超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。
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「……ふむ?」
「いや、ふむじゃなくて……初登場だぞ、初登場」
「(台詞無しでなら、一度あったんだけどね……)」
クラスの同窓会を知らせる葉書が届いたことを娘の汐が知らせてくれたのは、いつもの通り仕事から帰ってきた後でのことだった。
その葉書は御丁寧に、返信用の葉書が切取線でセットになっているタイプになっていて、俺はその葉書を手に取り、返信用の葉書を切り取ると、迷わず『不参加』の方に丸を入れ、明日ポストに入れるために他の手紙類とより分けておく。
そして何気ない気持ちで切り取られた側にあるお知らせを眺めながらちゃぶ台に座ろうとし――すぐさま立ち上がった。
動きがちょっと急だったためだろう。その様子をじっと見ていた汐が首を傾げる中、俺は受話器を手に取っていた。
『その人を、待つ間に』
「僕もさ、最初はゴミ箱に直行だったんだよ」
と、学生時代から腐れ縁である春原は、そう言った。
「でも岡崎の電話でよくよく見てみたらその通りのことが書いてあってさ、慌ててここまで来たって訳」
「一応言っておくが、俺はちゃんと『不参加』にチェックを入れて返信しておいたぞ」
「僕だってその後ちゃんと書いて出したよ。もちろん、『不参加』だけどさ」
砂糖を多めに入れたコーヒーをかき回して、春原はそんなことを言う。
数日後の休日、俺と春原――そして汐は、商店街の大手チェーンが運営している喫茶店に集まっていた。
向かいには小洒落たイタリアンレストランが建っており、その入り口には『本日貸し切り』の看板が掛かっている。
要するに、俺達は同窓会の会場の真向かいにある喫茶店に、潜伏しているのであった。
「しかしまぁ、なんだって学校でやらないんだろうねぇ。こう言うのって、学校でやるのが定番なんじゃないの?」
と、春原。
「お前、言うほど同窓会には出席していないだろ」
「むしろ皆無さっ!」
「自慢げに言うな。まぁそれはともかく……学校だと俺達の痕跡なんか残っていないだろ。今は後輩達が使っているわけだからな。それに、会場として使えるちょうど良い空き教室なんて、まず無いだろ」
「……あー、なるほどねぇ」
それは考えていなかったとばかりに、春原が頷く。
「パパ」
そこで、ひとり静かにクリームソーダ(どうでもいいが、こういう喫茶店に汐くらいの子供がクリームソーダを飲んでいると妙に絵になるような気がする)を攻略していた汐が質問した。
「ん? どうした汐」
即座に俺がそう言うと、汐はクリームソーダの細長いグラスを手にしたまま、
「どうそうかいって?」
と、訊いてくる。
「んー、ちょっと汐には難しいかな……。まぁなんだ、長いこと会っていない友達に、また会うことだよ」
まだ幼稚園に通う汐に、卒業――汐の場合、卒園か――後の話をしても、ぴんと来ないだろう。なので、俺はかなり大雑把になることを承知の上で、そう説明した。
「なんであっていないの?」
当然の疑問とばかりに、汐が質問する。汐にとって、会えなくなった友達という存在が、まだ居ないからだ。
「それは色々あるんだ。汐も大きくなったらわかるが……ほら、こいつもいつも俺達の処にいるわけじゃないだろ?」
そう言って、春原を指さしてやる。
例として突き出されたのには特に異論がなかったのだろう。春原はそうだとばかりに汐に小さく手を振ってみせた。
「それじゃ、パパは……いま、どうそうかい?」
「あー、そういう意味では……そうかもなぁ」
ある意味、衝撃の事実だった。
「僕ら、会うたびに同窓会していた訳か……汐ちゃんはすごいなぁ」
感心した様子で、春原もそんなことを言う。
「すごい?」
「ああ、すごいぞ」
汐の問いに俺はそう答え、頭を撫でてやる。
すると汐は嬉しそうに笑って、クリームソーダの攻略を再開した。俺と春原は、どこか得意げにストローで飲んでいる汐を頬を緩ませながら見つめて――。
「岡崎くん、春原くん!」
予想外の人物に呼ばれて、俺と春原の背筋がピンと伸びた。
藤林椋――俺と春原が三年の時に居たクラスの委員長――が、俺達が潜伏した喫茶店に入ってきてそう声をかけてきたのだ。
「こんにちは」
ひとり事情を知らない汐が、ぺこりと挨拶する。
「こんにちは、汐ちゃん」
さすが現役の看護師というかなんというか、そんな汐にきちっと挨拶する藤林だった。病院で子供の相手をする機会が多いのか、雰囲気が園児に接しているときの杏と良く似ている。
が、俺達にはそうもいかない訳で、
「こんなところで、何をしているんですか?」
やっぱりというか何というか、些か険を含んだ様子で、藤林はそう言う。
「こんなところって、藤林こそどうしたんだ?」
藤林の強い口調は、俺達を非難するものではない。それはわかっている。昔からそうだったが、その言動は俺達を心配してのことだった。
だからこそ、俺はとぼけなければならない。ここで藤林の善意に答えてしまうと、後々藤林自身を傷付けることになるからだ。
「葉書、届いていたはずです」
そんな俺の気持ちを斟酌せずに、藤林。ただ、それは当然のことなので、俺達に文句を言う筋合いはない。
それを春原もわかっていたのだろう。俺が言い訳を言うよりも早く、春原が手を挙げて割り込み、
「委員長、お店は向かい側だよ?」
……おい。
「表を見たら、岡崎君くんが居たからこちらに来たんです。――お向かいだってわかっているってことは、偶然このお店に居る訳じゃないんですね?」
「あ――」
しまったとばかりに、春原が息を飲む。
「馬鹿……」
思わずそう呟いてしまう俺。もっとも、ここまでばれていたら俺だけ知らなかったという嘘は通る訳も無いだろう。
「私は今回集計の方には携わらなかったのでわかりませんけど、ふたりとも参加なんじゃないんですか?」
「いや、不参加」
「僕もね」
そこは、はっきりと言っておく。
「でも、せっかく此処まで来たのに……本当にいいんですか?」
「いや、今から参加じゃ人数狂うだろ?」
「余裕はありますよ。こういう会は突発的な参加者が居ても対応できるように出来ているんです」
同窓会の経験が豊富なのだろう。俺が張った予防線を、即座に切り崩す藤林。
「でも俺、担任の名前覚えていないしさ」
「僕に至っては顔も覚えてないしね」
まぁそれくらいの縁だったということになる。そう言う場に俺達が出たとしても、場の空気が悪くなることはあっても、良くなることはない。
それは、俺も春原も経験していたことだった。
「それに、こいつを連れているしさ」
そう言って俺は、先程から事態が飲み込めず俺達を交互に見る汐に視線を向ける。
本来、同窓会なら汐はお留守番が筋だ。
だが、今回ある人が参加すると聞いて、どうしても会わせたかったのだ。
――出来る限り、その人だけに。
「でしたら、なおさらクラスのみんなに紹介してあげれば良いと思います。汐ちゃん、いい子なんですから」
それが当然とばかりに、藤林はそう言う。
「いや、俺達問題児だったし」
「そんなことないのに……」
「僕らが居づらいんだよ、委員長」
再び、春原が割って入った。
「委員長の目にはどう映っていたのかはわからないけど、あの頃の僕らは完全にアウトサイダーだったんだ。それは忘れないで欲しいね。……そりゃ、僕だって汐ちゃんはいい子だって知っている。委員長も知っているよね。岡崎だってもちろん、目に入れても痛くないほど可愛がって居るんだ、知っていないわけがないさ。でも、無いとは思うんだ。無いとは思うんだけどさ……汐ちゃんまで、昔の僕らを見るみたいな、そんな目で見られたくない。わかる?」
「それ、は……」
藤林が小さく息を飲む。
それは、あまり言いたくなかったことだ。それを敢えて春原が言ってくれたのは、単に考えていなかったのか、俺を庇ったのか――案外、後者のような気がする。
「わかりました。それでは……」
「ありがとうな、声かけてくれて」
「あ、いえ……」
多少照れたながらも、やはり俺達を連れ出せなかった残念さからか、声に多少陰を落としつつ、藤林は店を出ていった。
「僕ら、後で杏にぶん殴られるかな」
ぼそっと春原がそう言う。
「多分、な」
ぬるくなったコーヒーに手をつけつつ、俺。
まぁそれくらいは仕方ないだろう。そう思う。
「さて、どうしようか岡崎。委員長にはばれちゃったけど」
「藤林が他に誰かに言うわけ無いだろ。まぁ対策としては当初の予定通り出待ち――かな。他の連中に気付かれないように」
コーヒーを飲みながら、窓越しに向かいの店を眺めて、俺。
「それ、割と難しくない? どうせ出てくるときもみんな一緒だろうし」
「そりゃそうだろうが、それ以外になんかあるか?」
「んー、そうだねぇ。会場に忍び込んで強奪とか」
「アホかお前は」
ものすごく、絵にならない話だった。
「それじゃ、汐ちゃんにお願いして連れてきてもらうとか」
「もっとアホか」
さきほど自分が言ったことを忘れるほど、鳥頭では無いと思っていたのだが……鳥頭だったのか? と、内心危惧する俺。
「いや、汐ちゃんひとりなら『やだなにこの子、可愛くない?』とか言ってさ」
「誰の真似をしているのかわからんが、それだと他の人間が大勢ついてくるだろうが。それに藤林が絶対に気付くだろ」
っていうか、ついてきたのは藤林だけということもありうる。
「うーん、難しいね。汐ちゃん、なんか良い案ない?」
「え?」
「こらこら、汐に振るんじゃない。汐、気にしなくていいぞ。いつも通り、春原のアホな――汐?」
窓際に座った汐は、目を丸くしたままだ。その視線は俺達の方――ではなく、さらにその先、店内の方を向いている。
一体どうして、そう思うまもなく――。
「……こんな処に居ったか」
自然、俺と春原の背筋が伸びた。
その人は、俺達が学生であった当時とその雰囲気は変わっていなかった。
ただ、その手に杖を持っている。それは、暗に時間の経過を俺達に教えてくれていた。
見知らぬ顔に、汐が小首を傾げる。
「ジィさん……」
思わず呟く、俺。
幸村俊夫。俺達落ちこぼれに手を差し伸ばしてくれた人。
俺と春原が知り合ったのも、彼が手引きしたものだった。
そう。そういう意味で、俺と春原の今も続いている腐れ縁は、この人が居なければ始まらなかったのだ。
「なんだ、こっちから出向くつもりだったのに」
席から立ち上がりながら俺はそう言う。ほぼ同時に、春原も立ち上がっていた。
「委員長に頼まれての」
眉ひとつ動かさずに、そう答えられる。
どうも、ジィさんの中でも藤林は委員長であるらしかった。
「こ、こんにちは」
やや遅れて、汐がぺこりと挨拶する。
「ふむ? ……こんにちは」
今度は方眉をあげて、幸村のジィさんはそう言った。
「紹介するよ、ジィさん。こいつは汐。俺と、渚の子だよ。汐、この人は幸村先生。俺達の――俺と、春原が世話になった先生だ」
「はじめまして」
「ふむ……はじめまして」
その眉に隠れてよく見えないが、汐を凝視しているのだろう。
対して、汐自身もじっとジィさんを見つめている。
「抱き上げて、よいか?」
ややあって、ジィさんはそう言った。
「ああ、構わないが……」
「腰痛めるなよ? ヨボジィ」
「誰に向かっていっておる」
杖を春原に預けながら、幸村のジィさんは割としっかりした足取りで汐を抱き上げる。
「ふむ、面影はよぅ似ておる……」
渚とも、俺とも言わずに、ジィさんはそう言った。
「岡崎」
汐をゆっくりと降ろして、俺の名が呼ばれる。
「うん?」
そのまま立っていた汐を席に座らせて(多分、俺達にあわせてそうしたのだろう)、俺が応える。
「良くやった」
……ジィさんの声は、堅くもなければ柔らかくもなかった。
ただ、あの日あのとき、俺達がまだ学生だったあの頃と同じように、そう言ってくれた。
そしてその分――そう、それだからこそ――心に沁み入ったのだ。
「……ありがとう、ございます」
直立不動からしっかりと頭を下げて、俺。
そんな俺に対し、幸村のジィさんはぽつりと、
「隠居するのが、早すぎたのかもしれんの」
そんなことを、呟いた。
「この娘の成長を、見届けたかった……」
「何言ってんさ、ヨボジィ」
言葉遣いはともかく、真摯な口調で春原がそう言う。
「ヨボジィが鍛えてくれた岡崎と、僕が居るんだ。どうしようもなかった僕らを見捨てなかったヨボジィが教えてくれたことを、僕らが汐ちゃんに教えないわけがないだろ?」
「……ふむ?」
「つまりはさ、汐ちゃんはちゃんとヨボジィの授業を受けてるってことさ」
幸村のジィさんは、何も言わなかった。
「だから安心して隠居してなって。汐ちゃんが成長したらヨボジィの言う教育の成果がすぐにわかるようになっているよ。多分……いや、確実にね」
いつになく饒舌な春原が、そう言い終える。
ジィさんは、すぐには答えなかった。
よく見れば、その両目を静かに閉じている。
だが、再び静かにその目を開けると、幸村のジィさんはぽつりと、
「岡崎だけではなかったか……」
「なにが?」
「成長したな、春原」
「へへっ、煽てても何も出てこないよ。わかってるでしょ?」
と、言う割には嬉しそうな春原だった。
「ふむ……お前達は来ないと聞いて些か残念に思っていたが……そんななことはなかったな」
再び杖を手にとって、幸村のジィさんはそう言う。
「抜け出してきた身でな、そろそろ戻らなければならん。お前達も、適当なところで切り上げると良い。……おっと」
最後に、幸村のジィサンは、汐の頭を撫でると、
「元気での」
当時でも滅多に動かなかった口の端を笑顔の形にして、そう言ってくれた。
汐が、わかったとばかりに強く頷く。
そんな汐に満足したのだろう。幸村のジィさんはひとつ頷くと杖を突きながら静かに喫茶店を後にし、俺と春原は最大限の敬意を表して、見送ったのだった。
……見様見真似で、敬礼する汐と共に。
Fin.
あとがきはこちら
「むん――! よっ……ほっ……お、できた。1秒16連正拳突き」
「(どんだけ……)なぁ汐、そのカンフーって誰に習ったんだ?」
「ん? ――ひみつーっ!」
「そ、そうか(まさか……な)」
あとがき
○十七歳外伝、恩師編でした。
CLANNADのSSを書いて大分経ちますが、ちゃんとした形で幸村先生を書くのはこれが初めてのことになりますね。私自身も吃驚です。
さて次回は……ちょっと未定です;。