超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
ブラウザのバックボタンで戻ってください。
このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。
それでも読む方は方はここをクリックするか、
ガンガンスクロールさせてください。
「よいしょ――」
「また体育館の梁の上で演劇部の見学か、渚」
「はい。ここからだとよく見えますので」
「それはいいんだが……角度によってはスカートの中身丸見えだぞ?」
「朋也くんっ!」
私の所属する演劇部は、かなり自由度が高い方だと思う。
演劇と一言で云っても、ひとつの演目を動かす為には役者だけではなくて、大道具や小道具、照明や音響、そして演目の大本となる脚本と、色々な役目というか担当があるわけだが、そこへ所属したいという希望は、大抵本人の自己申告だけで良いのだ。もちろんそれは、入部したときだけでなくいつでも可能なのである。
これは、今の部長である岡崎汐先輩から――という訳ではなく、ずいぶんと前から演劇部独特の風習となっていたらしい。なんでも、二度目の演劇部の再興時(理由は不明だけれど、私達の演劇部は二度ほど廃部になっている)に、当時の演劇部部長がそう決めたルールが、今に至っても守られているのだそうだ。
ただ、入部してからだいぶ経ってからの申し出は、結構珍しいはずなのだ。皆、自分にあったところを担当し、そこに打ち込むためである。
だからだろう。私が小道具の担当から舞台に上がりたいと告げたとき、岡崎部長は最初ぽかんとしていた。
たしか、部長が丁度部活間のミーティングを終えて、演劇部部室に戻ってきたときだったはずだ。そこはちょっと記憶が定かではない。
でも、そのときの岡崎部長の貌を、私は一生忘れないと思う。
「……いいの?」
前から何度も舞台に上がることを勧めてくれたのは、当の岡崎部長だ。そして私は、曖昧ながらもそれを断ってきていたのである。
「はい、お願い致します」
けれども、とある想いを胸にして、私はそう申し出ていた。
「いいのね? いいのね? 組み込んじゃうよ? 台本に」
私の手を両手で掴み、何度も上下に振りながら、見たことのない笑顔で岡崎部長はそう言う。
「は、はい。よろしくお願いします」
「だーいじょうぶ! まーかせて! ……ふふふ」
「岡崎部長?」
「……うわははははははー! 次の演目はおもしろくなるぞー!」
あんなに張り切った表情を表に出した岡崎部長は、後にも先にもこのときだけだと、今でも思う。
『私の、第一歩』
「というわけで、主役に組み込んだからよろしくね」
ミーティング用のホワイトボードに大きく私の名前を書いて、岡崎部長は、さらりとそう宣言した。
「ちょっとまってくださいっ!」
思わず大きな声を上げてしまった。
演劇部の部室、部員全員を集めた演目に関するミーティング中のことで、いままで大声どころか発言すらあまりしたことがなかったせいか、皆の視線が私に集中する。
「な、な、なんでいきなり主役になっているのでしょうかっ!?」
と、私。だってそうだろう。普通担当を変えたばかりの部員を主役に抜擢などするわけがない。
「なんでって……大丈夫だと思ったから」
けれども、けろっとした顔で岡崎部長はそう言う。
「で、ですがいきなり主役にというのも……そもそも先輩の皆さんと比べて練習量が足りませんし――」
「練習なら、していたでしょ?」
――!
思わず言葉に詰まってしまった。
「いつも練習にはちゃんと参加していたし、そのあと自主的にもトレーニングをしていたみたいだったから」
「見て――いらしたのですか?」
熱を帯びた頬に、思わず手がいってしまう。けれども岡崎部長はゆっくりと首を横に振って、
「ううん。普段の練習を見ていてね。練習量に比べて上達していくのが早いなって思ったから」
そう言われると、なんとなく恥ずかしかった。
「あ、もちろん強制してまでやることじゃないから、今なら辞退できるけど……どうする?」
ちょっと心配そうにそういう岡崎部長に、私は首を振る。
縦ではなく、横に。
「いえ、折角岡崎部長が推して下さったのですから。そのお役、謹んでお預かり致します」
「……うん、了解しました」
どこかほっとした様子で、岡崎部長はノートに赤ペンで丸を書いていた。
「みんなも、異議とかある?」
「異議なし」
「いけると思います」
「基本的に異議はありません。ただ、今回の演目は主人公のモノローグが割と多い方ですが、大丈夫でしょうか」
「それだけど、過去の話は視点を変えてしまえばいいと思うの。主人公の語り口じゃなくて、実際に動いている方の役で、ね」
「……ああ、なるほど。それならいけますね」
そんなかたちで、議論はさくさくと進み――。
私が演目の主演となることが、確定となった。
岡崎部長曰く、『今までの慣習、それと自己流』である演劇部の練習は、割と理に適っていると思う。
まずは部室にて車座になり、台本の読み合い。ここで、出来るだけ台詞を頭の中に叩き込むこととなる。
「うん、台本の読み合わせも問題ないね。それじゃ、そろそろ立ち位置をあわせてやってみようか」
というわけで、次には部室内のあいているスペースか体育館のステージを借りて、台本を手に持ち台詞を言いつつ立ち位置を覚える練習。この際は床にカラーテープを張り付け、台本に指定された歩調で指示された色のテープを踏んでいく。こうして、自分がどこに動くのかを覚えていくことになる。その際、他の人の動きも覚えるのが望ましいとのことだけど、私には自分と岡崎部長の分しか覚えられなかった(そして当然というか何というか、岡崎部長は全員の役の動きを完全に把握していた)。
「はい。それじゃあみんな着替えて、体育館に集合ね」
これが終わったら、仮の大道具を置いて、体操服など動きやすい服に着替えて本格的な練習に入る。ここで台本は手に持てなくなるので、それまでに台詞と動きを憶えきらなくてはならない。
そして最後に、本物の大道具と衣装を身につけての練習に入る。
最初は部分部分、そして最後には全てを通しで行う全通し練習となるそうだ。
今日は――その部分部分の練習の日。初めて衣装を身につけた練習となる日だった。
先に衣装――自らの役である飛行士の服――に着替えて(更衣室は一応男女にわけてあるのだが、私は同性とでも一緒に着替えるのが恥ずかしく感じてしまうという悪いところがあった)、舞台袖にある控えの場で待っていると、
「おー、ナギ。お前のその衣装、結構似合うなぁ……」
ひとつ上の男性の先輩から、そう声をかけられた。かく言う先輩も、自らの役である20世紀初頭風の実業家の格好をしている。
「ありがとうございます。もともとは男性の衣装だそうですが……」
「ああそれな、当時の資料をみる限り男女共用なんだと。正確に言えば主人公の職業は当時女性が圧倒的に少なかったから、女性がやる場合は男性のと同じ格好になっていたらしい」
「そうなのですか……」
一見するとだぶだぶしているが、その実機能的な服を見渡して、私はそう答える。
「ま、外見を模しているだけだけどな」
「いえ、教えていただきありがとうございます」
ただそう言う役だから着るというわけでなく、その衣装がどういう意味を持っているか知っているだけで、だいぶ違うと思う。
「それにしても、岡崎部長とはじめての練習か」
「はい。そうなりますね」
体操着を着ている練習の間、岡崎部長は多忙であちこちに呼び出され、なかなか一緒に練習できなかったのだ。だから、その部分は代役の先輩か、私ひとりで進めていたのである。
正直に言えば、そこは少し寂しかったのだが……岡崎部長自身はそろそろ引退や引継を考えなくてはいけない時期であるから、仕方がないことなのだろう。
「――そんじゃ、遭遇できるかもな」
「……え?」
感慨に耽ってすこし呆けてしまっていた私に、その言葉は頭に鋭く浸透した。
「な、何にでしょうか?」
「いずれわかるさ」
意味深に笑う先輩だった。
「それって一体、どのような意味なので――」
私がその真意を問いただそうとしたときである。
「おまたせ!」
予定より少し遅れて、岡崎部長が体育館に到着した。即座に、各担当のリーダー役が岡崎部長のそばに集合する。
「ごめんなさい、ちょっと生徒会に捕まってた」
「ああ、今度の舞台の改造、許可出ませんでしたか」
「逆。もぎ取ってきたの」
「――さすがです、岡崎部長」
「ありがと……さて、大道具のみんなは集合。許可もらった代わりに、生徒会からの改善点を伝えるからメモの用意をお願いね」
その一言で、舞台の裏や、袖側、天井付近のキャットウォークにいたお大道具担当の部員が一斉に集まってくる。
みんな、各自の仕事をしながらも岡崎部長の声に耳を傾けていたのだ。
「――というわけで、本物の砂をそのまま使うと不意に風が吹き込んできたときに、舞い上がっちゃう可能性が指摘されたの。これに対する対処法としては、なにが考えられる?」
「そうですね……ベースとなる部分に接着剤を塗って砂を固定させるとか」
「でもそれだと固くならね? 足が砂に沈み込む演出ができなくなんぜ?」
「なら、接着する土台を柔らかいものにすればいいんじゃないですか? ウレタンとか」
「それだと足が砂に沈む描写はできるけど、その際砂が少し剥がれそうな気が……」
「でも接着しないよりはましでしょう」
「OK、それ採用。どれくらいで出来そう?」
「もっとも遅くても、全通しの練習には間に合わせます」
「了解。大変だろうけどお願いね」
あっという間に、物事が決まっていく。別に岡崎部長がいないと何もできないという訳ではないのだが、それでもその進行はずいぶんと早くなるのだ。
「さてと、着替え着替えっと……」
そう言いながら、舞台のど真ん中で制服を脱ぐ岡崎部長。以前もあったけれど、急いでいるときは割と人前で着替えてしまうという悪い癖がある。ただし、ちゃんと制服の下に一枚――、
「岡崎部長! 制服の下シャツ着てないです!」
遠目に見ていたのに、一番最初に指摘したのは私だった。まるで、一挙手一投足を見守っていたみたいで、少し恥ずかしい。
「――あ、いけない。今日は暑かったから着なかったんだっけ」
すんでのところで、脱ぎかけていた制服を着直す岡崎部長。それでも、私の角度からはお腹を丸ごと見えてしまった。あともうちょっと遅かったら上の下着も見えていたかもしれない。
慌てて衣装を抱えて舞台袖にある臨時更衣室に飛び込む部長を、全員で見送る。
「いいもの見られたなぁ」
「ああ、最高だった……」
「健康的――でしたな」
男子の先輩が、そんなことを呟いた。
「どこが良かったのよ、今ので」
少し呆れた様子で、女子の先輩がそう訊くと、先ほどの先輩方は電光石火の勢いで、
「ヘソチラ」
「ヘソチラ」
「ヘソチラ」
「あんたら、ある意味幸せよね……」
私など、恥ずかしくて直視できなかったというのに……。
そんなことを言っている内に、衣装に着替えた岡崎部長が飛び出てくる。そして私の姿を認めると、
「さっきはありがとう。……って、準備早いね」
「いえその、はじめてですから」
「……そうだね。そういえば、わたしもそうだったな」
昔を懐かしむように、岡崎部長。けれど、その表情はすぐに真剣になって、
「さてと、各自最終報告をお願いします」
直後、即座に返答が返ってきた。
「照明、よし」
「音響、オールグリーン」
「大道具に不都合なし」
「小道具、全て揃っています」
「役者欠員なし、体調不良者なし!」
「OK。それじゃ、はじめましょ」
本番と同じようにするため、舞台の幕が下りた。途端、舞台側の空気がぴんとはりつめたものになる。
「それじゃ、はじめます。毎度毎度のことだけど、部分部分で止めるからといって集中を切らさないようにね」
その岡崎部長の一言に、私を含めて全員が頷く。
「それではカウント10から。みんな、頑張ろうね」
その最後のカウントは、指折りになる。舞台から観客側へ、不用意な音が漏れないようにするためだ。
岡崎部長が掲げていた手がじゃんけんでいうグーになり、さっと引っ込める。
途端、舞台の幕がゆっくりと上がった。
私は大きく息を吸う。
預かったのは、主役という大役。
ならば、立派に果たさなければならない。
「……はい。OKです」
観客席側にいた脚本を担当されている先輩が、両腕で丸印をつくりつつそう言った。
同時に、私は大きく息をはく。
「気持ちはわかるけど、そこで緊張を切らないで。本来は、このまま次のシーンに続くんだから」
と、岡崎部長。
「はい、済みませんでした」
「謝らなくていいのよ。ただ、今言ったことを忘れないでね」
「……はい」
普段はどちらかというと優しい岡崎部長だが、演劇に関することには結構厳しいところがあった。それでもそれは私に出来ることを的確に指摘しているのだから、却って身が引き締まる思いになる。
「それでは次のシーンに入ります。岡崎部長、お願いします」
「了解!」
勢いよく立ち上がる岡崎部長。
「いくよ」
「はい」
「では次のシーン、『邂逅』。カウント5から!」
シナリオ担当の先輩が大きく手を挙げる。
その指が折られていく間、私は、深呼吸を一回だけした。
そして全ての指が折られるのとほぼ同時に、岡崎部長が両目を閉じ、そして静かに開ける。
その途端、空気が変わった。いや、これは――。
荒涼とした夜の砂漠。目の前には不時着した小さな飛行機があり、その機体を風避けにするように、小さなたき火が煌々と光を放っている。
そして、そのたき火に座っている私の真向かいに、中性的な衣装に身を纏った岡崎部長が、私が今まで見たことをのない、微笑みを浮かべていた。
思わず、立ち上がる私。
そう言えばいつ座ったのだろうと思う間も無く、岡崎部長は、私に向かって、
「『ねぇ、羊の絵を描いてよ』」
「『ひ、羊――?』」
自然と台詞が出てきて、私は気付く。
これは、舞台そのものだ。ならば――。
歌い出すように、力を込めて。
それで息をはくように自然と。
私は、言葉を紡いだ。
「――はい。お疲れさま」
その一言で、私は我に返った。
「え……あ……」
いうまでもなくそこは体育館の舞台の上。決して砂漠の真ん中ではない。
「うん、今のはすごく良かったよ」
私の肩をぽんと叩いて、岡崎部長がそう労う。
「さっきのシーンより、肩の力が抜けてて自然な演技が出来てたね。お疲れさま」
「岡崎部長こそ、すごいです。あんな……あんなことができるなんて」
そこまで言って、言葉に詰まってしまう私。すると岡崎部長は照れくさそうに、
「あ、うん……わたしは、いつもと同じようにしていただけなんだけど……」
すごく困った様子で、そんな風に言う。
「時々あるのよね、わたしと一緒に練習していると。どうしてみんなそう言うのか、ちょっと不思議で――」
「それはきっと……岡崎部長の演技力に、惹き込まれているのではないでしょうか」
「そ、そう?」
改めてそう言われると、結構恥ずかしいんだけど……。という岡崎部長に、私は微笑みを返す。――先ほど、岡崎部長が私に向けたように。
「はい。だから……一緒の舞台に立ちたいと思って、良かったです」
ようやく歩めた一歩を胸に秘め、はっきりとそう言った。
「うん。わたしも一緒に立てて嬉しいよ」
「岡崎部長……」
「すいませーん! 次のシーンもあるんでガールズトークはそこらへんでー!」
観客席側から上がったその声に、私は再び我に返り、次いで赤面してしまう。
――そう、ここは舞台の上。私は今その場にいる演劇部員全員に告白下のも同然であった。
「おっと。ちょっとおしゃべりが過ぎたわね」
対する岡崎部長は、さすがというかなんというか平然としている。
「それじゃ続けましょうか。もっともっと良い演技が出来るように、ね?」
是非もない。
私は強く頷いて、それに応えたのであった。
Fin.
あとがきはこちら
「ということがあったのですが」
「へぇ……お前もあれを見たのか。良かったな」
「岡崎さんも見たことがあるのですか?」
「ああ、客席側でばっちりな」
「客席ですか。さすが岡崎部長です」
「あれな、母親譲りなんだよ。見せたかったな……あの演技」
「私も、岡崎さんの奥様に会ってみたかったです……」
あとがき
○十七歳外伝、演劇部の風景編でした。
演劇部の練習には大昔の学生時代照明のお手伝いをしたことがありましたが、今はどういう風に練習しているのか、ちょっと気になりますね。
さて次回は……ごめんなさい、未定です。