超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。
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「例の台風の日、作者は五時間かけて帰宅したそうだ」
「それはちょっと――計画性がないね……」
台風の接近に伴い、授業が大幅に短縮された秋の金曜日、わたし岡崎汐は下駄箱で通学鞄を包んだビニール袋の密閉ぶりを再度確認していた。
理由は言うまでもない。雨と風は既にかなりの強さになっており、携帯電話や授業で使うノートパソコンなどを、雨で濡らすわけにはいかなかったからだ。
ふむ、急拵えだから完全防水というわけにも行かないけれど、これなら問題ないだろう。さて――!
色々と覚悟を決めていざ突撃といったところで、わたしは足を止める。
何故なら、雨の煙で閉ざされた昇降口の少し内側で、困惑の表情を浮かべている演劇部の後輩が立っていたからだ。
『ふたりの渚』
「どうしたの? こんなところで突っ立っちゃって」
あまりにも思い詰めていた貌をしていたので、わたしは努めて穏やかな口調ででそう声をかけていた。
「……あ、岡崎部長」
「ちょっと顔色悪いわよ。なにかあった?」
重ねてそう訊くと、後輩の子は小さく息を吸って、
「実はその……自宅の鍵を忘れてしまいまして」
「ありゃ」
思わず外とその子を見比べてしまう。
「それって、家の人は不在ってことだよね?」
「ええ、はい」
「何時頃に帰ってくるの?」
「そうですね……今日でしたら大体8時頃には。でも、今日の台風によっては泊まりがけかもしれません」
となると、この子は学校で足止めということになる。
一応、帰宅困難者には体育館が解放される予定である。ただ、学校側も急な接近に対応しきれなくて(なんでも、高気圧カタパルトなる現象で台風が急加速したらしい。だから、朝から休校にならなかったのだ)、ただ場所を提供するだけのようであった。
ならば――。
「じゃあ、家にくる? 幸い明日は土曜で休みだし」
「岡崎部長の御自宅ですか?」
「うん、そう」
一応緊急避難先に古河家もあるけれど、あちらよりわたしの家の方が学校に近い。
それに、あちらも今台風対策でお店が大変だろう。それならば、自宅が一番だと思われた。
「それでは、お言葉に甘えさせていただきます。でも、本当によろしいのでしょうか?」
「いいのいいの。困ったときはお互い様でしょ?」
こういったときは持ちつ持たれつ。それが一番良いと思う。
「そうと決まったらやることやらないとね。はい、これ」
わたしは、予備のビニール袋を彼女に手渡した。
「こ、これは?」
「防水用」
そう言って、わたしはビニール袋でぐるぐる巻きにされた自分の鞄を見せてあげた。
「……蚕の繭みたいですね」
「うん、これくらいやらないとね」
「でも、傘があるのでは――」
「あれを見てみて」
後輩の子がすべてを言い終わる前に、わたしは昇降口脇のゴミ箱を、指さして見せた。
そこには、骨が折れた大量の傘が、ぼろぼろになるまで刃こぼれした刀のように無惨な姿を晒している。
「え、ええと……」
「つまりね」
スカートのポケットから髪留め用のゴムを取り出して、即席ポニーテールにしながら、わたし。こうしないと、濡れた髪が顔に張り付いて非常に煩わしいのだ。
「この風になると、傘はもう役に立たないのよ」
聞くところによれば、暴風にも耐えられる傘はあるとのことだけれど、残念なことに私がもっているのは普通の傘である。
「というわけで、ここからダッシュ! 行くよっ」
「え、えええええ!?」
当たり前のことだけれど、ずぶ濡れになった。
さすが台風、下着までぐっちゃぐちゃである。
でも、雨主体の台風で助かった。これで暴風がもうちょっと強かったら、とても走れなかっただろう。
「ふぅ……」
ぐじゅぐじゅになったスカート――太股に張り付いて非常に気持ち悪い!――のポケットから鍵を取り出し、玄関を開けて、すぐさま閉める。
「つ、つ、着きましたか……」
精根尽きかけた様子で、後輩の子がそう呟いた。
どうやら、家までのノンストップダッシュ&豪雨&強風に参った様子であったけれど、それでもちゃんとわたしについてこられたのは、演劇部における練習とそれに対する努力の賜物だろう。事実、入部してからこれまでに彼女はめきめきと体力を伸ばしていたからだ。
……さてと。
靴を脱ぎ、その他脱げるものを脱ぎながら、古新聞の束をありったけもってきて、濡れたものをその上に置く。
次いで奥の部屋に入るとバスタオルを二枚引っ張りだして、そのままとって返す。
「ほら、あなたも脱いで脱いで」
一枚を羽織るように肩に掛け、もう一枚を後輩の子に手渡しながら、わたし。
「ええええ、でもでも――」
「風邪引いちゃうでしょ。良いからさっさと脱ぐ!」
「ひゃああああ!」
かく言うわたしも、もう制服を脱いで下着姿になっている。
……完全に余談だけど、後輩の子は結構着やせするタイプである。一度夏に水着姿を見たときも思ったけど――ちょっとだけ、意外だったり。
「わかりました! わかりましたからそれ以上脱がせないで下さい! それと制服は私が干しておきますから、いつまでもその格好でいらっしゃないで、何か着替えをっ」
「――あ、うん」
声がひっくり返っている割には、冷静な指摘だった。
わたしは急いで、替えの下着と何か着るもの――パジャマを用意する。サイズは、わたしのだと大きいからお母さんのでいいだろうか。
「おまたせ。中学時代のわたしの下着、もし良かったら使っちゃって。あと、こっちはパジャマなんだけど――」
そこまで言いかけて、わたしは言葉を飲み込んだ。
バスタオルにくるまって照る照る坊主みたいになっていた後輩の子は、静かに立ち尽くしていたからだ。
その視線の先にあるのは、お母さんが写った写真。
わたしが小さいときからずっとある――そして今も見守ってくれる、お母さんの写真だ。
「この方が?」
バスタオルにくるまったまま、後輩の子はそう訊いてきた。
「そう、わたしのお母さん」
何故か少し気恥ずかしくなりながら、わたしはそう答える。
「確か……」
お母さんの写真を見つめたままなので、その表情はよくわからなかったけど、その声には少し張りつめたものがあった。
「うん。あなたと――同じ名前なの。渚」
……こうやって口に出すと、随分と新鮮な感じがする。
考えてみれば、お母さんの名前を名前を頻繁に口にするのはあっきーや早苗さん、そしておとーさんな訳で、娘のわたしにとっては『お母さん』であることが多いからだろう。
「だから、部長も岡崎さんも驚かれたんですね」
わたしの口調から読みとったのだろう。後輩の子はそんなことを言う。
「うん、まぁね。あまり珍しい名前って訳じゃないからそこまで驚くことじゃないってわかってはいるんだけど……やっぱりね」
「それでも、私の名前呼んでいただけるのですね」
嬉しそうに口の端に笑みを浮かべて、後輩の子はそう言った。
「そりゃ、たまたまお母さんと同じ名前なだけなんだから。呼ばない方が不自然でしょ? ……正直に言うと、ちょっとくすぐったいけど」
「そうですね。私だって多分、自分の後輩が母と同じ名前だったらそうなると思いますし」
そう言ってもらえると、随分と楽になる。
「初めまして。岡崎部長の後輩、近江渚と申します」
きちんと自己紹介して、お母さんの写真に、そっと手を合わせてくれる。
ちゃんとした仏壇は古河家にあるけれど、ここでそうしてくれるのも、ありがたい話であった。
「岡崎部長に、似ておられますね」
「うん、よく言われる」
「でも、雰囲気は随分と違う気がします」
「それもよく言われるかな?」
特に、わたしとお母さん両方を良く知る人は、皆そう言う。
「でもね、具体的にどう違うかをはっきりと言える人って少ないのよね」
「そうでしょうか。私でしたら簡潔に答えられますが」
「お。言ってみて言ってみて」
「はい。少なくとも、岡崎部長みたいに強引に服を脱がそうとするような方では無かったと思いますっ」
「あ、言ったな〜」
後輩の子に抱きつきながら、わたし。
もちろん、彼女の方もわざとだとわかっているから、お互い笑顔である。
そしてそうやってじゃれ合う中、ふと耳を澄ませると。
心なしか、外の雨音が優しいものになった気がしたのであった。
Fin.
あとがきはこちら
「ふぅ、すっげー雨だったな。ただいま、うし……お?」
「――あ」
「――ひゃ」
「……朋也です。家に帰ってきたらバスタオルと女子高生で出来た照る照る坊主が二体、じゃれあっておりましたとです」
「ひゃあああああっ!」
「汐だけなら眼福で済むんだが、後輩となるとすげぇ背徳感が――」
「いーからすぐ後ろを向くっ!」
「……改めまして、お帰りなさい。おとーさん」
「お、おじゃましております岡崎さん」
「いや、それはいいんだが……なんでふたりともパジャマなんだ?」
「ええと、代わりの服がないから……所謂ひとつのパジャマパーティ?」
「私に訊かれましても……」
あとがき
○十七歳外伝、台風編でした。
この前の台風で色々と酷い目にあったんですが、それをバネにこんな話を書いてみました。まぁ、転んでもただでは起きないってことでひとつ。
そう言えば、何気に後輩の子のフルネーム公開ですね。だいぶ前に設定していたので掘り返すのに結構苦労しました^^。
さて次回は――かなり未定です; 下手するといきなり文化祭のシーズンになりそうなので……。