超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。
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「次のぷち演劇シリーズは……『アイドルマスター シンデレラガールズ』?」
「どの役を演じるんだよ。100人超えているぞ……」
「うん!」
夕飯のおかずをかっこんで、学生時代からの腐れ縁である春原は満足げに頷いた。
「美味い! 美味すぎる!」
「そいつは、よかったな」
三月十三日の夜、夕飯には少し遅い時間帯だが、まぁしかたがないだろう。例によって春原は夜行列車を乗り継ぎこの街までやってきたのだが、夕飯を食べ損ねたとかで腹を空かせており、俺は俺で汐が大学のつきあいで遅くなるということで、夕飯の予定がキャンセルとなり、自分の分を作るのをずるずると先延ばしにしていた。
そこで、こうして男ふたりでちゃぶ台を囲んでいるというわけだ。
よく考えてみたらそれは、あの学生時代以来のことだった。
「いやー、こんなに美味しかったら、僕の家で毎日作って貰いたいね!」
「怖いことを言うな」
当たり前のことだが、俺にそっちの気はない。
『岡崎家のホワイトデーと、食卓の事情』
「それにしても、岡崎ってさ」
なおも春原はちゃぶ台の向こう側で夕飯をかきこみ続けながら、
「料理、上手くなったよね……」
しみじみと、そんなことを言う。
「ほら、学生だったときはお互い料理なんてほとんどしなかったじゃん。せいぜいカップラーメンにちょい足しするくらいでさ」
「そういえば、そうだったな」
あのころの俺達と言えば自堕落を絵に描いたような生活をしていた。
それを変えたのは、あの春の日の坂道での出会いからになるのだが、それまでは本当にひどかったのだ。
「そうそう。それで思い出したけど、岡崎がみりんを大さじ一杯足したら美味しいっていうから試してみたら、とてつもなく不味かったよね」
「ああ、あれはわざとだ」
「ひどっ」
まさか真に受けて実行するとは思わなかったので俺も驚いたのだが、それは胸に秘めておくことにする。
「まぁどっちにしろ、あのころは作る相手がいなかったからな……」
「そうだよねぇ。どんなものでも、自分以外の人に喜ばれると、やる気がでるもんだしね」
学生時代だったらこんな言葉は飛び出てこなかったろう。お互い、成長したものだと思う。
「やっぱり相手――汐ちゃんがいないとね。それで、汐ちゃんには美味しいものを食べて欲しいからって勉強したわけ?」
「基本的にはそうだが、きっかけは――最初に、チャーハンで失敗したことかな……」
「ああ、たしか黒胡椒いれたらよけられちゃったうえに、のりたまのふりかけに負けたんだっけ?」
この失敗談――俺がはじめて作った料理の顛末――は、俺の周りでは広く知れ渡っていた。他ならぬ俺自身が、思い出話としてよく話しているためだ。
「そういうことだ。だから俺は汐が食べて『おいしい』と言ってくれるように頑張ったんだよ。料理は愛情とは、よく言ったもんだな」
「なるほど……言われてみれば、そうだねぇ」
うんうんと、何度も頷く春原だったが、途中ではたと気づいたかのように、
「って、僕にも愛!?」
「それ以上言うと、鼻をスパナで回すからな。想像するのも同様だぞ」
「う、うん……」
お互い、そういう展開はノーサンキューだった。
「しかしまぁ、清々しいまでの食べっぷりだな」
「そりゃまぁ、まだまだ若いのには負けないくらいの食欲はあるさ――ごちそうさま!」
自分の分を綺麗さっぱり平らげ、春原は両手を打ち合わせて合掌する。
「おそまつさまでした」
やや遅れて、俺も完食。普段よりペースが早めだったが、男ふたりならこんなものだろう。
「でもこういうのってあれでしょ、栄養も考えないといけないって聞いたけど」
今日の料理も、結構色んな野菜使っていたよね。と、春原。
「それだけじゃないぞ。栄養も考えなきゃいけないが、それ以上に不味いのは可哀想だからな。美味しく作れるようにって結構頑張ったんだ」
「どうやって?」
「まずは独学だな」
そう言って、俺は台所の棚に置いてあるぼろぼろの料理書を、両手で抱えて春原に見せる。
別に大仰にしてみせたわけではない。ただ単に重いのだ。
「でかっ! 高かったんじゃないの? これ」
「ああ。でもこれだと和洋中なんでもござれだからな。すごく助かった」
「だろうねぇ……」
ちょっとした百科事典並みのページ数と大きさと値段であったが、これにより俺の料理に対するレパートリーは、爆発的に増えたのだ。
「うわ、中の写真カラーなんだ。こんだけページ数があるのにすごいねぇ……」
感心した様子で、料理書を読む春原。
「でも、これだと作り方だけじゃん? 包丁の使い方とか、調理器具の使い方とかはどうしたのさ」
「それはお前、俺の周りにはその道の先生がたくさんいるからさ。そう言う意味で、俺は教師に恵まれていると思うよ」
「早苗さん?」
「ああ、あと杏や公子さん、それにオッサンもだ」
驚いたことに、オッサン自身もいくつか独自のレシピを持っていた。なんでも、渚が小さかった頃早苗さんが忙しい時に代わりで食事を作っていたことがあったそうで、それ故に経験は豊富であるらしい。
――もし、渚が生きていたら。
もし渚が生きていたら、俺と交互に食事を作ったりしたのだろうか。それは、決して実現しない夢ではあったが、想像するだけでも、楽しいものだった。
「ふぅん、汐ちゃんもこれなら安心だねぇ」
感慨深そうに、春原はそう言う。
「こっちの方には、てんでフォロー出来なかったからねぇ――やべ」
慌てて、自分の口を押さえるが……俺は聞きただすことも無視することもしなかった。
『それ』は、俺も承知のことだったのだ。
「――まぁそれについて……だけどな」
俺は佇まいを改める。
「う、うん?」
訝る春原に対し、俺は深々と頭を下げて、
「言う機会が遅れたが……済まなかった」
はっきりと、そう言った。
「――ちょっと待ってよ岡崎、いきなりそんなことされても意味わからないよ」
困惑した様子でそういう春原に対し、俺は頭を下げたまま、
「杏に聞いたんだ。俺が汐と向き合えなかった間、代わりに見守っていてくれたって」
「ああ……それか……」
「だから――」
「ストップ。岡崎、その先は言わなくていいよ」
「いやでも――」
「別にいまさら気にしなくていいとか、言うのが遅かったとかそういうのじゃないんだ。僕が言いたいのはね――なんて言えばいいかな……うん、お礼ならもう受け取っているからさ」
「それって――」
俺は顔を上げる。すると春原は学生時代のニヤニヤとした笑いとは別の笑顔を浮かべて、
「そう。成長した、元気な汐ちゃんそのものさ。僕や杏は、それだけで十分なんだよ。ま、頭を下げる岡崎なんて滅多に見られないものだけど、そんなものを見たくないっていうのもあるからね」
「……こいつめ」
どちらからともかく、笑いが零れ出る。
考えてみれば、こうやって笑い合うのも久しぶりのことだった。
「それよりさ、そろそろ僕がここにきた目的を果たそうよ」
「そうだな、そうするか」
ふたりして、立ち上がる。
そう、明日は3月の14日――ホワイトデーだ。
春原は、その日のそのためだけに、わざわざ会社を休んでここまで来たのだ。
それは、汐にとってもおれにとっても、とてもありがたいことだった。
「さてと……」
俺が渡したエプロンを身につけ、ワイシャツの袖をまくり春原が気合いを入れる。
「こっちは、僕も事前に勉強したからね。腕が鳴るよ」
「頼りにしているからな」
かく言う俺も、やるべきことをやらなければならない。
「よし、はじめるよう」
「待ってました!」
自然と、役割分担が出来ていた。俺がオーブンなどの機械類いじくる方に回り、春原は食材そのものの調理を担当する。
「岡崎、メレンゲはこんなかんじでいい?」
「おう。それじゃ次はチョコクリームの方頼む。もうすぐ生地の方が焼きあがるからな」
「了解了解っ」
ふたりでやると、案外早いものだった。
「意外と家庭で出来るものなんだねぇ」
「お菓子っていうのは、本来そういうものだからな」
お互い軽口を叩きながらも、慎重に仕上げに入る。
「よし……できた」
「お疲れ、岡崎」
時計をみる。時刻はまもなく23時。
どうにか、間に合った。
「ところで汐ちゃん、遅くない?」
自分の腕時計をのぞき込みながら、春原。
「確かに遅いが、門限は0時にしてあるからな。それは今までちゃんと守っているし、無断外泊だって一回もしていないから大丈夫だろう」
そう言いながら頭に被った三角巾を外していると、案の定こんな夜なのに疲れを感じさせない軽やかな足音が階下から響いてきて、
「ただいまー」
我が愛娘が帰宅したのであった。
「おかえり、汐」
「おかえり、汐ちゃん」
ほぼ同時に、俺達。
「――あれ、春原のおじさま? しかもエプロンなんてしちゃって、どうしたんです? おとーさんも、おじさまと一緒に台所って……」
「「べっつに〜?」」
すでに完成品はアルミホイルで隠してあるが、すぐにばれるだろう。
むしろそれ故に、俺と春原は汐が答えに思い至るまで、にやにやし続けたのであった。
Fin.
あとがきはこちら
「おおっ! なんか今回はすごい!」
「だろ?」
「おとーさんとおじさまの、愛の結晶?」
「なんでやねん!」
「熱い夜だったよね! 岡崎」
「お前も誤解を招くようなことを言うな!」
あとがき
○十七歳外伝、ホワイトデーに絡めた食事事情編でした。
私見になりますが、料理書は大きければ大きいほど、料理に対するレパートリーが増えてお得だと思います。これから料理を始めてみようと思う方がいらっしゃったら、参考にしてみてください。
さて次回は……どうしよう。