「……これは」
誕生日のプレゼントに貰った小箱を開けて、里村茜は思わず息を飲んだ。
茜の自室である。
彼女の部屋と言えば、よく来るのが柚木詩子、希に来るのが長森瑞佳、七瀬留美と相場が決まっていたが、今回はさらに珍しいことに、折原浩平であった。これは、滅多にないと言って良い。
普段であれば、ふたりきりになるときは浩平の自宅であるのだが、今回はその浩平が茜の部屋を希望したのである。
「……ど、どうだ?」
珍しくどもりながら、その浩平が茜に訊く。
そんな彼に対し、茜は口を開き――静かに閉じた。
『里村茜の恋慕』
卒業間近となったところで浩平が言い出したことは、誕生日のプレゼントを前渡ししたいという話だった。
別に卒業しても離ればなれになるわけでもなし、来月の誕生日――茜は四月生まれである――に渡せばよいと茜は言ったのだが、浩平は出来うる限り今月に渡したいのだという。
普段通りの悪戯ならともかく、そうでないのならば別に拒否する理由は、茜にはない。だから、こうして自室に招いたのだが――。
浩平から渡された誕生日プレゼントを見て、茜は息を飲まざるを得なかった。
それは、指輪であったのだ。
「――綺麗です」
ベッドの上に腰掛けたまま、そっとそれを手に取り、静かに眺めながら、茜。
「そうか、それは良かった」
茜にもわかるくらい安心した様子で息をつき、浩平。ちなみに彼も、茜のベッドの上に腰掛けている。茜の自室には、勉強机用の椅子しか無いためであった。
「もしかして――結婚指輪?」
ぽつりと、茜。
「全てを統べる指輪を渡して、茜を魔王にするつもりはないぞ。オレは」
少しだけ肩をこけさせて、浩平がそう言う。
「そのときは、浩平に運命を変えて貰います」
「オレはそんな大それたもんにゃならないっつうの。っていうかな、茜」
「はい」
「普通、男が女にただの指輪をプレゼントしたりは、しないぞ?」
「浩平のことですから、填めると姿が消える指輪とか持ってきそうです」
「それってさっきの全てを統べる指輪だろうが」
「わかっています」
座っていたベッドから立ち上がって、茜は言う。
「わかってしまったから、取り乱しました」
そう言って、すとんと座る。
どうも、本当に驚いてしまったらしい。
「……なんかお前、山葉堂が改装したとき並に慌ててないか?」
そんな茜をものすごく珍しいものを見たような貌で、浩平が指摘する。
「多分、慌ててます」
そこはあっさりと肯定する、茜。
「多分ってなんだ、多分って」
「――こんな気持ち、初めてなので」
「そ、そうか……」
お互い、顔が赤くなってしまうの防ごうとして、そっぽを向く。けれども、息が合うというかそろそろ長いつきあいといっていいためか、全く同じタイミングで再び向き合ってしまうのであった。
「で、いまさらだが……その指輪、填めてみてくれないか?」
先ほどまでではないが、遠慮がちに、そう言う浩平。
それに対し、茜は――返事をせずに、再び立ち上がった。
そして机の上の小物入れから、革紐を取り出すと、それを指輪に通して、首にかける。
「どうですか? 浩平」
再びベッドに座って、茜。
「ああ、似合っているが……填めないのか?」
ちょっと残念そうに、浩平が答え、さらにそう訊く。
「まだ、早いと思います」
あっさりと、茜。
「そんなこと無いと思うが……」
なおもそう言う浩平に対し、
「――浩平」
突然、猫のように両手と両膝をベッドの上について、茜。
その拍子に首から下がる作りたてのネックレスが、内襟から除く胸元を巧妙に隠す。
「今、家には私ひとりしかいませんが……」
意識して、制服のリボンをとりつつ、茜。
「……責任、取れますか?」
そのまま静かに浩平ににじり寄る。
「せ、せ、せせせ責任て……!」
硬直してしまう浩平に、なおも寄る茜。そしてついに互いの身体が密着するが、茜はさらに浩平に体重を預けようとする。
そこまで来て、電気が走ったかのように浩平は身体を後退させた。
「――冗談です」
一瞬うちに元のように座り直し、手早くリボンを着け直して、茜。
それを聞いて、浩平の身体が横倒しになる。
「今日のお前、質が悪いぞ……」
必然的に茜のベッドに寝ている形になったが、さして嬉しくなさそうな貌で、唸るように浩平。
「自覚はしています」
そっぽを向いて、茜。こちらも、ベッドを占有されていることに気付いていない。そっぽを向いたのも、今になって恥ずかしくなってきたからであった。内心では――あのまま先に進んでしまわずに済んで、ほっとしていたのである。
「とりあえず、もう少しだけ待っていて下さい」
「とりあえずなんかい」
「他にあう言葉が見つからなかったので」
つまりは、茜側にも特に理由がないということなのだが、それは浩平に伏せておく。もっとも、隠し事には聡い浩平のことだから、すぐに気付くだろう。
「そして、この指輪は……」
胸元で輝く指輪を見つめて、茜は言う。
「浩平が、填めて下さい」
指輪を自分の目線に合わせて、掲げる。指輪の円の中には、浩平の顔があった。
「――わかった」
そう言いながら起き上がり、元のように座り直して、浩平。
「でも、待ちくたびれるなよ?」
「大丈夫です」
茜は頷いて答える。
「傍にいてくれれば、いくらでも待てるから」
今度は普通に浩平の肩に身体を預けて、茜。
再び密着するかたちとなったが……浩平は、何もしなかった。
Fin.
あとがき
久しぶりにONEのSS、それも茜の誕生日編でした。
このところすごく忙しくて書く暇が全くなかったので――即興で仕上げてしまいました。その結果、書いてる私自身がごろごろ転がり出す話になってしまいましたが……あまりにも甘すぎるのであちこちをいじって――なお甘いとな!?
次回は――次回も多分、ごろごろものでw。
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