超警告。CLANNADの隠しシナリオをクリアしていない人は
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このお話は、史上希にみるすさまじいまでのネタバレ前提で書いてあります。

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「朋也くん、このだんご大家族しょぼんとしてます。可哀想です……」
「うん、それショボーンクッションな」







































































































  

  


「椋、あたし行動に出ることにしたわ」
 双子の姉である藤林杏が突如そう言ったのは、桜のつぼみが膨らみ始めた三月の終わり、朝食の席でのことであった。
 両親は旅行中、椋の夫である勝平は日課のジョギングに出かけている、そんな珍しい――そして最近めっきりと減ってしまった姉妹だけの時間である。
 故に、その言葉の意味を十分に胸中で吟じてから、椋はその言葉を口に出した。
「それって、岡崎さんのこと?」



『藤林杏の華麗なる自爆』



 学生時代まではどんなことでも話し合おうと言っていたふたりの間でも、自然とタブーとなる話題はある。
 ひとつは言うまでもなく杏の結婚に関する話で、これは椋が結婚してから姉妹間――もっとも、杏本人は全く気にしていなかったが――いや、藤林家全体で遠ざけられてしまった話題であった。
 そして、もうひとつが彼女ら姉妹が学生時代にそっと想いを胸に秘めていた岡崎朋也の話である。とはいっても、彼の娘である岡崎汐が杏の教え子であったし、同時に椋が勤務する病院へ定期的に世話になっていることもあるので、それほど厳密に遠ざけられているわけでもなかった。
 ただし彼に関する恋愛話となると、それは厳密な意味で禁忌となっていたのである。
「岡崎さんに、進展でもあったの?」
 故に、今になって杏がそれを口に出したということは、事態が動いたのだろう。そう判断しながら、椋はそう訊いたのであった。
「うん。この前仕事帰りにあの学校の傍を通ったら、そこで仕事着姿の朋也と、汐ちゃんの――」
「先輩?」
「汐ちゃん自身がこの間卒業したのに先輩はないでしょ。――後輩よ」
「こ、後輩……」
 朋也と汐の年の差がほぼ二十年である。その後輩となれば……であった。
「でもそれ、ずっと前に岡崎さんが、ことみちゃんと一緒に居たのを誤解したときみたいのと同じじゃなくて?」
 以前、仕事帰りに朋也とことみを見かけて杏があらぬ誤解を受けたことがある。ずっと後になってそれを知った椋は、同じく同時期に友人となったことみの人となりを理解していたため、思わず呆れてしまったのであるが……今回もそのパターンであることは否定できない話であった。
「同じミスは犯さないわ。ちゃんと確認してきたわよ。まぁ、朋也の方はいつも通りだったみたいだからいいとして、問題は汐ちゃんの後輩ね。あれは間違いなく……恋する瞳だったわ」
 まさかその様子を隠れて見ていたのであろうか。姉は恋愛ごとに関しては何処か子供っぽいところがあるからその可能性が否定できない。仮にそうだとしたら、些か頭の痛い話であるが。
「恋する瞳って……その根拠は?」
「あたし達と同じ眼だったのよ。――あの頃と」
「あー……」
 ふと昔を思い出して、椋の目の光が懐かしさに揺れた。
「懐かしいね。あれからもう大分経ったなぁ……若かったよね、私達」
「今だってそうよ。少なくとも、見かけはね」
「うん、そうだね。それは本当にそう思っちゃうなぁ」
 思わずため息をついてしまう。この歳になっても、姉妹だけで出かけると極希にナンパされてしまうのだ。片方は既に夫が居るというのに、である。
「でもあの頃は、考え方が若かったと思うよ。恋は盲目っていうけど、本当にそうだなぁ……って」
「そんなことないでしょ」
「ううん、少なくとも私はそうだったと思う」
 冷めてしまったコーヒーを口に運びながら、椋はそう言う。
「あの時の岡崎さんをちゃんと見ていたら、岡崎さんの心が何処を向いていたのかもっと早く気付いていたと思うし、岡崎さんが困っていたときに、打算抜きの助言をしていたと思うから」
「打算抜きって――そんなことないわよ」
 椋と同じように遠い過去を思い出すように眼を細めながらクロワッサンを囓り、杏がそう反論する。
「うん、あの時の私はね。当時は、きっとそれが最善だと思って行動していたんだろうって思うんだけど、でも今の私が思い返してみれば……やっぱり、若かったんだなぁって」
「でもあたしは、あの頃のあたしを否定したくない」
「そうだね。私も、そうかな」
 苦い思い出でも、封印はしたくない。何故ならそれは、大切なものであるからだ。
 人は、思い出だけでは生きていけないが、思い出が無くても生きていけない。
 最近になって、とみにそう思う椋である。
「それで、行動に出るって言うけど、どうするの? まさか邪魔するわけじゃないよね?」
 かつて、椋達姉妹と同じく朋也への想いを募らせていた坂上智代と、杏は壮絶な恋の鞘当てをぶつけ合ったものである。ただ、いくら何でも自分の娘と(椋にはまだ出産予定のしの字も無かったが)同じくらいの年齢の少女と争うのは、いくら何でも大人気無い。それならば、多少ずるい手を使ってでも止めようと考えていた椋であったが、
「いくらなんだって、そんなことはしないわよ」
 という姉の常識的な発言により、ほっと胸を撫で下ろしたのであった。
「こっちは二十年近くリードしているのよ。そう簡単に抜かされる訳には行かないわ」
「あ、うん……そうだね」
 そういう意味で言ってしまうと、あの学生時代、一年以上リードしていた杏は朋也と知り合って一ヶ月足らずの渚に負けてしまっているわけだが、そこは胸に秘めておく。
「でもそんなに焦ることはないんじゃないかなぁ。今言った通りのリードなら、そう簡単に逆転はされないわけだし」
「だからってこのまま放っておいて、もし朋也が汐ちゃんより年下の女の子と再婚しちゃったらどうするのよ!?」
「さすがに、そんなことはないんじゃないかなぁ……」
 姉の逞しい想像力に多少呆れながら、椋。
 そもそも、実現してしまったら色々と複雑なことになりそうである。本人はいざ知らず、汐の方が、だ。
「あれ、椋って年の差結婚無しのタイプ?」
「ううん、違うよ」
 意外だとばかりに首を傾げる姉に、そこははっきりと答える、椋。
「私はむしろ、そういうところは応援する方だから。だけど岡崎さんには、心に決めている――ううん、今も心の中を占めている人が居るから」
「渚……か」
 その名を口にして、杏。そういえば、つい最近まで彼女のことを口にするときは、『部長』とか『汐ちゃんのお母さん』と呼んでいたのに、気が付いたら『渚』と、名前で呼ぶようになっていた。
 その理由はわからないが、微笑ましいものを感じる椋である。
 閑話休題。
「――うん。だから、岡崎さんは例え誰に告白されても、断るんじゃないかな」
 と、椋。数多くのアプローチを受けながらも、朋也は渚を選んだ。その絆は生半可なものではないと思うのである。
「でもね、椋。居なくなってしまった人よりも、今居る人のことが大事だとあたしは思うの。それは、哀しいことかもしれないけど」
「それは……そうかもしれないけど」
 それももっともな話である。
 いつまでも縛られていては、人は前に進めない。それはわかっているのだ。
 思い出を胸に抱いて、留まるか。
 別れを告げて、先に進むか。
 けれどもそれは、椋達周囲の者が決めるわけではない。
 結局は、当人の気持ち次第という形に落ち着くわけだ。
「だからあたしは、行動を起こすわ」
 ――その当人の気持ちに問うために。
「うん、わかった」
 姉がそういう覚悟なら、椋には止める理由がない。
 それだって杏本人の気持ちであり、杏自身が決めるものであるからだ。
「気を付けてね、お姉ちゃん」
 だから、椋はそう言って双子の姉を見送った。
 大変なことになるだろうけど、頑張って――と、思いつつ。



■ ■ ■



「何処まで行くんだよ、杏……」
「いーからついてくる!」
 行動を起こすとなると、杏の動きは迅速であった。
 朝食を終えたその足で、杏は朋也達のアパートに向かい、休日でごろごろしていた朋也を捕まえると、そのまま外に連れ出したのである(幸いなことに、汐は買い物に出掛けていた)。
「へぇ、隣街も随分とまぁお洒落になったものだな」
 杏に袖を引かれながら、辺りを見回していた朋也が、そんなことを言う。
「ここらへん、最近リニューアルしたからね。最近流行りなのよ、街毎に特色を出そうっていうの」
「へぇ……気付かなかったな。工事は良くやっていたが」
 そのおかげで、杏の目的地が生まれたわけであるから、ありがたい話であった。もちろん、そのことは朋也には言っていない。
「さぁ、着いたわよ」
「着いたってここは……石畳?」
 それは、隣街の商店街にある緩く、それほど長くない坂道であった。車が通るようには造っておらず、完全に歩行者専用となっている。なんでも、坂の先は神社になっているらしい。そして、その坂は今朋也が言ったように、石畳に覆われていた。
 種を明かせば、ここ最近に造られた恋愛スポットである。
 曰く、坂の上の方にある男石を男性が、同じく坂の下の方にある女石を女性が踏めば、そのふたりは強い絆で結ばれるというものらしい。
 杏でも胡散臭いと思えるものであったが、それでもそういったことを意識させるのには最適であると白羽の矢を立てていたのであった。なにより、出来立てのスポットである故朋也が知らないというメリットがある。
「……杏、この坂が一体」
「いいから来る来る! 後でコーヒーの一杯でもおごってあげるからっっ!」
 再び朋也の袖を引いて、坂を上る杏。といっても、十メートルもないのであっさりと坂の上へと辿り着く。
「さぁ朋也。このちょっと青っぽい石を踏んで」
 青っぽい石――すなわち男石を指さして、杏。
「こう……か?」
 律儀というか、素直というか、その石の上に両足を乗せて、朋也。
「OK、そのままじっとしていて。いい? 絶対よ!?」
「お、おう……」
 一気に坂を駆け降りる杏。坂の下の方に赤っぽい色をした石畳がある。それが、女石なのだ。
 渚、あたしは行動を起こすわ。
 そう思いながら、進む。
 選ぶのは朋也なんだから、恨みっこ無しよ。
 そうも思いながら、なおも進む。
 渚は怒るだろうか。怒らないだろうか。
 ――案外、わたしには出来ないことをするなんてずるいですと言って嫉妬するかもしれない。そう思いながらあと数歩と言うところで――。
「あれ、藤林先生? こんなところでどうしたんですか?」
 曲がり角から、汐が現れた。
「んなっ――!」
 杏の目が驚愕に見開かれる。
 流石にブレーキが効かずそのまま汐と衝突――なんてことはなかったが、その足は完全に止まってしまった。
 何故なら……。
「おう、汐か。こんなとこでどうした?」
 律儀にも杏の言いつけを守り坂の上に居たままであった朋也が、声をかける。
「近くに贔屓にしている文房具のお店があるのよ。そこでお気に入りのボールペンを買ってきたんだけど……なんでそんなところに突っ立ってるの?」
「なんかよくわからんが、この石を踏んでいろって杏がな。なんかこいつだけ色が違うんだ」
「色が違う? ……そういえば、わたしも踏んでいるけど。なんか赤っぽいの」
 言うまでもなく、汐が踏んでいるのは女石である。
「あああああ……!」
 そんなふたりの中間で、杏は空を仰ぎ、叫ぶ。
「どうしよう! あたし、朋也と汐ちゃんをくっつけちゃった!」
「「はぁ!?」」
 岡崎父娘の素っ頓狂な声が、綺麗に重なる。
 ……渚、これがあんたの返答なのね。
 三月のものにしては随分と高い空を見上げながら、杏。
 ふとそれをスクリーンに、お尻から悪魔のしっぽを突き出しながら、にっこりと笑う渚の姿が浮かんだのであった。



Fin.




あとがきはこちら










































「おとーさん、このだんご大家族シャキンとしているの、なんか格好良くない?」
「うん、それシャキーンクッションな(親子だなぁ……)」











































あとがき



 ○十七歳外伝、表題通り編でした。
 狙ったときには巧く行かず、無意識にしているとすんなり進む、恋愛に限らず物事ってそういうところがありますよね。あ、一応言っておくとあの人の企み事ではないようですw。
 後、一度やってみたかったんです。『大空に、笑顔でキメ』w。
 さて次回は――未定です;。



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