「ここなんかどうかなぁ……」
そう言いながら、佐祐理は取り寄せたカタログのページをめくりました。
「ほら舞、良いところっぽいでしょ、モルディブ」
蒼い海に浮かぶコテージの写真を舞に見せながら佐祐理がそう言うと、舞は何故か辟易した様子で、
「もう少し、近場が良い……」
うーん、すごく良い処なんですけど……モルディブ。
『佐祐理と舞の卒業旅行計画〜南国編〜』
ことの始まりは、佐祐理が卒業旅行に何処かに行かないかと舞を誘ったことから始まります。
リクエストを聞いたところ、舞曰く『暖かい処が良い』とのことでしたので、佐祐理は早速つてを駆使してカタログというカタログを集めたのでした。
同時に、電話一本で航空券などのチケット確保もすでに準備済みです。こういうものは、早ければ早いほど良いと、佐祐理は知っていますので。
「じゃあ、ここはどう? タヒチ」
「……先ほどのモルディブより遠く見える。思い切り赤道越えているし」
ふたつのカタログの、ふたつの地図を見比べながら、舞がそう指摘します。
「うん、越えているよ。越えているけど、インドとかで乗り換えが必要なモルディブと違って、タヒチは直通で行けるから。だから移動時間で考えればほぼ一緒かな?」
ただし飛行機は週に一便程ですので、きちっとスケジュールを管理する必要があります。あと、タヒチ近隣にある他の島に行く場合は別途移動手段を確保する必要があることくらいでしょうか。
「どちらにしても、遠い」
つれない舞でした。
「もっと近場のところにすればいいのに。例えば……沖縄とか」
「うーん、良いところって聞いたことはあるけど、佐祐理行ったことがないから」
「……え?」
「……え?」
何でしょう、この逆方向に意外といった感じの雰囲気は。
「行ったことが、ない?」
「うん」
「……もう一度聞く。私も行ったことがないけれど、沖縄には?」
「行ったこと、ないよ?」
はっきりと佐祐理は答えます。確かに、沖縄本島を始め、宮古島にも石垣島にも与那国島にも、佐祐理は行ったことがありません。
「では逆に、海外で行ったことがない場所は?」
「うーん、ケルゲレン諸島とか、スヴァールバル諸島とかかなぁ?」
どちらも、あまり縁がないものでして。
「さすがは佐祐理としか言いようがない……」
そんな感想を漏らす舞でした。
「でもそれは、佐祐理自身のものじゃないから」
もっとも、それを精一杯利用してしまってはいますが。
……そういう意味で、佐祐理は色々とずるい女の子なのだと思います。
「じゃあ、今回の旅行先は、沖縄にしてみる?」
「はちみつくまさん。どんなところかわからないことも、旅の醍醐味だから」
びっと親指を立てて、舞は了承しました。
「おっけー。それじゃ、後は佐祐理に任せてね」
「わかった」
こくりと頷く舞。
「でも、本当にいいの?」
沖縄のカタログに丸印を付けながら、佐祐理はそう訊きます。
「……何が?」
「佐祐理達だけで、旅行に出かけちゃって」
「特に問題はない」
佐祐理の言う意味が上手く捉えられないのでしょう。きょとんとした様子で、舞がそう言います。
「本当に?」
「佐祐理には、問題が?」
訝しく思ったのか、そう聞き返す舞に、
「えっとね」
意図的にひと息置いて、佐祐理ははっきりと言います。
「祐一さん」
一瞬、舞の髪の毛が逆立ったのを佐祐理は見逃しませんでした。
「……祐一は、連れていけない」
「どうして?」
「祐一には祐一の、大切な人がいるから」
「そうなんだ……」
まぁ、薄々とは気付いていましたが。
「そもそも祐一達には、まだ授業がある」
「それもそうだねっ」
まぁ舞が疑わしい視線を浮かべる通り、佐祐理はそのことを意図的に無視していましたから。
「でも佐祐理は、もっと祐一さんにべったりになると思っていたかな? だって祐一さん、舞のことをしっかり支えてくれたから」
なにも佐祐理は愁嘆場を演出したいわけではありません。ただ、舞にはもう少し誰かに頼って欲しいのです。
……人はひとりで居続けるには、あまりにも辛い生き物ですので。
「佐祐理が言いたいことはわかる。」
佐祐理の胸中を察してくれたのか、舞はそんなことを言いました。
「でも祐一以上に、私を助けてくれた人が居たから、私はその人と一緒に旅をしたい」
……え?
「え、え!? それって誰?」
皆目検討が付かないのでそう訊くと、舞は何故か溜息をついて、
「佐祐理」
――はい?
「……へ。嘘、佐祐理?」
思考回路がショート寸前で、なんだか変な声が出てしまいました。
そんな佐祐理に対し、舞は目を細めると、
「祐一が佐祐理の言う支えになってくれたというのは、確かにその通りだと思う。だけど、それならば私が立ち続けられた原動力は……佐祐理、あなたのおかげだから」
「…………」
一瞬、言葉が出ませんでした。
「だから佐祐理、私は佐祐理と一緒に、佐祐理だけと一緒に旅行に行きたい」
……嬉しいこと言ってくれるじゃないですか。
「ん〜もうっ、舞っ! そういうのはね、未来の旦那様にいうものなのっ!」
「今のところ、そういった予定はないから」
涼しい貌で、舞はそんなことを言います。
「だから、大丈夫。問題ない」
問題ないわけがありません。けれども佐祐理はそれが口に出せず――やむなく、行動にでることにしました。
すなわち照れ隠しに取る伝統的な所作のひとつ、相手の肩をばしばし叩く、です。
「佐祐理、痛い痛い」
そんな舞の抗議を佐祐理は笑顔でスルーしました。
だって、舞は笑っていてくれたのですから。
Fin.
あとがき
久々のKanonは、気が付いたらこっちの方が多くなっているような気がしないでもない、佐祐理さんでした。
次回もなんだか、佐祐理さんになりそうな気がしますw。
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