超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。
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「こんどのぷち演劇シリーズなんだけど、『境界線上のホライゾン』はどうかな? 幼少期のホライゾンをお母さんが演じて、今のホライゾンをわたしが演じるの」
「それは別にかまわないが……お前、あの格好出来るのか?」
「楽勝楽勝。その代わり、おとーさんは全裸ね」
「絶対に断る!」
目を覚ますと、部屋中が冷え切っていた。
新年も明けて、数日経った頃。まだ幼稚園も仕事の方も絶賛正月休みのこの季節、結構遅くまで寝ていたつもりなのだが、それでも寒い。
隣の布団を見てみると、敷き布団、掛け布団とも丁寧に畳まれている。どうやら、俺より先に目が覚めて起きたようだ。
部屋が明るいからカーテンを開けてくれたのだろう。そう思って上体を起こし視線を巡らせると、窓の側に今年の春小学生となる娘の汐が、外を見て立ち尽くしていた。
「おはよう。どうした? 汐」
俺がそう声をかけても、汐は反応しない。
本当にどうしたのだろうかと思いつつも俺も窓から外を見て――納得した。
窓の外は、一面の銀世界となっていたのだ。
『初めて見る、雪の白さ』
「これはまた……見事に降ったな」
窓の外から見える風景に、視線を釘付けにされながら俺。
「うん……」
背が低いため、窓の桟に手をおいた姿勢のまま、俺と同じような感じで汐が答える。
そういえば、昨夜から朝にかけて雪が降ると天気予報が言っていたのを思い出す。しかし、その短時間の間にここまで積もるとは想像していなかった。
「道理で寒いわけだ」
パジャマのまま窓から動かない汐にどてらを着せながら、俺。
「うん。でも、きれい――」
その風景に目を輝かせ、汐はそんなことを言う。
「雪を見るのは、初めてじゃないだろ?」
すると汐は初めて雪景色から目を離すと、俺の方に向き直った。そして何か言おうとするが、途中で言葉を飲み込んでしまう。
「どうした?」
「えっと……」
俺が促すと、汐は両手を後ろに回し尚も逡巡していたが、やがてはにかんだ様子で、
「パパといっしょにみるの、はじめてだから……」
――なるほど、そういうことか。
「そういえば、そうなるな」
そう言われると、少しだけ感慨深いものがあった。
――実際には、ちょっと前にかなり深い雪が降っている。
けれどもそのとき汐は高熱を発して臥せっており、俺は俺で無理な看護を重ね随分と憔悴していた。
だから、あのときの俺達は雪を見る余裕など、何処にもなかった。
それどころか、あの雪の中で俺達ふたりは、何処にも行けなくなるところだったのだ。
……閑話休題。
「ねぇ、パパ」
再び窓の外を眺めて、汐は言う。
「おそと、いきたい」
「外か……」
思わず苦い顔になってしまう。
つい最近まで、汐には熱があったわけだ。
もっとも今は元気そのもので、医者曰く身体の何処にも異常は無いとのことだったが――それでも、怖いものは怖い。
ただ、その理由で汐を家に閉じこめるというのも、何か違うような気がした。だから、俺は少しの間だけ悩み――、
「……俺と一緒でなら、いいぞ」
「うんっ!」
汐の顔が笑みで綻ぶ。
「準備は出来たな」
「うん」
「寒くはないか?」
「だいじょうぶ」
「なにかあったらすぐに言えよ」
「うん」
「よし、それじゃ行くぞ」
「おー!」
なんというか、久々に交わすやりとりだった。
「わぁ……」
家の外から通りに出ると、汐は目を輝かせて辺りを見渡した。
「みんな、まっしろ……」
「そうだな」
マフラーとコートとミトンと帽子で完全武装したその姿はなんというか、毛糸と合成繊維でできた雪だるまみたいになってしまったが、風邪をひくよりかはましだろう。
「わっ」
積もった雪に汐が足を取られる。汐自身の体重は軽いが、靴のサイズがまだ小さいので足が簡単に沈んでしまうのだ。
でも、その感触が楽しいのだろう。何度も何度も雪を踏みしめる汐だった。
「気をつけろよ」
吹き溜まりになっていそうなところは手を引いて避けさせているから大丈夫だと思うが、それでもうっかりはまってしまえば、結構洒落にならない。
「うん……あっ」
上の空と言った様子で返事をした汐が、急に目を輝かせた。
目の前にあるのは、塀の内側に出来た汐の背丈ほどの雪溜まり。
けれど、汐にとってはちょっとした雪山だろう。
「すごいっ――あ」
その雪溜まりに触れようとした汐が、直前で雪に足を取られ、雪溜まりに頭から突っ込む。
「汐!?」
慌てて駆け寄る俺。
「やっぱりつめたい!」
「そりゃそうだ! 大丈夫か?」
「うん。やわらかかったから」
「そうか……」
マフラーやコートに付いた雪を、手で払い落とす。
「パパ、もっとゆきのあるばしょ、ある?」
「雪がたくさんある場所か?」
「うん。ゆきだけのところ」
「なるほどな」
この付近はすでに誰かが歩いたり、あるいは車が通った後がある。おそらく街の方に行けば雪かきすら行われているだろう。ならば――。
「ちょっと歩くぞ。大丈夫か?」
「うん!」
「やっぱりな……」
さすがに正月休み、それも雪となるとそこには誰も居らず、足跡もひとつとしてなかった。
校門へと至る、長い長い坂道。
そこはかつて、俺と渚が出会った場所だった。
ちなみに、汐にはここがそうだとは話していない。いささか詭弁になるが、汐にはあの春の季節に、ここがそうだと教えたかったからだ。
だから今ここは、ただ誰もいないところ、雪だけが積もっているところということになる。
「すごい、すごいっ!」
飛び跳ねるようにあちこちを歩き回る汐。
けれど、俺は同じようなノリにはどうしてもなれなかった。
どうにもこうにも、雪には苦手意識がある。たとえ汐が目を輝かせても、だ。
なぜなら雪が降ったあの日、汐は高熱に苦しんだし、渚は、渚は……。
「パパ」
ほんのわずか気を緩めた間に、汐は俺のすぐ側に駆け寄っていた。
「え、あ……どうした?」
保護者としてあるまじき失態にやや慌てていると、汐はすごく心配そうな顔で俺を見上げ、
「パパは、ゆきがきらい?」
予想外の質問をしてきた。おそらく、今までの俺の態度で察してしまったのだろう。
「そうだな……色々あったから」
意表は突かれたが、それでも答えないといけないだろう。俺は膝を屈め汐と視線を合わせて、そう答えた。
「いつか、すきになる?」
「どうだろうな。いまはわからない」
汐に嘘は言いたくない。例えそれでその顔が曇ったとしても、だ。
けれども、汐は哀しそうな顔も、寂しそうな顔もしなかった。ただひたすら、縋るような祈るような顔で俺を見つめて、
「それじゃ……いつか、すきになってほしい」
それでもはっきりと、そう言った。
「そうだな――うん、それなら」
俺は手袋を取って、小指を出す。すると汐も慌ててミトンを外すと、俺の小指に自分の小指を絡めたのだった。
「約束、な」
「うん。やくそく」
指切りを交わした後の自分の指を愛おしげに撫でて、汐。
「――よかった」
汐との約束はその後、十年ほど経ってから果たされることになる。
その場所は、こことは違うけれど渚と縁のある場所で……後に俺はなにか運命じみたものを感じるのだが――それはまた、別の話。
Fin.
あとがきはこちら
「あの雪景色、学校の坂だったんだ」
「ああ、なんか言う機会がなくてな」
「まぁいいけど……他にもなにか伝えていないことってない?」
「ど、どうだろうなぁ……(やべ、なんかいろいろありそう)」
あとがき
○十七歳外伝、2013年新年編でした。
私の住む地域は未だに雪が降っていませんが、周囲に降っているせいかめっちゃ寒いです。中には豪雪地帯の方もいらっしゃるでしょうから、大変だなと思いますが……子供はたぶん、地域に関係なく喜んでいるのではないでしょうか。
さて次回は……未定であります; ○の中学生時代の話とか書いてみたいところでありますが……。