超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。
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「ども! 岡崎父娘のワイルドタイガーが他人に見えない方、岡崎朋也です!」
「ども! 岡崎父娘の先日戸棚を掃除していたら裏の隙間から『うさぎドロップ』の単行本が出てきてすごく複雑な気分になった方、岡崎汐です!」
「……見つかっていたのか」
「……うん」
「ちなみに俺、アニメの『うさぎドロップ』観ていてマジ泣きした」
「あ、うん。それはなんとなくわかるかな……」
「お疲れさまでした」
「お疲れさまでしたっ!」
夏休み、夕暮れの体育館。
日はすっかり暮れていたものの、その熱気は些かも衰えていないそんな日に、演劇部の部長である岡崎汐は大勢の部員達と、終礼を兼ねたブリーフィングを行っていた。
「それで、明日なんだけど――」
額に浮いた汗をハンドタオルで手早くふき取りながら、手にした黒いクリップボードに視線を落とし、汐はそう言う。
「全員、持ち物に水着と着替えを用意するようにね」
「あれ? 今回の衣装にそんなんありましたっけ?」
肩にタオルをかけていた男子の部員がそんな疑問の声を上げたが、その質問には直接答えず、汐は続ける。
「あと、明日の練習は午前中まで。午後は――」
ざわつく部員達に片目を瞑って、悪戯っぽく汐は言う。
「――午後はプールで暑気払いとします」
普段は統率がとれている演劇部に、動揺の波が走る。
「それって――」
女子の部員があげた推測の言葉を、汐はウィンクひとつで丸々引き継いで、
「そう、女子水泳部が貸してくれたの。午後は丸々、わたし達演劇部が使って良いって。折角の機会だから、みんなで涼みましょ?」
次の瞬間――、
「い、いやっほーう!」
怒号のような歓声が、体育館を揺るがしたのであった。
『三度と一度目の夏休み』
「どうやってプールを丸ごとお借りしたのですか? 最近よく女子水泳部とお話ししておられますけれど……」
準備体操が終わり、我先へとプールへ殺到する演劇部員達を眺めながら、ヨットパーカーを着込んだ汐の後輩である演劇部員の女子が、不思議そうにそう聞いてきた。足の付け根からちらりと見える紺色の布地を見る限り、下は校内指定のスクール水着であろう。
「あー、うん。ちょっとね……」
肩に掛けたバスタオルから手を出して、困ったように頬を掻きながら、そう答える汐。
実は前に私用でこのプールに来たとき、女子水泳部から水着を借りたお礼に貰った権利なのである。だが、普通は『借りた』側が『お礼に』プールの使用権を譲ってくれるというのは前代未聞というか、おもいきり私情が混ざっているような気がして、汐は真相を誤魔化したのであった。
「ま、それはともかく。泳ぎましょ」
そう言って、肩のバスタオルを脱ぎ捨てる汐。
その途端――、
「岡崎部長のスクール水着キター!」
「おい、誰か水中カメラ持ってないか! 防水加工したカメラなら何でも良いから一台持ってこい!」
「駄目です、写真部の連中は軒並み夏のなんちゃらマーケットで越すプレイヤーさんを撮影しに出かけてしまっていますっ!」
「な、なんたることだぁー!」
「乙女座生まれであることをこれほど嬉しいと思ったことはない! まさに愛だっ!」
思い思いに泳いでいたはずの男子達が、一斉に握り拳を胸にプールサイド側へ殺到したのであった。
「あのね……薄着だったら見慣れているでしょうに」
あきれた様子で両手を腰に当て、溜息をつく汐。
必要があればレオタードやライダースーツなど、比較的身体の線が出る衣装でも躊躇無く着ることができる汐であるし、演劇部員達である。故に、本来であれば水着姿でもそんなに喜ぶ理由はないと思っていたのであるが……。
「岡崎部長の、水着姿だからいいんです!」
「しかもスクール水着だからいいんです!」
「紺色の布地と白い肌のコントラストがいいんです!」
「抱きしめたいなぁ、汐っ!」
思い思いのポーズを取って、そう力説する男子達であった。
「うん、まぁ一応ありがとうと言っておくけど……」
困ったように、汐はそう言う。
「君達、一応後ろも見ておこうね?」
「は?」
「後ろ?」
ガッツポーズのまま、後ろを振り向く男子一同。
そこには――。
「ふーん、あたし達の水着姿はどうでもいいんだぁ……」
「そりゃ岡崎部長は綺麗だけどさぁ……」
「こういう奴らだって気付けなかった、あたしってほんとバカ――」
「私、堪忍袋の緒が――切れましたっ!」
漲る殺気を隠しもせずに、汐と後輩以外の女子が、握り拳を作っていたのであった。
「待て待て待て待て! お、俺は岡崎先輩より胸が小さくても――」
「いや大きくても良いけど」
「俺どっちかというとヒップライン重視派かな?」
「バカ野郎、男は脚線美だろ常識的に考えて」
「武士たるもの、汐への愛を貫かん――!」
慌ててそう弁明する男子一同であるが……。
「言い訳にもなってないわーっ!」
「成敗するしか無いじゃない! ……貴方も、私も!」
「絶対に許さない!」
たちまちにして、無差別水中騎馬戦となるプールであった。
「あーあ……」
呆れた様子で、再び溜息をつく汐。
「今のは、男子のみなさんが悪いのではないでしょうか」
白い水煙に圧倒されながらも、後輩がぽつりとそう呟く。
「まぁ、そうなんだけどね」
その騒ぎはすぐに収まって、暴れ疲れた女子達と、マグロのように打ち上げられた男子達がプールサイドに上がっていくのを眺めながら、汐。
「それよりも、いつまでヨットパーカーを着ているの?」
「そ、それはその……」
ヨットパーカーのファスナーを握りしめ、後輩は静かに呟く。
「ちょ、ちょっと恥ずかしいのです。授業でしたら割り切れるのですがっ!」
「別に際どい水着を着ているわけでもないのに」
「わかってはいるのですが……」
なおも逡巡した様子でそう答える後輩に、汐は表情をふっと緩めると、
「なんだったら、一緒に泳ぐ? あの時の、桜の咲く坂のように手を繋いで――」
そう言って手を差し伸べる汐を、後輩は少しの間だけ見つめて、静かに首を横に振った。
そして、静かにヨットパーカーを脱ぐ。
「……もう、私はひとりで歩かなければなりませんから」
「――偉い、よく言えた!」
「そんな、大袈裟すぎます」
そう言って慌てて手を振る、後輩。
「そんなこと無いって。わたしがそうなるまで、どれくらい時間がかかったことか……」
昔を思い出すように腕を組んで、汐はそう言う。
「ちょっと、想像出来ません」
首を傾げる後輩に、
「――かもね」
わたしもみんなが言う若い頃のおとーさんやお母さん、うまく想像出来ないもん、と汐は笑って答えた。
そこへ、
「お、ようやく泳ぐのか。ナギ」
割と軽傷であった為すぐさま復活し、自由気ままに泳いでいた男子のひとりが後輩の愛称を口にしながらそんなことを言った。
「あ、はい。折角のプールですから」
「そうだな。泳がないと勿体無いもんな。それにしても……」
そこで男子生徒はちょっと迷った様子を見せると、
「……ナギ、お前ってさ。結構胸があるのな」
たちまち、後輩の貌が真っ赤になる。
「あわわわわ……」
「あ、やべ。今のセクハラか?」
「わたしは平気だけど、捉えようによってはおもいっきりセクハラだね」
隣で黙っていた汐が、そう口を挟む。
「まぁでも……なんて言うんだっけ、トランジスタグラマー?」
「グラマーはわかりますが、トランジスタとはどのようなものなのですか?」
「ええっと……真空管の子供で、IC(集積回路)のおとーさんかな……?」
実物はみたことがないんだけど。と、汐。
余談であるが、筆者の周辺には真空管の愛好家が多く、現物を良く見せてもらっている。個人的にはあの密封されたガラス管の美しさが、好事家を魅了して止まないのであろうと推測してるのであるが……。
――閑話休題。
「どっちにしろ、結構あるのね」
「岡崎部長までっ!」
赤面する後輩の背を、汐は笑ってぽんと叩くと、
「それじゃ一緒に、泳ごっか?」
そう言ってプールに入ると、大きく手招きをしたのであった。
■ ■ ■
「あー、泳いだ泳いだ……」
プールサイドに座って耳に入った水を抜きつつ、汐はそう言った。
「岡崎部長って、本当に体力がありますね」
まだ余裕のある汐に対し、やや疲れた様子で、後輩がそんなことを言う。
「……って、あの、岡崎部長。胡座を組まれるのは、あまりよろしくない気が――」
「水着だから、大丈夫よ」
そういう問題ではない気が――と言い返そうとして、後輩は汐が制服を着ているときは足運びがきちんとしていることを思い出し、口を噤んだ。
「良い風だね……」
プールサイドから指の先を浸けて、汐はそう言う。
「そうですね……」
こちらは膝から下を水に浸して、後輩が答える。
「――高校生最初の夏休みが、こんなに大変で、こんなに楽しいものになるなんて、ちっとも想像出来ませんでした」
「そっか……それは、良かったかな」
吹く風に髪を梳らせながら、汐がそう答える。
「そしてわたしにとっては、これがみんなと過ごす最後の夏休みになるのか……早かったなぁ」
プールの水面を見つめながら、そう呟く汐に、後輩は静かに息を飲んだ。
「岡崎部長……」
「あ。ごめんね、ちょっと感傷的になっちゃった」
「いえ――」
この夏が終わり、秋が過ぎて冬も過ぎれば、汐は演劇部を去る。
それはもう決定事項だ。覆りようがない。
だから――。
だからこそ、先ほどのようにひとりで歩かなくはならない。
「あの――」
「うん?」
表情を引き締める後輩に対し、汐は普通に応対する。
「あくまでわたしの意見ですが……同じ夏って、そもそもないと思うのです」
「同じ夏?」
「はい。演劇部のみなさんとこうして過ごす夏を岡崎部長は三回、私は一回過ごしてきましたけれど、それはそれぞれ違う夏だと思うのです。……つまり、この夏だって一度きりなんです」
「一度きり、か……なるほどね」
感心したかのように、汐は頷く。
「でもそれって、それで終わりってことだよね。だって、変わらないものはないんだから」
「ええ、変わらないものなんてありません。でも、思い出は変わりませんから」
「……え?」
聞き返す汐に、後輩は静かに答える。
「思い出になった夏は、変わらないものですから」
そう言って微笑む後輩の貌を、汐はまじまじと見つめていた。
「変わらないもの――か」
「はい。だから、そんなに寂しそうになさらないで下さい、岡崎部長。来年のはきっと……みなさんそれぞれ、素敵な夏に出会えているはずですから」
汐は何も答えなかった。ただ、まじまじと後輩を見つめている。
何ともいえない、静かな間があって、
「すみません、出来すぎたことを――」
ものすごく赤くなって、後輩はそう言った。
「ううん、そんなことないよ」
後輩の頭をくしゃりと撫でて、汐はそう言う。
「むしろありがとう、かな? なんか楽になれた気がするから」
「そんな勿体無い!」
「勿体無くない勿体無くない」
ぎゅっと後輩を胸に抱く、汐。
いつもそうされると慌てふためく後輩であったが、今回は大人しくされるがままになっている。
「本当に、ありがとね」
「いえ、お気になさらず」
「……うん、わかった。それじゃ、精一杯楽しむとしますか。――もうひと泳ぎ、してくるね」
「あ、はい。お気をつけて……」
どこで体得したのか、小さな波紋すら残さずに汐がプールに潜る。
そのしなやかな水影を目で追いながら、後輩はどこか残念そうな、それでいて安心したような長い溜息をついたのであった。
……後の話であるが、汐はこのときの後輩の言葉を聞いて、彼女を自分の後継者にしようと考え始めたのだと述懐している。
もちろんそう思われた当の本人が気付くはずもなく、それ故後の後継者指名の際、ちょっとした騒動が起きたのであるが――それはまた、別の話。
Fin.
あとがきはこちら
「おとーさーん? どさくさに紛れて出演してなかったかなぁーっ!?」
「何を言う。彼は御簾田武士努(みすた・ぶしど)という、ごく普通の男子生徒……所謂ワンマン・ボーイだ」
「そんな演劇部員はうちにいないのっ! お仕置き!」
「しまった、寒等井終人(さむらい・らすと)と名乗ればまだ――ぬおおおおお!?」
「……じゃれあっているようにしか見えないところが、しおちゃんと朋也くんらしいです」(ちょっと混ざりたい)
「……でも朋也くん、どうやって演劇部員さん達に混じったんですか?」
「ああ、競泳帽とゴーグルを付けていたんだ」
あとがき
○十七歳外伝、演劇部プール編でした。
ただ単に、プールで戯れる女学生達の姿を書きたかったんですが、ちょっくらシリアス気味に。どうしてこうなった……。
さて次回は――未定ですね。