超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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「そういえば、藤林先生のフィギュアってブルマ率高いですね」
「そうなのよねー、まぁそれだけ印象に残ってるってことなんだから、ありがたいって言えばありがたいんだけど。そういえば、汐ちゃんの方はどうなの?」
「あはははは……皆無です」
「……それはそれできついわね」
「カレージキットでは見たことあるんですけどね……」








































































































  

  


 それは、ちょっとした不意討ちだった。
「今でも、覚えていますよ?」
 幼稚園の教え子である汐ちゃんがそう言ったのは、良い天気の日曜日、カフェ『ゆきね』でのこと。
 その言葉は汐ちゃんにとっては何と言うこともないものだったのかもしれないけど、あたしにとってはコーヒーを飲む姿勢でそのまま固まってしまうほど、衝撃的なものだった。



『ありがとう』



■ ■ ■



「みんな、いい?」
 クラスの園児達が集まっている中で、あたしは言う。
 教壇の真ん中には紙芝居用の枠があって、その中には紙芝居の代わりに大きな文字で色々な挨拶が書かれたものが一枚一枚入っていた。
「挨拶ってすごく大事なことなの」
「どうして?」
 そう声を発したのは、珍しいことに汐ちゃんだった。普段は、どちらかというと静かに話を聞いているだけだったのだ。
「みんなの言葉を伝えるためよ」
 そんな内心の驚きを顔に出さないよう努力しながら、あたし。
「でも……」
 汐ちゃんが、言い澱む。
 その理由を、あたしは知っている。
 当時の汐ちゃんの傍に、朋也は居なかったのだ。故に、伝えたい相手がいないと言いたいのだろう。
「言葉だけじゃないのよ。気持ちも伝えるの」
 ここで戸惑うと、汐ちゃんだけでなくクラスの子達からも理解を得ることが出来ない。故にあたしは迷いを振り切り、努めて明るい口調でそう答えた。
「さぁ、みんなで言ってみましょ。まず、朝起きたら?」
 そう言いながら、紙芝居の一枚目を引き抜く。カバーの役目を果たしていた一枚目の下にあった言葉を――、
「おはようーっ!」
 ――読みとる必要もなく、クラスの子達は大声でそう答えてくれた。
「それじゃ、お昼は?」
 そう言いながら、二枚目を引き抜くあたし。
「こんにちはーっ!」
 再び園児達がそう唱和する。
「それじゃ、夜はどう?」
「こんばんはーっ!」
 クラスの子達は、淀み無かった。
 ただ、全員が全員言葉を発しているわけではない。
 たとえば、みんなと声を合わせるのが恥ずかしい子、そして言葉を口に出すのに躊躇っている子などだ。
 その中のひとりである汐ちゃんは、後者になるのだろう。先程から声を出そうとして途中で躊躇い、そして口に出せずにいるようだった。
 その様子は、どこか汐ちゃんのお母さん――渚を彷彿とさせた。あたしと出会った当初の、まだどこか気弱だった頃の渚だ。
 けれども、あの頃の渚がそうだったように、汐ちゃんも変わろうとしていた。一生懸命言葉を口に出そうとするその姿勢が、なによりの証拠になる。
 ……こういうところで、あたしは汐ちゃんが朋也の子であることと同時に、渚の子であることを意識する。ただし、そのことは汐ちゃんや朋也を含め、周囲には決して口に出すことはなかった。今思えば、それは何処か頑なな想いであったけど、当時のあたしには渚に対してある種のコンプレックスを抱いていたため、そうなってしまったのだと思う――多分。
 もちろん、そんなことを表に出してしまうと園児達が気付いてしまう。この歳の子達は、そういった機微を半ば直感で察してしまうものなのだ。
 だからあたしは視界の隅で汐ちゃんを捉えながらも、クラスの子達に挨拶を訊いていく。
「嬉しいことがあったときは?」
 その瞬間、本当にごく短い間に、汐ちゃんの貌に変化があった。これだけは、ちゃんと言わなければならない――そんな貌をしている。
 けれども、立場上あたしは汐ちゃんの背中を押すことが出来ない。正確に言えば、汐ちゃんの背中だけを押すことが出来ない。
 こればっかりは、汐ちゃん自身意思で一歩前に進まなければならないのだから。
 ――どうか、歩き出せますように。
 これほど内心焦ったのは、学生時代に双子の妹である椋が朋也への気持ちを吐露したとき以来のことだった。
「ありがとうーっ!」
 あたしが引っ張りだした紙に書かれた言葉を、園児達の大多数が唱和する。
「……そう、ちゃんと『ありがとう』って言うの」
 少しだけ、今までのペースとずれてしまった。
 汐ちゃんが小さいながらもちゃんと言葉を口に出していたことを目にして、多少身体の力が抜けてしまった為だ。
 まったく……まだまだ教師として未熟ね。
 内心、そう思う。
「これは、とても大事だからね。言葉にしないと、通じないときもあるのよ」
 みんな、目を輝かせて聞いてくれる。
「だから、みんなも忘れないでね?」
 クラスの子達が大きな声で「はーい!」と唱和する。
 そんな中、汐ちゃんは自分に言い聞かせるように何度も頷いていた。



■ ■ ■



「あれはね、あたしの苦い経験でもあるのよ」
 コーヒーを静かに飲みながら、あたしはそう言った。
「経験……ですか?」
 と、同じようにコーヒーを飲みながら首を傾げて、汐ちゃん。
「そ。ちゃんと言葉にして伝えなかったから、気付いて貰えなかったっていう――ね」
 ……ちょっと、汐ちゃんには話す内容ではなかったのかもしれない。察しの良い汐ちゃんのことだ。それが、誰に対するどんな想いだったのか、何となく悟ってしまうかもしれないからだ。
「でも、わたしは言葉で伝えるように教えてくれた藤林先生に伝えたいです。『ありがとう』って」
「あはは、おだてても何もでないわよ?」
「おだててないですよ。真剣です」
 意外にも汐ちゃんは真顔で言う。
「だって、藤林先生のおかげで、おとーさんに何でも話せるようになったんですから」
「そういえば、そうだったわね……」
 それは、今でも憶えている。
 パパと仲直りできたと、それまで見たこと無い笑顔を浮かべてあたしに報告しにきた汐ちゃんのことを。
 それが嬉しかったのと同時に、それまでその笑顔が『出来なかった』汐ちゃんのことを考えると、思い切り抱きしめたくなる衝動に駆られたのものだ。
「……そっか。それなら、良かったかな?」
 あたしが出来なかったことが、汐ちゃんには出来たのなら……それは、とても良いことだと言い切ることが出来る。
 表情が乏しいと言うより、感情をあまり表に出さない子だったけど、今ではこんなに快活に物事を表せることが出来るようになっているのだから。
 それにしても今のあたしはなんて言うのか……教師側の特権を享受していると思う。
 生徒の成長をこうやってみることは、その子の御両親以外では、あまり実感できないことだろう。しかもこれは、本当に希なことなのだ。特に幼稚園となると同窓会もあまり開かないため、あたしの手を離れた後に、みんながどんな風に成長したかを知ることは、かなり難しい。
 そんな中、こうやって汐ちゃんと一緒にお茶が飲めるというのは、希有なことなのだった。
 ……どうでもいいけど、そろそろ『汐ちゃん』と呼ぶ歳では無いのかもしれない。他に見合う呼び方が、あるわけではないけれど。
「あーあ、あたしも子供が欲しくなるなぁ……」
 思わず詮無きことを呟く、あたし。
「結婚しちゃえばいいじゃないですか」
 と、片目を瞑って汐ちゃんが言う。ちょっと前までならおませさんで済んでいたけど、今はそうでもないところが、嬉しいというか、悲しいというか。
「んじゃ汐ちゃん、朋也ゲットして良い?」
「わたしと師匠とことみちゃんとお母さんに勝てたら、いいですよ?」
 それは所謂無理と言うものだ。特に、最後のにはどうやったって勝てそうにない。
 なので、あたしは苦笑いをして溜息を誤魔化したのであった。



Fin.




あとがきはこちら










































「ところでね、あたし作者に一言いっておきたいことがあるんだけど」
「どうしたんです、一体」
「なんであたしのフィギュア、お尻を正面向けて飾ってるのよ……!」
「あー……。なんか置き場に困って今整理中らしいですけど、確かにこれはひどいかも……。でも、藤林先生こそ、なんで四つんばいなんです?」
「しょ、しょうがないでしょ? そう言うポーズでって頼まれちゃったんだからっ」












































あとがき



 ○十七歳外伝、杏の教育現場編でした。
 思わぬところから良い芽が出ると、教育者としては非常に嬉しいそうです。っていうか、私の身内って殆とが教育免許持ちなんですよね。おかげで色々な話が聞けるのですが、これも貴重なことだと思います。
 さて次回は……未定ですね;



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