。
いったい、何をしようとしているのか……。
「なぁ、汐」
「速さが、足りない……!」
――はい?
『おとーさんに、プレゼント』
「なんだ、F1レーサーにでもなるつもりか?」
俺がそう聞き返すと、汐ははっとした様子で。
「あ。う、うん。そんなとこかな?」
明らかに誤魔化す気満々の我が娘だった。
「どうしたんだ一体。ここ数日ずっとそうだろ」
「うーん、ちょっとね……」
うらやましい話だが、大学生の汐はもう高校でいうところの期末テストをクリアしているらしい。そのため暇を持て余してなにかを企んでいる――といったところなのだろうか。
気になることと言えば、もうひとつ。
これもまた最近、汐はタンスの上に飾ってある渚の写真を食い入るように見つめていることが多くなった。
一時期――と言っても高校に上がった辺りから約一年間ほどだから、結構長い期間か――汐が渚を意識しすぎていたことがあったが、それとは違うような気がする。だが……あんなに真剣な顔になって渚をみつめることがなかったのもまた事実だ。
そしてとどめとばかりに――。
「『少し出かけてきます』か……」
汐は、そんな書き置きを残して家を空けるようになった。特に書き置きに対するルールを設けた憶えはないが、こうやって行き先を書かないというのは珍しい。
俺は、少し悩んで――学生時代からの腐れ縁である、春原に電話してっみることにした。
『はいもしもし? 岡崎からかけてくるなんて珍しいじゃん。なんかあったの?』
「実はだな……」
いつもどおりの春原に、俺はここ数日の汐の様子をなるべく客観的に春原に伝える。すると、春原大きく息をはいて、
『なんだそんなことか。岡崎は汐ちゃんのことになると鈍いなぁ……』
「どういうことだよ」
俺と違ってなにもかもに察しがついている様子の春原に、焦った気持ちを押し殺しながら訊く。すると春原はもう一度ため息をついて、
『普段はなんでも岡崎に話してくれる汐ちゃんが、今回に限って岡崎の質問を誤魔化しているんでしょ? それはつまりさ、今は岡崎に話したくないってことなんだよ』
「なんだそりゃ。今はってことはいつかは話してくれるわけだろ。それだったら――」
『だから、それを待たなきゃならないってことさ。岡崎は、なんでかわからない?』
「もったいぶらなくてもいいだろ」
『いや、ここはもったいぶるよ。汐ちゃんのためにもね』
「……汐のため?」
『そういうこと。後は自分で考えなよ。あと、汐ちゃんが隠していることを無理に暴こうとしないこと。そこまで岡崎がにぶいとは思わないから、心配していないけどね。それじゃ、もう切るよ』
そう言って、俺の返事を待たずに春原は電話を切った。
「ふむ――」
前髪をつまみながら、考える。汐は俺に、何を隠しているのだろうか……。
そこで、玄関のベルが鳴った。
「はーい」
こんなときに誰だろう。そう思いながら玄関のドアを少しだけ開け――。
「はい、どちらさまで――うおっ!」
思わず、そんな声が漏れてしまった。そこにいたのは、カフェ『ゆきね』の常連客達であったのか。
「お迎えに、あがりやした」
その中の代表格なのか、スキンヘッドに口ひげの大男が、腰を低くしてそう言う。
「み、宮沢に何かあったのか?」
「いえ、ワシらは汐のお嬢から『ゆきね』までお連れするように頼まれただけで」
「お、お嬢!?」
「へい」
一斉に腰を低くして押忍とばかりに控える常連客一同。
汐のやつ、一体いつのまにそんな風に呼ばれるようになったんだ……俺はそう思いながらも出かける支度をし、皆でぞろぞろとカフェ『ゆきね』へと向かう。
――カフェ『ゆきね』は、商店街の一角にある。
元々はカフェのマスターであり俺よりひとつ後輩である宮沢有紀寧が学校を卒業した後、数年してから立ち上げたものらしい。
元々、校内の資料室で喫茶店のようなものをしていたのだが、そのときから『常連客』がついていたためだろう。カフェそのものは自然なものであったが、それを商店街の一角に構えることそのものは、色々と大変な者があったと思う。
さて、汐はいったいここで何をしているのだろう。以前ここでアルバイトのようなことをしていたこともあったが――。
「あ。おとーさんいらっしゃいませ!」
果たして、店内の――それもカウンター側に――汐は居た。それも、いつぞやのようにカフェの制服に身を包んでいる。
「汐、これは一体――」
「一体も何も、今日は何の日だっけ?」
俺が質問するよりも早く、汐はそんなことを言う。
「何の日って……父の日だろ」
「そう、その通り。今年もおとーさん、直幸さんにお酒贈っていたよね」
「まぁな。できれば直接手渡したいが、距離が距離だから夏休みまで我慢といったところだが……でもそれと何が関係――関係――あ」
ようやくにして、気がついた。
なるほど、これでは確かに春原に鈍いと言われても仕方がない。
「そういう、ことか……」
「そう、そういうことなのよ。おとーさんだって、おとーさんなんだから、父の日にお祝いぐらい、させてね?」
腰を屈めて上目遣いになり、汐はそんなことを言う。
「ごめん汐、ちょっと自覚が足りなかった」
「ううん、いいのいいの。そういうところもおとーさんらしいっちゃおとーさんらしいし。というわけでちょっと待っててね」
そこで汐は表情を引き締めると、一端カウンターの奥に設置しているエスプレッソマシンに向かい合った。そしてコーヒーを入れた後なにやらその上に手を加えて……。
「はい、おまちどうさま! カフェ『ゆきね』父の日限定、おとーさんスペシャル!」
「おおお……!」
思わず、そんな声が上がってしまった。目の前に置かれたカフェラテ――いや、カプチーノか?――の上に、イラストのように抽象化された渚の笑顔が描かれていたのだ。
「これってたしか、ラテアートってやつか」
「うん、それ。もっとも、わたしのはシナモンパウダーでやっているから本格的とは言えないかもしれないんだけど」
「いえいえ、細かい絵を描くときはシナモンパウダーやココアパウダーの方がいいんですよ」
そう助け船を出してくれたのは、いままで静かに汐を見守っていたカフェ『ゆきね』のマスター、宮沢だった。
「こちらがスチームミルクとエスプレッソだけで描いたラテアートですけど、ご覧のように一筆書きみたいになってしまうんですよ」
「な、なるほど……」
たしかに宮沢が描いた木の葉は、一筆書きのようにも見える。けれども、誰もがそう簡単に描けるようなものでもないことは確かだ。
しかしそれでも、汐が描いた渚の顔も、それに勝るとも劣らない逸品であることは確かだった。
「ようやく合点がいったよ。最近これの練習にかかりきりだったんだな?」
「うん。そうだったの」
照れたようにほほえみを浮かべて、汐。なんでも、父の日のプレゼントを何にしようかと宮沢に相談した際、このラテアートを勧められたらしい。
「ささ、飲んでみておとーさん。コーヒーが冷めないように、ミルクの泡が消えないように急いで描いたからそう簡単にお母さんの絵は消えないけど」
「あ、だから速さが足りないとか言っていたんだな。それじゃ、早速――」
汐が描いてくれた、渚のラテアートと対面しそこでふと手が止まってしまう。
「どうしたの、おとーさん。絵がもったいないなら、また描くよ?」
と、汐。
「いや、そうじゃなくてだな……」
「なんか、おかしいところあった?」
「いや、そんなことはない。むしろそっくりだよ。だから――」
「だから?」
「なんかこのコーヒーを飲む際、渚とキスするみたいでさ……!」
途端、汐は盛大にこけた。
「な、何かと思ったら……! おとーさん、気にしすぎ!」
「そうか?」
「岡崎さん……お熱いですね! 羨ましいですっ」
そこを、なんだか嬉しそうな宮沢が混ぜっ返す。
「うおおおおお!? ゆきねぇにそんなことを言われるとは、このしあわせもんがあああああ!?」
「ゆきねぇ、ワシらにも、ワシらにもおおおおお!?」
そんな感じで常連客が暴走し始めたのを幸いに、俺は汐が淹れてくれたラテを一気に飲んだ。
「どう?」
やはり気にしていたのだろう、すかさず汐がそう訊いてくる。
「美味かった。ありがとう汐。それと、よく頑張ったな」
率直にそんな感想を述べる。すると汐は顔をほころばせて――、
「どういたしまして、おとーさんっ」
久々に、子供っぽい笑顔を見せてくれたのだった。
Fin.
あとがきはこちら
「今回の春原のおじさま、とってもかっこよかったです」
「え、そう? 汐ちゃんにそういわれるとなんだか照れるなぁ」
「なんで彼女居ないんです?」
「……うん。それとこれとは、話が別だからじゃないかな……(さめざめ)」
あとがき
○十七歳外伝、父の日編(2013Ver)でした。
元々はこの前行った樋上いたるさんの個展に行った際、その下のカフェで実施されていたラテアートに渚のそれがあったので注文してみたことから、今回のお話ができました。
なので、ちょっと即興気味だったんですが、なんだか時間をオーバーしてしまい申し訳ないです;
さて次回は……例によって未定で。